Craft
2019.06.26

世界共通の吉祥モチーフ 華麗なる“不滅”の シンボル、「蝶」のハイジュエリー

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幼虫から蛹(さなぎ)となり華麗な姿へとドラマティックに変容を遂げる「蝶」。それは“復活”と“不滅”のシンボルとして、古より世界中の人々を魅了してきました。日本美術においても、吉祥モチーフの「蝶」は、蒔絵などの工芸品や琳派をはじめとする絵画の題材に取り上げられ、欠くことのできないものでした。

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第4回 Van Cleef & Arpels

一方、西洋で「蝶」のモチーフは、“幸運”をもたらすと伝えられています。フランスのトップジュエラー「ヴァン クリーフ&アーペル」は、長きにわたり「蝶」をモチーフにしたジュエリーをつくり続けてきました。そのハイジュエリーが、世界一の日本美術の殿堂と謳われるアメリカ・フリーア美術館の協力のもと、江戸琳派の絵師として近年著しく注目度の高まっている奇才・鈴木其一(すずききいつ)の名作と“奇跡の邂逅”を果たします。

伝統の「蝶」モチーフがデザインの対比で斬新

“フライング バタフライアントレ レ ドア リング”[ルビー計4.21ct×ダイヤモンド計1.83ct×WG×RG]参考価格¥26,600,000(ヴァン クリーフ&アーペル)文中のWGはホワイトゴールド、RGはレッドゴールド、ctはカラッとを表します

江戸時代絵画において草花とともに描かれることの多い「蝶」は、西洋では“幸運”のシンボルであり、「ヴァン クリーフ&アーペル」にとっても、それは伝統的なモチーフのひとつになっています。2種の蝶が舞うリングは、あえて異なるデザインを対比させ、蝶の多様性に富んだ美しさを表現。真紅の蝶は、石留めの爪が見えない“ミステリーセット”と呼ばれる高度な宝飾技術を駆使してつくられています。

軽やかで躍動感に満ちた非対称なデザイン

“フライング バタフライ ネックレス”[ダイヤモンド計27.58ct×WG]参考価格¥52,500,000(ヴァン クリーフ&アーペル)

フランス宝飾の伝統を受け継ぐアシメトリー(非対称)なスタイルをモダンに昇華させたネックレス。シンプルなデザインでありながらも、斬新なコンポジション(構図)が、壮麗な「蝶」のモチーフを際立たせます。それは、琳派の絵師のなかでも抜きん出た描写力と色彩感覚によって奇才と呼ばれた鈴木其一が描く蝶を彷彿させます。

自然の美しさを追求した微差にこだわった輝き

“フライング バタフライ ブレスレット”[ダイヤモンド計11.53ct×WG]参考価格¥17,100,000(ヴァン クリーフ&アーペル)

微小な違いまでも緻密に計算された「蝶」が飛び交うブレスレットは、自然界の動植物にインスピレーションを得てジュエリーをつくり続けてきた「ヴァン クリーフ&アーペル」ならではのもの。その細部にこだわった輝きは、自然を単に写し取るのではなく、再構築してデザイン化することを得意とした日本美術の様式“琳派”の世界と見事に呼応しています。

鮮麗な輝きが織りなす、幻想的巧緻な細工の美

“ドリス バタフライ クリップ”[サファイア計17.07ct×ダイヤモンド計3.00ct×WG]価格未定(ヴァン クリーフ&アーペル)

静謐(せいひつ)な草花図にリアリティと生命力をもたらす“黒揚羽蝶(くろあげはちょう)”は、奇才の絵師・鈴木其一が好んで描いたモチーフ。その神秘的な美しさに勝るとも劣らない「蝶」モチーフのクリップ(ブローチ)は、「ヴァン クリーフ&アーペル」の真骨頂ともいえるジュエリーのひとつ。精緻なセッティング技術によるサファイアとダイヤモンドが、レースのように繊細な輝きを放ちます。

Van Cleef & Arpels公式サイト

琳派の奇才とパリの名門ジュエラー、両者を魅了する神秘の「蝶」

日本美術の絵師たちに、はたまたヨーロッパのトップジュエラーに、インスピレーションを与えてきた「蝶」。その存在は今も世界を魅了し続けています。

世界を飛び交い、洋の東西を超えて異文化さえも結びつける蝶

日本美術の歴史のなかでも際立つ描写力、斬新な構図、そして異能ともいえる色彩感覚によって、近年、その存在に注目が集まっている奇才の絵師、鈴木其一。

其一は1796(寛政8)年、江戸に生まれた幕末の絵師で、江戸琳派の祖・酒井抱一(さかいほういつ)に弟子入りしますが、師の死後、作風が一変したといわれています。たらし込みの技法など琳派の特徴を随所に残しながらも、目にも鮮やかな色彩や大胆すぎる構図によって、奇才の名をほしいままにしてきました。フリーア美術館蔵の「椿図屛風」や根津美術館蔵の「夏秋渓流図屛風(なつあきけいりゅうずびょうぶ)」には、その天才性が遺憾なく発揮されています。

一方で、今回の「蝶にひなげし図」は、葉をたらし込みの技法で描写するなど、其一の作品のなかにあっては、典型的な琳派の流れを汲んだものです。ただ、ひなげしという、江戸時代絵画の題材としてはポピュラーではない花を選んでいるところが、いかにも其一らしいといえるでしょう。

「蝶にひなげし図」 鈴木其一 掛幅 絹本着色 194×48.6cm 19世紀半ば・江戸時代 フリーア美術館Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution,Washington, D.C.: Purchase──Charles Lang Freer Endowment, F1997.15

其一もたびたび描いてきた「蝶」が、日本美術の画題として定着したのは、江戸時代の半ばを過ぎたころだといわれています。

写実派の祖・円山応挙は一面に蝶が舞う「百蝶図」を描き、酒井抱一は、蝶を牡丹などの艶やかな花々とともに描きました。其一はといえば、黒揚羽を「蝶に桜花図」や「蝶に芍薬図」に、また代表作のひとつである「春秋草木図屛風(しゅんじゅうくさきずびょうぶ)」には可憐な紋白蝶と紋黄蝶を描いています。

“回生と復活”を意味し、その神秘的な美しさで世界を魅了してきた蝶は、トップブランドにとってもインスピレーションを搔き立てられる存在でした。1906年創業の老舗ジュエラー「ヴァン クリーフ&アーペル」も、その例外ではありません。2004年には“パピヨン=蝶”コレクションを日本の漆芸の技を用いて制作し、注目を集めました。

フリーア美術館」とは? フリーアと琳派の名作──。その運命に導かれた出合い

フリーア美術館の創設者チャールズ・ラング・フリーアは、友人の画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーのすすめで、1895年に初めて日本を訪れます。そこで、早くから尾形乾山(おがたけんざん)の作品に触れ、その蒐集の過程で多くの琳派の作品に出合います。そのなかには日本にあれば国宝だったといわれる俵屋宗達の「松島図屏風」や「雲竜図屛風(うんりゅうずびょうぶ)」などの貴重な大作が多数含まれていました。

世界一の日本美術のコレクションを誇る同館にとって、琳派というジャンルが特別な存在であるのは、そこに創設者と琳派との出合いの物語が今日まで脈々と語り継がれているからにほかなりません。

2015年10月から2016年1月まで、フリーア美術館で開催された「宗達」展。「ワシントンポスト」紙をはじめ、多くのメディアが同展を機に“琳派”を紹介した。

2015年には、同館の貴重なコレクションを公開する「宗達」展が開催され、全米メディアの注目を集めました。同館は、俵屋宗達を西洋世界に向けて包括的(ほうかつてき)に紹介した最初の美術館でもあったのです。

◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
公式サイト

ー和樂2018年8・9月号よりー
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文/福田詞子(Gem-A FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅