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2,3月号2024.12.27発売

片岡仁左衛門×坂東玉三郎 奇跡の「国宝コンビ」のすべて

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2025.01.30

織田信長も愛した「美濃焼」の魅力とは?ものづくりの精神を訪ねる岐阜の旅へ!

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料理を作りながら、その日の気分で器を選ぶ。小さな日常だけれど、そこには、ほっとした幸せを感じる瞬間があります。日常使いの器は、日々の暮らしに溶け込んでいるため、誰がどんな場所で作っているのか意識することはありませんが、実は、日本の家庭で使われる陶磁器の50%以上が岐阜県で作られる「美濃焼」なのです。

1300年の歴史の中で、多様な技術により時代と共に変化した陶磁器

「美濃焼」と聞いてもどこの陶磁器? という人が多いかもしれません。かつて美濃国(みののくに)と呼ばれていた岐阜県南部では、良質な土と炎の元となる薪(まき)の原材料、アカマツに恵まれていました。なかでも、東濃(とうのう)とよばれる岐阜県南東部の地域は、日本有数のやきもの産地として1300年もの長い歴史を刻んでいったのです。現在も多治見市、土岐市、瑞浪市(みずなみし)、可児市などのエリアでは、茶碗や丼などの和食器から、マグカップやスープ皿などの洋食器までを大量に生産し、日本各地で販売しています。そしてこれらのやきものの総称を「美濃焼」と呼んでいるのです。

美濃焼ミュージアムで知る奥深い美濃焼の変遷

歴史にも伝統にも裏打ちされた美濃焼なのですが、多様な技術を受け入れ、近代においては、時代に合った汎用性の高い器を大量生産していたため、「美濃焼」には特徴がないと言われることもありました。このようなイメージを一新する多様な美濃焼を一堂に集め、その奥深い歴史と技術を現代の陶磁器作品と共に伝えてくれているのが、多治見市にある「美濃焼ミュージアム」です。自然豊かな山間の中に建てられた館内には5つの展示室があり、常設展と企画展で美濃焼の魅力に触れることができます。

今から約1300年以上前の飛鳥時代に始まったとされる美濃焼ですが、そのルーツは、5世紀に朝鮮半島から渡来した「須恵器(すえき)」にまで遡ります。

「美濃焼が様々なやきものの生産地として生き残れたのは、時代に合わせてニーズに応えてきた歴史があります。平安時代には、灰釉陶器(かいゆうとうき)や緑釉陶器(りょくゆうとうき)といった意図的に釉薬を施した高級茶碗が作られました。しかし、時代が『末法の世』といわれた平安末期になると貴族は没落。富裕層向けに供給された手間のかかる施釉陶器(せゆうとうき)は粗製化し、無釉の『山茶碗(やまちゃわん)※1』が生産されるようになります。茶碗と茶碗の間にモミガラを挟み、重ね焼きしたもので、これが大量生産のはじまりとなり、400年近く続きました」と語ってくれたのは、美濃焼ミュージアム学芸員の光枝美紀さん。

※1 平安時代から室町時代にかけて、庶民が使う器として、現在の東海地方である尾張・美濃・遠江(とおとうみ)でつくられていた釉薬を使用せずに焼いた陶器

織田信長など戦国武将に愛された美濃焼の歴史

天正2年(1574)に、瀬戸の陶工である加藤市左衛門(かとういちざえもん)が、織田信長に茶入を献上し、朱印状を賜りました。これは、やきものを奨励する一方、決めた場所以外で窯を造ることを禁止したものです。この朱印状は弟、景光(かげみつ)へ渡され、景光は母の在所である美濃へ身を寄せました。

「朱印状は家系を示すうえで重要な証拠となるので、これを写したものが多数存在しています。原本は大切に保管されており、美濃焼ミュージアムでは、この朱印状の複製がご覧いただけます」と光枝さん。

千利休によって茶の湯が大成され、戦国大名たちがこぞって茶会を開くようになると、美濃では、大窯でたくさんの茶陶が作られます。この時期に注目を集めたのが、瀬戸黒、黄瀬戸、志野などの美濃桃山陶と呼ばれる名陶です。

多治見市美濃焼ミュージアム 蔵 電燈所た禰󠄀コレクション

「美濃出身の戦国大名であり、茶人であった古田織部(ふるたおりべ)は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えました。千利休死後、茶頭(さどう)※2を務めた織部は、歪みのある斬新な形の茶陶を作らせてプロデュースしたのでは、とされています。それがかの有名な織部焼です。ただ、文献上では確たるものはなく、織部がすべてをプロデュースしたとは言い過ぎかもしれませんが、織部焼に関わっていたことは確かです。これらは唐津から導入した連房式登窯で焼成されました」と光枝さん。

※2 主君の茶会を立てたり、道具を管理したりする人

明治時代には、磁器の大量生産へと進む

時代は豊臣から徳川へと移り、元和元年(1615)の大阪夏の陣では、豊臣方へのスパイ容疑で家康より切腹を申し付けられ、織部は自刃します。その後、織部焼は生産されなくなり、一世を風靡した美濃桃山陶はここに途絶えます。

「桃山陶が途絶えても、美濃焼が途絶えないところが、美濃の陶工たちのすごいところです」と光枝さん。

その後の江戸期は、大衆に向けた徳利や煎茶用などの日用食器へと生産を切り替えていきます。さらに、日本で初めて磁器を生産した有田から遅れること約200年。美濃や瀬戸においても磁器の開発に成功し、江戸後期には磁器生産量で有田を追い抜いてしまいます。

「このどんな状況になっても、売れるものを作ろうという精神力の強さこそ、美濃焼が1300年も続いたゆえんなのかもしれません」と光枝さんは語ってくれました。

私たちが現在、家庭で手軽に様々な食器で料理やお茶を楽しめるのも、こういったやきものの歴史の変遷にあると思うと感慨深いです。

美濃焼の歴史をしっかり学んだところで、館内にある茶室でお抹茶体験へ。茶室には現代陶芸作家によるアート作品も展示されています。伝統と現代的なアートが融合する茶室は、常に進化する美濃焼を象徴しているかのようです。美濃焼ミュージアムでは、やきものを鑑賞するだけではなく、実際に人間国宝や陶芸作家の茶碗を使って抹茶をいただくことができます。手に触れた器の重みや口当たりの良さは、より一層抹茶の美味しさを感じさせてくれます。美濃焼ミュージアムだからできる貴重な体験で、ぜひ抹茶を味わってみてください。

人間国宝の茶碗で抹茶を味わう体験は800円(一人)、美濃で活躍する陶芸作家の器での体験は500円(一人)。※2025年4月より600円

住所:岐阜県多治見市東町1-9-27
電話:0572-23-1191
営業時間:9時~17時(入館は16時半まで)
休み:月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/28~1/3)
公式サイト

全国シェアNO.1を誇るモザイクタイルの町で、もう一つの美濃焼体験!

たくさんのやきものを知ることができる多治見市ですが、多治見市笠原町は、モザイクタイルの発祥の地として有名です。2016年に藤森照信(ふじもりてるのぶ)の設計・デザインで誕生した外観が話題となったモザイクタイルミュージアム。地元の有志がモザイクタイルの魅力を知ってもらおうと、20年以上の歳月をかけて収集した資料を中心とした展示がされています。ここではタイルの歴史を知ることができるだけでなく、メーカーと直結して、モザイクタイルの販売や相談ができる、ユニークな美術館となっています。

3階の企画展「青の誘惑—タイルにみる青の世界—」(2025年5月18日まで)では、タイルメーカーが独自の技術で作った様々な青色タイルをあしらった幻想的な空間を演出。過去から現在、そして未来に繋ぐタイルの美しさはアートともいえる不思議な世界が広がっています。

photo by ミヤシタデザイン事務所 加瀬秋彦

館内では、モザイクタイルを使ったミニワークショップも開催。好きなモザイクタイルを選び、写真立てや小物入れ、壁掛けなどの作品作りが楽しめます。

1回500円で、写真立てや小物入れなどの土台を選び、そこに69種類の色や形のタイルから好きなタイルを選んで貼りつけていきます。

住所:岐阜県多治見市笠原町2082−5
電話:0572-43-5101
営業時間:9時~17時
休み:月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12/28~1/3)
公式サイト

町ぐるみで器が楽しめる織部焼のふるさと

町のいたるところで、多様な美濃焼の素晴らしさを知り、学び、そして買うことができるのが、このエリアの素晴らしいところです。多治見美濃焼卸センター内にある窯元織部本店は、売場面積が1200坪という東海地区最大級の広さを誇っています。広々とした店内には、伝統的な美濃焼を中心に、現代の陶工が生み出す和食器や、国内外のアーティストによる個性的な作品など、常時8,000点を超える品揃えとなっています。

深い緑色の織部釉と呼ばれる緑釉が特徴の織部焼

ここ窯元織部本店では、店内に本格的に陶芸を習えるスペースがあり、地元の方たちが作陶するだけでなく、観光客の方もすぐに体験できるようになっています。地元で採れた土を触りながら、電動ロクロ、手びねり、たたらといった3種類の方法で成形。熟練のスタッフがサポートしてくれるので、初めての方でも、驚くほど素敵な器ができあがります。旅の思い出にも最適と言えそうです。

陶芸体験は2個3,500円~(※2025年2月より4,000円。絵付体験などは1個2,000円~)。釉薬を選び、焼成後、約40日で自宅に配送してもらえます(配送代別途)。

住所:岐阜県多治見市旭ヶ丘10-6-130
電話:0572-26-9555(アトリエ織部)
営業時間:10:00-17:30
休み:年中無休
公式サイト

美濃地方最大の陶器市が開かれる土岐市でお気に入りの陶磁器を見つける

多治見市の隣にある土岐市は、陶磁器の生産量日本一を誇っています。このエリアの中心にあるのが、陶磁器卸商社39社とその直営ショップ10店舗が集まった「織部ヒルズ」です。毎年、ゴールデンウィークに、15万人を超える来場者が訪れる陶器市を開催。ヒルズというおしゃれな名前がつけられているように、各店舗ではカフェで見かける器や注目を集める作家の作品、アウトレット品など、最先端の陶磁器をリーズナブルに買い求めることができるとあって、まさに美濃焼パラダイスです。

人気の器や雑貨が揃う「Felice」

店内に入るや「かわいい」と歓声をあげてしまうFelice。ここは、1948年に創業した藤田陶器が手掛ける食器や雑貨など、ライフスタイルを中心としたセレクトショップです。

三代目社長の藤田裕子さんは、「食べることから暮らしを楽しむことを伝えたい」とパン教室や料理教室も開催しています。どんな料理にも合いそうなシンプルでモノトーンの器は、雑誌などでも取り上げられる人気商品。この器を求めて県外からもたくさんの人が訪れています。1枚数百円~1,000円台で買えるリーズナブルな器もたくさん揃っています。

住所:岐阜県土岐市泉北山町2-4
電話:0572-55-2611
営業時間:平日10:00-16:00 土日祝11:00~15:00
休み:年末年始・お盆期間
公式サイト

器好きが集まる、お気に入りが見つかる「姿月窯」

100社以上のメーカーの陶磁器を扱う金正陶器が経営する「姿月窯」と地元の陶芸作家の作品を展示販売する「ギャラリー喜楽庵」。茶房では、苔庭をながめながら珈琲や和紅茶、抹茶なども楽しめます。キッチンやダイニングをリフォームするのは大変ですが、こういった食器や雑貨を変えることで食卓の雰囲気を簡単に変えることができます。

動物をモチーフとしたユニークな作品を生み出す「ま工房」の牧田亮さん。くじらやパンダが鍋蓋に鎮座している土鍋は人気となっています。これが食卓に出てきたら、思わずほっこりとした笑顔が広がります。

住所:岐阜県土岐市泉北山町2-2
電話:0572-55-3156
営業時間:平日9:00-17:00 土日祝10:00~17:00
休み:年末年始・お盆期間
公式サイト

地元作家の活動を応援するアトリエも運営

ここ織部ヒルズの中には、地元作家の活動を支援する一貫として、共同で使用できるアトリエを運営。建物の中にいくつもの小部屋があり、それぞれの作家の作品が廊下や部屋の前に展示されています。アヴァンギャルドな作品や童話から飛び出してきたような作品など、多彩な雰囲気が楽しめて、ギャラリー巡りをしているような気分になります。作家の方の制作現場を見られるのも、陶磁器の町ならでは。多治見や土岐には、全国から陶磁器を学ぶため、学生や作家で移住してくる方もいるのだとか。最近では海外から移住する方も増えているそうです。

道の駅にも地元の窯元や作家の作品がいっぱい

織部ヒルズのすぐ隣には、陶磁器の販売を中心とした全国でも珍しい「道の駅 志野・織部」があります。多彩な品揃えで地元市民はもちろん、業務用を求めてプロの飲食店経営者なども訪れています。織部ヒルズの卸問屋から仕入れているため陶磁器がリーズナブルな値段で購入できます。中でもアウトレット商品は、掘り出し物が見つけられると評判です。敷地内では、食事も楽しめ、ご当地ならではの名店が揃っています。大人気スイーツをはじめ、「みわ屋」のうどん、そば、ひつまぶしなどのグルメや、五平餅、鬼まんじゅうなどは、お土産にもピッタリ。見て、買って、食べて、楽しめるスポットになっています。

住所:岐阜県土岐市泉北山町2-13-1
電話:0572-55-3017
営業時間:平日、土日祝とも9:00-18:00
休み:1/1を除き年中無休
公式サイト

やきもの巡りだけで、1日ないしは2日じっくり回りたいほど、見どころたくさんの東濃エリア。自然に囲まれ、自然を活かし、活かされながら、やきものを育んできた「やきものの郷」。ここには、人々がゆったりと暮らし、優しく、穏やかな時間が流れていました。また、窯の炎のように熱い情熱を秘めたこのエリアには、若い作家たちがたくさん訪れています。1300年の歴史がさらに未来へと続くよう、私たちの食卓を彩る器に出合えるよう、また訪れたいと思いました。

後編では、やきものの町ならではのグルメと自然をご紹介していきます。

この地域に伝わるかっぱ伝説『皿を割られたかっぱ様』のかっぱが多治見市の「ながせ商店街」に。陶器のまちだけにかっぱの皿との縁も感じられます。うながっぱは、多治見市のキャラクター。なぜうなぎがつくかは、後編で!アイキャッチ画像:「Felice」店内