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2020.09.29

要塞?古代遺跡?これなーんだ?沖縄北部やんばるにたたずむ建物の正体

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沖縄北部は “やんばる” と呼ばれ、深い緑が生い茂る豊かな森と貴重な生態系を有する、世界自然遺産の候補地です。この “やんばる” の入り口である名護(なご)市の中心部に、要塞のような古代遺跡のような不思議な風貌の建物があります。実はこれ、まさかの市役所庁舎! 竣工は1981年。約40年経っても色あせないどころか、ますます風景に溶け込み魅力を放っています。このぶっ飛んだデザインはどのように誕生したのでしょうか? 沖縄の気候・風土とともに考えてみました。

沖縄北部 “やんばる” とは

沖縄には本土とは違った風土や風習、自然が残っていて、美しい海だけではなく文化の違いも楽しめる魅力があります。そんな中でも、空港のある那覇から離れた北部は “やんばる” と呼ばれていて、沖縄でも特に自然豊かな土地。ビーチ目当てだったり短期間の観光だったりすると、時間的になかなか足が運べないエリアでもあります。“やんばる” には北谷(ちゃたん)や恩納村(おんなそん)のようなキラキラしたリゾート感はありませんが、木々の生い茂る鬱蒼としたジャングルや、珍しい生き物を目にすることができるツウ好みのエリアとも言えます。

環境省レッドリスト2019で絶滅危惧Ⅱ類に指定されているオキナワキノボリトカゲ(雄)

名護に古代遺跡のような市庁舎ができたわけ

沖縄北部 “やんばる” への入り口、名護市。観光客ならば「この建物はいったい何だろう?」と思わずにはいられない古代遺跡のような大きな建造物が国道沿いにあります。私も毎回不思議に思っていたのですが、4~5度目にしてようやく足を踏み入れる時間を持ちました。実はこれ名護市庁舎だったのです。市庁舎に対してなんとなく無機質なイメージを持っていたので、この風貌にはびっくり。いくら沖縄、本土とは何かと違いがあるとはいえ、これは流石にぶっ飛んでます。正直言って羨ましい。
名護市は、沖縄の地域特性を体現し市のシンボルとして長く市民に愛される市庁舎を建設するための案をコンペ形式で広く求め、その結果このような市庁舎が誕生したのでした。

公開コンペの実施

名護市庁舎建設に当たっては1976年に公開コンペが実施され、全国から308もの団体が応募しました。その中から最終的にTeam Zoo(象設計集団+アトリエ・モビル)が選ばれたのです。つまりこの設計は半世紀近くも前のもの。現代においても全く色あせないデザインで、目にする人々を魅了します。
設計の条件としては敷地の立地条件、気象条件を生かすことはもちろん、省資源・省エネルギーを考慮し大規模な空調方式に頼らないこと、地場材料・地元の施工技術を使いこなすこと、社会的弱者への配慮を行うことなどが要求されました。そして作成されたのが以下のような施設計案でした。

ア 連続する地域環境の中で・・・
(ア) 新しいアサギ広場をまちの中にアサギ広場にこそ沖縄のコミュニティが凝縮されている。市庁舎は、まちにそびえる白亜の殿堂ではなく「むらからまちへと連続する地域環境の文脈」のなかで捉えたい。市庁舎は新しいアサギ広場が必要である。
(イ) アサギの形態が建築のストラクチャーを決定するアサギの建築様式は、軒が深く屋根を柱で支えている素朴なものである。これが風を取り入れ強い日差しから守る沖縄の建築の原点である。この原点を市庁舎のストラクチャーとして形態と平面を決定していった。

イ 市民に開放された庁舎
(ア) 自主管理ゾーンを持つ市庁舎アサギテラスと直結する市民サロン会議室(夜間利用可とする)を市民の自主管理ゾーンとする。そこでまちづくりや民業論の話に花が咲く。
(イ) 市民と行政の気軽な対話の場アサギテラスは、あらたまった応接間や会議室ではなく、気軽な雰囲気の対話場である。

ウ 2つの表情をもつ庁舎
(ア) 大自然に呼応する環境構造線による敷地計画
    名護岳、嘉津宇岳、名護湾、21世紀の森公園を結ぶ4本の軸線が、まちにひらく大広間、公園から湾にひらく日陰の広場、アサギテラスの方向性を決定する。
(イ) まちに向かうヒューマンスケール
    住宅やマチヤグワァ、小ビルの建ち並ぶ街並みに連続する市庁舎の表情はアサギテラスの積層するヒューマンスケールの世界だ。
(ウ) 海に向かうスーパースケール
    南側は国道バイパス、21世紀の森などの広々とした大スケールの環境が広がる。市庁舎の表情はこれらに呼応して、すくっと立ち上がるのびやかな表情をもつ。

エ 光と風と太陽と緑
(ア) 風のミチをつくる
    外廊下、室内を貫通する風のダクト、高い欄干と床上の通風孔を交錯させ風のミチをつくる。
(イ) 熱をさえぎる屋根
    二重スラブ、土をのせた屋根、アサギテラスのルーバーなどは、太陽熱を遮断する。
(ウ) 光と熱と緑が建物の表情をつくる
    アサギのルーバーが落とす小さな日陰、公園に連続するピロティの大きな日陰など、人の集まりに応じたいろいろな日陰をつくる。アサギのルーバーはブーゲンビレアやウッドローズがからみ緑で市庁舎を覆うこともできる。
(エ) 分舎式の間取り
    最も市民の出入りの多い1階は将来増築の可能性が高い。構造体と切り離した分舎式平面はフレキシビリティの高いものである。
引用:名護市役所 名護市庁舎概要

非常に地元愛が感じられる案だと思いませんか?市庁舎は白亜の殿堂である必要はない。市民が気軽な雰囲気で利用できればいいという、沖縄の人々の素朴な気質や、そこにある環境、沖縄建築を大切にしたいという誇りが伝わってきます。

象設計集団とは

コンペを勝ち抜いた象設計集団は、ル・コルビュジエの弟子のひとり吉阪隆正(よしざか たかまさ)の教え子たちが発足させた建築家集団です。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家で「近代建築の巨匠」とも呼ばれ、日本では世界文化遺産に登録された国立西洋美術館の設計者ということで一躍注目された人物です。

帯広の「森のスパリゾート 北海道ホテル」もこの象設計集団のもの。彼らの仕事からは、その土地のイメージを強く感じることができます。実際に象設計集団が掲げる7つの原則の中に、「場所の表現」というものがあります。

私たちは,建築がその建つ場所を映し出すことを望んでいます。デザインが場所や地域の固有性を表現するよう努めます。村を歩きまわり,景観を調査して,土地が培ってきた表情を学びます。人々の暮らしを見つめ,土地の歴史を調べます。このようにして,デザインのなかにその場所らしさを表現するための鍵やきっかけを掘り起こしてゆきます。
引用:象設計集団ホームページより


北海道ホテルには十勝産の煉瓦、特に十勝管内の清水町美蔓台地の粘土が使用されていて、吸水率が低く硬質で耐候性に優れています。性能の追求だけではなく材質感も重視した、その土地が持つ温かくて優しい雰囲気が感じられます。

名護市庁舎の特徴

名護市庁舎も象設計集団が掲げる「場所の表現」を強く感じられます。沖縄の強い陽ざしや台風に負けない頑丈なコンクリートブロック、海風が吹き抜ける構造、年月を経て植物に覆われるアサギテラス。どれも名護という土地の持つ特徴やイメージを的確に表現しているように思えます。

観光客に人気の長いスロープ

名護市庁舎で特徴的なもののひとつがこの長いスロープ。観光客なら思わず歩きたくなる開放的なスロープも、建設当時はエレベーターがなかったため、高齢者が多い沖縄ではなくてはならないものでした。このスロープは3階まで続きます。太陽熱を遮断する屋根やアサギテラスのルーバー、風を取り入れる工法で、建築当初はエアコン設備が必要なかったとか。

シーサーの足跡

最初にお断りしておきますが、名護市役所に「シーサーの足跡」という場所は存在しません。私が勝手にそのように呼んでいるだけですが、これを見れば納得していただけるはず。

建設当初、柱の上には県内各地の56人の職人が手掛けたバラエティ豊かな魔よけのシーサーが56体鎮座していたのです。劣化や台風の影響で撤去され、今ではこの足跡とお尻(?)の跡しか見ることができないのが残念です。南側の壁面にあったシーサーは、先ほどのスロープからよく見えたそうです。

アサギテラスが重なる2階からの眺め

2階からの眺めは人々の憩いの場であるアサギテラスが連なる様子が圧巻。独特の色のコンクリートブロックと、1階から伸びた植物がからまるルーバー。それとは別に、職員の方が育てているのであろう植木鉢の植物の数々。こんな建物の中で住民票や婚姻届け、年金手続きなどの事務処理が行われているなんて、良い意味で想像を絶する職場環境です。こんな市役所で働いてみたい。

南国の陽ざしを優しく遮るアサギテラスのルーバー

北側の広場に面した1階は、2階のアサギテラスのルーバーが良い具合に日よけになり、気持ちのいい木陰を作っています。あちらこちらで木々が建物を飲み込もうとしているのも面白い光景です。設計チームは半世紀も前の設計時にも既にこのような光景が想像できていたのでしょう。更に半世紀後どのように植物に飲み込まれていくのか楽しみでもあります。

100年後の姿を見てみたい名護市庁舎

コンクリートブロックが木々と交わり、まるでジャングルの中の古代遺跡か迷宮のようで、いつラスボスが登場してもおかしくない様相の名護市庁舎。50年後、100年後は、木々が建物を飲み込んでいるのか、もしくは違った共生の姿が見られるのか、この目で確かめてみたい、名護が誇る名建築です。前を通りかかったらぜひ立ち寄ってみてください。

名護市庁舎の基本情報

住所:沖縄県名護市港一丁目1番1号
アクセス:那覇空港から沖縄自動車道経由を使って約1時間半

書いた人

生まれも育ちも大阪のコテコテ関西人です。ホテル・旅行・ハードルの低い和文化体験を中心にご紹介してまいります。普段は取材や旅行で飛び回っていますが、一番気持ちのいい季節に限って着物部屋に引きこもって大量の着物の虫干しに追われるという、ちょっぴり悲しい休日を過ごしております。