新型コロナウィルス感染症対策で開催が2021年に延期された東京オリンピック・パラリンピック。このうち、パラリンピックで行われる競技の一つ「ゴールボール」は視覚障がいのある選手が相手ゴールにバスケットボールほどの大きさの球を入れて得点を競う。選手はボールの内部から聞こえる鈴の音を頼りに、転がるボールの動きや試合の流れに見当をつける。視力によって個人差のある「見え方」を平等にするため、選手は目隠しをする。そのための専用製品「アイシェイド」の開発を手がけたのが山本光学(大阪府東大阪市)。スノーゴーグルなどの「SWANS」で名の知られたメーカーだ。製品開発の狙いや取り組みの舞台裏などを山本直之社長に聞いた。
山本直之社長
最初はリハビリテーションプログラムだった
――山本光学さんは創業以来、一貫して「眼を守る」ことを製品開発の柱に掲げていらっしゃいますね。
山本(以下略):ええ。当社は私の曽祖父が1911年に個人創業した眼鏡レンズ加工業が母体です。35年に組織を改め、55年にプラスチック成形によるサングラスフレームの開発に日本で初めて成功しました。
――眼鏡レンズの加工技術があるからフレームも作れる。
そうですね。自社でレンズとフレームの両方を手がけるメーカーは現在、国内ではほとんどないはずです。
――今回のアイシェイドはそういう生産背景があるからこそモノになったと思うのですが、それを使う競技はそもそもどういう経緯で生まれたのですか。
私も受け売りですが、もともとは第二次世界大戦で視覚に障がいを受けた人たちのリハビリテーションプログラムとしてドイツで考案されたようです。要するに初めは社会復帰を目指す活動の一環だった。その後、現在のような競技としての形を整えます。
そして、1976年のトロント大会で正式種目として認められました。日本勢は女子チームが2004年のアテネ大会から北京、ロンドン、リオと4大会連続で出場しました。このうち、ロンドン大会の時には金メダルに輝いています。
攻撃側の投球したボールを全身でセービングする守備側の選手
競技は1チーム3人の選手が鈴を2つ入れたボールを転がし、ゴールを狙って得点を競います。サッカーと同じです。試合では必ずアイシェイドを着用します。狙いは2つ。第一に視覚障がいの程度で有利・不利が決まらないようにするため。第二にボールの衝撃や転倒などによる事故から目を守るためです。
スキーゴーグルの改良から始まった開発
――貴社が製品開発に携わることになったきっかけは。
6年ほど前に国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)からゴールボールの試合で身につける専用ゴーグルの製作を頼まれたんです。スポーツサングラスやスキー、スイミング用のゴーグルを作っているので声をかけていただいたんだと思います。
――確かに製品写真を見ると、スキーゴーグルと瓜二つですね。
でしょ? 初めは既製品のスキーゴーグルを改良しました。本体を真っ黒に塗って、レンズの形に合わせたシートを挟むというやり方でした。そのままあてがうと、確かに光を通さない。
――何がなんでも光を通さないぞ、という圧を感じます。
一切光を通さないことが絶対条件だったからです。でも結果的に、モノにはなりませんでした。遮光性を追い求めるあまり、開発の方向がゴールボール専用ではなく、スキーゴーグルの延長になってしまったからです。
――見た目から入ってしまったのが間違いの元だった。
実際、試作品を使ってもらった選手からは「ボールに当たると衝撃でずれやすい」とか「レンズが外れやすい」という感想が寄せらえました。考えてみると、光を一切通さないことにこだわるあまり、耐衝撃性や強度の研究が後回しになってしまったんですね。
そこで、実際に使う選手からの異口同音の声を受けて、開発の方向を根本的に見直すことにしました。つまり、これまで目指していた、スキーゴーグルの改良ではなく、ゴールボール専用のゴーグルを新たに創り出すという考え方です。
2018年度のグッドデザイン賞にも輝く
――形だけ似せても用をなさないということですね。まさに「仏作って魂入れず」。どんなふうに改良したのですか。
試作品で疎(おろそ)かになっていた耐衝撃性や強度を確保することです。解決すべき問題点は明らかでした。レンズがフレームから外れないようにすればいいんです。結論から言うと、答は担当デザイナーの逆転の発想にありました。
レンズがフレームから外れないようにするにはレンズとフレームを一体化すればよい。一つになれば外れようにも外れないという理屈です。同素材でレンズとフレームを成形するので着用時のフィット感は格段に高まります。後で着色するのでなく、素材段階で黒くしてあるため、遮光性は申しぶんありません。
公式競技用のアイシェイドゴーグル
――レンズの遮光性を満たす一方で、外観はブルーやピンクなど、カラフルですね。
おかげさまで2018年度のグッドデザイン賞に輝きました。考えてみると「遮光だから黒」ということにこだわることはないんですね。女子にはピンクのアイシェイドが好評でした。鮮やかで明るい色はモチベーションを上げる効果があるからです。モチベーションが上がれば試合中のパフォーマンスにも良い影響を与えるはず。製品を提供するメーカーとして当然の使命だと思います。
誰もがスポーツを楽しめるすそ野を広げたい
――製品を提供する立場でいつも心がけているのは。
アスリート・ファーストです。当社は一元的にものづくりできる仕組みを整えているので、デザイナーはもちろん、企画担当も販促担当も極力現場に出向いて選手の生の声に耳を傾けます。ヒアリングした内容は素早く製造部門にフィードバックされ、具体的な形として反映されます。
その上で、できる限り多くの人がスポーツを安全で快適に楽しむためのお手伝いをしたいと考えています。今回のアイシェイドに寄せて言えば、視覚に障がいのある人が、それを理由にスポーツから遠ざかるのではなく、当社が用意する受け皿を活用して楽しんでいただきたいということです。
――貴社製品が国際舞台で活躍するのを確かめるのは先延ばしになりましたが、一般の人が購入することはできるのですか。
競技専用のアイシェードはオフィシャルサプライヤー契約を結んでいる「日本ゴールボール協会」を通じて選手に提供されますが、市販品はオンラインショップで購入することができます。
当社はレンズ加工業から始まっているので、作業現場用の防塵眼鏡やレーザ光線用グラスなど、スポーツ分野以外の「眼を守る」製品開発にも力を入れています。
――そう考えると、ゴールボール競技専用アイシェイドは生まれるべくして生まれたといえそうです。この製品も含め、スポーツ支援には会社としてどのように向き合っていかれますか。
今回の製品は理想的な形に収まるまでに2年余りの時間を要しました。この間に重ねた試作は数十種類に及びます。その意味で、今回の製品はレンズとフレームを手がけてきた当社の長年にわたる取り組みの集大成といえるでしょうね。メーカーとしてはアスリートばかりでなく、一般競技者も含めて、すべての人がスポーツを楽しめるお手伝いをしたい。とりわけ、障がい者の人をスポーツから遠ざけるのではなく、楽しめるすそ野を広げる形で寄り添っていきたいと願っています。
◆山本光学株式会社
公式サイト:https://www.yamamoto-kogaku.co.jp/
◆SWANS
公式オンラインショップ:https://netshop.swans.co.jp/shop/shopbrand.html
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