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国は力で支配することはできるが、人の心は力で支配することはできないんだ。(チンギスハン)
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2022.04.22

厳冬北海道自転車キャンプ旅!日本最北限のクリスマス 北端のお正月 後編

この記事を書いた人

年末の礼文島と利尻島、お正月の宗谷岬。
2003年から2004年けにかけ、厳冬の北海道で過ごしたキャンプ旅の大晦日〜元旦編。

前半はこちらからどうぞ!

僕のソロキャン物語VOL.12
厳冬北海道自転車キャンプ旅2003-2004

「生きてるかー?」

物置小屋を貸してくれた地元の人の一声で目が覚めた。
クリスマスの翌日の26日早朝、魚くさい物置小屋に敷いた寝袋から這い出した。
テントを見ると、3分の2が雪に埋まり、見事にペチャンコになっていた。
地元の人と話すと、昨夜はやはり、近来稀に見る猛吹雪だったようだ。

テントの有り様がそれを物語っている。
どうやら、この場所は吹き溜まりになっているようで、雪がスピードを増して積もりやすかったらしい。
何もかもグッショリである。寝袋はカバーをしていたからまだよかったものの、スタッフサックに無造作に放り込んだカメラ類はグシャグシャだった。

テントを掘り起こし、小屋で湯を沸かし、珈琲を飲みながらしばし呆然とする。

昨日の嵐がなにもかも吹き飛ばしたのか、空は快晴で穏やかになっていた。

ここ何日も緊張した日々を送っていたので、近場の民宿で2日ほど休むことにした。
濡れたものも乾かさなくてはならない。

民家の人にお礼を言って、教えていただいた民宿に移動し、休みを取る。

いつも思うのだけど、屋根と布団は偉大である。

自転車&テント生活をしていて、民宿にたまに泊ると、屋根がある事で「おお、雨や雪の心配しなくていいんだ!」と感激し、綺麗な布団の暖かさに包まれると、普段の10倍ぐらい「しあわせ」をしみじみとかみしめて、お布団様に感謝するようになるのだ。
昨日のような体験をすると尚更そう思う。
このためにキャンプを経験しているのではないか? と思うほどである。

利尻島の年末

12月28日

大晦日前を利尻島で過ごしておこうと、利尻島にフェリーで渡る。

空はどんよりと曇り、利尻富士は見えなかった。
真冬の利尻島は初めてだが、時期のせいか? フェリーの客はオレ一人だけだった。
港に着いたが人は誰もいない。
夏は賑わっているであろう港前の商店街は、全部閉まっていて、閑散としている。
礼文島以上に寂しい殺伐とした光景で、まるで廃墟が連なるゴーストタウンのようだった。

港からほど近い利尻富士温泉に行き、すぐ近くの林の中にテントを設営して、寝床を確保した後、温泉に浸かる。

礼文島には銭湯はあるが、温泉は無い。
利尻島には利尻富士の恩恵か、島には温泉が湧いているのだ。
真冬の自転車旅での温泉入浴は、最大の楽しみの一つで、夏に入る温泉より何倍も気持ちよく感じる。

この日の夜、山から吹き下ろされてくる微妙な風の音を聞きながら眠る。
猛吹雪の経験をしていると、風の音に敏感になり、怖くなっていた。

12月29日

この日もドンヨリと空は曇り、利尻富士も厚い雲に覆われたままだった。
テントはそのままに、軽装備で島を一周する事にした。
しかし、何も面白い事はなく黙々と走る。
人の姿も皆無、ただ荒涼とした冬の暗い景色が広がっているだけだった。

12月30日

いよいよ大晦日が迫ってきた。
この日は、再び稚内にフェリーで渡り、初日にテント泊した稚内ドーム防波堤にテントを張る。
今回の旅の目的の一つに、元旦の宗谷岬に、ライダーの人たちが集まるらしいという情報を得ていたので、それがどんな様子なのか? 確認したかった。
中には、自転車で来るという人もいるそうで、それも確認したかったのだ。

この日の夜、ライダー2名、徒歩の人が1名、このドーム防波堤にテントを張った。
少し立ち話をした。
やはり、明日、大晦日に宗谷岬に行くようだ。
毎年の恒例になっているらしかった。

お正月の宗谷岬

12月31日

朝、起きて宗谷岬への出発の準備をしていたら、なんと、自転車で来ている人を発見。
嬉しくなって慌てて声をかけた。
昨日の夜遅くに到着して、この防波堤にテントを張ったようだ。
見ると、なんと、ホイールの小さい折り畳み自転車だった。
ビックリして聞くと、岐阜県から輪行で、北海道は小樽から電車でここまで来て、ここからは宗谷岬まで自転車で行くという事だった。


本当はバイク乗りで、夏にはよくバイクで旅をしたが、冬は昨年もお正月に参加した。
しかし、今年はバイクが故障、それでも仲間に会いたかったため、折り畳み自転車で参加する事にしたそうだ。

彼の自転車にはスパイクが付いていなかったので心配だったが、後に現地で会おうと約束し、彼は一足先に出発した。

ほどなくこちらも出発。距離約30キロ。

稚内など、道北はとにかく風が強い。
気温自体はマイナス5度~10度前後が多いが、風が強いため、その分、体感では下がる。


道中、晴れと吹雪が30分ごとにコロコロ変わる。
空を見ると北西方向半分が真っ黒で、アッと言う間に吹雪になったかと思うと、今度は瞬く間に晴れ間が再び現れる。

吹雪の度に、セイコーマートなどに寄り、やり過ごしては少しづつ進む。
そんな繰り返しの中、時折、宗谷に向かう何人かのライダーのお兄さんたちとすれ違い、手を振りあった。

不思議な感覚だった
今日だけ夏みたいだ。

冬の北海道で二輪を目撃する事は、通常ならば絶対に無いからである。

途中、対向車線から自転車の人ともすれ違った。手を振りあったが、彼は宗谷と反対方向に走り去って行った。

「……?」

一体、彼はどこに向かうのだろうか?

午後、ほどなく宗谷岬に到着。

すでにたくさんのライダーたちが到着し、日本最北の宗谷岬シンボルの前で記念撮影。
また、たくさんのテントが張られていて、ちょっとしたお祭りのような雰囲気であった。

彼らは夜になったらバス停の中で宴会をやるようだった。
寒いし風も強いので、みんな公衆トイレに集まって雑談をしている。


折り畳み自転車の彼も無事、到着したようだ。
こちらも撮影後、テントを張り、やる事も無いのでテント内でゴロゴロする。

19時頃、道中見かけた、サイクリストが宗谷岬に到着したのを発見した。

嬉しくなって話しかけ、トイレの中で話を聞いた。
逆方向に向かったのは、温泉に入りに行ってたそうだ。
彼は26歳で、大学時代にサイクリング部だった。その時、先輩が冬の北海道を走っていて、誘われたが、お金がなく参加できなかった。
それが心残りで、社会人になっても悔しさは残り、今回初めて実行できた、という。
電車で富良野まで来て走り始めて、キャンプしながら今日で5日目。
クリスマスの時に、自分と同じように吹雪の暴風にやられ、公衆トイレに避難し一晩過ごした。
あの時の怖さを、お互い語り合った。
もう一人、自分と同じような目に合ってる人がいたとは、驚きだった。
今回、初めての冬の北海道だが一般的ではなさすぎて、お勧めはできない、と語る。

「何が楽しいか、わからないんですよね、わかんないんだけど楽しいんですよね、
でも、初めての事は楽しい。とにかく何でも初めての事は楽しいですよ、
今回、宗谷岬で正月に来たのは、わかりやすいから。
人に言う時、わかりやすいじゃないですか?」

そして最後にこう語った。

「単純な生き方をしたい。単純なのがいいですね。」


大晦日の夜

吹雪になった。
ライダーのお兄さんたちはバス停で飲み会をしているのだろうか?

自分はテントの中で寝袋にくるまり、静かに吹雪の風の音を聞いていた。

クリスマスの時の暴風を思い出し、少し不安になっていた。
今日は、たくさんの人が周囲にいるので恐怖は薄らいではいるが、これがもし一人だったら怖いだろうな、と思った。

そんな事を考えているうちに、0時の新年を待たず、ぐっすりと眠ってしまった。

2004年のお正月


早朝、花火の音で目が覚めた。

初日の出を見ようと、いろんな人が宗谷岬に集まってるようだ。
しかし、残念ながら今日も曇り空のため、太陽は姿を現さなかった。

外に出ると、お祭りのような雰囲気でなかなか賑やかだった。
ライダーのお兄さんたちのテントが風で潰れてるのもあり、少し心配になったが、特に騒ぎにもなっていなかったので、大丈夫だったのだろう。

行列ができているので、行ってみると、なんと「日本最北端到達証明書」と干支の木彫りキーホルダー(この年は猿)がもらえるという。
自分も並んでいただくことができた。
これが欲しくて、毎年来る人もいるそうだ。

朝8時ぐらいになると、すでに大半の人が宗谷岬から去って静かになっていた。
自分も、自転車で来た二人にご挨拶をして、お互いの健闘を祈り、宗谷岬から去った。

お正月のライダーのお兄さんたちの状況なども知る事ができて、満足度は高かった。

最後の危機

任務だったVTRのドキュメント撮影も1月1日で区切りが付いたため、この後は、帰るまでお正月気分で、のんびりと休日にする事にした。

稚内温泉の施設に行き、許諾をもらって、施設の外の空きスペースにテントを張らせてもらった。
その後は3日ほど、ゴロゴロと施設とテントを行ったり来たりしながら温泉三昧でのんびりした。


そして1月4日、稚内空港から5日に帰るべく自転車を走らせる。
空港に近い場所にテントを張ろうと、場所を探した。

厳冬の北海道で一番苦労するのは、テントを張る場所を探す事だった
今回の旅も吹雪の時に吹き溜まりの場所を選んでしまい、怖い思いをしたばかりだ。
もう一つ、注意が必要なのは、除雪車の存在だった。
除雪車は雪が降ると必ず出動し、道路を整備するのである。
ここは大丈夫だろう、と思う場所でも除雪車が入る事があり、巻き込まれたら非常に危険なのである。
その判断はとても難しい。

登山などと違い、冬の北海道でのキャンプは人工物が敵となるのである。

特殊すぎて経験者も少ないため、こればかりはデータもない。
地元の人に聞いて安全を確かめるしか方法はないのだ

この日も良い場所がなかなか見つからなかった。

民家の裏などがいいかと思い、チェックして、そのお家の人に聞いてみたが、除雪が入るらしい。
バス停が良いんではないか?と言われた。

バス停だと、どうも落ち着かない。
休憩などには良いが、泊るには抵抗があった。

そこで国道沿いのバス停の奥まった空き地の少し離れたところにテントを張る事にした。
雪かきをして平らにしてテントを張った
ここなら大丈夫だろうと思った。

その日の夜、かなりの量の雪が降り始めた。
いつものようにテント内で過ごし寝袋にくるまった。
雪が降って、国道沿いのため少し心配ではあった。

朝5時、遠くから「ゴゴゴゴ……」という音が聞こえてきた。
除雪車の音だ。
テントで寝ていると、除雪車の音はかなり響く。
安全な場所で少し除雪車が離れていたとしても、すぐ近くを通るように感じ、かなりの恐怖感がある。
外はかなり雪が積もっているようだった。

朝5時なので、まだ暗く雪も降っているため、こちらのテントの存在は除雪車からは見えないかもしれない。
ここなら大丈夫かと思うが、念のため、こちらの存在を知らせた方がいいかもしれない、そう思い、ヘッドランプを握りしめ、寝袋からゴソゴソ這い出しテントの入口から出ようとした瞬間だった。

ドサーーーーーーーー!!!!!

いきなりものすごく重くのしかかるようなものがテントに降ってきた。
瞬間、真っ青になった。
「放雪だ!!!!」
「ヤバい!気付かれないと、死ぬ」
あまりに慌てて外に出ようとして、テント内のロープがフックごと引きちぎれた。

外に出ると、雪の中、除雪車はこちらの存在に気付いたらしい。

しばし離れた場所に、除雪車から弧を描いて雪を放雪していた

そのまま雪の上にへたりこんだ。

「助かった」

最初の一撃は、直撃されてテントのポールが歪んだ。
もしも、第2弾、第3弾とさらに放雪されていたら、そのまま生き埋めになって窒息死していただろう。

バス停の脇に置かれた自転車は降りしきる雪のため、一晩で半分以上が埋まっていた。

クリスマスに吹雪、最終日に除雪車、と2度も恐怖を味わった旅だった。

冬の北海道自転車旅に、ルールやマニュアルは存在しない。
自由である。

自由は素晴らしい。

だが、同時に、

自由はこわい。

そう思った。

書いた人

映画監督  1964年生 16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。『ゲバルト人魚』でヤングマガジンちばてつや賞佳作に入選。18歳より映画作家に転身、1985年PFFにて『狂った触角』を皮切りに3年連続入選。90年からAV監督としても活動。『水戸拷悶』など抜けないAV代表選手。2000年からは自転車旅作家としても活動。主な劇場公開映画は『監督失格』『青春100キロ』など。最新作は8㎜無声映画『銀河自転車の夜2019最終章』(2020)Twitterはこちら