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2020.04.03

島根県の伝統芸能「石見神楽」とは?着物の値段・大蛇の長さ・面などの手仕事も紹介

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神楽(かぐら)は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天岩戸にお隠れになった折に天宇受賣命(アメノウヅメノミコト)が神憑りして舞ったのが起源とされています。日本古来の音楽や舞で構成された厳かな神事をイメージされる方が多いと思いますが、今回ご紹介する島根県の西部、石見地方に伝わる石見神楽(いわみかぐら)は想像していたイメージとはちょっと…、いや、かなり違う。笑いOK、飲食OK、声掛けOK、子どもから年配者までが熱狂する(と言っても過言ではない)民衆娯楽なのです。
石見地方の人々と神楽の繋がりは深い。お囃子や舞で神楽に参加する人もいれば、裏で支える人もいる。神楽のために地元を離れない若者も多いという。老いも若きも共通しているのは石見神楽に対するアツい想い。
今回は実際に石見地方へ赴き石見神楽を観賞し、演者や、神楽を裏で支える人々の石見神楽愛に触れてきました!

若者が伝統芸能に熱狂!?石見神楽の魅力

石見神楽は、浜田市を中心とした地域に伝わる“里神楽”。神社の祭礼に夜を徹して奉納される伝統芸能で、現在130以上の団体が継承しています。石見神楽の演者は、歌舞伎役者や能楽師のようにそれで生活しているのではなく、子どもや年配者を除けば普段は普通に仕事をしている人がほとんど。主に平日の夜や土日に活動(練習・公演)をしています。
最近は地域外の人でもこの石見神楽にハマる人が急増中。しかも若いファンが多く、お気に入りの“推し社中”がある人も!地域色の濃い伝統芸能に地域外の若者がハマるなんて不思議な現象のように思えますが、それほどの魅力が石見神楽にあるのです。

※神楽には宮廷で演じられる“御神楽(みかぐら)”と民間で演じられる“里神楽”がある
※社中:グループ・団体

民衆娯楽としての石見神楽


石見地方の神楽はもともとは神職によって執り行われていましたが、明治の神職演舞禁止令で神職による舞いが禁止。村の行事として定着していた神楽は、神職から民衆へと舞手を変えて引き継がれました。民衆の手に渡った神楽は、神事とは異なり自由な発想で進化を続け、地域で愛され更には観光資源となりうる伝統芸能へと変貌を遂げたのです。

伝承される大元神楽

写真:大元神楽伝承館に再現された舞殿

石見神楽の原型は、石見地方山間部において、恵みを与えてくれる大元神(おおもとしん)への感謝をあらわす大元信仰から生まれた大元神楽といわれています。大元神楽は比較的緩やかなテンポの六調子の囃子で、農作業の動作が“型”となっていて、腰を落としてゆっくりと舞います。
大元神楽は神憑りや神様のお告げを聞く託宣の神事が残っているのが特徴的で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。神事は数年に一度の神楽年しか執り行われません。神秘的な大元神楽にお目にかかるのは観光客にとってはなかなか難しいのですが、大元神楽伝承館では舞殿や神楽面など、大元神楽にまつわるさまざまな資料が展示されているので足を運んでみるといいでしょう。

次にご紹介する石見神楽と大きく違うのは、大元神楽には神事としての役割が色濃く残っている点でしょう。大元神楽は文化財であり、伝承する義務と責任が伴います。

進化を続ける石見神楽

写真:西村神楽社中による「塵輪(じんりん)」。重い衣裳を身に着けて2神2鬼が激しく舞う人気の演目。

石見神楽が大元神楽と大きく異なる点は、石見神楽が賑わいを創出する色合いが強く、新しい取り組みにチャレンジできる点です。石見神楽の衣裳は金糸銀糸や装飾を施したゴージャスなもの。リズムもゆったりとした大元神楽よりテンポの速い八調子です。演目によっては花火も使います。大元神楽と違って、石見神楽は伝統を守りつつも進化可能な自由な伝統芸能なんです。こういった数々のポイントも「カッコイイ!!」と地域外の若者を惹きつける魅力と言えるでしょう。

石見神楽 公演の様子

石見神楽が観られる場所


観光客が石見神楽を観るにはどこへ行けばいいのでしょうか。石見神楽は週末を中心に一年中定期公演が行われています。定期公演では1~2時間という短い時間で定番演目が楽しめ、料金も無料から数百円程度のものが多く、気軽に楽しめるので観光客にはうってつけ。場所は神社に限らずさまざまな場所で開催されていますので、まずは石見地方の各観光協会に問い合わせてみるといいでしょう。
写真は毎週土曜日に公演が行われる三宮神社(さんくうじんじゃ)。夜の神社で神楽を観るなんて雰囲気抜群ですよ!

舞台上を大蛇が舞狂う


石見神楽の人気演目のひとつ「大蛇(おろち)」。須佐之男命が八岐の大蛇(やまたのおろち)を退治する有名な神話が元になっています。17メートルもある何体もの大蛇が舞殿を所狭しと動き回ります。一番前の観客は大蛇の一撃にご注意を!勢いあまって尻尾がブンッと飛んでくることがあります。大迫力の演目です。

目が光り、火も噴く!!


大蛇は花火仕掛けで火を噴き、ギョロっとした大きな目はライトが点きます。しかし17メートルもある大蛇を何体も保管したり運んだりするのは大変。ましてや舞台で動かすにも相当の力が必要なはず。
これらの疑問の答えが石見神楽を支える伝統工芸にあるのです。

石見神楽を支える手仕事

石見神楽 面


石見神楽で使われる面は和紙でできています。“表面だけ和紙で仕上げている” のではなく、完全に和紙でできているのです。そのため非常に軽くて丈夫で、落としても木の面のように割れたりしない特性があります。薄くて軽いので重ねて着けることができ、早変わりにも対応できます。見た限りではとても和紙でできているようには思えませんが、完成するまでの工程で何重にも和紙を重ね、柿渋を塗り、胡粉を塗り、絵付けや毛植えを施し、写真のような神楽面となるのです。

柿田勝郎面工房は父子で神楽面の制作にあたり、その用途は神楽公演での実用にとどまらず、近年では皇室やブータン王国の献上品としても納められています。

石見神楽 衣裳


石見神楽の見どころのひとつでもある豪華な衣裳は、一点300万円ほどかかるような手の込んだものもあります。特に鬼の衣裳は金襴に装飾がふんだんに使われていて豪華絢爛。中には重さが20Kg近くになるものも。写真で衣裳に刺繍を施しているのは石見神楽愛が高じて職業として携わることを選んだ青年。実は舞手としても石見神楽に携わっていてるのだとか。

石見神楽の地元での人気は凄まじく、今回の石見地方への旅の中でも「石見神楽を続けたいから地元に残った」という声をよく耳にしました。若者の流出に悩む地方にとってはお手本にしたいような羨ましい状況ですよね。
更に子どもたちは戦隊ヒーロー並みに鬼が大好き。夜に大人と一緒に石見神楽を観に行き「鬼が出たら起こしてね」と言って仮眠するほど。そして普段は穏やかな近所のおじさんの正体が、神楽で暴れまわるカッコイイ鬼だった!という衝撃は子ども心にいかほどか(笑)。子どもたちも将来の石見神楽を支える立派な裏方なんですね!

豪華な刺繍で重くなった布にハリを持たせるために、ここでも丈夫な和紙が使われています

石見神楽 蛇胴


「大蛇(おろち)」で使われる17メートルもある蛇は、どのような仕掛けなのか?舞手であり神官でもあった植田菊市氏(当代のおじい様)が伸縮する吊り下げ式の提灯からヒントを得て蛇胴を発明したという、植田蛇胴製作所を訪ねました。

ウロコも一つひとつ丁寧に貼り付けていきます

面や衣裳と同じく、蛇胴にもやはり和紙が使われています。蛇胴は竹の骨組みに和紙を貼り付けて蛇腹(じゃばら)状になるように折り目を付けて制作します。総長17メートルですが、蛇腹にすることによって保管や持ち運びには便利なサイズになるという訳です。ものすごい迫力で舞台を動き回っている大蛇ですが、蛇腹で収納されると意外とコンパクト!

石見神楽が全国に知られるようになったのは、1970年大阪万国博覧会での上演がきっかけ。8頭立ての大蛇に観客が圧倒されたのが目に浮かぶようです。また今年は特別なイベントも。パラリンピックの開会日の2020年8月25日に国立劇場で行われる石見神楽公演では、大蛇50頭が暴れまわるそうです!スサノオ対大蛇50頭…、これは楽しみですね!

石州手漉き和紙


石見神楽を支える神楽面、神楽衣裳、蛇胴をご紹介しましたが、それら全てに使われているのが国の伝統的工芸品に指定されている石州和紙(せきしゅうわし)です。

※石州半紙はユネスコ無形文化遺産に登録されている

石州和紙は楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)の繊維を用い、流し漉きで作られます。軽くて丈夫な石州和紙は昔は大阪商人の帳簿の紙として重宝されていたようです。この軽さ・丈夫さは動きの激しい石見神楽の面や道具にもとても適しています。
「流し漉きって?」という方は、実際に和紙づくりにチャレンジしてみるといいでしょう。西田製紙所では本格的な和紙づくり体験ができますよ。

石見神楽を観に行こう!

島根県を訪れる観光客にとっては「石見神楽ってどこで見られるの?季節はいつ?」という疑問があります。奉納神楽が観られる秋以外にも、石見地方では週末を中心に「夜神楽」が開催されていますので、年中石見神楽を楽しむことができます。
石見地方への空路は、萩・石見空港や出雲縁結び空港がありますが、石見神楽が楽しめる石見地方へは萩・石見空港の利用が便利ですよ。

石見神楽公式サイト
浜田市観光協会公式サイト
島根県西部公式観光サイト

書いた人

生まれも育ちも大阪のコテコテ関西人です。ホテル・旅行・ハードルの低い和文化体験を中心にご紹介してまいります。普段は取材や旅行で飛び回っていますが、一番気持ちのいい季節に限って着物部屋に引きこもって大量の着物の虫干しに追われるという、ちょっぴり悲しい休日を過ごしております。