「シーチキン」は、一般名詞ではない。静岡県静岡市に所在するはごろもフーズの登録商標である。
従って、はごろもフーズ以外の企業が製造したツナ缶はシーチキンではない。が、静岡市清水区(旧清水市)は「ツナ缶王国」である。ホテイフーズ、SSK、いなば食品はいずれも清水の企業。
我々日本人が「ツナ」と呼んでいる食品も、それはほぼ確実に静岡県産である。ツナ缶シェアの98%以上が静岡県産だ。
シーチキンを含めたツナ缶を語る上で、同時に静岡を語ることは避けて通れない。
国民的アニメのスポンサーにも
『ドラゴンボール』シリーズは、世界的なお化けアニメである。
全世界の放送局で何度も再放送され、その度に他局の裏番組を駆逐してしまうほどの視聴率を稼ぎ出している。こんな恐るべきキラーコンテンツは他にない。
ところで、筆者は1984年生まれである。筆者が小学生の頃は、ドラゴンボールZがリアルタイムで放映されていた。それを毎週観ていた人なら分かるはずだが、あの番組の合間にはごろもフーズのCMが盛んに流れていた。
「株を始めるなら食品関連企業が一番手堅い」というのは定番のアドバイスだが、筆者もそれに大賛成である。食品関連企業より巨大な底力を持っている法人が、他にあるだろうか。四輪車、二輪車等のモーター産業は景気に左右されやすく、金融恐慌でも起こればあっという間に火の車だ。バブル崩壊後の苦境の中、それでも国民的アニメを支え続けたはごろもフーズの功績は大きい。
おらが町の主幹産業は、こういう場面でも多大な影響を与えているのだ。
シーチキンは「主幹産業」
さて、筆者の自宅の近所にあるファミリーマート。
小腹が減ったので、とりあえずおにぎりを買ってみる。『シーチキンマヨネーズ』という商品名で、これももちろんはごろもフーズの商品を使っている。何気なく食べているおにぎりだが、こんなところにも我が地元の企業の影響力が及んでいるというわけだ。
ここでふと、2014年冬の豪雪を思い返してみる。
読者の皆様は覚えておられるだろうか? 平成26年2月の記録的豪雪は、首都圏の交通網に甚大なダメージを与えた。大阪や名古屋でも積雪が観測されたが、実はその中で静岡県平野部だけはまったく雪が降らなかったのだ。
これは北方に南アルプスを頂いているからなのだが、それでも地元産業にはかなりの影響が発生した。首都圏や中京圏をつなぐ高速道路が使えなくなり、ツナ缶の物流も滞ってしまった。
笑い事ではない。先述のようにツナ缶は静岡市の主幹産業で、それを県外に流通させる目的の運送業者も存在する。「ツナ缶供給ルート」が止まれば、まさに死活問題に発展する。
災害とツナ缶
もうひとつ、ツナ缶は非常食としての役割が注目されている。
ここで、先ほどのファミマでついでに購入した『シーチキンマイルド』の賞味期限をチェックしてみる。これを買ったのは2019年8月23日だが、缶の蓋には『2022.5.21』とある。3年の保存が可能ということだ。静岡県は防災意識の強い地域でもある。「いつ南海トラフ地震が発生するのか?」というのは定番の議題で、避難訓練も真面目に行う。そんな地域の住人は、家のどこかにツナ缶を非常食として忍ばせている。
避難所の中では、ツナ缶は心強い味方だ。十分なカロリーを有し、どのような食べ合わせにも対応できる。これがシーチキンであれば尚更いい。工夫次第でちょっとした料理もできる。
もし明日巨大地震が発生したら、静岡県民の命を救うのは「シーチキンを始めとする地場産のツナ缶」だと筆者は断言できる。
幸いなことに、「非常食としての缶詰」は現在見直されている。
90年代半ばまで、携帯食品は缶詰からレトルトパウチに代ろうとしていた。パウチのほうが軽くてかさばらず、開封も簡単だからだ。が、それと引き換えに耐久性がない。強い衝撃で破れてしまうこともある。「これでは大規模災害が発生した時に難儀するのでは?」という声自体は、前々からあった。
転換点は1995年1月の阪神淡路大震災である。缶詰はレトルトパウチの食品よりも保存期間が長く、耐久性にも優れている。大正時代の関東大震災以来の災害を目の当たりにした市民と自治体は、「重くてかさばる」と敬遠されていた缶詰のアドバンテージを再認識するようになったのだ。
守るべき固有の文化
現代は「飽食の時代」である。その気になったら、世界中のありとあらゆる食材を入手して食べることができる。
しかしそれでも、ついついシーチキンに手を出してしまうのはなぜだろうか?
それは、マグロの油漬け缶詰が日本の食文化の一様式として大成しているからではないか。
日常のちょっとした場面にいつもあるもの。それこそが我々がいつまでも守るべき「固有の文化」である。
【参考】
はごろもフーズ