伝統の味だけど、今の味でもありたい
東京・日本橋は、江戸時代から商業で栄えた町。老舗の百貨店や海苔問屋、鰹節問屋などが並びます。6階建てのビルで営業する洋食の老舗「たいめいけん」は、作家の池波正太郎も通った名店です。客層は子供からお年寄りまで幅広く、カジュアルな1階ではオムライスやスパゲッティナポリタンなど、懐かしいメニューが人気。サイドメニューとして頼めるボルシチとコールスローを、変わらず50円で出しています。2階は本格的な洋食のレストラン、5階には創業者の茂出木心護さんがコレクションした凧の博物館があります。
ボルシチにはサワークリームとあさつきを添えて。
「たいめいけん」のボルシチは、ふたつあります。ひとつは1階で出しているボルシチ。もうひとつが今回教えてもらった、ロシア人直伝のボルシチです。
「25年以上前だと思いますが、うちでボルシチを注文したロシア人のお客さんが、『これはボルシチとは違う』と言って、厨房に入ってつくっていったんですよ。それからこのレシピのボルシチを2階で出しています」と言うのは、3代目の茂出木浩司さん。レストランで料理をつくるお客さんがいたことにはびっくりしますが、それをOKした店も相当なつわものです。
3代目の茂出木浩司さん。
「30代の女性でした。店の者に買ってくるように言った材料の中に、ビーツとウォッカがあったんです。昔のボルシチには、ビーツを入れていませんでしたからね。ウォッカは、仕上げに入れるようになりました」
ゆで上がったビーツ。皮をむくと鮮やかな色が現れる。
もともとボルシチはウクライナの料理だそうですが、ロシアやポーランド、ベラルーシなどの東欧諸国に広まりました。ギリシア、イランでもつくられていて、タイのトムヤムクン、中国のふかひれスープと共に、世界三大スープといわれています。
「僕的にはスープというよりシチューです。具がたくさん入っていて、野菜をおいしく食べるものと思っています」と茂出木さん。「小さいころから慣れ親しんだ料理ですけど、塩味を控えめにするなど、やはりその時代の味になっていますね」という言葉のとおり、伝統の味も時代と共に生きていることを感じる料理です。
ボルシチをつくってみましょう
1.鶏ガラなどでブイヨンをとる
鶏ガラ、牛すねは掃除をする。香味野菜(セロリやパセリ、玉ねぎなど)は洗って適宜切る。材料を鍋に入れ、材料が隠れるほど水を注ぎ、ふつふつと沸くように火を調整して、6~8時間煮る。優しい味わいのブイヨンに仕上げる。「たいめいけん」では、50ℓ入りの鍋でつくっているが、家庭では使いきれる分量をつくればよい。
2.ビーツやにんじんなどの野菜を切る
生のビーツを洗い、皮付きのまま、やわらかくゆでる。1時間から1時間半くらいかかる。煮汁は色をつけるためにとっておく。冷ましたビーツの皮をむき、2㎝角ほどのサイコロ状に切る。にんじん、玉ねぎはビーツよりも大きめに切る。生のビーツが手に入れにくい場合、ビーツの水煮缶詰を使うと手軽。
3.豚肉、キャベツ、じゃがいもをブイヨンで煮る
一のブイヨンに、ローレル、クローブ、2㎝角ほどのサイコロ状に切った豚肉(ロース)、食べやすく切ったキャベツ、じゃがいもを入れて煮る。キャベツ、じゃがいもは煮たほうが、具材全体の中での食感のバランスがよい。豚のロースを使うことでこくが出、煮込んでも硬くなりにくい。
4.ほかの野菜を炒めて小麦粉を振る
にんにくをオリーブオイルで焦がさないように炒め、香りが出てきたら、二で切った野菜を炒める。火が通ったら小麦粉を振り入れ、小麦粉くささがなくなるまでよく炒める。野菜の周りにまんべんなく小麦粉がまとわりついて、粘りが出るくらいまで炒めるとよい。全体にフューシャピンク色になってくる。
ブイヨンを炒めた野菜に注ぐ
豚肉、キャベツ、じゃがいもが入ったブイヨンを、四の炒めた野菜の鍋に注ぐ。野菜の周りについた小麦粉は、ブイヨンに溶けてとろみになるので、木べらでゆっくりとかき混ぜる。野菜に小麦粉を振り入れるこの方法だと、だまになることは少ない。素朴さのあるボルシチにはこの方法が合うという。
トマトペーストなどで調味する
トマトペースト、塩、砂糖で調味する。ビーツは甘みと合うので、「たいめいけん」では必ず砂糖を入れる。色が物足りない場合は、とっておいたビーツの煮汁(缶詰の場合は缶の汁)を加える。高温で熱すると色がとびやすいので注意する。調味後、火を止めてから黒胡椒を挽き、ウォッカを入れて仕上げる。
たいめいけん
住所/東京都中央区日本橋1‐12‐10 地図
定休日/[1F]1月1日、2日[2F]日曜、祝日
ホームページ/https://www.taimeiken.co.jp/