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読み物
Culture
2020.10.25

豊臣秀吉は「猿」ではなく「犬」に似ていた⁉︎秘密の多いその容貌を徹底解剖!

この記事を書いた人

「おまえって……爬虫類のような目をしてるよなあ」

私の顔を真正面からまじまじと見ての一言。大学時代、知り合って間もない友人に言われたのを、この記事を書きながら思い出した。ちなみに、この会話の直前には、「何かに似ている」「何の動物だろう」というやりとりが、暫く続いてのことだった。

じつは、私の目は片方が一重で、もう片方が二重。その一重もスッとした切れ長ではなく、デカい。普通に二重と間違えられるほど。加えて、彼曰く、黒目の割合が多いのだそうだ。だから、爬虫類のような印象を受けたのだという。

なぜだか、人は、その容姿を動物に例えたがる。客観的な外見についての場合もあるし、性格や印象の場合もある。その人となりを、分かりやすくするためのアイデアなのかもしれない。

そして、歴史上、名を馳せた方々も、大いに動物に例えられることが。

例えば、「甲斐の虎」との異名を持つのは、武田信玄。一方、「越後の龍」は上杉謙信を評する言葉である。徳川家康の場合、多くの歴史系の本で「狸」と表現されていることが多い。言い方は悪いが、相手を騙すような印象だからだろうか。

そして、今回の主人公となる豊臣秀吉はというと。

「猿」の一択。

他の動物に例えた話は、あまり聞かない。なぜだか、猿に似ているといわれるのが一般的。しかし、果たして、本当にそうだろうか。

今回は、そんな疑問から出発した企画。
さてさて、秀吉は本当に「猿」に似ていたのか?
早速、検証していこう。

※冒頭の画像は、晴徳模 元信「唐犬図」出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)となります

やはり秀吉のイメージは「猿」で決まり!

まずは、実際のビジュアルから。

多くの人が筆を取り、豊臣秀吉を描いている。
なんだか、疲れ果てた姿が渋い。

大蘇芳年 『皇国二十四功 羽柴筑前守秀吉』 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

芳年 『月百姿 しつか嶽月 秀吉』 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

また、書物の表紙も、わりと、キリリとした顔立ちで描かれている。

三島霜川著 『太閤秀吉』 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

これらの書画から、実際に、秀吉に似た具体的な動物が、ピンと閃くだろうか。なかなか、どうして。似ている動物を挙げようにも、正直、迷うところである。

それなのに、である。
なぜだか、秀吉といえば「猿」に似ていると考える人が多い。

歌川広重筆 「桜花に猿」 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

それは、後世だけかというと、そうでもない。
当時も、一般的に「秀吉は猿に似ている」と思われていたようだ。というのも、嘉永2(1849)年に出版された風刺画では、猿顔の秀吉が餅をついている様子が描かれているからである。

一猛斎芳虎 「道外武者御代の若餅」あづまにしき絵集 出典:国立国会図書館デジタルコレクション

手前の2人は、織田信長と明智光秀である。
互いの衣装には家紋が描かれており、2人が天下取りを争っているという構図らしい。その後ろで、超ウキウキな感じでこねているのが、猿の顔をした武将。これが、豊臣秀吉だ。

当時の風刺画でさえ、このように表現しているのである。やはり、「秀吉は猿顔」との認識が王道であったのだろう。

残された記録からはどうだろうか。
毛利家の家臣であった「玉木吉保(たまきよしやす)」の自伝『身自鏡』に、秀吉の容貌や様子が記されている。その中で、「猿」という言葉が出てくる。

「その時はじめて羽柴をよく見たりけり。その姿軽やかに馬に乗り、赤ひげに猿眼にて空うそぶきてぞ出られける」
(若林利光著『戦国武将の病が歴史を動かした』より一部抜粋)

天正9(1581)年に姫路城から鳥取へ出陣する秀吉を見た時の評である。

うん?
猿は猿でも、「猿眼(さるまなこ)」ってなんだ?
じつは、「猿眼」とは、猿のように赤い目という意味合いを持つのだとか。

そうなると、顔自体が猿に似ているとまでは言い切れない。とすれば、やはり、身のこなしが軽やかという部分が、木から木へとひょいひょい渡る「猿」をイメージさせたのではないだろうか。

えっ?秀吉は「鼠」に似ているの?

一方で。
秀吉は猿ではなく、他の動物に似ていた可能性も。

その動物とは「鼠」。
この出所は、秀吉の主君であった織田信長の書状にある。

「……そなたほどの女房は、また再びあの禿げ鼠(秀吉)に求めがたいので……」
(吉本健二著『戦国武将からの手紙―乱世に生きた男たちの素顔』より一部抜粋) 

これは、信長が、秀吉の正室であった「おね(ねね、北政所、高台院)」宛てに出されたものである。当時の秀吉は、近江長浜城主(滋賀県)となったばかり。側室を迎えるなどの背景があり、どうやら、信長が気遣って家臣の妻に出したようだ。

この書状の中で、秀吉を「禿げ鼠」と例えている箇所がある。
ただ、信長にはユーモアのセンスもあり、わざとこのような表現にした可能性もある。実際の容貌が「鼠」かといわれれば、なんとも判定し難い。

芳年「新形三十六怪撰 三井寺頼豪阿闍梨悪念鼠と変ずる図」出典:国立国会図書館デジタルコレクション

他の書物に「鼠」と例えたものがあるかというと。
朝鮮使節団の記録が該当するだろう。

天正18(1590)年11月7日に聚楽第にて秀吉に拝謁した2人。そのうちの副使であった金誠一らは、このような感想を残している。

「その目は鼠のごとし」(閔順之「壬辰録」)
「秀吉、容貌は矮陋(わいろう)、面色は黧黒(りこく)にして、異表無し。但だ微かに目光閃閃として人を射るを覚ゆと云う」(柳成龍「懲毖録」)
(堀新ら著『秀吉の虚像と実像』より一部抜粋)

おっと。「鼠」似の記録かと思いきや。どうやら、眼光が鋭いことを例えているようである。果たして、鼠の目が人を射る如く鋭いかは、評価が分かれるところだろう。

結論、「猿」やら「鼠」やらは、容貌というよりは、印象として表現されたものだと考えられる。様々な書物を紹介したが、なかなか、ズバリ、この動物に似ているという記載は少ないのである。

ホントは「犬」面だった秀吉!

さあ、お待たせしました。
それでは、一体、豊臣秀吉の容貌は何に似ていたのか?

ここに、「倭寇(わこう)」に捕らえられ、日本へと連行された中国人の証言がある。「倭寇」とは、朝鮮や中国の沿岸を襲った海賊集団のこと。日本人に限らず、中国人やポルトガル人も含まれていたようだが。この海賊集団を指して、朝鮮や中国からは「倭寇」と呼ばれていたという。

当時、日本に連行されたこの中国人の名前は「蘇八」。
どうやら、彼は、日本に残って、秀吉の九州攻めに動員されていたのだとか。そして、のちの天正19(1591)年、秀吉の朝鮮出兵を伝えるために帰国したという。

さて、ここで。
彼が秀吉の容貌を証言した内容が残されている。それが、コチラ。

『……左頬上に黒痣(ほくろ)吸う点あり、麺(面、顔のこと)は犬の形に似る、約年六十余年』と述べている(候継高「全浙兵制考」)
(同上より一部抜粋)

なんと、秀吉の顔は「犬」に似ているというではないか。

犬?
なんとも、また微妙なところである。だって、犬といえども、その種類は様々。ただ、さすがに、当時には「シベリアンハスキー」や「ゴールデンレトリバー」のような犬種はいないだろう。

つまりは、きっと、こんな感じの犬であろうか。

晴徳模 元信「唐犬図」出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

どちらにしろ、微妙だ。
「猿」といわれれば、比較的、容易に想像することができるのだが。「犬」といわれれば、頭の中で映し出される映像は、千差万別。

だからこそ、「ああ」と納得しにくいのだろうか。それにしても、秀吉の容貌はなかなか再現性が難しい。「猿」やら「鼠」やら「犬」やら。

結局は、主観的なものなのかもしれない。確かに、黙っていれば、つまり静止していれば「犬」に似ていたのかもしれない。ただ、機敏な身のこなし、フットワークの軽さなど、所作は「猿」を彷彿とさせるようなものだったのかも。

最後に。
やはり、似るとしたら「かわいい」や「格好いい」と評される動物がいいだろう。いや、そもそも、動物に似ること自体が、違うのか。アリかナシかといわれれば、ナシ。できれば「動物」ではなく、有名人などの「人間」の方がよいに決まっている。

ちなみにだが。
冒頭の私の話には、続きがある。

「爬虫類のような目」と評した彼だが。
その後、すぐに、1冊の本を貸してくれた。
タイトルは『ワニはいかにして愛を語り合うか』

その表紙を見たときに、ああ、私って「ワニの目」に似ているのかあと、複雑な気持ちになったことはいうまでもない。女性に「ワニ」とはなんだよ。なんなんだと、思いのほか、彼が気になった。

そして、そのすぐあと。
私たちが恋愛関係に発展したのは、さらにいうまでもない。

参考文献
『戦国武将の病が歴史を動かした』 若林利光著 PHP研究所 2017年5月
『完訳フロイス日本史5』 ルイス・フロイス 中央公論新社 2000年5月
『名将言行録』 岡谷繁実著  講談社 2019年8月
『秀吉の虚像と実像』 堀新ら著 笠間書院 2016年7月
『戦国武将の大誤解』 丸茂潤吉著 彩図社 2016年9月
『逆説の日本史11 戦国乱世編/朝鮮出兵と秀吉の謎』 井沢元彦著 小学館 2007年6月 

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。