三寒四温といわれる早春から、二十四節気の「桜初開(さくらはじめてひらく)」の起点である春分を過ぎると、桜前線も一気に北上しそうな勢い。
異常気象が取り沙汰されることが多い現代においても、古来の暦がほぼ正確に今なお繰り返されていることには、なんとなく安堵するところがあります。
「柳緑花紅」
読み方は「やなぎはみどりはなはくれない」。
中国の北宋時代の政治家で、詩人・書家としても一流であった蘇軾(そしょく)または蘇東坡(そとうば)の号で知られる人の詩の一節です。
自然の理にかなった姿が最も尊く美しい。すべてのものを客観的にみつめ、あるがままに受け入れること。そのような心得が説かれています。
茶の湯において「柳緑花紅」は4月を表す禅語。そのような心を映した春のもてなしが、茶道や数寄者にゆかりの深い京都の美術館で催されています。
中でも注目したいのが、京都御所にほど近い鴨川の西岸にある北村美術館でも春と秋の一時期だけしか観ることができない名庭「四君子苑(しくんしえん)」が、4月19日(火)~4月24日(日)に公開されることです。
茶人の好みがそこかしこに感じられる「四君子苑」
北村美術館は、実業家で茶人でもあった北村謹次郎(きんじろう)のコレクションの保存・公開するため昭和52(1977)年に設立されたもので、京都における茶道関係の美術館のさきがけとなった施設です。
写真/北村美術館「四君子苑」の母屋北側の広縁の先には、四方仏(よほうぶつ)の手水鉢(ちょうずばち)など貴重な石造美術品が点在。写真提供/北村美術館(以下同)
北村は奈良県吉野で代々林業を営む家に生まれ、大正から昭和にかけて京都で茶の湯の研鑚(けんさん)に努め、昭和の数寄者(すきしゃ)として名を馳せるようになりました。
その北村が夫人とともに蒐集した、傑出した茶道具のコレクションを今に伝える北村美術館は、江戸時代後期の思想家で漢詩人の頼山陽(らいさんよう)が「山紫水明處(さんしすいめいのところ)」と讃えた景勝地に立っています。美術館では毎年春と秋に、季節にふさわしいテーマを決めて企画展が行い、その内容は数寄者の好みに触れることができる貴重な機会として人気を博しています。
そして、美術館に隣接した「四君子苑」こそ、まさに数寄者の庭の最たるもの。もともとは北村の自邸で、庭の設計施工を作庭家・佐野越守(えつしゅ)が担当し、京数寄屋の名棟梁・北村捨次郎(すてじろう)の手による離れと小間がある建物、近代数寄屋建築の第一人者・吉田五十八(いそや)が改築した母屋で構成されています。
上の写真/1237(嘉禎3)年の刻印がある日本最古の年銘入りの石灯籠。約60点にもおよぶ多種多彩な石造美術品の中には、日本最古の年銘入りの石灯籠(いしどうろう)、鎌倉時代の名品とされる八角形の石灯籠、鶴の塔という通称がある古式の宝篋印塔(ほうきょういんとう)、以上3点の重要文化財が含まれている。
四君子苑という名は、高貴の菊、剛直の竹、清冽の梅(むめ)、芳香の蘭を四君子として讃える中国の風習に由来し、4つの花名の頭文字を順に読むと「きたむら」となることから「四君子苑」と北村謹次郎が命名。
苑内は茶室や腰掛待合(こしかけまちあい)、渡廊下といった華やかな露地になっていて、様々な年代・形の石灯籠や宝塔、大小の石仏、古寺の礎石といった石造品には目を奪われてしまいそうなほどです。
渡月橋の橋脚を用いた内露地の大手水鉢(おおちょうずばち)や飛鳥時代の石棺の蓋を用いた沓脱(くつぬぎ)の巨石などいわくゆえんのある名品が所を得た庭は、石造美術館のような趣も味わえ、茶の湯に詳しくなくても思わず見入ってしまう趣があります。
大胆な床石を配した玄関の寄付から表を見ると、透けのある稲穂垣(いなほがき)に目が留まる。
「四君子苑」の内露地を通ってたどり着く、茶室の躙(にじ)り口。席前の寄せ灯籠が歓待してくれる。写真は秋の公開より。
北村美術館
四君子苑 春の公開
会期/4月19日(火)~4月24日(日)
入苑時間/11時~15時
入苑料/2,000円(美術館入館料を含む)
春季茶道具取合展「春を惜しむ」より、桜ちるの文および油滴天目茶碗(ゆてきてんもくちゃわん)の床前
平成28年 春季茶道具取合展「春を惜しむ」
会期/3月12日(土)~6月12日(日)
開館時間/10時~16時
休館日/月曜(祝日の場合は開館)、祝日の翌日(4月30日、5月4日・5日は開館)
入館料/600円(学生400円)
北村美術館HP
京都府京都市上京区河原町今出川南一筋目東入梶井町448
京都で訪れたい茶の湯の美術館
春の展覧会情報
野村美術館
野村証券、大和銀行などの金融財閥を一代にして築き上げ、茶の湯と能に深く傾倒した野村徳七(とくしち)のコレクションをもとに開設された「野村美術館」。天下無双の別荘群とも称される南禅寺界隈にあり、立礼(りゅうれい)茶席で気軽にお茶に親しむことができます。
「書を愛でる 茶の湯の掛物」より伝小野道風(おののとうふう)筆『小島切(こじまぎれ)』※前期展示
平成28年春季特別展「書を愛でる 茶の湯の掛物」
会期/前期3月5日(土)~4月17日(日)、後期4月19日(火)~6月5日(日)
開館時間/10時~16時30分(入館は16時まで)
休館日/月曜(3月21日は開館)、3月22日(火)
入館料/700円(高大生300円、小中生200円、70歳以上500円)
★呈茶席:椅子席の茶室にて上生菓子付きお抹茶1客600円
野村美術館HP
京都府京都市左京区南禅寺下河原町61
泉屋博古館
住友家15代当主・春翠(しゅんすい)が蒐集した中国古代の青銅器や鏡のほか、中国・日本の絵画や書跡、茶道具、文房具など、住友家のコレクションを展示する美術館。春翠が別荘として求めた鹿ヶ谷(ししがたに)の地にあり、東山の穏やかな山容を望む風光明媚な環境も格別です。
「はんなり 春のしつらえ ―花の絵画と茶道具とともに」より菊池容斎 『桜図』 江戸時代 (撮影:深井純)
新収蔵品お披露目展・1「はんなり 春のしつらえ ―花の絵画と茶道具とともに」
会期/4月2日(土)~5月15日(日)
開館時間/10時~17時(入館は4時30分まで)
休館日/月曜
入館料/800円(高大生600円、中学生350円)※小学生以下、障がい者手帳ご呈示の方は無料
泉屋博古館HP
京都府京都市左京区鹿ケ谷下宮ノ前町24
樂美術館
樂焼(らくやき)窯元・樂家に隣接する樂美術館は昭和53(1978)年、樂家十四代吉左衞門(きちざえもん)・覚入(かくにゅう)によって設立。樂歴代作品を中心に、茶道工芸美術品、関係古文書など樂家に伝わった作品を中心に収蔵。まさに樂焼450年の伝統のエッセンスが保存されています。
「樂歴代~長次郎と14人の吉左衞門~」より、初代長次郎『黒樂茶碗 銘 面影』
春期特別展「樂歴代~長次郎と14人の吉左衞門~」
会期/3月12日(土)~6月26日(日)
開館時間/10時~16時30分(入館は16時まで)
休館日/月曜(祝日の場合は開館)
入館料/1,000円(大学生800円、高校生400円、中学生以下無料)
樂美術館HP
京都府京都市上京区油小路通一条下る