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2019.12.06

古墳とは?その数コンビニの3倍!古墳を観光する前に知ってほしいあれこれを解説

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数年前から続く古墳ブーム。「古墳女子」「墳活」といった新語を生み出しながら、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」の世界遺産登録で1つのピークを迎えました。

これからは、より草の根まで古墳ブームが広がっていきそうですが、古墳は近畿を中心とした西日本にばかりあると思っていませんか。

実は、古墳は津々浦々に存在し、その数はなんと16万基以上。コンビニの3倍以上におよび、首都圏にもたくさんあります。それだけあれば、古墳に興味のなかった人でも、「試しに墳活してみようか」という気になるのでは?

ところで、古墳の魅力はどこにあるのでしょうか? そして首都圏の古墳で、「墳活」デビューにおすすめなのは? 今回は、そのあたりを探ってみましょう。

そもそも古墳ってなに?

まずは、歴史の授業のおさらいから。古墳とは、3世紀中頃~7世紀にかけて築かれた、高く土を盛ってできた墓を指します(盛り上がった部分は「墳丘」と呼ばれます)。この時代は、考古学的に古墳時代と呼ばれ、ヤマト王権一族や地域有力者から無名の中流階級まで、北海道から九州に至るまで、多くの人たちが古墳を築いています。

前述のとおり、現代も残っている古墳の数は16万基以上。大きいものでは、墳丘長が500メートルに近い大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)もあれば、直径10メートル程度の小規模なものもあります。

形状もさまざま。(上から見た墳丘の形が)円形になっている円墳が全体の9割を占め、数の点では主流派です。5世紀中頃までよく築かれた方形(正方形)の方墳もあれば、細長い台形と円墳がつながったような前方後円墳、細長い台形と方墳がつながったような前方後方墳もあります。これらが古墳の主要4形態と呼ばれますが、ほかに帆立貝形古墳や双方中円墳などバリエーションに富んでいます。このうち、前方後円墳は、ヤマト王権の王や親族、政権に参加した豪族の首長クラスだけが築造を許されたものでした。

南西上空から見た仁徳天皇陵古墳(写真提供:堺市)

古墳を巡って愛でる「墳活」の魅力とは?

3年ほど前から愛好者が増えている、古墳を訪ね歩く「墳活」。古代日本の謎に思いをめぐらし、自然の息吹に癒される行楽として認知されてきています。

大阪の出版社140B(イチヨンマルビー)が刊行した『ザ・古墳群 百舌鳥と古市 全89基』を読むと、「古墳めぐりをより面白く!“墳活八策”」という項目があって、そこには実践すべき8つの事柄が記されています。例えば、「近くの名所や街道とセットで」。古墳の近くには、「有名なお寺や神社、街道、博物館など」が比較的多く、古墳に行った前後に立ち寄ると、今まで知らなかった歴史を発見できるなど、意外な楽しさもあるそうです。また、ご当地の飲食店で舌鼓を打ったり、土産物を購入する小旅行の楽しさも。また、別の季節に再訪すると、新たな発見があるとも。墳活とは、なかなか奥の深いものなのです。

ちなみに、自分も墳活ビギナーとして、神社仏閣巡りの折に近くにある古墳を訪れることがあります。マイナーな古墳だと、考古学の調査も進んでいなくて謎が多く、地域でどれほどの有力者であったのか、近くの史跡にそのヒントになるものがあるのではなどと、考えをめぐらし、予定になかった場所へ足を延ばします。そこで、新しい発見―といっても民芸品店とか古びた神社などですが―があったりするので、行楽がより楽しいものとなっています。最初のうちは、行楽の本来の目的地が主、古墳が従という「ゆる墳活」でいいと思います。

古墳通おすすめの首都圏の古墳たち

さて、本題に入りましょう。古墳は沖縄を除く各地にあり、東北より南に下るとほぼ全市町村に存在します。もちろん首都圏(一都六県)にも、いっぱいあります。意表をつく例では、東京タワー足下の芝公園の一角にたたずむ芝丸山古墳。全長125メートルもの前方後円墳がそこにあるなんて、東京都民でも知らない人が多いでしょう。

新刊の『都心から行ける日帰り古墳』(ワニブックス)は、そうした首都圏の古墳・古墳群100余りを網羅した、関東県で噴活をする際に大活用できる1冊です。本書に掲載の古墳の中から5つをピックアップし、著者の「古墳ライター」郡 麻江(こおり まえ)さんにその魅力・見どころなどを教えていただきました。

激レアな上円下方墳の武蔵府中熊野神社古墳

郡さん:第一声で思わず、「え? UFO?」と小さく叫んでしまった古墳です。本殿の後ろにいきなり、どどんと現れる古墳は、全国的にも珍しい上円下方墳。三段築成で下から四角、四角、上部が円になっています。

武蔵府中熊野神社古墳

古墳は緑の木々に覆われているイメージがありますが、木々が生えたのは後世のことで、古墳時代の築造当時はこの古墳のように石で覆われていました。陽の光が当たると銀灰色に光って、異彩を放っていたのではないでしょうか。二段目の南側に石室があり、中に漆を塗った木棺が安置されていました。

飛鳥地方の王族の古墳でも最上級の埋蔵法といわれていて、「どんな高貴な人物が眠っていたのか?」と想像するとワクワクします。「一体、誰が、なぜこんなかたちに…?」と謎が謎を呼ぶ摩訶不思議な墳形は、何度見ても見飽きることがありません。併設の古墳展示館には実部大の石室復元室があるので、ぜひ中に入ってみてください。

交通アクセス:東京都府中市西府町2-9(熊野神社境内)。JR南武線西府駅下車徒歩8分

出土した副葬品が国宝となった稲荷山古墳

郡さん:東西600m、南北900mぐらいの範囲に、ぽこぽこと古墳が点在する埼玉古墳群は、古墳好きにはたまらないワンダーランドです。

稲荷山古墳

その中の1基、5世紀後半に築造されたという稲荷山古墳は、このあたり一帯を治めた豪族の出世頭の墓ではないかと考えられています。

ここから世紀の大発見といわれるとんでもないものが出土しました。それが国宝の「金錯銘鉄剣」です。古墳には墓誌など文字の記録がほとんどないのですが、被葬者につながる文字が刻まれた鉄剣の、しかも本物(!)を併設の埼玉県立さきたま史跡の博物館で観ると、心が震えるほどの感動を覚えます。

ゆったりとのびやかな墳丘長120mの前方後円墳に登ると、被葬者といわれているヲワケという人物の誇らしい気持ちがビンビンと伝わってくるようで、壮大な心持ちになってきます。

交通アクセス:埼玉県行田市埼玉地内(さきたま古墳公園内)。JR高崎線吹上駅下車、朝日バス佐間経由行田車庫行きで産業道路バス停下車、徒歩約15分またはJR高崎線行田駅下車、市内循環無料バスで埼玉古墳公園前バス停下車すぐ。

東京湾を一望する絶景が楽しめる弁天山古墳

郡さん:芝生で覆われた前方後円墳の墳頂に立つと、青い海と空がずっと向こうまで続いて、ここがまさに海辺に築造された古墳ということを実感します。

弁天山古墳

富津市のあたりは、古代では須恵国(すえのくに)と呼ばれ、小糸川の水運と東京湾の海運によって栄えたといわれています。後円部の墳頂に竪穴式石室が保存されていて、内部を見ることができます。ごろごろと巨石が転がっていて、中には縄掛突起(なわかけとっき)がついているものも…。房総半島では非常に珍しいそうで、畿内(ヤマト王権を含む、奈良、大阪、京都南部とその周辺地域)からきた技術者が伝えたとも…。古墳はそこに眠る人物が存命中に、自分が治めた土地を見下ろすような場所に自身の墓の場所を決めたともいわれています。

この古墳はもしかすると、畿内との結びつきが強い、須恵国の海運王のような重要人物の墓だったのかも?そんなことを妄想しながら、東京湾を見渡すと爽快な気分になれます。

交通アクセス:千葉県富津市小久保3017-1。JR内房線大貫駅下車、上総湊行きバスで岩瀬バス停下車、徒歩2分。(石室見学は富津市教育委員会生涯学習課に事前申し込みを)

家形横穴墓が独特な、たれこ谷戸西横穴墓群

郡さん:鬱蒼と木が茂る細い山道を登ったところに、ひっそり佇む横穴墓群が現れると、いくつも開いた穴が口や目にも見えてきてハッとしてします。

たれこ谷戸西横穴墓群

驚くのはそれだけではありません。入り口はそんなに大きくないのに、中に入って天井を見上げると、全体に筋状のものが彫られていて、その迫力にびっくりしてしまいます。

この筋は家の垂木のようなもので、家形といわれていますが、どう見てもあばら骨と背骨にしか見えませんが…(笑)。

しばらく中に立っていると、鯨のお腹の中にでもいるような気分になってきます。奥壁には後世に仏像が彫られている横穴墓もあり、この地域の信仰の対象として大切にされてきたことがわかります。

古墳は時代に沿って役割が変わり、いつも静かに人々の暮らしとともにあったのだなあと、ちょっとしみじみした気持ちにさせられます。最初は、ちょっと不気味で怖いのですが、本当は心優しい存在なのかもと思わせてくれます。

交通アクセス:神奈川県中郡大磯町虫窪(大磯町美化センター裏の尾根斜面)。JR大磯駅下車、磯01、07、13、14、平43、47系統のバスで八坂神社バス停下車、徒歩8分。

群馬県屈指の雄大さを誇る綿貫観音山古墳

郡さん:とにかく雄大!という言葉しか見つからない、墳丘長97mの堂々たる前方後円墳です。墳頂に登ると、遮るものがない、広い広い平野を見渡すような景色が一望できて、古代の群馬の大首長もこの景色を見たのかもしれないのだと胸が熱くなってきます。

綿貫観音山古墳

この古墳には横穴式石室がありますが、その石室の意匠がまた、本当に素晴らしいのです。角がシャープにカットされた四角いブロック状の石を規則的に積み上げた、洗練されたラグジュアリーな美しい石室は息を飲むほど…! 古代のデザイナー(?)のセンスとスキルに脱帽してしまいます。

また、美的空間の石室にふさわしく出土品も第一級品。とくに「楽器の弦を爪弾く三人の女子」などの人物をはじめ、馬形、家形などの形象埴輪のクオリティの高さは必見です。群馬県立歴史博物館で実物を見ることができるので、ぜひそちらにも立ち寄ってみてください。

まず埴輪などの出土品を見て、それから墳丘に登ると、「古代、どれほどの力を持った権力者(=被葬者)がいたのだろうか?」と畏敬の念を抱いてしまいます。古墳王国群馬の中でも屈指の名古墳といえます。

交通アクセス:群馬県高崎市綿貫町1752。JR高崎駅下車、「ぐるりん」9、10、15系統のバスで昭和病院バス停下車、徒歩7分。(石室見学は群馬県教育員会文化財保護課に事前申し込みを)

いかがでしたでしょうか? 関東には、これほど個性的な古墳があることに驚かれた方もいらっしゃると思いますが、ほかにもまだまだあります。まずは、自宅に一番近い古墳に行ってみることから始め、さらにその周辺へと探訪半径を広げてみるとよいでしょう。そのうち、古代史の魅力に引き込まれるかもしれませんよ。

書いた人

フリーライター。北国に生まれるも、日本の古くからの文化への関心が抑えきれず、2019年に京都へ移転。趣味は絶景名所探訪と美術館・博物館めぐり。仕事の合間に、おうちにいながら神社仏閣の散策ができるYouTube動画を制作・配信中→Mystical Places in Japan