毎日、何気なく口にしている日本料理や伝統食材。今さら聞けない「食」の世界の入り口を各分野のプロに案内していただきます。
今回案内していただくのは、海苔の世界。実家の食卓、冷蔵庫のタッパー、戸棚の中…子どものときからそこにあるのが当たり前すぎて、いざひとりでスーパーへ行くとどう選べばよいかわからない、海苔。今回は、そんな海苔を掘り下げるべく「ぬま田海苔」4代目当主・沼田 晶一朗さんに、海苔の種類や楽しみかたを、食べ比べしながら教えてもらいました。
ぬま田海苔とは
1937年、川崎にて創業。4代目当主の沼田晶一朗さんが中心となりリブランディングを行い、2018年5月、日本で唯一の有明海産初摘み海苔専門店として、東京都台東区・かっぱ橋商店街のすぐ側に新たな店舗をオープンしました。
東京都台東区にある店舗「ぬま田海苔 合羽橋本店」にやってきました。
有明海産初摘み海苔とは
ー お店に置いてある海苔は、有明海産の海苔だけなんですか?
沼田:はい!うちは九州・有明海産の海苔にこだわっています。昔は川崎で獲れていた大師海苔を取り扱っていたのですが、漁場はずっと前に工業化によりなくなってしまいました。その後、かつて川崎で生産をされていた人たちがその大師海苔に近いと満足してくださる味を追求した結果、たどり着いたのが有明海産の海苔だったんです。
有明海は東京湾と同じく「湾」になっていて、川から注がれる山の豊富なミネラルや真水の割合など環境的な条件が似ているため、味も似ていると言われています。
ー 初摘みって何ですか?
沼田:海苔の収穫は一つの漁場で何度も行うものなんですが、一番最初に摘まれる栄養が凝縮された稀少な海苔を「初摘み」と呼びます。私たちが稀少な初摘み海苔にこだわる理由は、口どけの良さと旨味の強さ。初摘みの海苔はとっても口どけが良いので、赤ちゃんの離乳食として買ってくださるお客様もいます。
海苔の種類と等級
ー お店に並んでいる商品の種類は?
沼田:その時々で数は変わるのですが、今並んでいる商品は全部で7種類です。有明海産の初摘みの中でも特に個性の強いものを取り揃えていて、だいたい1種類につき早いと3〜4カ月で売り切れます。
ー 商品名がどれも呪文のようですね…!
沼田:これは海苔のフルネームなんです。商品名は、一般には知られていない「漁場+等級」を付けています。例えば「芦刈壱重1(あしかりいちじゅういち)」は、《芦刈》で獲れた《壱重1》という等級の海苔になります。
市販の海苔などで「特選のり」「佐賀のり」のような商品名を見かけたことがありませんか?漁場か等級の一部を商品名に付けているケースはありますが、こうやって全てをオープンにしているのは非常に珍しいと思います。私たちは、お客様に少しでも海苔の生産背景や特性を理解していただきたくて、こうして漁場や等級をオープンにしているんです。
海苔の等級とは
ー 海苔の等級って何ですか?
沼田:等級の《壱重1》を例に、どういう読み解くかを説明すると…「壱」が初摘みの印「重」は重みがあるという意味「1」が上から一番上の等級…と海苔の品質や特徴を表しています。
ー 等級は何種類くらいあるんですか?
沼田:おそらく100種類以上あります。海苔屋さんになって何が大変かと聞かれたら、これを覚えるのが大変です!他にも「軽」とか「曇」や「エビ」なんてものもあります。
ー えっ、エビが混ざっているのはうれしいじゃないですか…!
沼田:そう思いますよね! 感覚的にはそうなんですけど、殻が混じっていたりとエビせんの様なポジティブなイメージとは少し異なります。あとは青海苔が混じっているものを「青混」と言いますがこれは磯の香りが強くて人気ですし、小穴が開いている印の「○」はうちで今多く取り扱っています。
ー 小穴が開いているのは良いことなんですか?
沼田:昔はその見た目からあまり評価されてきませんでしたが、小穴は海苔の元気が良すぎて、引っ張りあうことでできる隙間。口どけがすごく良い証拠でもあるんですね。なので私たちは「美しい」と「おいしい」は別物と考えて取り扱っています。
7種類の海苔を食べ比べてみる
沼田:お店にいらっしゃった方には、まず店頭の海苔を試食していただいて、漁場による味の違い、等級による味の違いを体験してもらいます。
今日食べ比べする7種類はこちらです。
1.佐賀県「早津江推上2」
2.佐賀県「鹿島第三壱◯1」
3.佐賀県「芦刈壱重1」
4.福岡県「大和北◯優①」
5.佐賀県「芦刈壱◯2」
6.佐賀県「芦刈壱◯1」
7.福岡県「両開旬◯特」
ー 同じ有明海の漁場でも味はかなり違うんですか?
沼田:味の傾向は似ていますが、例えば佐賀のほうがまろやかな旨味、福岡のほうが濃厚な旨味になる傾向があります。食べ比べてもらえば、より明確に分かるはずです!
さっそく7種類を試食!
佐賀県「早津江推上2(はやつえ すいじょうに)」
沼田:1つ目は、佐賀県・筑後川の支川である早津江川の河口にある早津江漁場の海苔。
「推」は初摘みの印で、なおかつ海苔がぎゅーっとつまっていて黒光りするという意味もあります。「上2」は等級でいうと2の上になるので、1等級に近い海苔です。
ー では、いただきます。 ……….おお〜!口にいれた瞬間、香りがほわぁ〜んと広がりました…!未知の体験です。
沼田:この海苔は前味のインパクトが強くて、味と香りがすぐに来るんです。後味は甘みがあって、この甘みが具材との調和を引き立ててくれるので巻物やおにぎりに向いています。白いご飯はもちろん、クリームチーズと合わせてもおいしさが引き立ちますね。
ー 海苔の前味と後味、あまり意識したことがなかったけれどもこの海苔を食べるとよく分かります。
たらことごま油と大葉のおにぎりもおすすめ。
佐賀県「鹿島第三壱◯1(かしまだいさん いちまるいち)」
沼田:2つ目は、同じく佐賀県の塩田川河口にある鹿島第三漁場の海苔。「壱」は初摘みの印です。最初に食べた海苔とは、口どけが全くちがいますよね?
ー いただきますー。……..あれっ。もうない? サーッととけました…!……儚くてやわらかい….味もさっきの海苔よりも甘みがあります。
沼田:そうなんです。甘みのある前味に続いてだしのような後味が広がる…最初の海苔とかなり違うはずです。
で、なぜかというと鹿島は筑後川からも浜川からも山のミネラルが流れてくる。源泉は多良岳で、30年前から植林している分九州でも随一のきれいな水がどんどん流れてくるんですね。それに潮の流れがあいまって、ミネラルが流れてくるので、独特の旨味になります。
ー なるほど。味の違いは漁場の違いが大きいんですね!
沼田:ちなみにこれは7種類のなかでも、1番口どけが良いので、チーズだとセミハード系のゴーダに合わせると食感もちょうど良いです。あとは海苔汁。スープにいれるとサーッととけて濃厚な味になりますね。
ー 海苔の特徴が違えば、マッチするチーズも違うんですね。おもしろい提案です…!
佐賀県「芦刈壱重1(あしかり いちじゅういち)」
沼田:こちらも同じく佐賀県の六角川の河口にある芦刈漁場の海苔。「重」は一般的には巻物向きの海苔なんですけど….食べて見てください。
ー …あっ!これは…….。海苔なのに噛みごたえがある。スルメみたいです。
沼田:そう、食感が強い海苔でパリパリ噛むたびに旨味が広がるんですね。1つ目の早津江は香りの強さが最初に広がるタイプでしたが、こっちは食感と一緒に香りが広がっていくタイプです。
福岡県「大和北◯優①(やまときた まるゆういち)」
沼田:ここまで、ずっと佐賀県の海苔でしたが、次は福岡・大和北漁場の海苔です。「優」は一等級よりもさらに上の等級で、①が初摘みの印です。
沼田:福岡の海苔の特徴は圧倒的な味の濃さ。塩味がきいてまして、前味から後味へ、塩気、旨味、甘み…口の中で3段階くらい味が変わっていきますよね?
ー 味付け海苔みたいな味です、お酒のつまみによさそう…!
沼田:この海苔は白いごはんにかけらをまぶすだけで、そのままふりかけになっちゃいます。ぜひおうちで試してみてください!
佐賀県「芦刈壱◯2(あしかり いちまるに)」
沼田:今度は同じ漁場で等級の違いを楽しんでもらいましょう。3番目に食べた佐賀県の芦刈漁場「芦刈壱重1」覚えていますか? 今度は「○2」の等級です。…どうでしょう?
ー あの噛みごたえあるスルメのような海苔と同じ漁場とは思えないです。すぅーっととけます。
沼田:特徴は、やわらかさとうまみ。パリパリしていた「芦刈壱重1」とはちょっと違います。
ー 同じ漁場の中でも、こんなに味のバリエーションがあるんですね。深い…!
佐賀県「芦刈壱◯1(あしかり いちまるいち)」
沼田:これも同じ漁場です。これは他が10枚入りに対して、5枚で2,000円する非常に高価な海苔になります。とにかく味のバランスが非常に整っているのが特徴です。
ー 個人的には、これが一番好きです。非の打ち所がない!
沼田:サクッとした歯切れからはじまって、旨味・口どけすべてそろっているので、うちの母は「満点海苔」って呼んでいます。母と好みが合うかもしれませんね。(笑)
福岡県「両開旬◯特(りょうかい しゅんまるとく)」
沼田:最後は福岡の海苔。これは海苔本来のうまみと強い香りが特徴です。非常にバランスの良い海苔なんですが、口の中でぐるぐる磯の香りがしますよね? 前味のインパクトがあります。
沼田:…というわけで、どの海苔がおいしい!という訳ではなく、それぞれに個性があっておいしいのですが、好みは人それぞれなんですね。同じ年、同じ海、同じ初摘みで獲れたものでも、漁場や等級でこんなに味が違うので、例えば「芦刈の海苔が好き!」という方には「芦刈壱重1」も「芦刈壱◯2」も「芦刈壱◯1」も提案できるんです。
ー 海苔にこんなに選ぶ楽しみがあるなんて知りませんでした。食べ方のおすすめはありますか?
沼田:おにぎりや巻物にするほか、バターにちょこっとつけて食べると風味が引き立ちます。あとは漁師さんがよく食べている「刺身巻き」もおすすめです。海苔になめろうや醤油をつけた刺身をのっける食べかたなんですが、海苔の歯切れが良いままに、海苔の旨味と魚介の旨味をいっぺんに楽しめる最高の一品です! お正月は、これをやりたいと海苔を買われるお客様も多かったです。
公式サイトではおにぎりをはじめとしたレシピも掲載。海苔の特性にあった食材の組み合わせを知ることができる。
焼きたて海苔を食べてみる
沼田:今は焼いた海苔がパックに入った状態で売られているのが当たり前ですが、昔はどうやって売られていたか、知っていますか?
ー 想像もつかないです。
沼田:乾海苔(ほしのり)といって、昔は保存や焼き技術がなかったため、干した海苔を束状にして売っていました。ちなみに海苔は焼いてから賞味期限が発生するので、乾海苔を冷蔵庫で保管していれば長期間保存可能です。なので、うちはシーズンにかかわらず1年中初摘み海苔が食べられるんです。
乾海苔は帯状に束ねられ出荷される。この段階では長期保存も可能。
沼田:初摘みの海苔はとてもやわらかいため乾海苔の段階で欠けやすいので、安定した販売においてはリスクにもなります。それでうちのお店では、欠けてしまった初摘み海苔を店頭で焼いて、焼きたての海苔を食べてもらう体験として提供しているんです。
左が専用機械で焼いたもの。右が焼く前の乾海苔。
沼田:さっそくですが、焼きたてを食べてみてください!
ー ……おいしい! パリパリ感が全く違いますね…!
沼田:そうなんです。焼きたては歯切れがとても良くて、すごい濃厚な香りがしますよね? これを一度でも子どもに味わってもらうと刺激になるみたいで、お店に来たお子さん連れの方にすごく喜ばれます。またご年配の方で「懐かしい、昔食べてた海苔の味だ」と感動される方もいらっしゃいます。
ー じゃあ、既に焼いてあるこちらの商品も少し焼いたほうが、おいしくなるんでしょうか?
沼田:よく聞かれるのですが、こっちは既にミディアムで焼いてあるので、焼いていただかないほうがおいしいんです。
ー ミディアム!焼きかたもいろいろあるんですね。
沼田:そうなんです。海苔の焼きかたも、実はいろいろあります。レア・ミディアム・ウェルダン…うちはミディアムで焼いています。レアだと瞬間的にはおいしいんですが、ちょっと時間が経つと少しだけくせが出てくるんです。それがミディアムだと旨味が残りやすい。
海苔屋さんによって焼きかたのこだわりはいろいろですが、お客様にとっては選びようがないことでもあります。先ほどの漁場や等級と同じで、基本的にこういった情報は、お客様に販売するうえで必要ないこととされてきたので、海苔屋でも一部の人しか持ち得ない情報なんです。
ー し、知らなかった…!
ポテンシャルだらけ!海苔のパワー
ー 食べ比べに始まり、知らない海苔のことをたくさん教えてくださり、ありがとうございます。
沼田:まだまだ知られていませんが、海苔は味も多様でそれぞれに違ったおいしさがあるんです。なので、いろんなおいしさをお店で楽しんでもらって、自分の好みにピッタリの海苔をみつけていただけたら嬉しいです。
ー 沼田さんが今後チャレンジしたいことを教えてください!
沼田:海苔はどこの食卓にもある日本の伝統食という側面だけではなく、日本が誇るスーパーフードとして海外からも注目を浴びています。海苔には、ビタミンに葉酸やタウリン…非常に豊富な栄養が含まれているんです。種類や生産者さんのことはもちろん、みなさんに栄養面も伝えていきたいし、この高いポテンシャルをうまく生かして、海苔のイメージをどんどん変えていきたいです。
ぬま田海苔 合羽橋本店 店舗情報
住所:〒111-0035 東京都台東区西浅草3-7-2
電話:050-1745-9617
営業時間:11:00〜17:00
定休日:水・金
Webサイト:https://numatanori.com/pages/store_kappabashi
沼田さんのインタビュー記事はこちら
撮影/有吉晴花