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2026.03.18

織田信長の野望 “天下布武”が、豊臣秀吉らへ受け継がれた「岐阜城」とは

岐阜市の中心地、標高329mの金華山山頂にあり、シンボルともいえる岐阜城は、織田信長が天下布武(てんかふぶ)を掲げた天下取りの城として伝えられています。山頂の砦(とりで)だけでなく、麓(ふもと)には豪華な居館を構えるなど、秀吉たちの後の城造りにも大きな影響を与えました。眼下には、美しい長良川や雄大な濃尾平野が広がり、現在も風光明媚な観光スポットとして人気を呼んでいます。そんな岐阜城の魅力を紹介していきます。

全国制覇への足掛かりに、信長が手に入れたかった城

織田家が美濃を攻略しようと幾度となく攻めていた時代、稲葉山城には、守護土岐氏を下剋上によって追放した斎藤道三が居城していました。現在の大河ドラマ「豊臣兄弟!」で描かれたように、道三亡き後は息子の義龍(よしたつ)が、その後は孫の龍興(たつおき)が城主となります。

斎藤家についてはコチラを
美濃のマムシと呼ばれた男、斎藤道三。恐るべき下剋上の真実とは

険しい山上にあったことから難攻不落とも言われていたため、信長も苦戦が続いていました。ところが永禄10(1567)年、龍興の家臣たちが信長に寝返ったことにより、龍興は逃亡。遂に信長は稲葉山城を陥落します。そして「稲葉山城」を「岐阜城」と改め、信長はここから「天下布武」を掲げ、翌、永禄11(1568)年9月26日には足利義昭の上洛を成功させました。この岐阜城の名ですが、周の文王が徳をもって天下を開いたという中国故事により、象徴の地「岐山」から「岐」を、孔子の生誕地「曲阜」から「阜」を取り、「岐阜」としたと伝わっています。まさに信長にとってもパワースポットであり、天正4(1576年)年安土城に移るまでの約10年間、ここ岐阜城から全国制覇へと邁進したのです。

小牧山城築城から岐阜城、そして安土城へと信長の城造りが完成

稲葉山城は、13世紀に鎌倉幕府の官吏であった二階堂行政(にかいどうゆきまさ)が、山上に要塞を築いたとされ、室町時代には守護土岐氏に仕えた守護代斎藤氏が居城。そこから家臣だった斎藤道三の父といわれる長井氏が下剋上で城を乗っ取り、道三へと受け継ぎました。この道三の時代に見張り櫓(やぐら)や武器蔵(ぶきぐら)などが造られたと言われます。これを土台として山頂に天守、山麓に居館という小牧山城で行った城造りを飛躍させたのが信長の岐阜城でした。

道三と信長の城造りはコチラ
信長の城造りに影響を与えたのは斎藤道三だった!発掘調査で再び史実が変わるのか!?

信長と親交のあったイエズス会の宣教師ルイス・フロイスが書いた「日本史」によれば、山麓の居館は金箔瓦を用いた4階建ての立派な御殿で、その2階には、信長の奥方や侍女達の部屋があり、町の側にも山の側にも緑と見晴台が、3階には茶室があったと書き記されています。また御殿の前の通りには家臣たちの屋敷が広がっていたそうです。発掘調査でも、その言葉に近い形で御殿が造られていたり、金華山の岩盤を利用した見事な日本庭園があったことなどが分かっています。このことからも岐阜城は豪華絢爛な城造りとして有名な安土城の原型と見ることができるのはないでしょうか。

有名武将たちが歴代城主を務めた重要な拠点

信長が安土へ移った後も、天正3(1575年)年に家督を継いだ嫡男・信忠(のぶただ)が居城します。明智光秀の謀反による「本能寺の変」で信長親子が亡くなると、次男・信雄(のぶかつ)との跡目争いに勝った秀吉の押す信忠の息子、三法師(さんぽうし)の後見人として、三男であった信孝(のぶたか)が入城します。その後は織田家の家臣であった池田恒興(いけだつねおき)の長男・元助(もとすけ)、次男の輝政(てるまさ)が城主となり、豊臣秀吉が天下を取ると、甥の秀次(ひでつぐ・後に養子となり関白就任)の弟、秀勝(ひでかつ)が入城します。このように織田家・豊臣家にとっても、交通の便がよく、拠点としても重要な場所であった岐阜城は、有名戦国武将と共に歴史を刻んでいったのです。

戦うためだけの城ではなく、町づくりにも貢献

また、信長は城下町の整備にも力を入れました。この時に城下で行われたのが「楽市楽座」です。決められた人しか商売ができなかった「座」という仕組みを、誰でも自由に商いができるようにし、町の活性化を促しました。長良川流域に多くの工芸が発達したのも信長の経済戦略の賜物と言えるのかもしれません。

そんな岐阜城ですが、関ヶ原合戦以後は徳川家康により廃城とされました。現在の天守は昭和31(1956)年に鉄筋コンクリートで再建されたものです。金華山山頂へは、ロープウェーもありますが、登山道が整備されていて、ハイキングコースとしても人気。また、居館跡は岐阜公園として、冠木門(かぶきもん)や信長公居館跡、岐阜市歴史博物館や季節の花々などが楽しめる市民の憩いの場となっています。長良川では現在も鵜匠による鵜飼が行われており、織田信長や徳川家康も好んだといわれるかがり火に照らされた幻想的な風物詩が楽しめます。大名気分で大いなる歴史ロマンに浸ってみてはいかがでしょう。

岐阜城 基本情報

住所:岐阜県岐阜市天主閣18番地
開館時間:3月16日~10月16日 午前9時30分~午後5時30分
10月17日~3月15日 午前9時30分~午後4時30分
※入場を希望される方は、開館時間終了の15分前までに入場。ロープウェー山頂駅から岐阜城天守閣までは徒歩約8分なので注意。
入場料:大人(16歳以上)200円 小人(4歳以上16歳未満)100円※団体(30名以上はそれぞれ160円、80円)休館日:年中無休 金華山ロープウェイについて
アクセス JR岐阜駅より12番のりば・13番のりばからバス /名鉄岐阜駅より4番のりばバスに乗り、「岐阜公園・岐阜城」バス停降車。運賃大人250円、小児130円 所要時間 約15分 <車>駐車場あり
アイキャッチ画像:岐阜城、本文中写真(一社)岐阜県観光連盟提供
参考文献:『名城をゆく 岐阜城』小学館 『織田信長の城』加藤理文著 講談社現代新書

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黒田直美

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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