新型コロナウィルスの感染拡大で、在宅勤務を突然言い渡され、あれよあれよという間にオンライン会議などで右往左往しているあなた、「ボーッと生きてんじゃねえよ」とチコちゃんからだけでなく、あちこちから叱られていませんか。このままボヤボヤしていたら、本格的に「働き方改革」の波に振り落とされてしまうかも。えっ、でも、ちょっと待って! そもそも「働き方改革って何よ?」と今更ながら思っている人も多いと思うので、改めて、厚生労働省の発表するガイドラインの定義を見てみると……。
「働き方改革とは、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で「選択」できるようにするための改革です。」
「多様で柔軟」「自分で選択」、これって日本人にとって一番難しいことじゃない? 今までと違う働き方って、いったい何だろう? そんなことをボーッと考えていたら、驚くようなポスターを見つけてしまった。
「チョウザメが村の人口を超えましたので、食べに来て下さい」
一瞬、目を疑い、読み間違いかと、二度見してしまった。
この自虐的ポスターがきっかけで、SNSで一躍話題となった村がある。それが愛知県豊根村。そして現在、この豊根村には5,000匹ものチョウザメが育っているらしい!!
日本でチョウザメの養殖を仕事にすること自体、とっても多様な生き方である。さらにチョウザメが人間の人口を超えたという、もはや魚と人間世界の共存とは、多様すぎるではないか!! と私の頭の中にはチョウザメに囲まれた人間たちの様子がグルグルと回ってしまった。そんな豊根村での新たな取り組みについて取材してみた。
知っていますか? チョウザメはサメにあらず
まずは、チョウザメについてのおさらい。サメとつくことから、人を食べるあのジョーズを思い描く人もいるかもしれないが、チョウザメはサメ科ではなく、シーラカンスなどの古代魚の一種。鯛やヒラメと同じような構造のエラがあり、浮袋もある。サメとは生態そのものが違うらしい。なんと3億年も前から生息しているそうだ。
ロイヤルフィッシュとも呼ばれるチョウザメは、高級食材の生みの親だ。あの世界三大珍味と言われる「キャビア」とは、このチョウザメの卵の塩漬け。キャビアといえばカスピ海や黒海、ロシアなどの専売特許のように思っていたが、日本でも水のきれいな山間部などでは養殖が可能だということで、近年、養殖事業が進められているのだ。
明治時代には、北海道にチョウザメが棲んでいたとの事実も!
さらに歴史をさかのぼってみると、チョウザメが北海道には生息していたという報告もある。石狩市の郷土史研究によれば、明治から昭和にかけて、石狩川流域で天然のチョウザメを捕獲し、市場で売っていたとの記録がある。
毎年七八月の頃に至れば、札幌市魚市場にチョウ ザメあり、其大さ一尺二三寸以上一尺七八寸のも の多し・・・・冬期に至れば五尺以上五尺八寸位 の老成魚あり、皆天塩川或いは石狩川にて捕獲す るものなりと云う
(「北海道に普通に産するチョウザメ」(1907)大瀧圭之介-札幌博物館学会報)資料提供:いしかり砂丘の丘資料館
チョウザメと日本人の歴史は実に深いのだ。
チョウザメはいかにして豊根村で養殖されたのか
それにしても、なぜ、この愛知県豊根村で養殖が始まったのか。
豊根村の歴史は古く、文化的資産も豊富で、宮嶋遺跡をはじめ、縄文時代の住居跡も発掘されている。南北朝時代には後醍醐天皇の孫にあたる「尹良親王(ゆきよししんのう)」の御在所があったとされ、数々の遺跡や伝説の残る場所だ。今では、約1000人と超過疎化の状態だが、愛知の秘境といわれるほどの豊かな自然環境に恵まれ、資源にもあふれている。豊根村のwebサイトにあるキャッチコピーには、多様な働き方の提案「自然が仕事になる豊根村」が掲げられているように、多様性社会がすでに築かれているのだ。
そういった地盤があり、さらに面白いことは何でもやってみようという村民資質もあいまって、村の人々が元気になれるパワーの源を作ろうと、一人の男性が立ち上がった。その男性がこのポスターのモデル熊谷仁志さんなのだ。
過疎化していく村を元気にしたい! それは冗談から始まった!
「生まれ育った村に何か恩返しが出来ないか村の役場職員の方と話をする中で『話題性もある三大珍味を作ろう』と冗談を言ったのがきっかけでした」と熊谷さん。家業の運送業をやりながら、チョウザメの養殖を兼業でスタート。2012年、事業化にあたっては「豊根村起業家支援事業補助金」を申請し、家にあった建材の余りを集めて、手作りで水槽を作り、チョウザメの稚魚を1000匹仕入れ、「豊根フィッシュファーマーズ」を立ち上げたのだ。しかし、始めた当初は、毎日数匹が死んでいき、結局残ったのは半分ほどだったという。まさに、始まりは「冗談からコマ!」だったのだ!(必殺!おやじギャグ返し)
チョウザメの養殖は、水質がきれいな日本の環境に適しているが、養殖技術がまだ確立されておらず、養殖事業を始める地域はどこも手探り状態だ。熊谷さんも中学卒業後、地元の養殖業で働いた経験があり、アマゴや鮎などの養殖魚の知識はあったが、それではうまくいかず、何年も試行錯誤を繰り返したという。
また、キャビアが採れるのはメスのチョウザメだが、メスかオスかを判断できるようになるには、稚魚から育てて3年後。さらにメスが育っていたとしても、キャビアが採れるようになるには7~10年かかるという。気の遠くなるような仕事である。それでもキャビアの消費量が世界4位の日本で、キャビアの生産が可能になれば、地域を活かした新規産業の一つとなり得る。
この夢に賭けるのは豊根村の人だけではない。現在では、豊根村で募集している「地域おこし協力隊」に参加する若者の中からチョウザメの養殖に関心を持つ人も現れ、豊根フィッシュファーマーズを手伝いながら定住を目指している。
自分で考え、自分で生み出す。仕事の面白さを体感中!
愛知県出身で、東京の大学からUターンした小早川武史さんは、今年、新卒となる社会人1年生だ。
「最初は皆と同じように普通に就活を続けていたんですが、面接で語る自分の姿と本来の自分の姿に乖離ができてしまったんです。そんな時、前から気になっていた地域おこし隊に参加してみようと豊根村に来て、農業や養殖業、中学校で臨時教員をやったりするうちに、仕事の面白さに目覚めて。大変だけど、自分で考えて、工夫して、やり遂げる。ここ豊根村は、アイディアを出せば、どんどん新しいことに取り組むこともできる。人との出会いもすごく豊かで、この村の資源を生かした仕事をいろいろ作りだせたらと思うようになったんです」と語ってくれた。新たに、学生時代にやっていたウルトラマラソンのクラブを立ち上げ、大会参加も目指しているとか。豊根村をPRできることをいろいろと考えているそうだ。
同僚の横山雄大さんは、神奈川県出身で東京の大学を出て、会社員として3年間務めた後、2018年に地域おこし協力隊に入り、豊根村に移住。チョウザメの養殖に加え、メダカの繁殖を行い、様々な品種を販売している。養殖の仕事は、夏は朝昼晩2~3回、冬は1~2回餌をあげ、魚の糞の掃除や雨水で流れてきた土砂や落ち葉の掃除。これを繰り返していくそうだ。
2016年からは、村のレストランなどでチョウザメ料理を提供するようにもなった。「チョウザメをまずは知ってもらうことが大事」と、熊谷さんと二人三脚で事業化に尽力してきた豊根村役場の青山幸一さんが力を入れてきた豊根村の特産品だ。中でもチョウザメ寿司は、珍しく、魚の王様、鯛とフグを合わせたような食感と脂のとろけるような美味しさが絶品。話題性も十分で、コラーゲンや高度不飽和脂肪酸が豊富で、美容や健康に最適といいことづくめなのだ。
2020年度には、初のキャビアの商品化を目指して、加工工場も創設される予定の豊根フィッシュファーマーズ。受け継がれてきた自然と食文化を融合させ、新しい時代への挑戦を続けている。
働き方を含め、生き方自体を見つめ直す時代。どんな働き方をし、どんな場所で暮らすかの「職住近接」は、働き方改革の課題の一つでもある。AIに取って代わられる仕事ではなく、その町の資源を見つめ直してみると、まだまだ改革していける仕事がある。「日本文化×働き方改革」、そこには計り知れない可能性が眠っているのではないだろうか。