京都でも知る人ぞ知る、京菓子店「二條若狭屋(にじょうわかさや)」のつくる「ちらしずし」。事前予約制にして賞味期限は当日。持ち帰りが可能なお客様だけが手にできるお菓子なので、実物を目にする機会はそうはない。
だが、わたしはその存在を知ってしまった…。このまま「京都の隠れ名品」としてそっと触らずにしておくべきか、悩みに悩んだこの2年。今年の春こそは紹介しちゃいます! だってこんな時代ですもの、お菓子でちょっと気分をあげたいですよね?
和菓子でつくるお寿司の折詰。こんなシャレた発想は戦後、人の心を明るくするために考案された
二條若狭屋は大正6(1917)年創業の京菓子店。初代・藤田芳次郎が京都にあった「総本家若狭屋」(創業は江戸期、戦後に廃業)で修行をしたのち、のれん分けを受け「若狭屋茂澄」を創業。二条通小川角に店を構えたため「二条の若狭屋」が通名となり、今の店名に。
現在の当主は4代目となる藤田茂明さん(右)。3代目・實さん(写真左)も80代半ばにして現役の職人。毎朝いちばん乗りで出勤、店を見守る。
さて、なぜわたしはこの京都の隠れ名品を隠れたままにするにはもったいないと思ったのか。理由はふたつ。食べておいしい、に加えてこの「ちらしずし」が生まれた背景にあるのだ。なんとこの「ちらしずし」、初代・芳次郎は戦後ほどなくして考案されたというではないか。
この初代・芳次郎は稀代のヒットメーカー。今に続く看板商品を多数残した人物だが(具体的な商品は後半にご紹介)、発想がとにかく斬新。戦後、世の中が落ち着いてお菓子の材料も確保できるようになるまでの間をなんとかしのいで、そこから打って出たのが「お菓子の頒布会」という企画だった。
自身の雅号「甘楽(かんらく)」にちなみ(すでにこの雅号がおしゃれ!)、頒布会の名は「甘楽会」。ハレの日のお土産は折詰がならわしということで、この会でも折詰弁当に似せたお菓子を配布することを考えついた初代。亡くなるまで約30回続いたそうだが、その中で生まれたのが「ちらしずし」というわけ。
京都の文化人や東京の政治家などそうそうたるメンバーが顧客リストにいたそうだが、家業を続けるにあたって「頒布会」という既存にはない商法を考えつくところもすごいし、なにより、自分のもっている技とセンスで戦後の沈んだ空気を、明るく活気づけようとする心意気がすてきだ。
初公開にしてすべて見せます!「ちらしずし」はこんなお菓子です
いよいよ「ちらしずし」の全貌をご紹介。折箱のベースに入るのは道明寺製のお餅を蒸したもの。自家製のつぶあんが中に入ったムッチリのお餅はこれだけでもおいしい。餅の周りには氷餅をあしらい、道明寺のプチプチと氷餅のパリッとした異なる食感が楽しめるのもオツだ。
さて、具材を用意。錦糸玉子に見えているのは、少し甘めの味付けになってはいるものの、普通の玉子焼。お菓子屋さんなのにちゃんと寿司切包丁があるのがすごい! 大きな刃で薄焼玉子をつぶさず切るので、ふわふわに。
見た目の大きなポイントになるしいたけは、なんと黒糖風味の羊羹! あらかじめ羊羹に筋を付けているのと、そぎ切りにすることでよりリアルなしいたけに。
紅しょうがとグリンピースはこなし製。グリーンピースはひと粒ずつ指で丸めて、、、想像するだけで、なんだか笑いが出る。
お餅の上に錦糸卵をこれでもかと敷き詰めて、その上に具材をのせたら完成。1人前で見るとこんな感じ。
肝心な味といえば、これがもう反則技と呼びたいぐらいのおいしさ。二條若狭屋のあんこの味は言わずもがなとして、あんこが橋渡し役となって、玉子焼と餅菓子はなんの違和感もなく味がまとまる。しかもフワッフワの玉子焼は、あんこの口直しにもなるのだった。お餅、羊羹、こなし、と口の中がちょっと甘くなったら、玉子焼をイン! 口の中に玉子の香りが広がって、さっぱりと楽しめる。
玉子焼きと和菓子。初代が考案した当時の日本は、卵もごちそうだった。嗜好品を重ねて味わうなんて、なんという発想。しかもこの具材の凝りようといったら!
「初代の頃は、錦糸玉子の下には落雁だったんです。それでは食べにくいということで、僕の代から蒸菓子に変えました」と實さん。時代を経てより贅沢に、食べやすい工夫がなされていたことが、今回の取材で初めて聞くことができた。
日本人のハレの日の食べ物といったら、ちらし寿司。またちらし寿司は春を寿ぐ食べ物の象徴。ひな祭りやお花見といった機会に、この「ちらしずし」を贈ってみては? このお菓子に込められた物語も一緒に話すことができたら、一層味わい深いものになると思うのだ。
初代がつけた店のキャッチ「趣味の菓匠」を語るお菓子をもう1品ご紹介
初代のセンスを感じるお菓子として、もうひとつ紹介したい。これ何に見えますか?
どう見ても「芋」で、菓子の名も「家喜芋(やきいも)」。焼いた芋に似せてあるけれど、中身はもちろん和菓子である。山芋をすりおろした生地でつくる薯蕷饅頭は和菓子では定番だが、その生地で大中小の饅頭を用意したのも初代のアイディアだという。もちろん中身のあんこはそれぞれ異なる。
わたしの記憶では、以前はもっと大きな竹かご入りだった。そこに「家喜芋」のイラストが描かれた手ぬぐいがついて、なんともシャレたお菓子という印象であった。時代も変わり、今は少しコンパクトなかごに変わったが、かごに焼き芋が入るという茶目っ気は相変わらずだ。
初代が自身の店につけたキャッチフレーズは「趣味の菓匠」。遊び心をもって、趣向を凝らしてお菓子をつくるという姿勢を「ちらしずし」や「家喜芋」、そして不朽の名作である懐中汁粉「不老泉(ふろうせん)」から感じてもらえると思う。
おまけ:2020年のヒットは上生菓子の「アマビエ」! ひな祭りバージョンも発売中
そして最近のヒットといえば、アマビエをモチーフにした上生菓子である。すでにSNSなどで見たこともある人もいるはず! 2頭身のアマビエ様がういろう製で仕立てられた、ブサかわいい(?)お菓子である。
4代目藤田茂明さんはアマビエ誕生の背景をこう語る。「うちのような堅い店で、そのものズバリをモチーフにしたお菓子はつくったことがなかったんです。京都の伝統的なお菓子といえば、直接的な表現を避けるものですからね。でも、試作を見たときに思わず笑いが出ちゃったんです(笑)。昨年の5月の頃といえば、日本中がいちばん暗い空気に包まれているときで。そんなときに、かわいくて面白いものがお菓子にあってもいいんじゃないかと思って」。
その当時はアマビエの和菓子はどこにもなかったそうだ。「どの店もやっていないなら、うちがやる意味もあるかなと決断ができました」。いやー、アマビエをモチーフにしたお菓子はいろいろ見てきても、こんなデフォルメをしたのは二條若狭屋しかないような。
こちらがアマビエの生みの親、専務の大石祐二さん。「淡いパステル調のういろう製にしたことで、お菓子としての品が保たれているような気がします」とのこと。よく見ると、各パーツにもういろうが使われていたり、羊羹だったり、手間がかかっているのだ。このあたりに老舗の底力を感じるし、「趣味の菓匠」のお菓子なのである。
「数をたくさんつくるのは大変です!」と苦笑いする大石さん。「人と人が気軽に会えなくなった今、お菓子だけでも贈りたいとアマビエを注文してくれるお客様がいるんですよ」と茂明さんの言葉に「アマビエ食べて疫病を退治しようって、お菓子を介してストレートに気持ちを伝えられるものなんですね。瞬間で消えるお菓子かと思いきや、長いヒットになってうれしいです」と大石さんも茂明さんも顔をほころばせる。
ということで、ひな祭りバージョンも出ました!
*写真のアマビエ化粧箱入りはオンラインショップにて1400円(税抜)で3月3日まで注文を受付。地方発送も対応。
*ちらしずしは夏季をのぞき、3日前までの予約販売制。本店店頭での受け取りが必須。1個から個包装の販売は可能だが、初回は6個入の折箱入での購入をおすすめしたい。1個450円、折箱6個入り3000円(いずれも税抜)。
二條若狭屋 本店
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京都市中京区二条通小川東入る西大黒町332-2
075-231-0616
撮影/田中麻以(アマビエひな祭り化粧箱)
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