実は深い、釜石の鉄の歴史
釜石の鉄の歴史は古く、日本古代からの砂鉄を使った「たたら製鉄」が行われていたという記録があります。
鉄鉱石が発見されたのは1727(享保12)年。徳川8代将軍吉宗の時代です。
黒船に対抗するため近代製鉄へ
近代製鉄の父と呼ばれる盛岡藩士、大島高任が釜石に洋式高炉を築き、日本で初めて鉄鉱石からの安定した製鉄に成功したのが1857(安政4)年。黒船来航が1853(嘉永6)年ですから、開国を迫る軍艦に対抗できる大砲を作るために、幕府が良質な鉄を必要としていたことがわかります。
・釜石市鉄の歴史館
岩手県釜石市大平町3-12-7
産業革命を支えた釜石の鉄
その後、1880(明治13)年に官営製鉄所の操業がスタート。鉄の輸送のために釜石鉄道が開通しました。鉄道の開通は日本で3番目だったことから、製鉄がいかに重要な産業であったかを知ることができます。
その後製鉄所は民営化され、1934(昭和9)年に日本製鐵株式會社釜石製鐵所となりました。
・橋野鉄鉱山
岩手県釜石市橋野町第2地割15
戦後、焼け野原からの復興
しかし鉄は釜石に繁栄だけでなく、苦難ももたらしました。鉄が軍事的に重要だったため、第二次世界大戦終戦間際である1945(昭和20)年7月14日と8月9日、2回の艦砲射撃にさらされたのです。製鉄所は壊滅的な被害を受け、釜石のまちは焼け野原となり、多くの命が失われました。
そこから釜石は、戦後日本の高度成長を製鉄で支えるまでに復興したのです。そして歴史は、冒頭でご紹介した逆境からのラグビー7連覇へと続いていきます。