僕は和の食材を使ったカレー作りにお熱だ。
和樂webでも梅、味噌、納豆といった日本の定番食材や調味料を使ってカレーを作ってきた。でも、今回はちょっと趣向を変えたいと思う。逆がやってみたくなった。
つまり、インド人シェフに日本の食材でカレーを作ってもらおうってこと!
食材は僕の中でもう決まっていた。
わさびである。外国の方からは「ジャパニーズスパイス」なんて呼ばれたりもする。
なぜ、わさびかというと、僕の大先輩である東京カリー番長のリーダー伊東さんの言葉がきっかけだ。伊東さんは、店を持たず20年以上出張カレーイベントや料理教室でカレーを作り続けてきた猛者中の猛者である。
そんな伊東さんに僕は質問したことがある。今までで一番のカレー失敗談は何ですか?と。そしたら、「わさびカレー」と返答があったのだ。すりおろしたり、刻んでテンパリング(スパイスを油で熱して香りを油に移す技法)したりと試してみたけど、どうもうまくカレーに融合しなかったそう。
日本のスパイスは、カレーには適していないの??僕はこの答え合わせがしたかった。果たして、インド人シェフは、わさびを美味しいカレーにできるのだろうか?ふー!たのしそう!!
どうせならインド人でも舌の肥えた確かな実力者にお願いしたい。
適任者はすぐに思いついた。
南インド・チェティナード料理の巨匠テーヴァン・マハリンガムさん(以下マハさん)である。
タミル・ナードゥ州チェティナード出身。南インドの主要都市バンガロールで修行を積み、来日。日本ではインドレストランを渡り歩き、南インド料理の後進を育てる。現在は経堂「スリマンガラム」のメインシェフ。味はもちろん、その人柄も人気でファンが多い。
以前にテレビでも紹介され、あのマツコさんを唸らせた名シェフだ。マハさんが生まれたチェティナードとは、南インド、タミル・ナードゥ州の南部を指す地域。昔から交易が盛んな商人の街だったので、アジア各国の料理と南インド料理が混ざり合う食文化が生まれた。マハさんが得意とするチェティナード料理はインドの中でもスパイスの種類と量をリッチに使うことで有名な地域料理である。
マハさんに、わさびでカレーを作って欲しいとお願いすると、2つ返事でOKと連絡がきた。が、ひとつだけ条件があった。
「必ずわさびの葉を持ってきてほしい。あとはチューブでOK」
誰もが思い浮かべるわさび太い部分(根茎)ではなく、葉。
どういうことんだろう?早速、お話をお聞きした。
※マハさんはタミル語メインなので、アジアハンター小林さんとマハさんの友達のプラさんに通訳をお願いしました。快く引き受けて下さり感謝!
インドのお鮨事情
(以下タケナカリー:タ、マハさん:マ)
タ:マハさん、宜しくお願いします!早速ですが、わさびの葉とチューブのわさびを持ってきました。
マ:OK!シーズンじゃないから見つけるの大変だったでしょう!ありがとう!
タ:いえ、楽天は無敵です。問題ございません。わさびって言ったらお鮨ですけど、インドでもお鮨って人気ですか?
マ: 日本食のお店が増えてるし、都会だと今はデリバリーもあるみたいね。お金持ちを中心にお鮨を食べる人は増えてるよ。でも、やっぱり生魚を食べることに抵抗のあるインド人の方が多いだろうな。匂いが苦手な人が多いと思うよ。
タ:日本人は気にならないけど、外国の人はお鮨の匂いが苦手ってありそう。
マ:まー、世界的に見たら人口がめっちゃ多いからお鮨を食べるインド人もめっちゃ多いんだろうけどね(笑)日本に住んでるインド人は生魚に抵抗がなっていくこともあるね。うちで働いているシェフも1人はお鮨とか刺し身が全然平気になっちゃったよ。
タ:やっぱり住んでたら、変わるんだなぁ。マハさんは、お鮨はお好きなんですか?
マ:ごめんー!あんまり好きじゃない。日本に来て14年なんだけど、2年前に初めて食べたよ。僕も匂いがダメなの!基本的に生魚がダメ!蒸したりしてたら大丈夫だけど。カツオ出汁とかも好きじゃないからね。ラーメンの豚骨とかの匂いも苦手。インド人はこういう匂いに敏感な人が多いと思うよ。
タ:なるほど。出汁文化が有るか無いかの差なのかもしれないですね。マハさん、わさびは大丈夫ですよね?辛いの好きだし。お鮨を食べるってなったら、わさびいっぱい付けるんですか?
マ:NO!絶対さび抜きです!わさびは好きじゃない!
タ:えー!?!?そうなんですか?
マ:インド人は、わさびが好きか嫌いか分かれると思うな。わさびの初体験は、8年前で日本に来る時の飛行機だった。機内食の和食ランチで、辛さが物足りないから、スパイスくださいってお願いしたの。そしたら、わさびが出てきて、舐めたらびっくりした!鼻にツン!!ってくるのは苦手!
タ:おおー!マハさんも苦手なスパイスあるんですね。しかも、それが、わさびとは、びっくりです。
マ:ん????何言ってるの??わさびは、スパイスじゃないよ。
タ:えー!!!どういうことー!!
わさびはスパイスじゃない?
マ:わさびは、スパイスじゃないよ。あれは植物。野菜。辛さの種類が違うでしょ。
タ:おお…… そう言われてみれば、野菜か。でも辛さの種類が違うってどういうことですか?
マ:スパイスの辛さは、口に長く残るの。だから美味しいんだよ。わさびは、野菜の辛さだから口に残らず、すぐ鼻にくる。それが美味しい人もいるだろうけど、わさびが口に残ってるのなんて2秒だよ(笑)鼻にくるのは野菜の辛さで、すぐ消えちゃうんだ。インドにも辛味の強いネギみたいな野菜があるけど同じだね。
タ:そんな基準が!でも言われてみればわかる気がします。辛さの余韻が全然違う。でも、からしはどうなんですか??あれはからし菜だから、スパイスのマスタードと同じ原料だけど鼻にきますよね。
マ:からし??
タ:からしをご存知でないんですね?ジャパニーズマスタードです。今日、チューブですが持ってきてます!どうぞ!
〜マハさんが、からしをスプーンにとって舐める〜
マ:ぐはー!!!なにこれ!鼻にくる!
一同:巨匠が泣いた(爆笑)
マ:これはフレーバーはマスタードっぽいけど、この辛さは、わさびミックスでしょ!?インドのマスタードの使い方と違うなー!
ここで後日談だが、調査したところ、わさびとからしは同じアブラナ科で、なんと辛味成分も同じものだった。どちらも細胞を壊すと、アリルイソチオシアネートという辛味成分が発生する。大根の辛味も一緒。この辛味成分がツン!と鼻にくる原因だった。だから、マハさんが「わさび入ってるでしょ!」って言ったのも、あながち間違いではないし、野菜の辛味というのは当たっている。ちなみに、わさびの代わりにからしを塗ってお鮨を食べる実験をすると、日本人でも殆どの人が、からしだと気づかないそう!
また、マスタードはいくつか種類がある。
インドで主に使われているのは、左のブラウンマスタード。右はイエローマスタードで、ソーセージとかハンバーガーにつける黄色いマスタードの原料。イエローの方が辛味は穏やかだ。日本のからしの原料はオリエンタルマスタードと言われるが、調べるとかなり迷宮なので別で記事にしようと思う。
インドではブラウンを種のまま油に入れて香りを出すのに使うのが一般的。そういう調理法だと辛味が殆どでない。まれにパウダーにして使うこともあるが、日本の「練りからし」のようなものは存在しないので、マハさんが、からしと、その辛さを知らなかったのも納得である。というか、このツン!を愛してる日本人は世界的に見たら稀有な存在なのかも知れない。
マハさんが愛する日本食
タ:マハさんが好きな日本食ってなんですか?
マ:唐揚げとか、天ぷらとか火がしっかり通ってるのは大丈夫。焼き鳥とかも好きね。日本の甘いソースはいいよねぇ。
タ:あ、タレですね。そうか、インドにはタレは無さそうですね。その中でも一番好きな料理はなんです?
マ:いきなりステーキ!
タ:えー!!!いきなりステーキなの(笑)牛じゃん!
マ:いきなりステーキナンバーワンですよ!あとはサムタイム、すき家ね。10年くらい通ってる。ノー・ポーク、ノー・チキン。オンリー・ビーフね。ビーフカリー、すき家のカレーはうまいよ。牛丼も好き。
プラさんに、牛肉美味いよね?と、はしゃぐマハさん。
タ:牛肉好き過ぎじゃないですか(笑)マハさんヒンズー教徒ですよね?食べていいんですか?
マ:いや〜、本当はダメなんだけど、ほら、私はクッキングしなきゃいけないから(笑)牛肉を初めて食べたの18歳の頃ね。トレーナーの人に身体を作るんだったら、牛肉はいいんだぞって言われて食べたのが初めて。ヒンズー教徒はお酒もダメなんだけど、飲む人もいる。同じように牛肉を食べる人もいるんだ。お父さんお母さんの前じゃ絶対に食べないけど、友達と一緒に牛肉を食べに行ったりとかはあるよ。インドでは牛肉を扱ってるお店は、とても少ないけどね。日本に来てからは、友達とビーフカレーパーティーしたりしてるよ(笑)
ビーフカリーパーティーのご様子
タ:へー!そうなんですね!ちょっと後ろめたさを感じながら牛肉を食べてるんだ(笑)牛肉って高いんですか?
マ:そんなに高くないよ。一番はヤギだからね。ヤギの半額くらいかな。チキンと同じくらい。バンガロールでシェフとして働きだした頃はめっちゃ牛肉食べてた。あと、たまにラクダも食べてたよ!美味しかったなぁ。
タ:何がダメなのかわからなくなってきた。
わさびカレーを実食!
さあ、わさびカレーである。マハさんが厨房に入った。わさびは葉にも辛さがある。マハさんは一口わさびの葉を食べて、辛味を確認すると全てをミキサーにかけた。
次に、事前につくっておいたマサラ(スパイス、たまねぎ、トマトで作ったペースト)にわさびのチューブを一本まるごと入れる。結構な量… 辛そう。
そこに、チキンを入れて、やりすぎでしょ!ってくらいの炎!
最後にさきほどミキサーにかけたペーストを入れて、パウダースパイスを足す。
一煮立ちさせて完成。名付けて「チキン・ワサビ・マサラ」だ!
見た目は、めっちゃ緑。
マハさんの「できた!」の声に、おおお!と歓声を上がる。ここにいる誰もわさびのカレーを食べたことがないのだ。期待せずにはいられない。
我先にと、飛びつく関係者。
すると、全員が目を丸くして、一同に声を揃えた。
「わさび…… 感じない」
そう、味はめっちゃ美味いのだが、まさかのわさび感ほぼゼロ。少しは感じるけど、あの鼻のツンとくるみたいなことは皆無。なぜ!?調べてみると、あのツン!の原因である辛味成分アリルイソチオシアネートは揮発性で熱に弱かった。だから煮込んで辛味が消えてしまったのだった。
マハさんは、わさびの辛味が熱で消えちゃうのを知っててこうしたそう。日本でもお馴染みになった、ほうれん草で作る緑色のカレーはサグカレーって言うんだけど、あれは北インドのカレーで本来はからし菜か、菜の花で作る。同じアブラナ科のわさびの葉をマハさんは、サグカレーのように使ってワサビカレーを作ったのだった。
だから、わさびの葉を用意してって言ったのね。
でも、なんだろう……美味い、確かに美味いんだけど、どうしてもコレじゃない感が!
もっとツン!が欲しかった!
スリマンガラム 店舗情報
店舗名: スリ マンガラム (Sri Mangalam)
住所: 東京都世田谷区経堂2-3-9 1F
※小田急線「経堂」北口より徒歩2分
駅北口からKFC横の路地を進んですずらん通り商店街に抜ける。
営業時間:
11:00~15:00(L.O. 14:30)
17:30~22:00(L.O. 21:30)
※新型コロナウイルスの影響で変動する場合あり
定休日:火曜
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■通訳協力
・アジアハンター小林真樹さま公式HP
・Mr.Sg PraKash