Travel
2019.08.23

読んでひんやり!2019年の夏休み おばけを見に行く旅に出よう【展覧会情報】

この記事を書いた人

4つの夏旅 おばけ編

遅い梅雨あけと思ったらいきなりの猛暑続き。すでに夏バテ気味という方も多いかもしれませんが、それでもせっかくの夏です。旅に出たいではありませんか。

とはいえ、どこもかしこも異常高温の昨今、長時間の外歩きはちょっと危険かもしれません。

そんな時こそ賢く利用したいのが観光地にある博物館や美術館です。

涼しい朝夕に風光明媚な景色や名所巡りを楽しみ、一番暑い時間帯はエアコンの効いた快適な室内で日本文化を楽しむ。それもちょっと怖いめ、涼感を運んできてくれそうな展覧会をチョイスすれば、なお一層の効果が期待できそうです。

そんなわけで、酷暑でも無理せず楽しめる、4つの夏旅おばけコースをご用意しました。

富山のアート巡りと富山県水墨美術館「夏の美術館へようこそ 幽霊と地獄」展

夏場の富山旅行というともっぱら立山黒部アルペンルートを中心とした山側に目がいきがちですが、実は富山市内にも楽しく観光できるスポットがたくさんあります。そして、その多くは富山駅からバスや路面電車で気軽に行ける場所にあるのです。さすがはコンパクトシティの先進地域、といったところでしょうか。

富山市の中心部はもともと富山藩の城下町として栄えた場所ですので、以前から歴史的建造物や郷土ゆかりの博物館などが多数ありました。

しかし、今はアートの街としても注目されつつあるのです。

きっかけは2015年に富山市ガラス美術館がオープンしたことでした。世界的な建築家・隈研吾が設計した未来を思わせる独創的な建物はそれだけでも一見の価値がありますし、ガラスをメインにユニークな企画展が次々開催され、常に話題となっています。

また、2017年には富山県美術館が、富山県立近代美術館のコレクションを引き継ぐ形でオープンし、20世紀初頭以降の作品を主とした近現代アートの殿堂として存在感を示しています。

そんな中、今回紹介するのは、富山県水墨美術館で開催中の「夏の美術館へようこそ 幽霊と地獄」展です。

富山県水墨美術館は、富山駅から見ると神通川を越えた向こう側、富山大学のキャンパスにほど近い文教地区にある美術館です。水墨画をはじめとする日本文化の美を鑑賞することができる、茶室や庭園を配した和風の美術館で、富岡鉄斎や横山大観といった近代水墨画の大家や富山県出身の画家・下保昭のコレクションに定評があります。

でも、今回の展示の主役は幽霊と地獄。幽霊画やあの世を描いた六道絵、地獄絵図などが集められました。

【展示品チラ見せ】

左:作者不詳 「幽霊図」 株式会社江戸文物研究所蔵 中央:「六道絵 閻魔王宮幅」 江戸時代 富山県・正興寺蔵 右:駒井源琦 「骸骨と月図」 福島県・金性寺蔵

左側の「幽霊図」は誰の手によるものかわからない作品ですが、幽霊画としては有名作品にも負けない素晴らしい一幅です。悲しみにじっと耐えているような、あるいはすべてを諦めてただ佇んでいるような……。恨みよりも寂しさが勝って感じられます。しかし、よくよく見ると口元にはほんのり笑みが宿っているようにも。そう思うと途端に絵の表情がガラリと変わり、凄惨な気が漂ってくるやに思われ。あなたなら、どんな風に見るでしょうか。

中央の「六道絵 閻魔王宮幅」は仏教絵画の一種である「六道絵」から、閻魔大王が死者を裁いている場面をピックアップしたものです。六道とは生きとし生けるものすべてが輪廻転生を繰り返している六つの世界--地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道を指す仏教用語です。

仏教のうち、浄土教系の宗派では、人は死ぬと冥府に下り、十王と呼ばれる裁判官たちに生前の行為を裁かれるとしていました。閻魔王は十王の一人で、いわば裁判長のような役割を果たします。中央にでんと座る閻魔王の前に置かれたのは取調書、左側にある大きな鏡は「浄玻璃(じょうはり)の鏡」という過去の悪事を写す映写機、左右にあるポールの上に載った人の頭は「檀拏幢(だんだとう)」といって人の善悪を嗅ぎ分け見分けるセンサーのような役割を果たします。地獄の裁きは意外とシステム化が進んでいるのです。

右側の「骸骨と月図」は、江戸後期の画家で円山応挙の弟子である駒井源琦(げんき)が描いた作品です。骸骨というと普通は不気味なものですが、威張ったように胸を張るこの骸骨はなにやらユーモラスな感じがします。釣燈籠を持つ骸骨という画題なので、描かれているのは怪談「牡丹燈籠」の主役である薄幸の美少女・お露のはずなのですが、私にはどちらかというとおじさんじみているように見えてなりません……。どうでしょう? こちらもぜひ現地でじっくり眺めてみてください。

絵の他にも幽霊と骸骨が描かれた鉄扇や四谷怪談のお岩さんの所持品だったと伝わる鏡なども展示されています。見どころの多い展覧会です。

展覧会情報
展覧会名:夏の美術館へようこそ 幽霊と地獄
会期:2019年7月26日(金)〜9月1日(日)
場所:富山県水墨美術館
公式サイト

中国地方のど真ん中と三次もののけミュージアム「かわいいかわいい妖怪」展 (広島県三次市)

広島県北部、中国地方の中央部に位置する三次市は、朝霧やワイナリーで有名。

ですが、今春、もうひとつ名物が加わりました。湯本豪一記念日本妖怪博物館、通称・三次もののけミュージアムです。

民俗学者の湯本豪一さんは、妖怪関係資料やグッズのコレクターとして、妖怪マニアなら知らぬ人はいない人物です。そのコレクションの特徴を一言で表現するとすれば、それはずばり「広範囲」コレクション。絵巻物や錦絵といった美術品だけでなく、普通なら捨てられるようなおもちゃや、アカデミックな視点からは価値が認められない図画文書まで、幅広い「おばけグッズ」を、日本のおばけ文化の証人となる貴重な資料として大切に集めてこられました。

そんなコレクションを展示する博物館がどうして三次市に建ったのか。それは他でもない、ご当地が江戸時代に実際に起きたとされる妖怪大騒動の舞台だからなのです。

寛延2(1749)年旧暦5月3日の夕方、三次に住んでいた武士の息子 稲生平太郎16歳は、懇意にしていた相撲取りの権八と肝試しをしようと町の北にある比熊山に登りました。そして、山頂の大きな岩の上で百物語をしたのですが、実はその岩、かつて比熊山に山城があった頃の城主の墓と伝わる岩で、触っただけで祟られて命を落とすとまことしやかに囁かれている、いわくつきの激怖スポットでした。

普通なら近づきたくもありませんが、そこは武士と相撲取り。気後れする姿を見せては沽券に関ります。岩の上にどすんと陣取り、怪談を始めました。しかし、いくら経ってもおかしなことが起こる様子もありません。結局そのまま夜が明け、二人はそのまま家に帰ったのですが、それからふた月ほど経った7月1日、突然平太郎の屋敷で奇妙な事件が起こり始めたのです。

最初に屋敷に現れたのは牛で五、六頭にもなろうかというほどの巨大な一つ目の怪物でした。そして、それを皮切りに、30日間連続で平太郎の屋敷に化け物が現れるようになり……。

まるでホラー映画のような顛末を、平太郎(元服してのちは武太夫)自身が記録したという「三次実録物語」、また年老いた平太郎の話を聞き書きした「稲生物怪録」は、「本当にあった妖怪出現の話」として江戸時代からすでに注目を集め、いくつもの絵巻物が作られました。近代以降もあの芥川龍之介が愛読していたり、泉鏡花や稲垣足穂が文芸作品に仕立てたりするなど、好事家の好奇心を刺激し続けてきたのです。

ですから、三次市は妖怪好きにとってある種の聖地だったわけですが、これまでは比熊山の麓にあった稲生家屋敷跡に稲生武太夫の碑があるぐらい、神籠石(こうごういし)と呼ばれているたたり石はたどり着くだけで一苦労というので、お世辞にも聖地巡礼に適した場所とはいえませんでした。

ところが今年4月、三次もののけミュージアムができたことで、三次の妖怪観光が一気に魅力的になりました。さほどアクセスに恵まれた場所ともいえないのに、オープン以来予想を上回る人気が続き、開館からわずか2か月で5万人の入館者を記録。そんな中、初めての夏休みを迎えるにあたって開催されるのが「かわいいかわいい妖怪展」です。

本展では、5千点を超える湯本コレクションの中から、「かわいい」をキーワードにしたアイテムを厳選。「かわかわ妖怪」「こわかわ妖怪」「きもかわ妖怪」「ゆるかわ妖怪」の4つに分類して、錦絵や絵巻物のみならず妖怪モチーフの日用品やおもちゃなどを展示しています。

【展示品チラ見せ】

現地で見ることができる展示品の数々。ここでしか見られないものもあるかも!?(「かわいいかわいい妖怪展」チラシより転載)

世に妖怪譚は数あれど、怪異が起こった日付と場所が完全に特定されている話となればそう多くはありません。しかもつい最近、小説家の京極夏彦さんが現代語訳した「三次実録物語」を収録する『稲生物怪録』(東雅夫編)が出版されたばかり。まずは本を読んで物怪騒動の概要を頭に入れてから現地に赴くと、一味違うモノノケ・ツーリズムを体験できること請け合いです。

展覧会情報
展覧会名:かわいいかわいい妖怪展
会期:2019年7月4日(木)~9月17日(火)
   前期:7月4日(木)~8月6日(火)
   後期:8月8日(木)~9月17日(火)
   ※前後期で一部資料の場面替えがあります。
場所:湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
公式サイト

瀬戸内・生口島と耕三寺博物館「百鬼夜行の世界」展

夏といえば海! 派にオススメなのが、瀬戸内へのおばけ旅。舞台はしまなみ海道が通る生口島(いくちじま)の耕三寺(こうさんじ)博物館です。

耕三寺博物館は耕三寺というお寺の寺域にある博物館で、普段は開山である釈耕三が蒐集した仏教美術を中心を展示していますが、夏の展示はやっぱりおばけ!

コレクションの中から異界/異形を描いた絵巻物などを中心に15点が展示されています。

【展示品チラ見せ】

百鬼夜行図帖(部分)

注目したいのは、複数の百鬼夜行図とともに展示されている道具の数々。百鬼夜行図には古道具のおばけたちが多数描かれていますが、その元となった道具を併せて見ることができるのです。さらに、一般的な百鬼夜行図だけでなく、茶道具のもののけばかりが登場する珍しい図も見ることができます。

さらに、天狗と大黒様の一騎打ちや日蓮と法然の腕相撲、空海・孔子・文殊菩薩らによる花札などありえない場面をコメディタッチで描いた「戯れ絵巻」や、江戸幕府の老中も務めた越後長岡藩の第九代藩主・牧野忠精(ただきよ)が「ぼくが考えた変ないきもの」を絵にした「異類異形編」などなど、見ているとクスリとしてしまうような絵画がたっぷり。出展点数はさほど多くないものの、その分一点一点にじっくりと向き合えます。

今でもポケモンや妖怪ウォッチなどで「空想のいきもの」が次々と生み出されていますが、日本人は何百年も前からそんなことばかりしてきていたのですね。

展示で空想上の変な世界を楽しんだら、お次は現実の美しい光景があなたを待っています。

左:耕三寺本堂と蓮 右:未来心の丘 光明の塔

境内の諸堂は厳粛な華やかさが極楽浄土さながら。最奥部にある未来心の丘は一転してエーゲ海のサントリーニ島のような白の世界が広がります。瀬戸内の空と海の青に映える光景は、まるでこの世ならぬ場所のよう。

夏旅、最高の思い出となることでしょう。

展覧会情報
展覧会名:「百鬼夜行の世界」展
会期:2019年6月8日(土)〜9月8日(日)
場所:耕三寺博物館
公式サイト

出雲大社と出雲文化伝承館「奇々怪々!お化け浮世絵展」展

夏休みはやっぱり有名な観光地を訪れたいというあなたにぴったりなのが、出雲へのおばけ旅。
出雲大社に参拝した後、出雲文化伝承館に行けば、出雲地方の出雲の歴史と文化に触れることができる上に、鮮やかな「お化け浮世絵」の数々を見物することができます。

本展では、有名なおばけ画が一堂に会するのがうれしいところ。

たとえば、葛飾北斎の「百物語」シリーズからは「四谷怪談のお岩」「皿屋敷のお菊」「小幡小平次」「笑いはんにゃ」の4点を見ることができます。これらは日本人なら一度は鑑賞しておきたいお化け浮世絵。単に場面を描くだけではなく、それぞれの個性やエピソードに併せて高度にデザイン化したおばけの姿は、北斎の非凡さを余すことなく伝えています。

また、歌川国芳が三枚続の大作として描いた「相馬の古内裏」は、現代の特撮映画を思わせる大胆な構図もさることながら、骸骨の生理学的に正確な描写が絵師の近代性を感じさせる重要な作品です。

【展示品チラ見せ】

歌川国芳「相馬の古内裏・滝夜叉姫と大骸骨」大判錦絵三枚続 弘化2~3(1845~46)年頃 個人蔵

個人的におすすめしたいのは盤礴居の「妖怪嫁入り絵巻」。タイトル通り、妖怪同士の縁談がお見合いに進み、さらにめでたく祝言となって、無事子をもうけるまでを描いたユニークな作品で、人間社会のパロディ画にもなっています。

盤礴居「妖怪嫁入り絵巻」(部分) 紙本着彩・巻子 嘉永6年(1853) 個人蔵

三三九度の盃を長い舌で舐める花嫁はちょっとお行儀悪くも見えますが、おばけの世界では案外これが正式なマナーなのかもしれません。不気味な化け物たちもよく見れば嬉しそうで、なんだかほっこりする作品です。

この他にも化け猫や酒呑童子など、有名な妖怪を描いた浮世絵を多数見ることができます。もし途中で怖くなっても大丈夫。その時は、もう一度出雲大社にお参りして、お祓いをしてもらえばいいのです。また、ちょうど同時期に館内の出雲文化工房展示室では「大正・昭和の婚礼衣装」展が開催されています。お化けの婚礼衣装と見比べてみるのもおもしろいかもしれませんね。

展覧会情報
展覧会名:百鬼夜行図帖展
会期:2019年7月13日(土)〜9月1日(日)
場所:出雲文化伝承館
公式サイト

夏の好奇心を応援する4つのお化け旅、いかがだったでしょうか。暑いからといって家の中にこもり切りではおもしろくありません。

なるべく体力を節約しつつ、思いっきり日本のおばけ文化を楽しんでみませんか?

書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。