京都は近代建築の宝庫です。文明開化の香りを伝える洋館、大正時代の和洋折衷、スペインやロシアの影響を受けたヨーロッパ建築…。変わらぬ姿のまま愛され続けている建物もあれば、外観を生かしつつカフェやお店に改装された建物も。「ここは海外!?」「タイムスリップ!?」と思わされる眺めも、実は京都ならではなのです。
そんな古都の懐深さを知る、2泊3日のレトロな街歩き。京都の近代建築をいくつも見て歩くうち、新しく楽しい発見に出会えます。
初日は七条から祇園で、明治建築を堪能
町家が並ぶ路地に、突如現れる赤い壁と緑青色のドーム屋根!近代建築の旅は、明治建築の隠れた宝庫、七条通からスタートです。
モダンと浪漫が交差するレトロ建築
「本願寺伝道院」は明治45年の竣工。エキゾチックな外観は、インド様式にヴィクトリアン調の赤レンガを合わせ、千鳥破風や蛙股などの日本建築を融合させたもの。のっけから、京の建築の凄さに胸が高鳴ります。すぐ近くには「龍谷大学」。緑豊かな構内には、現存する唯一の「木造石貼り建築」である本館が。これは、木骨に石を貼った擬洋風建築で、まだ西洋建築教育が始まっていない明治12年に建てられたもの。まさに洋風建築の先駆けです。
本願寺伝道院
本願寺伝道院の周囲の石柱には、摩訶不思議な怪獣の彫刻も
龍谷大学
龍谷大学の大宮学舎。本館は明治12年竣工。白亜の壁にアーチ窓が美しい南黌(写真・現在は校舎)も同年の築。ともに重要文化財
京都が誇る美の世界がここに
七条通の東端には、日本人建築家による京都初の本格西洋建築「京都国立博物館 明治古都館」。宮廷建築家・片山東熊の設計です。ルネサンス様式を取り入れたレンガ造を堪能したら、「はれま 本店」の絶品おじゃこや「Crochet 京都店」の美しい京飴を買って、昼食へ。四条のランドマーク「東華菜館」は、名建築家ヴォーリズの、大正15年の設計です。玄関の頭上には、ヤギに葡萄に巻き貝に……とテラコッタ(素焼)の装飾オンパレード。内装はイスラム文化の影響を受けたスペインバロック様式で、目がくらむほどの異国情緒を味わえます。
京都国立博物館 明治古都館
京都国立博物館 明治古都館の正面上部の彫刻は、美術工芸の神・毘首羯磨と伎芸天
東華菜館
左/スペイン式の装飾が施された東華菜館の玄関 右/蟹入りフカヒレスープ
「長楽館」の家具や調度は当時のまま
パラボラ(放射)アーチの塔をもつ大正モダン建築「レストラン菊水」を眺めたら、八坂の円山公園に隣接する「長楽館」へ。アール・ヌーヴォーの優美なステンドグラスなど絢爛たる装飾で彩られた建物は、明治の実業家が迎賓館として建てたもの。ロココ様式のカフェで薫り高い紅茶を味わえば、古の貴人たちの談笑が聴こえてくるようです。
長楽館
左/長楽館、ルイ15世様式の迎賓の間 右/季節のスイーツ
近代建築をめぐる旅、初日はここまで
1日目は、七条通から祇園で、明治建築や和洋折衷の大正モダンを見て歩きました。2日目、3日目は、二条、三条、さらには御所界隈まで。和と洋が出会う昭和モダンや、大学、パン屋などの身近な近代建築に出会いに行きます。
2日目は昭和モダンを訪ねて、二条から三条へ
京都では、人気ショップや最新カフェとレトロな近代建築とが、美しく共存している光景をよく見かけます。たとえば三条通には、お洒落な店に交じって、赤レンガ造の「中京郵便局」やアール・デコな「1928ビル」など名建築がめじろおし。なかでもぜひ体感したいのは、明治39年竣工の「京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店)」。19世紀後半のイギリス建築を思わせる外観はもちろん、屋内の巨大吹き抜け空間は圧巻。その迫力と装飾美に見とれるばかりです。
京都文化博物館別館
京都文化博物館別館の吹き抜け
文明開化の香りを伝える
戦前の小学校を文化芸術拠点施設として活用しているのは「京都芸術センター」。板張り廊下や教室、窓から見おろす校庭…旅先でノスタルジックな気分に浸るのもいいものです。明治36年に完成した「京都ハリストス正教会」も、穏やかな気持ちで訪れたい場所。ロシア・ビザンチン様式がベースの木造で、控えめなとんがり屋根が素敵です。
京都芸術センター
ヨーロッパ風にデザインした校舎の趣はほぼ当時のまま
京都ハリストス正教会
京都ハリストス正教会は、現存する日本正教会の聖堂の中でも、初期の木造建築
昭和の建築の面白さがここに!
たまごサンド好きが通う「喫茶マドラグ」でお昼にしたら、次は昭和の建築を訪ねましょう。「京都市役所」は京都の名建築家・武田五一らの設計。骨格はネオ・バロック的ですが、ディテールを東洋風のモチーフに換えている点が面白いのです。たとえば中央の塔屋には、毛筆をかたどった装飾が!また、昭和8年竣工の「京都市美術館」は、西洋的モダニズム建築に和風の瓦屋根を載せた、和洋折衷の帝冠様式。ステンドグラスや床タイルなど、幾何学デザインの内装も見のがせません。
京都市役所
バロック風建築の京都市役所
京都市美術館
京都市美術館の階段室。内装はバロック風で、和風建築を象徴する格天井に、西洋のステンドグラスの組み合わせ
レトロな老舗カフェでひと休憩
昭和モダン散策の終点は、昭和9年創業の「フランソア喫茶室」。画家の藤田嗣治が愛したサロンの雰囲気を、今もゆったり味わえます。
フランソア喫茶室
クラシック音楽が似合うフランソア喫茶室。建築デザインはイタリアンバロック様式
最終日は今出川から御所界隈をのんびり歩く
焼きたてパンとレトロな近代建築。なんとも京都らしい組み合わせでスタートする3日目。今出川の「進々堂 京大北門前」は、昭和5年、店主自らが設計したパン屋&喫茶店です。人間国宝・黒田辰秋のテーブルとベンチでゆっくり朝食をいただいたら、まずは北白川へ向かいましょう。
進々堂 京大北門前
進々堂 京大北門前のアール・ヌーヴォー風ショーケースには、バゲットなどが並ぶ
異国に連れていってくれる、不思議な建築
閑静な住宅街に突然現れるのは、白い外壁にエキゾチックな意匠をめぐらせた「京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター」。スペイン僧院を模したロマネスク風建物を見上げれば、一瞬、見知らぬ国を旅しているような感覚に。いい建築には不思議な力があるものです。
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター
スパニッシュ・ロマネスクと呼ばれるデザインは、京都の名建築家・武田五一と東畑謙三が手がけたもの
洒落たランチでハイカラ気分
鴨川沿いを南へ下ると、同志社大学創立者、新島襄の私邸「新島旧邸」が見えてきます。ここは明治初期に建てられた洋風木造住宅。さぞかしハイカラな暮らしだったのだろう……と想像したところで、本日の昼食もハイカラに。「はふう 本店」の極上ビフカツとしゃれ込みます。可憐で上品なレンガ造の「聖アグネス教会」を眺めたら、御所の西にある「京都府庁旧本館」へ。竣工は明治37年。現役で使われる官公庁建築としては国内で最も古く、美しい大理石の階段から広間のインテリアや壁紙まで、さすがの貫禄、見事です。
新島旧邸
明治11年築の和洋折衷住宅、新島旧邸
はふう 本店
箸で切れるほどやわらかジューシーな極上ビフカツ
聖アグネス教会
聖アグネス教会の聖堂は明治31年に完成
京都府庁旧本館
京都府庁旧本館では、京都の名庭師・七代目小川治兵衛が手がけた中庭も見学できる
旅の終わりは、近代建築のシンボルへ
さて、近代建築の旅をしめくくるのは「同志社大学」。構内には、クラーク記念館をはじめとする明治中期の名建築が数多く並びます。中でもレンガ造の礼拝堂は、飾り気のないつくりだからこそ厳かで美しい。建築がもたらす喜びは、100年前も今も変わらない、と心震える瞬間です。
同志社大学
左/クラーク記念館は明治26年竣工。ドイツ風の塔が印象的 右/礼拝堂はアメリカ風ゴシック建築