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2026.02.05

日本一のお多福面だけじゃない? 隠された御利益に迫る・長崎県諫早神社【ダイソンの寺社探訪】

これは、2025年夏、諫早(いさはや)市内の美容室を訪れた時の会話である。
九州内にある神社の話でしこたま盛り上がったところで。
某神社の名前が出てきた。

「今年、くぐられました?」
「えっと……何を?」
「お多福面」
当然のように言われて、正直、面くらった。
「おた、おたふく……めん?」
「そうですよお、お多福面。あのおっきいの」

なんじゃ、そりゃ。そもそも、お多福面ってなんやねん。
心の中で関西弁が思いっきり暴れ回る。
「お多福」はわかる。
いや、「お多福面」までもフツーに想像できる。
ここまでは理解が追い付くのだが。いかんせん「お多福面をくぐる」と続くと、急に意味不明の文章になってしまう。

そんな会話をふと思い出した、2026年1月下旬。
私はその「お多福面」の前に静かに立っている。
あの時の「くぐる」という言葉の意味を
今ようやく理解したのである。

さて、今回の「ダイソンの寺社探訪」。
訪れたのは、長崎県諫早市内にある「諫早神社」。
JR諫早駅より歩いて7分ほど。本明川(ほんみょうがわ)沿いにある緑多き神社である。
なんでも「開運」や「健康」「病気平癒」などの御利益で有名なのだとか。

だが、この時期、一番に目を引くのは、ドドーンとお目見えしているコチラのお面。
本来ならば、どっしりとした石の鳥居が見えるのだが。今は神社の扁額(へんがく)も含め巨大なお面にすっぽり隠れてしまっている。

諫早神社の「お多福くぐり」

なるほど。
確かに「お多福」の顔である。
初めての人はギョギョッと二度見するかもしれないが、地元の人たちからすれば「ああ、そういう季節が来たのか」とカレンダー代わりなワケで。ここ諌早では、節分や立春の風物詩なのだろう。

それにしても。
どうして、また?
なぜに、大きい?
色々な疑問が浮かんでは消える。

今回はそんな謎を解消すべく「諫早神社」を徹底深掘り。
歴史やみどころはもちろん、コチラの「お多福くぐり」の全貌まで。
それでは、早速、ご紹介しよう。

※冒頭の画像は、諫早神社の「お多福面(※2月8日まで設置予定、天候によっては2月中旬までの可能性あり)」です
※本記事の写真は、すべて「諫早神社」に許可を得て撮影しています
※この記事に掲載されているすべての初穂料は、令和8(2026)年1月末現在の初穂料となります

とってもたくさんの神様が鎮座する諫早神社

「(諫早神社は)西暦でいうと728年に創建されまして。もともと『四面宮(しめんぐう)』という神社で創建されたんですね」

こう話されるのは、諫早神社第27代宮司の宮本健一氏。
今回、快く取材に応じてくださった。

諫早神社第27代宮司の宮本健一氏

縁起書によると。
奈良時代、聖武天皇の治世の頃の話だ。

「全国を行脚していた行基(ぎょうき)さんが、この地を聖武天皇に報告すると、そこに『四面宮』の神社を建てなさいと。天皇が命を出して神社を建てる『勅願社(ちょくがんしゃ)』となりました」

古事記の「国生み神話」の一節には、こう記されている。

次に筑紫島を生みたまひき。此の島も身一つにして面四つ有り。
(次田潤 著 「古事記 : 校註 訂正35版」より一部抜粋)

「『九州』っていうと、9つの県があると思いがちですが、実際は7県しかなくて。じつは最初は4つの国から成り立っていました。古事記の『国生み神話』、イザナギ、イザナミの神様が日本列島を生み出していく物語なんですけども。『身』は大陸(筑紫島=九州)のことで、『面』は国のこと。つまり、九州に国が4つありましたよと。それぞれ守り神がいらっしゃって、その守り神をお祀りしているので『四面宮』という神社なんですね」

諫早神社の御本殿

その後、九州は9つの国に分かれ、明治時代の廃藩置県まで長らく続く。現在は7つの県となったものの、九州という言葉は残ったままだ。
なお、新時代に伴う変化の波は、日本全国の神社仏閣にも押し寄せた。

「じつは(現在の)社務所の場所に『荘厳寺』というお寺があったんですが。神仏分離令で、お寺は廃されることになりました。神社だけ残って、その時に『諫早神社』と名前を変えて、御祭神も新しい神様をお迎えしました。もちろん九州の守り神をお祀りしなくなったということではなくて、まあ、足してという感じで。合わさって新しい神社という形になりました」

「諫早神社」の扁額

ここで、主祭神としてお迎えしたのが、非常に有名な神様だ。

「現在、主祭神としてお祀りしてるのが、伊勢神宮の『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』と出雲大社の『大己貴命(おおなむちのみこと)』と『少彦名命(すくなひこなのみこと)』。伊勢神宮と出雲の神様、どちらもお祀りしてるのがすごく珍しいと。どちらも『開運』の御利益があって、それが掛け合わさって、より開運の神社で知られるようになりました」

なるほど。
確かにいわれてみれば、珍しい。
伊勢神宮と出雲大社。皆がこぞって参拝する神様が、まさか揃って鎮座されているとは知らなかった。そりゃ、開運の神社といわれるのも納得である。
実際に、諫早神社をお参りされて宝くじを買われた方が見事当たったとの声もあるのだとか。いやはや開運のみならず金運の御利益もありそうだ。

さらに、である。
忘れてはならない大事な御利益が。

「御祭神の『大己貴命(おおなむちのみこと)』と『少彦名命(すくなひこなのみこと)』は、お薬を発明した神様としても知られ、温泉を発見した神様とも言われてます。元々、ここはクスノキがたくさんありまして、県の天然記念物に指定されてるんですけども。クスノキの語源が『薬の木』から来てまして、実際に薬効があるんです。それで『健康』や『病気平癒』の御利益もあるといわれています」

諫早神社の御神木であるクスノキ

「開運」だけでなく「健康」や「病気平癒」の御利益まで。
ここまでくると、なんだか欲張りな気がしないでもないが。宮本宮司からさらなる驚くべき情報がもたらされる。

「まあ、もっと細かく言うと、天満神社とか八幡神社とか稲荷神社とかの摂社末社があったんですけど。神仏分離の時に壊されてしまって、そういう神様も本殿にお祀りしてまして。じつは、本殿にはすごくたくさんの神様がいらっしゃいます」

おっと。もはや数えている場合ではない。
もう、参りましたのひと言。
多くの神様がいらっしゃる御本殿に深く一礼したのである。

いざ、「お多福くぐり」へ

諫早神社のお話をうかがったところで。
早速、神社探訪シリーズで取り上げたいと思うきっかけとなった「お多福くぐり」へ。

近付いてみると、想像以上に大きい。
関西では見たことのない光景である。

「福岡を中心に西九州地方で節分行事として『お多福くぐり』というのがあって。お多福さんの顔の口をくぐることで、『福に飛び込む』という意味をかけています。長崎では(お多福くぐりが)なかったんで、一緒にしませんかって諫早駅前の商店街さんから声をかけてもらいました」

始めたのは平成29(2017)年。
諫早駅前にある商店街の方たちと何か一緒に取り組みができればと考えていたところで、渡りに船。絶妙のタイミングだったという。

「最初にこの小さいお多福面を商店街さんが作って奉納してくださって。2年ぐらいしたと思います」

初代の「お多福くぐり」の「お多福面」

確かに、サイズ感はやや落ち着いた感じだ。大人の身長よりも少し高いくらいだろうか。にこやかな笑顔が印象的なお多福面である。

一方で、現在のお多福面に目を向ける。
一体、どうして。
こんな巨大なお多福面となったのか。

「(お多福くぐりへの)反応が結構、強くて。せっかくだったらということで、博多にある櫛田神社さんが、日本一大きいお多福くぐりをしてますって報道がされていたので、(諫早駅前商店街が)そのサイズを調べて、それよりちょっと大きいサイズを作ってまた奉納してくださったんですね」

ほほう。
ちなみに、櫛田神社のお多福面はというと。木の枠に和紙を貼った造りとなっており、高さ5.3m、横幅5m。一方で、諫早神社のお多福面はパネル式。高さ、横幅共に5.6mと辛うじて大きい。

「商店街さん調べで『大きさ日本一』ということにしてます。やっぱり神社だけで何かやるというのは限界があったりして。色んな人が集って知恵を出して楽しいことをするのが、この神社のいいところだと思いますね」

それでは、ここで。
ようやく、待ちに待った「お多福くぐり」である。

陽光が差し込み、お多福面がより一層輝いて見える。

──みずから飛び込んで福を授かる
そんな意味が込められた「お多福くぐり」。
開運笑福、健康長寿、商売繁盛の御利益があるのだとか。

口の部分に視線を向ける。
どうやらそのまま通るのは難しそうだ。少しかがんでお多福の口をくぐらねばなるまい。

「お多福面」の口

それにしてもと、足が止まる。
「お多福くぐり」の何が一体……私を惹きつけるのか。
お多福の満面の笑みを見上げながら、考え込んでしまった。

暫くして。
ああ、そうかと、足を一歩踏み出す。

ひと言でいえば、能動的なのだ。
ただひたすら福を待つ。もちろん、それはそれで結構だが、どうしても「福」に対して受け身になってしまう。

だが、「お多福くぐり」はそうではない。福に「自ら飛び込む」という能動的なやり方だ。福に向かって自分から動き、近づく。ある意味、それは人生と同じで、福を掴むには自らの行動が必要なのだと、そう教えられている気がした。

ただ、願うだけではない。
口に飛び込むことで、己の願望に対して「努力します」と宣言する。

だから、やってみたい。
シンプルにそう強く思ったのだ。

さあ。
いざ。

絶賛「お多福くぐり」中

小声でごにょごにょ言いながら、手を合わせて無事にお多福の口へと飛び込み成功。

願ったからには、動くしかない。
意志が弱い私にとって、なかなかよい節分行事となった。

振り返ると。
裏側には、諫早神社の鳥居が。
口へと勢いよく飛び込んだはいいが、帰りに再度くぐってしまうと、口から出たことになるのだろうか。そんな心配をしつつ、私の初「お多福くぐり」は終了した。

「お多福面」の裏側

なお、今年から新たな取り組みをされているという。
それがコチラ。「獅子頭(ししがしら)」である。

「獅子が噛みつくのと『神が付く』という語呂合わせで繋がってまして、神様がつくので、その神様の御利益をいただけると。口の部分を抜いて獅子に噛みつかれた写真を撮っていただいて皆さんに楽しんでもらおうと、今年からできました」

2026年登場の「獅子頭(ししがしら)」

「お多福くぐり」をされた方は、是非とも「獅子頭」で獅子に頭を噛んでいただきたい。

──福に飛び込み、神がつく。
縁起がよすぎる諫早神社であった。

「雲仙塚」で二重の御利益

さて、ここからは諫早神社のみどころを幾つかご紹介していこう。
鳥居をくぐってすぐ右手、ちょうど手水舎の裏手に諫早神社の境内の案内図がある。

諫早神社の境内図

案内図によると、御本殿を境に、向かって左側には大きなクス群が。一方、右側には池やら岩やら趣向を凝らした様子がうかがえる。「御神苑」だ。

まずは、奥に横たわる池エリアから。
その名も「龍心池(りゅうしんいけ)」。

龍心池

じつは、元々、諫早神社には池があったという。江戸時代の頃の話だ。だが、昭和32(1957)年の諫早大水害で土砂が入り、池は無くなってしまったとか。そこで、御神苑を整備する中で、池も2年ほどかけて造り直したそうだ。

「日本の庭園の池には、色々な見立てがあります。例えばこの池の真ん中にある中島ですね。これは右を向いている亀島になります。亀は長寿の象徴ですし、そこに橋を渡すことで、人々が長寿になろうとするその心を表しています」

龍心池の「亀島」

さらに説明が続く。
「池の右奥に石を立てて組んであるところ、『枯滝組(かれたきぐみ)』と申しまして、水は流れてないんですが、石を組むことで滝を表現しています。鯉が滝を登って龍になる『登竜門伝説』。そんな立身出世の物語を表してます。枯滝組の手前に幾つか石を置いてますが、『鯉魚石(りぎょせき)』 と言いまして、魚の鯉に見立てた石です」

龍心池の「滝石組」

他にも人々の憧れの象徴、不老長寿の仙人が住むとされる「蓬莱山(ほうらいさん)」を石で表現。池を結界にして、蓬莱山へと向かう船に見立てた「船石」も。
それだけではない。石に目が行きがちだが、池にだってこだわりがある。

「水面の下に丸い石がちょっと見えると思うんですけども。粘土層の土の上に玉石を敷き詰めて池を造る『州浜(すはま)』という、日本古来の伝統的な工法を使った池になります。ここでも日本の文化を感じることができるかなと。すごく柔らかい印象になるんですね。州浜の工法の特徴的な点です」

そんな龍心池の前には大きな石の舞台が置かれている。「雲舞台」だ。

「雲舞台」

「『諫早石(いさはやいし)』と呼ばれていて、諫早でしか取れない石があって、柔らかい石なんですけども。それを縁のところ、職人さんが叩いて『雲』の表情にしてるんですよね。ですから『雲舞台』と呼んでいます。雲の上で巫女さんが舞うみたいな、古代の舞台をちょっとイメージして造ってもらいました」

年に1回の勤労感謝の日。諫早神社では「新嘗祭(にいなめさい)」という収穫感謝の日に、演劇を上演するのだとか。四面宮の神様にまつわる物語を雲舞台で舞う。タイトルは「四面神楽(かぐら)」。まさしく神様に捧げる舞。そんな取り組みを通して、御祭神の御利益を肌で感じてもらうのだという。

次に、池の横に続くのが岩山エリアだ。
その不思議な光景に、思わず目を奪われる。
ごつごつした岩、そして中央にある珍しい真っ白な三本鳥居。

「日本には、山に神様がいらっしゃるという『山岳信仰』があって。元々は『雲仙』という山に、九州の守り神が宿るというのがこの四面宮信仰なんですね」

「雲仙塚」

「東京の神社などにある『富士塚』は、東京から富士山へなかなか行けないので、東京の神社の中に富士山に模したミニチュア富士山を造って、そこに行けば富士山の御利益をいただけるというもの。うちの場合はご神体の山が雲仙なので、ここに雲仙に模した『雲仙塚』を造りました。『富士塚』ならぬ『雲仙塚』です」

なるほど。
このエリアが、島原半島に位置する「雲仙」を表しているのか。
それにしても、ひとつひとつの岩がごつい。近付くとより一層のボリューム感に圧倒される。

「この雲仙塚は石だけで造っているというのが特徴です。富士塚は通常、石と土なんですが、ここはすべて石だけ。大体700トンを超える石を使ってます。あとですね、雲仙塚の特徴としては、この輪郭ですね、雲仙の山にある『温泉神社』を起点にして、そこからスパッと山を切り取って、山の形をそのまま持ってきて、ここに忠実に再現しているんですね」

「雲仙塚」の説明版

今、なんと?
山の形をそのまま?

「ですので、熊本県の天草あたりから雲仙を見た時の山の形、山景になっているということなんですね」

宮司ご本人はさらりと説明されているが、その真意に息をのんだ。
素人ながら、ただ岩を使って雲仙の荒々しさを表現したと思い込んでいたが、実際はその逆。まさかの雲仙の山の形そのもの。何気なく置かれたのではなく、緻密に計算され、明確な意図を持って岩が配置されているのだ。「雲仙塚」と名乗るからには、細部までの正確性を突き詰めたのだろう。こうなると、スケールが違う。

「実際に雲仙の山の石も使ってます。硫黄の影響で白くなった石や、今から30年ほど前に噴火してできた平成新山の石とかももらって。雲仙のエネルギーが詰まっている石を使うことで、雲仙の御利益がよりいただけるようにと」

さらに、雲仙塚の中央に目を移すと。
柱の数が3本の珍しい白い鳥居が見える。名は「三柱鳥居(みはしらとりい)」。
陶器製で、全国でも有名な陶器の産地、長崎県波佐見(はさみ)にある工房に依頼したという。

「今から約1300年前に雲仙の山に九州の守り神が誕生したという物語が由緒記にありまして。雲仙の上空に30mほどの白い大蛇の姿として現れたと書かれてるんです。なので、白い大蛇を白い陶器に重ね合わせて造ってもらいました」

元々、諫早神社には陶器製の鳥居があったとか。
だが、昭和32(1957)年7月の諫早大水害で流されてしまったため、陶器製の鳥居を復活させたという意味合いもあるようだ。

三柱鳥居

「三柱鳥居は、形状的に大切なものを守る結界としての役割を果たす鳥居と言われておりまして。真ん中にあるのが『雲仙塚』の要石(かなめいし)、『鯨石(くじらいし)』と呼んでます」

ここでクジラ?
なんでクジラ?

「海面からクジラが出てくるイメージで、クジラの頭に見立てた石になっております。クジラは天気を司る動物で、映画の『天気の子』にも出てきたりするんですけども。雲仙の九州の守り神のエネルギーが、クジラに乗って大空に羽ばたいて世界に広がっていきますようにと。それで『鯨石』を設置しています」

ああ。もうすっかり。
私の想像を遥かに超えた世界観に脱帽である。

諫早神社の「御神苑」

ちなみに、鳥居の製作だけで、かかった期間は1年半~2年ほど。
職人さんに無理を言いながら、3Dプリンターなど最新技術を駆使し見事完成。御神苑自体は、構想も含めると5年ほどの歳月がかかったという。

「神社のお社は、あくまで象徴としての存在で。例えば、大きな石とか大きな木に神様が宿るので、そこにお社を建てましょうということなんで。元を辿ると、山の信仰だとか、石の信仰とかに繋がると思います。そういったところを、この『雲仙塚』で感じていただければ、すごくいいなと思います」

なんだか、先ほどから御利益のお話ばかりで恐縮だが。
諫早神社にご参拝されるのであれば、諫早神社と「雲仙塚」をセットで。
是非ともおススメしたい。

神社で「社会」を目指す

最後に、ほんの少しだけ。
宮司ご本人について触れておこう。

「うちの父と祖父と曽祖父、三代にわたって兼業の神職だったんですね。ただ、神職が常駐してない神社だったので、神社本来の取り組みがなかなかできてなかったんですけど、今から15年ぐらい前に戻ってきました」

神社を継ぐのは定年後。そう、人生のプランを立てていたという宮本宮司。
大学卒業後に民間企業に就職、その後、政治の世界も勉強したという特殊な経歴の持ち主だ。神社の世界に足を踏み入れた当初はわけがわからず、色々手探りで試行錯誤を重ねたという。

諫早神社の狛犬

「日本の文化って、持ってる精神性が、世界が今、目指してる部分に繋がるというか。世界が必要としてるところに意外と繋がってると思い始めまして」

ただ、これまでの習わしをそのまま続けることが伝統ではないとも言い切る。

「前から続けてきたことが、今を生きてる人たちに響かなくなってきてるのかなという気持ちもあります。最初は、行事に込められた意味とか願いとか祈りとかがあったはずなのに、なんかそこがちょっと抜けて、形だけ伝承されてるみたいな感じで」

どんな願いがあったのか。
どんな祈りがあったのか。
どんな思いがあったのか。
そこを深掘りして、今を生きてる方々に響くような取り組みができればいいという。

「神社の家系ですけど、跡を継げとかも言われたことがない。割と外の世界をたくさん見て、勉強させてもらったので、知見というか、今までの蓄積が今の取り組みにつながっているかなと思います」

確かに、境内を案内していただくと、何かと目を引くものが多い。
例えば、コチラの手水舎。
花と和傘で日本の「和」文化を感じ取ることができる。

諫早神社の「手水舎」

お賽銭箱の横には、今年の干支である「馬」の駒が。
左側の駒は反転している。「左馬(ひだりうま)」だ。

お賽銭箱の横にある「左馬」

「うちが(神事として)『流鏑馬(やぶさめ)』をしてまして、馬にゆかりがあるんですが。『左馬』を駒として置きました。左右反転することで、馬が『舞う』と。つまり、福が舞い込むことに繋がりますし、馬に乗る時には左から乗ると安定するので、着実に前に進むと。そんな御利益もある、日本古来の縁起物なんですね」

さらに、社務所には様々なおみくじや色とりどりの御朱印が並ぶ。
おみくじはpaypay対応。かなりハイテクだ。

「おみくじ」(一部) /諫早神社の御朱印(一部)/「開運 うないさんおみくじ」(800円)

先ほどの「獅子頭」にしろ、おみくじにしろ、ユニークな取り組みが多い。
一体、アイデアはどこから湧くのだろうか。

「『獅子頭』は私と地元のデザイナーさんとで考えました。なんか思いついたらちょっとやってみようかなというタイプで。池は、東京芸大の絵を専攻して結構アート的な感覚をお持ちの庭師さんと一緒にですね。それから……」

恐らく、多くの人が集まってくるのは、宮本宮司のお人柄なのだろう。
頭から否定しない、知った気にもならない。
まずはやってみよう。全てを受け止めようとするその姿勢に人々が共感して、自然と集うのだ。

「私が神社に入って初めて聞いたんですけど。『社会』っていう言葉があるじゃないですか。外国から『society』という単語が入ってきて、日本語にどう訳そうかと。当時の神社は色んな地域の方々が集って、お祭りをしたり、一緒に楽しんだり、地域の大切なことを決めたり。要はコミュニティの核みたいな中心的な存在で。だから社会という言葉にしたと。『社で会う』って書きますよね。これって神社のことで、神社で人々が会うことが『社会』になると」

なるほど。
「神社で会う」。いい響きだ。

「何か用がある時だけ来るよりも、人生の節目、季節の節目に。神社がより身近になって、心が豊かになったりとか、楽しんだりとかできるような場所になれるよう取り組みをしてるという感じです」

あと2年で1300年という大きな節目を迎える諫早神社。
今後もどのような取り組みがなされるのか、目が離せない。

取材後記

四面宮。
九州の守り神。

じつは、こちらの四面宮の神様が、元寇で日本を救った神様だといわれている(諸説あり)。

「元寇の際に、神風が吹いて日本が助かったと。由緒記の『四面宮縁起』に、神風を吹かせたのが四面宮の神様だったという内容が書かれているんですね。御利益のキーワードの1つである『風』。風って目には見えないですけど、皆さんにその御利益を感じていただけたらと」

ああ。
だからかと納得した。

諫早神社の境内に足を踏み入れた時に、違和感を抱いたのだ。
どうして境内に風車があるのかと。

確かに、風は目に見えない。
だが、風車が動いて回ることで、風のエネルギーを感じられる。
ほんの些細なことだが、諫早神社を訪れる人たちに少しでも何かを感じて欲しいという気持ちの表れなのだろう。

境内にある「風車」

これまで多くの神社仏閣を訪れたが、取材の中で、今回初めて言われたことがある。

「最近時間がなくて神社巡りができていなくて。何かもっとこういうのがあったらいいなとか、あれば教えていただけたら……」

正直、このような逆質問が来るとは思いもしなかった。
どうすれば人々に寄り添えるのか。
そんな問いと毎日真剣に向き合っているからこその言葉だと感じた。

その気持ちだけで。
その優しさだけで。
私たちは十分だ。

無事に取材が終了し、諫早神社をあとにするところで。
サッと風が吹いた。
一瞬のことだが、風が頬を撫でた気がした。

それは、とても優しい風だった。

撮影/大村健太
参考文献
次田潤 著 「古事記 : 校註 訂正35版」 明治書院 1947年7月

基本情報

名称:諫早神社
住所:長崎県諫早市宇都町1-12
公式webサイト:https://isahaya-jinja.jp/

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Dyson 尚子

京都出身のフリーライター。北海道から九州まで日本各地を移住。現在は海と山に囲まれた海鮮が美味しい町で、やはり馬車馬の如く執筆中。歴史(特に戦国史)、社寺参詣、職人インタビューが得意。
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