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読み物
Culture
2020.08.09

六法全書の有斐閣さん、び、BL本出したんですか?

この記事を書いた人

泣く子も黙る有斐閣(ゆうひかく)から『BLの教科書』が出た!!! 六法全書も有斐閣だし、経済学や社会学、教育学といったお堅いジャンルの良書も勢ぞろい。有斐閣アルマなどで学んだ者としては驚きのあまりコーヒー吹きそう。BLとはボーイズラブのこと。男性同士の恋愛や性愛をテーマとする主に女性向けのコンテンツである。

BLが楽しいということは聞き知っているが、あまりに無知なのでBL愛あふれる同業者を誘い取材に出向いた。

BLの聖地になった有斐閣

7月某日、神保町。同行者は、めぐ山という。「ここがBLの聖地」と、目をキラキラさせていた。あの有斐閣が、BLの聖地扱いされる日がくるとは……。

本社ビルのエントランスには、創業者である江草斧太朗(えぐさ・おのたろう)夫妻の銅像が鎮座。それから、「鈍器のようなもの」と称されることもある超分厚い六法全書ほか、広範にわたる出版物が並ぶアカデミックな雰囲気。BL感はゼロ。

学術書専門出版社で暗躍する腐女子たち

『BLの教科書』の担当編集者は2名おられ、書籍編集第2部の長谷川絵里(はせがわ・えり)さん(トップ写真の中央)と、四竃佑介(しかま・ゆうすけ)さん(写真左。右は、営業部の的川史樹(まとかわ・ふみき)さん)。企画については四竈さんが編集部の会議に提出した。著者候補の方から打診があり事情を聞いて、「この本は社会に必要だ!」という思いから企画書を作成したという。

四竈さん:学生時代は社会学専攻でしたが、ジェンダー論はあまり得意とは言えず、今も学んでいるところです。とはいえ学生時代の経験から、BLを卒論のテーマにする人が何人もいることは知っていましたし、まだ体系的にまとまった本はなかったため、企画する使命を感じました。

企画会議では、「男性同士の恋愛を愛でる一連の著作群があります」と、BLについて説明するところからのスタートでしたが、「BLってなんだよ」と、おじさんたちからは冷たい反応。ですが、書店に行けばBLの棚があるので、営業部の一部ではニーズをつかんでもいました。

長谷川:最初の企画会議で「私もBLが好きなんですよ」と名乗り出ると、編集部や営業部の女性が数名続いて強く応援してくれました。他部署の会議などでも応援は続き、社内での腐女子の暗躍を実感しました(笑)。私たちのいる書籍編集第2部は、カバーする分野が広い分、いくつかある社内の編集部のなかでは比較的自由度が高いので、チャレンジングな企画も出しやすいです。
※腐女子とはBLを愛好する女性のこと

四竈:とくに長谷川と私は、比較的「変化球」が得意かもしれません。会社の創立140周年記念で長谷川が企画した『大人のための社会科』では、社会科学のスター著者が一堂に会す一方で、カバーイラストにはサブカル方面で知られる田中圭一さんを起用。長谷川以外の誰もが「なんで!?」と笑った、ある意味センセーショナルな一冊でした。

文学好き編集者がBL沼にハマるまで

実は、めぐ山と長谷川さんは、面識がないもののSNSで交流する仲。はじめて会ったとは思えないほど、腐女子トークで盛り上がっていた。

めぐ山:長谷川さんが、腐女子として目覚めたきっかけはなんですか?

長谷川:文学好きの延長で、「BL界の芥川賞」と称される木原音瀬(このはらなりせ)先生の『箱の中』という作品を読んでみたんです。口語体が続くような文体は得意ではないので警戒していましたが、文章も重厚で素晴らしい作品でした。

めぐ山:木原先生はBL小説界の巨匠ですよね。

長谷川:巨匠ですが、木原先生の作品はBL小説の王道というよりは、個性的な作風で、胸を締めつけられるようなジェットコースター的展開が多く、くせになります。すっかりはまってしまって、それから、電子書籍で出ている木原先生の本を一気に全部読みました。以後、BLマンガにも手を出して、毎日数冊電子で買って読むようになり、あっという間に2000冊を突破しました。

めぐ山:わかります。どんなに疲れて、ごはんを食べる元気がないときでも、BLならば布団の中でサササって読めますよね。そうしないと落ち着かないぐらい。

長谷川:一日の終わりにBLを読むと満たされた気持ちになって就寝できます。

女性が男性同士の恋愛を愛でるわけ

「女性が男性同士の恋愛を愛でるわけ」などと大きく構えてしまったが、その答えは『BLの教科書』で読んでほしい。BL愛好者として、長谷川さんが個人的にどう自己分析しているのか聞いた。

長谷川:個人的には、男女間の力関係から離れて物語を楽しめることが魅力だと思っています。現実の世界では、異性愛者のパーソナルな関係においても、社会のジェンダー構造が反映されてしまうので、たとえばどうしても女性の方が家事を多く担うことが多いとか、男性がリードするのが当たり前になっていて発言力が男性の方が強いとか、そういうことがあります。

異性愛のフィクションで、こういう現実社会の構図がそのまま持ち込まれると、読んでいてつらい。たとえば、同棲している男女のカップルが描かれているフィクションで、料理をするのが女性に固定されていたら、げんなりしてしまいます。でも男性同士だと、純粋な個人の関係として鑑賞できます。ちょっと強引なセックスシーンでも、男女だと読んでいて現実に引き戻されてしまいがちですが、男性同士だと女性である自分の不安を引き出されることなく、安心して楽しめます。

めぐ山:自分の存在や自分の性を介在させることなく、純粋なエンタメとして楽しめる。

長谷川:男女の恋愛ものも昔は読んでいましたが、今はBLだけで時間が足りなくなってしまうこともあって(笑)、あまり読まなくなりました。ジェンダー感覚が優れている、ジェンダー・センシティブな作家さんの作品であれば、安心して読めるのですが。たとえば、『大奥』などで知られるよしながふみ先生。ちなみによしなが先生はBL出身です。

『BLの教科書』、異例の出版前重版!

『BLの教科書』が出版されるとの情報がTwitterで拡散されると、全国のBLファンは騒然。なんと、7月20日の出版前に増刷が決まったのだ。

めぐ山:うれしくて、すぐに予約しました。有斐閣という老舗の学術書専門の出版社からのBL関連書籍の出版は、BL文化が学問として認められたということでもあり、社会的にもとても意味のあることだと感じました。腐女子の悲願というか、「勝ち取った」という気持ちでいっぱいです。

四竈:有斐閣から出す意義については、おっしゃるとおりに見込んで企画しました。

長谷川:BLは、作り手である作者・編集者も、読者も、女性が大多数です。BLは基本的には女性がつくってきた女性の文化であるということを表現するため、カバーには、女の子を中心に据えました。女の子と一緒に本を覗き込んでいる猫にも意味があって、黒猫は「攻」、三毛猫は「受」の暗喩となっています。もちろん、いまはBLを楽しむ男性、すなわち「腐男子」も増えていますし、男性のBL作家さんや、編集者もいます。本書の第13章にもくわしい記述がありますが、BLを楽しむゲイ男性も多くいます。
※攻、受…BLにおいて、セックスシーンで挿入する側を攻、挿入される側を受と呼ぶ。

ちょんまげも新選組もBL目線で摂取

最後に、これからBLの世界に足を踏み入れたい人におすすめ図書などを教えてください。

長谷川:文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した『百と卍(ももとまんじ)』はいいですよ。この作品の舞台は江戸時代です。それまでにも、侍が出てくるBLはあったそうなのですが、「ちょんまげ・月代の男子が登場する江戸BLは売れない」という迷信(?)があって、侍が出てきても長髪だったと聞いたことがあります。『百と卍』は時代考証がしっかりした本格的な江戸BLで、もちろん髪型はちょんまげ・月代、見事に迷信を打ち破ってくれました。

めぐ山:江戸の男色文化がよくわかります。何より絵が美しい! それ以外に、司馬遼太郎作品にも腐女子はBLのにおいをかぎ取っています。『新選組血風録(しんせんぐみけっぷうろく)』には男色描写がたっぷり。一般的な歴史小説に見えて、腐女子は確かなBLのニオイをかぎ取って、脈々と読み継いできた歴史があるんです。

長谷川:『新選組血風録』ですか。おもしろそうですね。後で詳細教えてください。

おまけ「知っておきたいBLの歴史」

BLの源流は、竹宮惠子・萩尾望都ら「花の24年組」の少女漫画にあり、この頃は「少年愛」と呼ばれていた。その後、専門誌の『JUNE』の創刊、「やおい」という同人誌でのパロディ文化を経て、1990年代にはボーイズラブという言葉が生まれ、以降、商業BLのジャンルは拡大していく。

「やおい」という語感がおもしろいが、「山なし・落ち(結末)なし・意味なし」と自嘲的に同人作品を評したことからこの語が生まれた。「やおい作品を好む腐女子であることを公言すると迫害されるのではとおびえていた」とめぐ山が言う通り、かつてBLコンテンツは影の存在であったようだ。

それが、近年のBL流行により著名人もBL愛好を公言するようになり、何より今回立派な「教科書」が出た! BLを好む腐女子がとっても息をしやすくなったそうだ。なんとめでたいことだ。

■取材協力
有斐閣 1877(明治10)年、東京・神田一ツ橋通町に創業した出版社。法学書や経済学書などジャンルは多岐にわたる。http://www.yuhikaku.co.jp/
めぐ山 出版社で雑誌編集長、WEBプロデューサーを務めたのち独立。三度の飯とBLと百合が好きなおたく フリー編集者・ライター。https://twitter.com/spicaxxx0918

書いた人

出版社勤務後、編プロ「ミトシロ書房」創業。著書に『入りにくいけど素敵な店』『似ている動物「見分け方」事典』など。民謡、盆踊り、俗信、食文化など、人の営みや祈りを感じさせるものが好き。四柱推命・易占を行い、わりと当たる。