今まさに収穫期を迎えている、海藻「あらめ」。さらりと書いてしまいましたが、あらめという名前を初めて聞いたという人も少なくないと思います。あらめは伊勢の「あらめ祭り」や京都の「追い出しあらめ」などにも用いられ、一部の地域では昔から重宝されてきた食材のひとつです。そこで、今回はあらめに注目! あらめなど古くから日本人の食を支えてきた海藻の魅力をたっぷりとお届けします。
そもそも「あらめ」って何?
あらめは昆布の仲間で、褐藻網コンブ目コンブ科の海藻です。現代ではひらがなで書くのが一般的ですが、「荒布」「粗目」「荒海藻」と漢字で表記する場合もあります。生の状態だと、見た目はわかめによく似ています。7~9月に採集したあらめは天日で乾燥させた後、渋みを取り除くために加熱や圧搾を行います。その後、食べやすくするためにカットして出荷されます。
こうした工程を経て袋詰めされたあらめは、上の写真のようにひじきとよく似た外観をしています。ひじきと同様に、煮物や酢の物、汁物などの料理に幅広く使うことができます。ちなみに、ひじきは褐藻網ヒバマタ目ホンダワラ科に属する海藻であり、あらめとは違う分類です。
伊勢の「あらめ祭り」と京都の「追い出しあらめ」
あらめの一大生産地である三重県の伊勢付近では、7月20日(旧海の日)を「あらめの日」とし、伊勢神宮の内宮手前にあるおかげ横丁で「あらめ祭り」を開催していました。祭り当日は、あらめをより多くの人に知ってもらうべく、あらめの試食やサンプルなどを配布。あらめは伊勢神宮に古くから献上されていて、地域との関わりも強い食材です。
京都にはあらめを油揚げなどほかの具材と組み合わせた煮物「あらめの炊いたん」という定番料理があります。京都の「追い出しあらめ」は、あらめを炊いて仏壇にお供えをしたり、あらめのゆで汁を玄関先にまいて、ご先祖さまがこの世に未練を残さないように見送るというもの。追い出しあらめというインパクトのある名前ですが、由緒ある習わしのひとつです。
このほか、京都の商屋などでは毎月8の付く日にあらめの炊いたんを食べる風習もあります。ここには、末広がりの「8」の付く日に商売の「芽」が出ますようにという意味が込められているそうです。こうした数々の風習からも、あらめが人々に親しまれてきたことがよくわかります。
海藻は恋心の象徴!? 万葉集にもよく詠まれていた
現存する最古の歌集『万葉集』には、あらめやわかめなどの海藻を詠んだ歌が100首ほど残っています。
角島(つのしま)の 瀬戸(せと)のわかめは 人のむた 荒かりしかど 我とは和海藻(にしきめ)
これは「角島のわかめ(若女)は、自分以外の人と一緒にいるときは荒藻(あらめ)のようだけど、私といるときは、和海藻(にぎめ)のように優しかった」という意味の歌です。わかめとあらめを比較しながら女性に対する恋心を詠んだもので、独特の視点がとても面白いですね。
あらめとの出会い
ちなみに私自身があらめに出会ったのは、今から10年以上も前のこと。地元のマクロビオティック(玄米菜食をベースにした食事)の料理教室に通っていたときのことでした。さっと水で戻すだけで手軽に使うことができることや食感が良いこと、あらめ特有の磯の香りにも魅力を感じました。
あらめは食物繊維が豊富で、現代人が不足しがちなカルシウムやマグネシウムなどのミネラルもたっぷりと含まれていて、まさに嬉しいことづくめです。自然食品店やインターネット通販などで販売されていることも多く、あらめの存在を知ってから定期的に購入しています。
あらめは三重県での生産が盛んであり、全国の生産量の大半を占めています。7~9月頃の暑い時期に、伊勢志摩付近の海で収穫されるのだとか。ちなみに、私自身は2016年から昆布好きがこうじて昆布大使(日本昆布協会認定)を務めていて、海藻が大好き。以前、和樂webにて新わかめについての記事や昆布会社さんへのインタビュー記事を執筆しましたが、あらめについても、いつかプロの人に話を伺ってみたいと思っていました。
プロに聞く!あらめの魅力とあらめ漁の現状とは
ということで(!?)、あらめの魅力を深堀すべく、今回は三重県漁業協同組合連合会(通称:みえぎょれん)のり流通センターの石倉正雄さんにインタビュー! 石倉さんは伊勢出身で、もともと海が大好き。水産系の大学で学んだ後、みえぎょれんに入社し、現在は海藻の生産指導や販売・流通に関する支援などを行っています。
ーーあらめを簡単に説明すると、どんな海藻ですか?
あらめは昆布の仲間です。寿命は約6~7年で、3年目位から食べ頃になります。生の状態だと大きいものは1~2mほど。一般に流通しているのは加工済のものが大半を占めていて、刻み昆布のような感覚で利用できます。あらめは太平洋や日本海に広く生息していますが、採集する人がいなかったり、食べる文化がなかったりする地域がほとんどです。
伊勢近郊では、あらめは弁当や総菜などにもよく使われています。見た目がひじきに似ていることもあって、あらめだと気が付かずに食べていることも多いです(笑)。
ーー産地では、あらめは昔からよく食べられているのでしょうか。
あらめは大宝律令にも登場しています。のりやわかめなどと一緒に、あらめも掲載されています。大宝律令が施工されたのは702年なので、あらめの食用の歴史は1500年ほど続いていることになります。
三重県はひじきの産地でもあり、太くて食感の良いものが採れます。昔は、ひじきよりもあらめのほうが安価だったこともあり、伊勢付近ではあらめがよく食べれてきたという説も。現在は、日常的に食べる食材というよりも、「お盆など特別な日に食べるもの」という認識のほうが強いかもしれません。
ーーあらめのおすすめの食べ方や、料理する際のポイントはありますか。
あらめはいろいろな料理に使えますが、私がよく食べるのは「あらめの五目煮」です。ひじきを使う場合と同じように、にんじんや干し椎茸、油揚げ、大豆などの具材と一緒に煮ます。また、三重県の郷土料理に「あらめ巻」というものがあり、カットする前の幅の広いあらめを使って作ります。昆布巻のようにあらめを使った料理で、いわしなどの魚をあらめで巻いて甘辛く煮たものです。同じような料理が岐阜県にもあります。
あらめを料理する際のポイントは、主に2つあります。ひとつ目は、加熱し過ぎないこと。長時間加熱すると、あらめが溶けてしまうからです。シャキシャキとした食感を残すためにも、様子を見ながら加熱するようにしてください。もうひとつは、あらめを戻す際に「どれくらいに増えるのか」をイメージすること。あらめを水で戻すと、約5倍の量になります。使いたい分量を想像してから、戻すようにしてくださいね。
ーーちょうど今、あらめの収穫期を迎えています。あらめ漁はどのように行われているのでしょうか。
あらめ漁は、天候と潮時を見て行います。あらめの収穫は大きく2種類あり、海にもぐって採集するか、海岸に漂着してきたものを主に手作業で採るという方法です。1994年のあらめ収穫量は862トンだったのに対して、2021年には31トンにまで落ち込んでいます。最近は100トンに届かない年が続いています。
あらめが採れなくなってきた理由は、大きく2つあります。ひとつ目は、あらめ漁は暑い時期に行う重労働であるため、やりたいという人が少なくなっていること。もうひとつは、「黒潮の大蛇行」により水温が高くなっていることです。これは2017年から始まった現象で、現在も観測史上最長期間を更新中です。「磯焼け」によって、あらめだけでなくさまざまな海藻が育たなくなっています。
あらめは、アワビやサザエのえさにもなっています。そのため地域によっては、アワビなどを育てるために「あらめを採らない」という人もいます。黒潮の影響によって、日本列島の環境がどんどん変わってきています。以前は三重県にはいなかったような生き物を目にすることも増えました。
ーーあらめに関して、これから取り組んでみたいことはありますか。
このまま自然に任せているだけでは、あらめは枯渇する一方です。磯焼け対策として、成熟したあらめの母藻を刈り取った後、ほかの漁場に移植して繁殖させる取り組みを進めています。従来のように、あらめの良好な生育環境を取り戻したいと思っています。
あらめは、1年サイクルで収穫できるわかめとは異なり、3~4年サイクルで栽培する必要があります。あらめは養殖にはあまり向いていないと思っていますが、今後検討する余地があるかもしれません。
ーー和樂web読者に向けて、メッセージを一言お願いします。
あらめに限ったことではありませんが、乱獲などを極力控えて、さまざまな資源を保護していく必要を感じています。日本の食文化をこの先も継続できるように。「きれいな海」ではなく「豊かな海」を守っていきたいと思っています。なぜなら、きれいな海というだけでは、生き物は暮らせないからです。
昔から食べられてきたような伝統的な食材には、日本の風土に根差した素晴らしいものがたくさんあります。あらめは、そのなかのひとつ。こうした食材をぜひ食べ続けていただきたいと考えています。
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