Gourmet
2020.04.22

カレー研究家は葛飾北斎の夢を見るか?浮世絵の染料で実際にカレー作ったった!

この記事を書いた人

先日、アロハシャツを予約注文した。僕はカレー研究家で、夏はアロハシャツとエプロンでキメ込みたいのだ。SOFTMACHINE(ソフトマシン)というこちらのブランドはいつもシャツが素敵で毎シーズン買っているんだけど、今回は妖怪の浮世絵をモチーフにしたシリーズ。百鬼夜行の類にアメリカンな世界がチラッと混ざり込む。カッコいい。

で、注文後、妖怪の浮世絵を描いた絵師ってどんな人がいたのか気になって調べてみた。いろんな文献を見ているうちに浮世絵の着色成分に辿り着いたのだが、その染料という項目に見覚えのあるヤツを見つけてしまったのだ。

その資料には

「黄色はウコン、キハダ。赤色は紅花。青色は藍。」

と書いてあった… ウコンはターメリックでスパイスだ… 紅花はお茶に入れたりするし…藍も食べられるんじゃないの…

浮世絵の染料でカレー作れるんじゃないの!!

コロナで抑圧されていた僕のカレースイッチが、今、入った。

浮世絵は版画なの知ってた?

果たして、浮世絵の染料でカレーが作れるのか?
その前にまずは簡単に浮世絵の制作工程をおさらい。

浮世絵って、その多くは版画なのだ。肉筆っていう筆で直接紙に書き込む浮世絵もあるんだけど、ほとんどは木版画。
けっこう最近まで僕は知らなかったんだけど、みんな知ってた?

浮世絵は本の出版みたいに組織だって作られる。
版元という今でいう出版社がいて、そこのプロデューサーが企画した内容を絵師(葛飾北斎や、歌川国芳は絵師)が描いて、それを彫師が木版に彫りこみ、最後に摺師(すりし)が色を付けて摺って完成だ。

詳しくはこちらを読んでいただきたい。先達の記事があるので紹介する。

ここで浮世絵トリビア!版元には喜多川歌麿や、東洲斎写楽を見出したスーパープロデューサー蔦屋重三郎って人がいたんだけど、今のTSUTAYAの由来の一つは、この蔦屋さんの名字から来てるんだって!カルチャーって紡がれるー!

江戸の後期になると量産体制が定着する。摺師が1日に摺れる量を「1杯」といい、基本的には200枚前後。なぜ200枚が限界かというと、浮世絵は全ての色が摺り終わるまで湿しているので、それ以上一気に摺るとカビが生えてしまうから。人気のあるものは、この1回200枚の単位で、2杯、3杯…と重版されて、なかには1万枚近く摺られたものもあったらしい。

一つの作品という扱いでなく、多くの人に楽しんでもらうために娯楽として生まれた浮世絵。お値段も安かったし、組上絵なんて立体にして遊ぶ浮世絵もあった。この量産体制があったからこそ、ヨーロッパにまで渡ってゴッホをはじめビッグな画家達に多大なる影響を与えるにまで至ったんですな。

浮世絵のターニングポイントはベロ藍

染料ってスパイスじゃん!と盛り上がってしまったが、顔料と染料の違いを説明しておきたい。顔料ってわかるかしら??どっちもインクに使われてたりするけど ここの違いがマジで浮世絵ターニングポイントなので要チェックです!

まずは染料について。先にも上げたけど、ウコン、紅花、藍、ほかにも青花(露草「つゆくさ」)とか黄檗(きはだ)とか植物性由来のものが多い。染料は種類によってだが、その多くは水やアルコール、油に溶ける性質がある。顔料は、天然鉱物を原料とするものや、人工的に合成されてできあがる着色料のことを指す。不溶性で樹脂などと一緒に使われる。絵画では色鮮やかな顔料の粉末が日本画で使われてきた。

では、浮世絵ターニングポイント!それは1830年の天保元年前後だと言われている。きっかけは青の色だ。浮世絵界の青に革命が起きた。ドイツ生まれのプルシアンブルーという化合物顔料が、浮世絵で使われるようになったのだ。日本ではプルシアンブルーのことを「ベルリンの藍」ということで略して「ベロ藍」と呼んだ。※プルシアンブルー自体は1750年代頃に日本に渡ってきているんだけど、その頃は高価で簡単には扱えなかったらしいよ!

「ベロ藍」ことプルシアンブルー。

それまでの青色というのは、染料の青花、藍がメインだったのだが扱いが難しかった。青花は淡さもあって綺麗だが水に滲みやすい。藍は個体差があるのと、くすむような奥深い青が美しいのであって派手さはない。また染料は、どうしても色が褪せやすいという問題があった。

ところがベロ藍は、非常に鮮やかでビビッドな青を安定して出せたのだ。で、これが何に適しているかというと海や空の青の色だった。グラデーションもできちゃうし、色が褪せることもない。

(作品 個人蔵)

ベロ藍を使った空のグラデーション。当時はとっても斬新だった。

と、ここに目をつけたのが、あの葛飾北斎。このベロ藍を風景画に使うことを思いつく。絵師・イン・ザ・スカイー♪ と描き上げちゃったのが、かの有名な名所絵シリーズ「冨嶽三十六景」で、これがレキシ的な大ヒット。

そこから他の絵師達もベロ藍に魅了され、一気に使い始める。ベロ藍は入ってきた当初は高価だったが、中国でも作られるようになるとお手頃価格のナイスバリューに。利用者急増。普及率は2〜3年で約90%と爆速の拡がりをみせた。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」横大判錦絵 文政13~天保3(1830~1832)年ごろ 25.4×37.8㎝ メトロポリタン美術館 The Metropolitan Museum of Art. Henry L. Phillips Collection, Bequest of Henry L. Phillips, 1939

そして、ベロ藍の普及によって浮世絵は作風までもが変貌を遂げていく。全体的にベロ藍の鮮やかさに引っ張られ、他の色彩も濃くなり、派手さが好まれるように変化していったのだ。ここから必然的に青が強調される風景画も増えるようになった。「東海道五十三次」を描いた歌川広重なんかの天才も出てきたというわけである。

と、こう書くと、染料が劣っているように理解されちゃうかしらん?決してそんなことはないんです。

カレーなる染料ちゃん達

浮世絵は明治時代の終わりくらいまで作られるが、ベロ藍が使われるようになってからも青色以外の染料はずっと使われていた。藍や青花も全く使われなくなったということではないらしい。ということで、どう使われていたかご紹介!

■鬱金(ウコン)

まずはメジャーなウコン。英語だとターメリックと呼ばれる。肝機能の改善は有名な話だが、老化防止や血圧降下なんかも期待されている。最近、海外では「ターメリックラテ」が人気を博している。スターバックスも注目してるらしい。日本でもカルディの販売で話題になった。染料としては生のウコンを煮立てて黄色の液体を作って濾した物を使っていた。

(作品 個人蔵)

この黄色に鬱金が使われている。赤は合成染料、退色が少ない。緑色は青と黄色の絵具を混ぜて色を作る。上の作品の緑はベロ藍と石黄(せきおう)を混ぜて作られている。ベロ藍と鬱金でも緑を作ることができる。

■紅花(ベニバナ)

紅花油でお馴染みのお花。口紅にも使われる。英語だとサフラワー。紅花油はコレステロールを除く働きがあり、花の方は血行促進や婦人病に効果が期待できるとされる。染料の作り方としては、花の黄色の部分を取り除き、赤い部分だけ摘出する。それを、椿の枝を燃やした灰に水を混ぜて作る灰汁に混ぜる。灰が沈んで上澄みにきれいな水が残るんだけど、それがアルカリ性になっていて紅花の赤色を抽出してくれる。そんで今度はその赤くなった液体にお酢や烏梅(梅から作る媒染剤)を漬けた水を混ぜる。そうすると今度は液体が酸性になって赤色だけが沈む。それを集めて紅花の染料が完成する。

(作品 個人蔵)

着物の紅葉は鬱金と紅の重ね摺り、襖の黄色は鬱金、袖口や裾に見える赤が紅花。退色しているが本来はもっと赤い。

■藍(アイ)

藍は近年、名産地の徳島県で食用にもアレンジされてきている。最近の研究では抗ウイルス効果が期待されているらしい。藍で染められている布や麻糸を、水と石灰と水飴で茹でて色を抽出させて、出てきた泡を集めて藍色を出し、絵具にするといわれている。この藍の粉末は左が藍本来の成分が抽出されている食用藍パウダー。右は藍の色が鮮やかに溶け出るように開発された水溶性の藍パウダー。こちらも食べても問題は無く、食品や飲料に藍色のアレンジを加える時に使われる。藍や青花の生産者さん、職人さんは激減しているそう。誰か継いでー!

(作品 個人蔵)

着物は墨、かぶっている手ぬぐいは藍。頭髪の剃ってあるところを月代(さかやき)というが、ここは薄い藍で摺っている。今の藍より昔の藍の方がくすみが薄く鮮明さがあったという説もある。

お待たせ!浮世絵カリーはこちら!

さー、カレーでございます。染料そのものをしっかり味わえるように、基本の染料スパイスを軸にシンプルなカレーを三種作ってみた。そして、マジのマジで美味しさを追求してみた。インドの食器に日本式の梅干しと、たくあんも付けて、浮世絵カリーだよ!

鬱金と大豆のダルカリー

これは定番と言えば定番。インドにはターメリックとレッドチリペッパーと塩だけで味付けするようなカレーがある。ただ同じようにつくっても面白くないので、通常はマスールダル(豆の種類、ダルが豆)、チャナダル(ひよこ豆)なんかを使うところを、日本らしく大豆だけで作ってみた。


大豆は半日水に漬けてから2時間くらい煮る。この茹で汁は他のカレーにも使えるぞ!豆出汁優しい!


別鍋で玉ねぎと、トマト炒めてスパイスを入れる。使ったスパイスは鬱金ことターメリックとクミンのみ。あとは豆と一緒に煮る。

アクセントは生姜。隠し味で醤油を少々。鬱金の香りが引き立つ。予想通り、豆そのものを感じる素材が活きる良い意味で淡白なお味に仕上がった。生姜も淡く効いて色は黄色が強くて派手だけど精進料理みたいな感じ。

紅花チキンカリー

インドの田舎に伝わるシンプルチキンカレーをアレンジしたんだけど、これが予想の遥か上をいく美味さに!ちょっと感涙レベル。


ホールスパイス(粉じゃなく、固形スパイスのまんまの意味)はレッドチリペッパーを1本だけ。油に香りが移ったら、紅花の花弁と玉ねぎを炒める。このレッドチリペッパーがタイ産のヤバイので、味見したらめっちゃ辛くてウケた。人間は目の下からも汗が吹き出るという発見。


他のスパイスで紅花をぼやけさせたくなかったので、スパイスは紅花パウダーとターメリック少々のみ。紅花パウダーはカカオっぽい風味があって驚く。凄まじくいい。


混ぜ合わせると、この時点で既に見た目はカレー。紅花パウダーからは赤は抽出されず、茶色。花からも赤はでなかった。でも、香りがカレーとは違うんですよ。期待高まる。

異常な奥深さ。紅花のポテンシャル恐るべし。スパイスから作るカレーって通常は3〜4種のスパイスをベースにして、そこにスパイスの足し算をしていくもんだけど、紅花は余計なことせずシンプルな使い方が良いと思う。最後に足した花弁も美味い。メキシコの「モーレ」に近いというとスパイス馬鹿なら共感してくれるはず。尚、今回のカレーは日本橋の名店「紅花別館」とは関係ございませんので先に言っておきます。

藍すだちポークビンダルー

これがね。挑戦だった。やっぱり、藍でカレーは難しい。でも、どうにかして成功させたい。なんでかって、食用の藍を手に入れるのに名産地の徳島の方々が、とっても快く協力して下さったのだ。なもんで、これは恩返しで、徳島の名産になるようなカレーにせねば!と頭を300回くらい捻って考え出したのが、今回のポークビンダルーの変化型カレーである。

元のポークビンダルーというカレーは、インドのゴア地方にあるカレーでポルトガルが統治していた時代に生まれた。ワインビネガーを使うのでスパイスの辛味に酸味が重なってクセになる美味しさである。僕が以前の記事で少しだけ紹介したが、最近、日本でもじんわり流行りだしている。このワインビネガーを徳島名産の「すだち」に置き換え、藍を感じられるように他のスパイスを極力控えて作った。


最初にスパイスと、すだち、にんにく、生姜などでマリネするんだけど、藍を入れるとほぼアート。改めて青い食品はないんだなと思う。同時にガリガリ君ソーダの青を不自然と思わせない赤城乳業にビッグリスペクト。スパイスはブラックペッパーとマスタードシードにコリアンダーパウダーのみ。


煮込むと色がすごいことに。。でも香りはいい。本家のポークビンダルーはトマトをしっかりと使う。グルタミン酸の旨味がでるからだ。だが、トマトを使うと藍の濃い青が台無しになりそうだったので、苦心した結果、昆布出汁を使うことに辿り着いた。

恐る恐る食べると…なんなのー!この夏に最適な感じ!さっぱりしててうんまぁ!昆布で旨味も補完できている。煮込むと綺麗な青にはならないけど、逆に見た目も、そんなに悪くない気がするよ!

企画として、色味でドバーン!絵具みたいーってしたくなかったので、ちゃんと美味しいカレーに着地できて安心した。
かなり良いできだったので、コロナが終息したらイベントなんかで出すかも知れません。その際は是非是非、よろしくどーぞ。

取材協力:
東京藝術大学大学院美術研究科教育研究助手 大和あすか様
株式会社藍屋久兵衛(徳島大学発ベンチャー)代表取締役社長・徳島大学教授 宇都義浩様
株式会社ボン・アーム様

書いた人

カレー研究家、CHANCE THE CURRY代表です。ほぼ毎日カレーを食べています。最近は専ら日本的なカレーの模索にどっぷりで和食とスパイスの組み合わせを探求中です。執筆、レシピ開発やカレーイベントの主催、製品開発なども手がけてます。カレーから愛されたい。手がいつもカレー臭い。