日本最大級の常設スペースに、1,000点を超える西洋名画の原寸大レプリカがずらり。「順路をたどると1周約4kmです」広報の方に最初に告げられて驚いたけれども、けっきょく2周。それでもまだまだ時間が足りないほど、見どころ満載の美術館。
訪れたのは、徳島県鳴門市に設立された大塚国際美術館。2018年のNHK紅白歌合戦で米津玄師さんが『Lemon』を歌った場所と聞いて、ピンとくる方も多いのではないでしょうか。
この美術館「ただのレプリカの展示じゃないか?」なんて思っている方がいるとしたら、もったいない! ここでしか味わうことのできない鑑賞体験が、いくつも待っているのです。
ムンクもピカソもダ・ヴィンチも!
大塚国際美術館に展示されている作品は、世界26カ国、190以上の美術館が所蔵する名画の原寸大複製陶板。
ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、レンブラント、ベラスケス、モネ、フェルメール、ゴッホ、ドラクロワ、ルノワール、クリムト、ムンク、ピカソ…誰もがどこかで目にしたことのある、あの作品も、この作品も。
古代壁画から現代絵画まで、西洋の至宝の名画1,000点を一挙に観られる美術館は、世界を見渡しても、類を見ません。
常設展示スペース(延床面積29,412平米は日本最大級!)は、3つのユニークな展示方法で構成されています。
1.環境展示
システィーナ礼拝堂やエル・グレコの祭壇衝立など、古代遺跡や聖堂の空間をまるごと再現した、臨場感を味わえる立体展示です。現地を訪れたことのある人もない人も、驚くことまちがいなし。
2.系統展示
古代・中世・ルネサンス・バロック・近代・現代。古代から現代にいたるまでの西洋美術の変遷がわかる展示。後述しますが、ただ順路に沿って歩くだけでも美術史の流れを学べる「歩く教科書」のような構成です。
3.テーマ展示
「食卓の情景」「家族」「だまし絵」など、テーマごとに古今の画家たちの作品を比較鑑賞できる展示。オリジナルでは絶対に実現しないテーマも、陶板名画だからこそ再現が可能です。詳しくは、これから解説します!
大塚国際美術館だからできる5つの体験
さて美術館の全体の構成がわかったところで、まずは大塚国際美術館の5つの見どころをご案内しましょう。
1.あの絵ってこんなに大きいんだ〜!
フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』とレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』。どちらが大きいか、パッと答えられますか? 正解は『モナ・リザ』。教科書ではイメージしづらかった絵画の大きさを、リアルに体験できるのが、原寸大陶板の醍醐味です。歴史の教科書に小さく載っていたあの絵も、実はこんなに大きいのです…!
サイズの他にも、形や鑑賞位置にも注目です。ラファエッロの『アテネの学堂』は、実際の展示のように出入り口にあたる形(写真左下部分)まで忠実に再現されており、現地と近い状況・角度から鑑賞できます。
またリュベンスの『キリスト昇架』(『フランダースの犬』でおなじみの、あの名画です!)は、現地では見られないかもしれない絵画の裏側も鑑賞可能です。
私はいずれもオリジナルを観たことありませんが、ここで予習して、現地に訪れた際に改めて細部に感動したり発見することがあるのでは? と感じました。
2.ふれてもOK!凸凹までわかる
再現されているのはサイズや色彩だけではありません。油絵の筆のタッチや、壁画のひび割れなど、細部の凹凸まで表現されています。ゴッホの『ヒマワリ』も…ご覧のとおり。
どうやって再現しているのか? その答えは、絵画を転写し焼成した陶板に、仕上げでレタッチを施しているのです。例えば、古代モザイクの『アレキサンダーとエクエストの獅子狩り』は、モザイクの質感を表現するために、陶板の職人によって釉薬と筆でモザイクのひとつひとつが描かれました。
さらに、陶板は紙や壁画と異なり、手で触れても色が落ちたり素材の劣化がありません。この特性を利用して、ほとんどの作品に優しくふれることが可能。よ〜く館内を観てみると…ガラスケースも鑑賞位置を制限するロープもほぼありません。
他の美術館では決して味わえない距離で作品のタッチや質感を味わえるだけでなく、大人も子どもものびのびとアートにふれあえる、貴重な環境になっています。
3.この世に今はない作品も鑑賞できる
残念ながら戦争や災害などで焼失した作品や、保護のために通常非公開となっている貴重な作品も、大塚国際美術館ではいくつも鑑賞することができます。
例えば、こちらのエル・グレコの祭壇。1600年頃にスペインのアラゴン学院に納められた6点の絵画(※)からなる祭壇でしたが、ナポレオン戦争により、絵画はスペインとルーマニアに分散。祭壇自体は現存していません。
大塚国際美術館で鑑賞できる祭壇衝立は、日本、スペイン、イタリア、ルーマニアの国際的な協力のもと再現されたもの。このようなかたちで祭壇を鑑賞できる場所は、世界を見渡してもここだけ。文化的資料としても、非常に貴重な復元なのです!
4.たった数時間で美術史を一気に学べる
『ヴィーナスの誕生』『モナ・リザ』『叫び』…美術にあまり興味のない人でもテンションの上がる作品の数々。あまりにも有名な作品があちこちに展示されているので、館内を歩いていると美術の教科書の中を歩いているかのような、不思議な感覚に襲われます。
オリジナルでは決して実現することのない、名作の会した館内は、歩くだけで、技法や流行の変化など美術史を体系的に学べます。もちろん、これだけ充実した作品群で学習体験ができる美術館は世界に例を見ません!
ちなみに大塚国際美術館では絵画はもちろん、額装も史実に基づき、国内外の職人によってできるだけ忠実に再現。世界的に技術が失われつつある額縁の再現を鑑みると、額縁の歴史を辿るうえでも貴重な展示となっているのです。この話を伺って、2周目の鑑賞時は額装に注目して周ってみました。自分なりのテーマに着目して、鑑賞するのもこの美術館ならではの楽しみのひとつです。
5.オリジナルでは絶対できない鑑賞体験
館内には、絵画や空間展示だけでなく、古代の壺絵や石棺など立体物も展示されています。中でも注目すべきは、平面に展開した作品の数々。オリジナルでは絶対に見られない角度から、当時の表現を詳細に鑑賞できます。
このほかにも、陶板の耐候性を生かした屋外展示、モネの『大睡蓮』も見どころのひとつ。天候や時間によって光と影の表情が異なり、何周しても、何度訪れても楽しめます…!
最後に個人的におもしろかった体験として挙げたいのが、開館20周年記念事業で追加展示されていたゴッホの『花瓶のヒマワリ』全7点。
ゴッホのヒマワリのうち、花瓶に入ったものは全部で7点あるとされ、現在はオランダ、日本、ドイツ、イギリス、アメリカ、個人蔵と世界各地に点在しています。また焼失した作品もあるため、現代においてこれらが一堂に会することは、残念ながら不可能…。しかし、この展示室ではオリジナルでは叶うことのない7点を再現。
「こっちとあっちの作品で筆使いが全く違うな」「このヒマワリはあっちの作品を模写したんだな」再現された陶板の比較によって、新たな発見が生まれます。こんな企画展示を鑑賞できるのは、この美術館ならではの醍醐味です。
奇想のミュージアムが生まれるまで
日本にいながらにして世界中の名画をたった数時間で網羅できる大塚国際美術館。いったいなぜこのような美術館をつくることに至ったのでしょう。パンフレットには以下のような内容が書かれています。
美術館は、大塚グループ75周年記念事業として1998年に設立。発端は、1973年(昭和48年)。大塚オーミ陶業が大型美術や写真を再現できる陶板の製作に成功。2万色に近い色を再現できる大型美術陶板は、世界にも例のない技術でした。「企業の75周年にむけて、この技術を生かした世界にどこにもない美術館をつくる。永年大塚がお世話になった徳島への感謝を込めて、徳島の地域貢献になるような観光拠点を目指そう」このような発想で、美術館は計画されたのです。
1,000点にもおよぶ作品は、6名の絵画学術委員により選定されました。委員長の青柳正規さんは、計画当時のことを書籍『建築(環境)とやきもの そして信楽』でこう記しています。
用件は、美術陶板を用いた世界のどこにもない美術館を鳴門に創るための協力依頼だった。(中略)ただ1,000点の絵画を並べるだけではあまりにも能がない。ここからがわれわれの腕の見せ所だった。すぐに思い浮かべたのは、アンドレ・マルローの「空想美術館」である。印刷物や写真などによって世界の名品といわれる美術品を比較しようとする構想である。
引用:「大塚国際美術館と名画陶板の意義」大塚国際美術館 絵画学術委員会委員長 青柳正規
名画の複製にあたっては、各言語に通じた弁護士の協力を経て、1作品ずつ著作権者・所有者への許諾を取得。作品によっては現地調査や原画の撮影(当時はデジタルではなくフィルムでの撮影!)も行ったんだとか。この作業が、1,000点分…想像するだけでも気の遠くなるプロジェクトを、20年以上の歳月をかけて成し遂げた人々。その功績に感服です。
人それぞれの鑑賞体験で美術がもっと好きになる!
2020年で開館から22年を迎える大塚国際美術館、館内はその広さを感じさせないほど、どのスペースもお客さんでにぎわっています。
カフェでゆっくり食事を楽しむ家族、スタンプラリーに励む男の子たち、コスチュームを使った名画のアートコスプレを楽しむ女の子たち。館内は撮影OK(※)なので、オリジナルでは難しい『モナ・リザ』や『叫び』とのツーショットを楽しむ人たちも見られました。
さらに、取材当日はシスティーナ・ホールで結婚式のフラワーシャワーが執り行われていて、偶然居合わせた人たちが拍手や花で、祝福する場面にも遭遇しました。他の美術館ではなかなか見られない光景に、驚きを隠せません。
訪れる人たちがそれぞれの楽しみ方でアートを楽しんでいる様子は、まるでテーマパークのよう。大塚国際美術館は、技術的なアプローチだけでなく、美術と私たちの距離を縮め、あらゆる人にアートの入り口を広げる場所としても、貴重な役割を果たしているように感じられました。
スマートフォンで簡単に名画を観られる時代だからこそ、大塚国際美術館の鑑賞体験には、きっと新鮮な驚きや発見がいくつもあります! みなさんもぜひ、一度足を運んでみてください。
大塚国際美術館 基本情報
住所: 〒772-0053 徳島県鳴門市鳴門町 鳴門公園内
開館時間: 9:30~17:00 ※入館券の販売は16:00まで
休館日: 月曜日(祝日の場合は翌日)
※連続休館(2020年1月6日-10日、2月12日〜17日)、8月無休、その他、特別休館あり
入館料 : 一般 3,300円 / 大学生 2,200円 / 小中高生 550円 (いずれも消費税等込)
公式サイト: https://o-museum.or.jp/
※本記事に掲載した西洋絵画の写真は大塚国際美術館の展示作品を撮影したものです。