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2021.05.17

エロティックな空間にも注目!映画美術で魅せる北斎と絵師たちの個性【映画『HOKUSAI』美術監督・相馬直樹氏インタビュー】

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浮世絵のスーパースター、葛飾北斎、喜多川歌麿、東洲斎写楽らが活躍する江戸時代後期を舞台にした、映画『HOKUSAI』。本作では全編を通じて、彼らが暮らす江戸の町の風景がダイナミックにビジュアル化されています。蔦屋重三郎の人気書店「耕書堂」、妖艶な雰囲気の歌麿の部屋、93回住まいを変えたと言われる奇才・北斎の部屋など、それぞれの人物像が投影されたアーティスティックな映画美術もこの作品の見どころの一つ。江戸時代という設定でありながら、よーく見ると、斬新な色遣いや演出も……。今回は、伝説の絵師たちを取り巻く、『HOKUSAI』の世界観を具現化した、美術監督の相馬直樹さんに美術制作の裏側を伺いました!

映画『HOKUSAI』では、江戸時代の街並みが再現されている ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

「今までにない」時代劇の美術に挑戦

──『HOKUSAI』は、全編を通して江戸時代の街並みの中で物語が展開されていきますね。まず具体的なことをお伺いしますが、本作では、一体どれ位の広さのセットを使われたんですか?

相馬:メインの部分は、京都・松竹撮影所内の150~160坪程のスタジオに、目いっぱい江戸時代の街並みのセットを組みました。新規に制作した部分と既存のセットを改造した部分があります。それとは別に、オープンセットで晩年の北斎の家も作りました。

葛飾北斎晩年の家 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

──なるほど、かなり大規模なセットを制作されたんですね。映画のオファーを受けた時の第一印象は? 相馬さんは以前、篠田正浩監督の『写楽』にも関わられていましたよね。

相馬:はい、『写楽』の時は、美術アシスタントとして関わりましたが、中のセットの多くは僕が担当しました。『写楽』も時代劇だったんですが、これが結構楽しくて。以来、色々な作品をやらせてもらっていますけれども、今回はまた時代劇に挑戦できる、ということで力が入りましたね。

──はじめて脚本を読まれた時は、どのように感じましたか?

相馬:脚本では、主人公・北斎の若い頃から老年期までの生涯を追いながら、彼の人間心理の移り変わりが描かれていたので、その変化を美術でどのように表現しようかと考えながら読みました。

──まず、何から着手されましたか?

相馬:まずは、北斎について書かれたさまざまな本を読み漁って、自分なりの北斎像を少しずつ構築していきました。実際の北斎作品を美術館に見に行ったり、小布施などいろんな所へ足を運んで、自分の中に北斎の人物像を落とし込んでいきましたね。また、蔦屋重三郎や喜多川歌麿といった北斎の周辺の人びととの比較も同時並行で行ないました。過去作品も参考にはしましたが、それらを踏襲するのではなく、今までとは異なる表現にしたいという想いで本作に挑みました。

──『HOKUSAI』の美術制作において、どんなところに気を遣いましたか?

相馬:時代劇って、正直なところ、誰もその時代に行ったことがないじゃないですか。そういうこともあって、今回はあえて一般的な時代劇の枠にとらわれず、「今までにない時代劇の美術にしたい」と思いました。

監督からも「自由にやっていいよ」と言われ、今回の作品では、全編を通して「アート」ということに重きを置きました。いつもはリアリティを出すため、最初に平面図を描き、役者の導線を考えてセットを作るんですけど、今回はそれを頭に入れつつも、壁のテクスチャーや絵の具を散りばめた襖などといった、絵的な部分から入り、「その空間に登場人物たちが入るとどうなるのだろう」ということを考えて制作していきました。

美術プラン・蔦屋重三郎の部屋 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

これは言ってよいのか分からないんですけど……、『HOKUSAI』はアートがテーマだったので、芸術に共通するテーマの一つとして、少しだけエロティシズムを入れたいと思い、全体的にそういうものを感じさせるような色合いにしています(笑)

妖艶な雰囲気が漂う、歌麿の部屋 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

見どころ其の壱:テーマは「エロティシズム」 美人画の名手・喜多川歌麿の部屋

──なるほど、吉原の一部屋にある、歌麿の部屋は特にエロティシズムを感じさせる空間でしたね。壁と天井いっぱいに描かれた孔雀の絵に圧倒されましたが、この部屋はどんな発想で作られたのでしょうか……?

壁から天井にまであしらわれた孔雀の羽 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

相馬:意外と素朴な人物である北斎の部屋と比較して、歌麿の部屋はアーティスティックに作り込みました。ピンクの壁の色と天井画は、『HOKUSAI』がクランクインする少し前に、ヨーロッパ(スウェーデン・チェコ)で立ち寄ったカフェの内装からインスピレーションを受けたものなんですよ。ピンクという色は通常時代劇ではあまり使われない色なんですが、今回はあえて使用しました。ピンク色と言っても、実は一色ではなく、よく見るといろんな色を混ぜて作られています。

天井画は下絵を描き、それをスクリーンプロセスの様なもので分割して投影しながら、絵を立てた状態で描いて、最後に大道具さんに天井にはめ込んでもらって微調整をしていきました。

──壁画と天井画の制作には、どの位の期間が掛かったんですか?

相馬:制作には、2週間ほど掛かりましたね。本編では、撮影監督が凄いカメラで振り上げて天井を映してくれています。実は、歌麿の部屋の掛け軸も、とある有名な日本画の先生に描いてもらった作品で、これは実際にあるんですけど、よく見るとちょっとエロティシズムを感じさせる滝なんですよ……(笑)

掛け軸にも注目 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

──そんな細かいところにもエロティシズムが(笑) 歌麿の部屋のピンクも非常にインパクトがありましたが、日本家屋の壁に青色が使われているなど、全編を通して色の使い方が独特に感じられました。

北斎のキーワードでもある”藍”を表したかのような青い壁 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

見どころ其の弐:江戸の敏腕プロデューサー・蔦屋重三郎の部屋と人気書店「耕書堂」

相馬:そうですね、今回色にはこだわりました。青色は作品の後半で北斎とプルシアンブルー(『冨嶽三十六景』などに使用された人工顔料。ベロ藍とも)の出合いが描かれているということもあり、作品全体を通して青が引き立つように気を遣いました。蔦屋の部屋の壁は、元は波打つようなパターンのテクスチャーを使用する予定だったんですが、「何か弱いなぁ」と思って、壁に青色の石膏系の建材を塗った上に、指で直接ガーッと文様を描きました。その壁の凸凹が、日本の家特有の障子紙があって光が入ってくるような空間で陰影を生み出しています。蔦屋の部屋は、世界を見ている蔦屋重三郎の想いが伝わる部屋にしたいなと思って作りました。日本家屋の基本的な要素は守りつつ、建具などで遊ぶ、そのバランスがいい感じに仕上がったかな、と思っています。

──映画内では、江戸時代に日本橋にあった蔦屋重三郎の書店「耕書堂」が再現されていますね。店頭にたくさん浮世絵が並べられていて、見ているだけでワクワクしました!

日本橋通油町にあった蔦屋重三郎の書店「耕書堂」 出典:葛飾北斎画『画本東都遊』享和2(1802)年(国立国会図書館デジタルコレクション)

相馬:「耕書堂」のセットは迫力を出すために、店の中にたくさんの絵や道具類などの装飾物を置きましたが、それらを集めるのが大変でした。和紙一つ取っても、なかなか手に入らなくて。今回ご協力いただいている、浮世絵制作のアダチ版画研究所から小道具を借りてきたり、東京藝大の学生さんに描いてもらった浮世絵を使ったり、江戸時代の雰囲気を出すために絵の色や紙質にもこだわりました。役者さんが手に取るものなどは、特にこだわった和紙を使っています。浮世絵一枚の準備にしても大変なんだな……、と時代劇の難しさを改めて思い知らされましたね。これは、僕なりのこだわりで、「耕書堂」が摘発に遭い、再起した後は、暖簾の色が黒から白に変わっています。

「耕書堂」内部。店内には至る所に浮世絵が並んでいる ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

白い暖簾が掛かった、再起後の「耕書堂」外観 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

見どころ其の参:心の変化を表した、3つの時代の葛飾北斎の部屋

── それでは、メインキャラクター・葛飾北斎の部屋についてお伺いします。「生涯に93回引っ越しをした」という逸話が残っている北斎ですが、本作では、若い頃、壮年期、晩年と3つの家が登場しています。それぞれ、どういった点にこだわりましたか?

老年期の北斎と娘・阿栄(応為)の暮らしぶりが描かれた図。右側で、布団を肩にかけ、筆を採る老人が北斎 出典:「北斎仮宅之図」江戸時代後期(国立国会図書館デジタルコレクション)

青年期の北斎の部屋 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

相馬:北斎の家に関しては、さまざまな資料で「片付けられなかった」「汚かった」などと書かれていますが、今回の映画では、北斎の心の変化に注目して、それぞれのセットを制作しました。若い頃の北斎の家のセットは、撮影所の長屋のセットの一部を改造して作りました。 この頃の北斎は絵を描くことに夢中で、「絵のことしか考えられない」といった様子ですよね。壁には、次から次へと描いたものが水のりでバンバン重ね貼りされています。

北斎の部屋の壁。下絵などが無造作に貼り付けられている ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

──壁にたくさん絵が貼られ、混沌としている様子が印象的でしたが、よく見ると、家の中にはいろんなものが置いてありますね。酉の市の熊手が壁に掛かっていたり(笑)

相馬:そうなんですよ……(笑) 要は、北斎は自分の生活に興味がないんですよね。なので、家の中にあるものは、拾ってきたものだとか、よく分からないものがいっぱいあるといったイメージです。

──壮年期に、奥さんや子どもと生活している家についてはいかがでしょうか?

相馬:壮年期の部屋は少し落ち着いています。この時代は、北斎も結婚していたので、奥さんが片付けているんだと思います。いろんな人に出会い、家庭をもった北斎が少し変わっていく様子は演技にも現れていると思いますが、美術の面でも、若い時との変化を見せています。

──晩年の北斎が娘の応為と茅葺の家で暮らす様子が描かれていましたが、これは江戸の郊外という設定でしょうか?

晩年の北斎が娘・阿栄(応為)や弟子たちと過ごす茅葺の家 ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

北斎の茅葺の家のセット ©︎2020 HOKUSAI MOVIE

相馬:そうですね、江戸の郊外です。お弟子さんが居たりして、広い家ではあるんですけれども、元々、農家の人が住んでいたであろう茅葺の廃墟に住み込んでいるという設定です。この家は、撮影所の近くに小川が流れている場所があり、そこに一から家のセットを制作しました。

「完成」することはない、北斎の生き様に共感

──この映画の制作を通じて北斎の人物像を追いかける中で、相馬さんご自身がクリエイターとして北斎に共感できる部分はありましたか?

相馬:共感できる部分は、たくさんありました。若い時っていうのは、「何で俺の絵は認められないんだろう」っていう気持ちや周りに対する意識もあるんですが、いろんなことがあり、人と向き合っていく中で、少しずつ画風が変わっていくんですよね。その姿は自分と重なるものがありました。僕ごときが言うレベルではないんですけど(笑)

また、今作っているものに対して満足できずに、次から次へと手を変え品を変え、いろんな技法を研究していかないといけない、つまり、「完成」ということはない、という部分にも共感しました。「飽き性」っていう言い方はよくないかもしれないんですけど、どんどん次の新しいことに行きたくなる、いろんなことをやってみたくなるんですよね。満足してしまったら、そこで終わりなので。後は、僕、あんまり人と喋れないので、その分作品に集中していく、というのもちょっと分かるんです。

──本作の撮影で、印象に残っていることを教えてください。

相馬:時代劇は勉強することが山ほどあるんですけど、やればやるほど奥が深くて面白かったです。決まりもののようで決まりものではないし、毎日が勉強だったことが楽しかったですね。壁にぶち当たっても、やっている内に「おぉ、こんなのもあるんだ!」という発見がありました。

また、今回、一緒に美術を制作した職人さんたちも時代劇をたくさん手掛けて来た方々で、おそらく「時代劇はこういうもの」という考えをお持ちだったと思うんですけど、「今までやりたかったけどできなかったことをやろうよ!」という話をしつつ、今回は制作を進めました。さまざまな実験もしましたし、意見がぶつかることもありましたが、いい年して成長できた作品でした。

──最後に、『HOKUSAI』を鑑賞する方へ向けて、メッセージをお願いします!

相馬:『HOKUSAI』の美術では、北斎の生涯における心理的な変化やそれぞれの登場人物の個性を表現しています。皆さん、映画を見る際はストーリーを見守っていただくと思いますが、もう1回くらい見る機会があったら、美術にも注目して見ていただけると嬉しいです(笑)

相馬直樹(そうま・なおき)


美術監督。1964年北海道札幌市生まれ。東宝特撮美術で美術助手を経験した後、美術監督・池谷仙克氏に師事。その後、映画・CM ・ミュージックビデオなどの映像美術を多数手掛ける。主な作品に、『20世紀少年』『交渉人 真下正義』『UDON』『サマータイムマシンブルース』など。

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

書いた人

大阪府出身。学生時代は京都で過ごし、大学卒業後東京へ。分冊百科や旅行誌の編集に携わったのち、故郷の関西に出戻る。好きなものは温泉、旅行、茶道。好きな言葉は「思い立ったが吉日」。和樂webでは魅力的な関西の文化を発信します。