CATEGORY

最新号紹介

10,11月号2024.08.30発売

大人だけが知っている!「静寂の京都」

閉じる
Gourmet
2019.04.19

日本酒ファン必読! フランス人蔵元「昇涙酒造」の純米酒って何だ?

この記事を書いた人

「フランス・リヨンにフランス人の蔵元がいる」ことを私が知ったのは昨年の夏ごろのこと。酒蔵の名はLes Larmes du Levant、日本名で昇涙酒造(しょうるいしゅぞう)

蔵元の名前はグレゴワール(通称グレッグ)・ブッフさん。第2の故郷フランス ローヌ・アルプ地方、サン=ティエンヌ郊外の小さな街ペリュサンに酒造会社を設立したのが2016年5月。最初の酒を搾ってから2年を経て、2019年春、ようやく日本での輸入・販売が始まりました。

酒蔵「昇酒酒造 Les LARMES du Levant」の前に立つグレッグさん。看板の揮毫は鳥取県の山枡酒店の主人による。酒蔵は築100年以上の旧紡績工場を改装。

飲んでみたら、びっくり。国内外で今人気の、香り華やかなSAKEのイメージと逆走する(?)、実に日本酒らしい旨口重視のお酒だったんです。こんなお酒がフランスでつくれるってどういうこと? もうちょっと話を聞かせてと来日中のグレッグさんをつかまえました。

フランス人であるグレッグさんがなぜフランスで日本酒造りを始めようと思ったのか、どんな日本酒をイメージして取り組んでいるのか、実際に試飲した感想も含めて、今注目の昇涙酒造をどこよりも早くレポートしましょう!

昇涙酒造の名前に込めたその意味は?

グレッグさんの自宅からはこんな朝日が拝めるそう。昇涙酒造と名付けた理由もわかるような気がします。

「昇」には日出ずる国、日本への敬愛を込めて。「涙」はフランスで日本酒の第一人者とも言われる黒田利郎氏の著書『Lart du Sake』の中にある「日本酒は酵母が発酵中に苦しんで流した涙」という一文からとったそうです。フランスと日本をつなぐ日本酒を目ざすグレッグさんの心意気が伝わってきます。

フランス初の酒蔵・昇涙酒造はどこにある?

赤い屋根にレンガ造りの建物が並ぶ街並み。ペリュサンは人口4,000人にも満たない小さな山間の街。
「ピラ自然公園」を有するペリュサン。冬は雪が降ることもあるとか。

日本では昔から酒蔵のあるところは、自然が豊かできれいな水があるところが前提ではありますが、ペリュサンもフランス南東部リヨンからさらに南に位置する山間の美しい街。山に囲まれたこの土地から湧き出る水(花崗岩でろ過)は中硬水・軟水で、これは酒造りに好都合(フランスの水は通常は硬水)。

蔵元を訪ねた日本人の人に聞いたところ「水道水を飲んでも日本の水と同じように口にあった」といいます。山だけでなく川の伏流水も酒造りに使われるそうで、こんな恵まれた環境が身近にあったとは。グレッグさんはここに酒蔵をつくる運命だったのかも?

昇涙酒造のお酒は誰がつくっているの?

初代の杜氏は広島・竹鶴酒造で頭(杜氏の2番手)も経験した若山健一郎さん。2018年冬の仕込みから福井・南部酒造場などで勤めた田中光平さんにバトンタッチ。米と酵母は日本から輸送されたものを使用し、グレッグさん含めて少人数で酒造りが行われています。ちなみに、日本醸造協会から協会酵母の使用を海外で許されたのも「昇涙酒造」が初めてです。

気になるのは、どうやってグレッグさんが日本の杜氏と知り合うことができたのか、ですよね。グレッグさんの初来日は2013年で、そこで日本酒を知り味の虜に。10日間の滞在中は毎日大量に日本酒を飲み続けたらしいです。それがきっかけで自国での日本酒づくりを志すようになりました。帰国後、スーツケース一杯に買い込んだ日本酒を自宅でふるまったとき、たまたま鳥取の梅津酒造の酒をヨーロッパに仕入れるインポーターが居合わせたそうで、さっそく梅津酒造にツテを頼んだグレッグさん。自身が酒づくりを1から学ぶのには相当な時間が必要ということで、代わりに日本から職人を招くことを前提で承諾を得ました。ここからフランスでの酒造りプロジェクトが始まったんですね。フランスに送り込む杜氏、蔵人を探すことも容易ではなかったと思われますが、日本の酒造りに関わる人たちがグレッグさんの情熱にのせられちゃったんでしょう!

左の背中が田中さん。酒米と米麹を素手で混ぜ合わせて乳酸発酵などを生む、生酛造りの工程中。生酛は日本酒造りの伝統的技法。江戸時代に完成し、明治のころまではこれが一般的だった。

手でかき混ぜられた酒米と米麹はその後、櫂棒ですりつぶされる。グレッグさんと同じく櫂棒を持つのは弟のルイさん。生酛はとにかく手間のかかる作業の連続。「昇涙酒造」の生酛「一心」も300本限定で発売中。1,440mlのマグナムボトルのみで6,800円(税抜)。

修業先、鳥取・梅津酒造でのエピソードは?

梅津酒造は清酒のみだと100石に満たない、地元に密着した小さな造り酒屋。

フランスで酒蔵を構える前にグレッグさんは先に登場した鳥取の梅津酒造に2015年10月から半年の間、身を寄せました。蔵人として作業を学ぶというよりは、ひとりでフランスに帰ったときに酒蔵をマネージメントしていく蔵元として、日本をより深く体験しながら酒造りの工程や蔵元としての心得を学んだ半年間だったといいます。

グレッグさんと過ごした当時のことを、梅津酒造の蔵元杜氏・梅津雅典さんにふり返っていただきました。印象に残っているエピソードに、グレッグさんが道具を雑に扱い、それを梅津さんが注意したことがあったそうです。職人にとって道具は相棒かそれ以上の存在。モノにも心が宿ると考えるのが日本人ですが、その考え方がフランス人の彼には受け入れられず、反発があったそうです。日本酒造りは、多くの力が合わさってできるもの。そのひとつひとつをおろかにしないための最初の一歩が、道具などへの心の向け方というところですが、そこからグレッグさんは日本の、酒造りのこころを学んでいきました。ちなみに鳥取を去る日には、自分が使っていた作業靴を「洗ってから捨てる」と大事に持って帰ったとか!

梅津さんは言います。「日本が好きで、日本酒が大好きで酒造りに興味をもったところまではいいけれど、実際にうちに来てみたらこれほど酒造りが大変だと想像していなかったと思います。そしてその思いはフランスに自分の蔵をもってより強くなっているんじゃないかな。蔵を立ち上げて、続けていくことは容易でないことを身にしみているはずですよ」。「ただどこか楽観的にグレッグのことを見守れるのは、鳥取にいたときからどこに連れて行っても人に好かれたんだよね。グレッグの行くところには彼に協力したい、応援しようという人が集まってくるんですよ」。

厳しくも温かい育ての親に出会ってよかったなぁ、グレッグさん。鳥取にある梅津酒造といえば、和樂本誌でもかつてお世話になったことがあるのです。和樂2018年12・1月号「お酒のおとも全日本選手権」で私がおすすめした「冨玲(フレー)」の蔵元でもありました。

編集部スタッフ10人が自前の一献セットを披露しながら、好みのお酒とつまみを紹介したこの企画。スタッフの偏愛ぶりがなかなかに好評でした。和樂Webでは推薦された日本酒だけに焦点をあてたお酒の全日本選手権を開催。この記事の下にその内容が読めます。

創業1865年になる梅津酒造ですが、2005年の仕込みからすべてのお酒を純米酒に切り替え、生酛造りの酒も復活させています。私が和樂の取材で紹介した「冨玲」は6年熟成させた純米酒でしたが、毎年「生酒」は残さずに火入れして積極的に熟成に回すという話に驚きました。すべて手作業で、米と麹のみを用いた日本酒らしい味の追求もさることながら、日々の売り上げだって大切なのでは? と心配になるほどこだわりのある蔵元さんと言いますか。

蔵の中では昔ながらの手作業による酒造りが行われています。

どの作業も省略せずに手間をかけて醸された純米酒は、しっかりした味わいがあります。そして「日本酒の旨み成分の中には温度が上がることによって、花開くものがある」と梅津さん。純米酒を燗にして飲むと、さらにその芳醇な味わいが引き立つ。それが適度に熟成されてくるとなおうまい、というのが梅津さんの考え方です

グレッグさんが初めて日本酒を口にしたのは冷酒でしたが、梅津酒造に滞在していたときは毎晩欠かさずに純米燗酒を飲むように。そこで温度を変えて飲む日本酒の味わいの違い、また食中酒としての日本酒の楽しみ方を覚えていったそうです。初めての修業先が古式ゆかしい蔵元「梅津酒造」というところが、グレッグさんの運の強さですよね。

グレッグさんが燗酒にもイケる日本酒を造る理由

ということで、「昇涙酒造」の酒は冷やでも常温でもいける。けれど、燗酒にするとより旨みを感じる味に仕上がっています。これが、これまでの逆輸入日本酒との大きな違いだと私は思います。グレッグさんも「ワイングラスに入れて飲む日本酒は、ワインに化けた日本酒だと感じる」。「日本酒をヨーロッパ化する必要はないし、日本酒の味がするべきだ」とそこはきっぱりと主張されていました。

パリで開催されたイベント「サロン・ド・サケ」の「昇涙酒造」のブース。お酒の背後に酒燗器が用意されているのが見えますね。

グレッグさん曰く、「お酒を燗につけて飲むと、より日本の良さを感じる」のだとか。「酔い心地が優しいし、気持ちがほどける。なによりも、食事がおいしくなる。そこが冷酒との違いだと思います」。わかってんなー、グレッグ! と思わず肩を叩きたくなっちゃいます。しみじみ飲める酒をよくぞフランスでつくってくれました。

徳利に平盃で飲むのが日本酒のよさ、とグレッグさん。昇涙酒造オリジナルの盃はフランス国王のエンブレムの百合の花を日本風の家紋で表現。

発売中の昇涙酒造の純米酒は4銘柄

気になるラインアップですが、現在は「風」「暁」「浪」「雷」の4銘柄がそろいます。

写真右から「雷」(純米酒・鳥取県産玉栄・精米歩合80%)、「浪」(純米酒・鳥取県産玉栄・精米歩合70%)、「風」(純米吟醸酒・兵庫県産山田錦・精米歩合50%)、「暁」(純米酒、鳥取県産山田錦・精米歩合70%)、「風」のみ1440ml8,400円・720ml4,600円で残りはいずれも1440ml6,600円・720ml3,600円(すべて税抜)。私は「暁」を燗でいただくのがいちばん好みでした。

「漢字ひと文字で味の個性を表現したかった」とグレッグさん。日本人にとっては、日本酒の銘柄に漢字ひと文字はそっけなく感じるようにも思うのですが、意外や意外。ひと文字で上手に表現できている! この驚きは、ぜひ多くの人とわかちあいたいです。

さて、実際に飲んでみた感想は

味の設計は「フランスの日常食に合わせるための、やや甘みの強いどっしりとした飲み口」になっています。とはいえフランスの日常食も現在は軽め、日本人の嗜好とそれほど変わらないと思います。むしろ食卓に和食と洋食が同時に上がる日本人の口に、このお酒はぴったりなのかと。

和食なら、こっくりと炊いた煮物、しっかり甘みのある白和えや黄身酢和え、これから旬を迎える実山椒と醤油で炊いた牛肉やうなぎにもあわせてみたいかも。フレンチで合わせるならば、たとえば純米大吟醸の「風」は淡白な魚や野菜に、「浪」のハチミツのような甘みはソースをたっぷり使った料理やスープに。「暁」は酸味も少しあるので、チーズやデザートに添えても。ナッツと合わせても。熟成感の強い「雷」はしっかり重い肉料理、またチーズの中でもむしろクセのあるチーズを合わせたらおいしそうです。チーズとの相性の良さはグレッグさんも太鼓判を押していました。

フランス人の日常の食卓に日本酒を

「日本人の方にもぜひ自分のつくったお酒を飲んでもらいたいけれど、最終的には自国フランスでSAKEの本来のおいしさを知ってもらうこと、日常の食卓に昇涙酒造があってほしいと願っています」。

これからフランス人の食卓の日常酒として日本酒をアピールしていくのは、いくら世界的にSAKEブームといえどもたやすいことではないはず。でもそれを最終目標に決めたグレッグさんです。まだまだ酒造りは始まったばかり、これからお酒の味もどんどん進化することでしょう。日本とフランスの架け橋となる酒造り、応援しています!

日本橋髙島屋で試飲宣伝販売を行っています

先に行った高島屋大阪店では、グレッグさんがボトルにサインをするサービスが大好評だったとか。東京でもそのサービスはあるのでしょうか? この機会にグレッグさんに会いに足をお運びください。カタコトですが日本語も話せますので、試飲の感想も伝えてみては?

場所:日本橋髙島屋本館地下1F酒売り場
期間:開催中〜4月23日(最終日は18時)まで

昇涙酒造の酒に関する問い合わせは▼
輸入販売元:酒のはしもと
TEL 0474465732

公式サイト

取材協力/酒のはしもと、梅津酒造山枡酒店、勅使河原加奈子、丸毛綾乃

あわせて読みたい

夏こそ燗だ!燗酒に特化した「梅津酒造」と燗酒専門「山枡酒店」12000字徹底レポート!

夏にも燗酒がおすすめ!渋谷の燗酒専門バー「純米酒 三品」レポート【純米燗酒礼賛記1】

書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは街のあちこちでとびきり腕のいい職人に出会える京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。お燗酒の追究は飽きることがなく、自主練が続く。著書に「Aritsugu 京都・有次の庖丁案内」があり、「青山ふーみんの和食材でつくる絶品台湾料理」では構成を担当(共に小学館)。