まるで蜂蜜のようなこっくりとした甘み。
今回の取材で初めて桑酒(くわざけ)をいただき、期待を超える味に衝撃を受けました。
現在日本で唯一、桑の葉のお酒をつくっている山路酒造(やまじしゅぞう)。創業は織田信長の生まれる2年前にあたる1532年、日本で5番目に古い酒蔵です。
北国街道の旅人を癒す桑酒
近隣に賤ヶ岳や姉川といった数々の古戦場が残る、滋賀県長浜市木之本町。彦根から金沢を結ぶ陸路、北国街道(ほっこくかいどう)が街の中心を走っています。江戸時代の宿場町として栄えた街は、150年を超える年月を経た家屋が並び、当時の風情を感じさせます。
「私たちは、ずっとこの場所で酒造りを営んでいるんです。店内に飾っている看板も100年以上前のものなんですよ」と山路酒造の女将、山路祐子さん。北国街道沿いにある山路酒造は、行き交う旅人の疲れを約490年に渡って見守ってきました。
魅惑のリキュール、桑酒のお味は?
かつては全国数カ所でつくられた桑酒ですが、現在も製造しているのは山路酒造といわれています。珍しい桑酒を求めてわざわざ遠方から訪れるお客様もいらっしゃるそうです。
「桑酒に関する文献は複数残っていて、創業当時からつくられていることがわかります」と女将。
1532〜1555年頃、山路家の祖先が「後園の桑を用いて酒をつくれ」と夢でお告げを受け、試してみたところ甘く香ばしい酒が完成した……という言い伝えも残っているんだとか。また、1813年に前田土佐守(まえだとさのかみ)のお付きの家来によって書かれた日記では「殿様に献上された桑酒が大変よい風味であった」「徳利2つ、取り寄せた」といった記述があり、江戸時代には既に徳利売りされていたことも判明しています。
創業当時から愛され続ける桑酒。その主な原料は米どころ近江のもち米に、清酒にも使用する麹、そして滋賀県内の農園「永源寺マルベリー」から仕入れた桑の葉です。桑酒は酒種でいうとリキュールにあたり、そのつくりかたはみりんや梅酒の製法に似ています。
まずもち米に麹を漬け込み糖化させることによってみりんを製造。一方で、桑の葉を焼酎に漬け込み、エキスが抽出できたところで、みりんとエキスを特殊な方法で混ぜ合わせます。こうして仕込んだ酒を、さらにじっくりと寝かせるため、完成までに約1年もの歳月がかかるのです。
てまひまをかけてつくられた黄金色の桑酒。グラスに注ぐとハーブのような香りが立ち、一口飲めば蜂蜜のような甘さに目が覚めます。この甘く香ばしい酒の虜となり、何度も繰り返し注文したのが小説家の島崎藤村。大正時代に書かれた桑酒を所望する自筆の手紙も残されています。
桑酒のちょっと意外な飲み方
「食前酒としてロックで飲んでいただくほか、最近はみなさんにモヒートをおすすめしているんです」。そう言って女将が教えてくれたのは、桑酒モヒート。
つくりかたはいたってシンプル。グラスに氷とレモンなどの柑橘をいれて、多めに桑酒を注ぎます。ミントを入れて、炭酸で割れば完成です。
ストレートで飲んだときのこっくりとした甘さが、ほどよく爽やかに、炭酸のおかげでスルスルと飲みやすくなります。レモンやミントに負けない、桑酒の香りがしっかりと残る、一度飲んだら忘れらない味です。
桑酒を使ったスイーツも人気
近年は桑酒をつかったスイーツも製造している山路酒造。「昔から、日本酒を使ったスイーツが気になっていたんです。日本酒は独特のもわっとした香り残りますが、桑酒はリキュール。きっとラム酒のようにスイーツに合いますし、日本酒スイーツが苦手な方でも食べられると思ったんです」と女将がきっかけを語ってくれました。
桑酒ケーキにはたっぷり90mlの桑酒、クッキーには桑酒を搾るときにできる「みりんかす」が使われています。桑酒を使ったマドレーヌをお土産に購入して食べてみたところ、桑酒の自然な甘みがバターとベストマッチ。スイーツになっても、ほんのりと桑酒の香りを楽しむことができました。
女将曰く「まだしっかりと宣伝をしていないんですが、わざわざ桑酒スイーツをお求めになる方や、おいしかったから、とリピートしてくださるお客様もいらっしゃるんです」。スイーツによって、桑酒の新しい魅力に気づく方も多いのかもしれません。
約490年の伝統を受け継ぐ丁寧な酒造りを続けながらも、時代に合わせて新たなアイデアも取り入れている山路酒造。現代でも愛され続ける桑酒には、山路酒造の絶え間ない努力の成果が詰まっていました。
山路酒造
住所:滋賀県長浜市木之本町木之本990
公式Webサイト: http://www.hokkokukaidou.com