六本木近くの美術館やギャラリーを巡ったあと「お茶をしよう」となると、私は東京ミッドタウンへ向かいます。ある日、その流れで館内を歩いていると、案内版の中でひときわ輝くカフェの写真が目に入りました。
写真には、濃い青地に白抜きの植物柄が美しいエレガントなティーポットが写っています。「ライフスタイル雑貨・カフェ FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」と書かれていて、どうやら新しいお店のようです。「このティーポットでお茶が飲めるのかしら?」と気になったので、さっそく行ってみました。
えっ、好きな食器でお茶できるの?
店内は、一見するとカフェというよりも食器売り場。写真で見たティーポットの他にも、カップ&ソーサーなど、芸術品のように美しい食器がたくさん展示してあります。
カフェは食器売り場の一角にありました。ドキドキしながら席につくと、カフェのマスターのような出立ちで、ショップの店長、川合紘治(かわい こうじ)さんが迎えてくれました。私が紅茶とケーキをオーダーすると川合さんは「どれにしますか?」と目の前にずらっと並ぶカップ&ソーサーを指さしました。「えっ! この中から選べるのですか?」。
話を伺うと、店内に展示してある食器は、全て有田焼!
私が今回訪れた「FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」。このカフェを開いたのは、有田焼の老舗窯元である「深川製磁」でした。
1650年頃より有田で代々窯焚き業を営んできた深川家。そして明治27年(1894)に深川忠次によって設立された窯元が深川製磁になります。
カフェで紅茶をいただきながら、川合さんに話を伺ううちに、この忠次さんが、明治期にヨーロッパで廃れつつあった有田焼人気を復活させた重要人物であることを知ったのです。
ヨーロッパで高値で取引されるも、苦難の時代へ…
日本の磁器発祥の地、佐賀県有田で生まれた有田焼。その始まりは、1616年といわれています。
有田焼が発展した背景には、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に鍋島藩主が連れ帰った陶工たちがいました。秀吉が日本に連れて帰ってきた何千という朝鮮陶工たちの中の1人、李参平(りさんぺい)が、有田の泉山(いずみやま)で、良質の磁石を発見し、初めて白磁を焼いたのが始まりとされています。
1650年代、有田焼はオランダの東インド会社によりヨーロッパの国々に輸出されはじめます。伊万里港から輸出された有田焼は「IMARI」と呼ばれ、金襴手(きんらんで:色絵の上に金彩色を贅沢にあしらった磁器)などの豪華な品々は、ヨーロッパで高値で取引されました。さらに、磁器生産の先進国であった中国に海禁令が出たため、中国では磁器の海外輸出が停止します。こういった世界的な情勢の影響を受けて、18世紀初頭にかけて、有田焼の生産は最盛期を迎えます。
一方で有田焼は、17世紀後半から厳しい競争にも晒されることになりました。ドイツのマイセン窯やフランスのシャンティ窯で磁器の模倣技術が開発されたうえに、中国・景徳鎮窯の生産・輸出が再開。さらに、江戸幕府の規制で、日本からのオランダ東インド会社に対する輸出が停止してしまったため、有田焼は交易品としての価値を徐々に失い、国内向けの量産品の生産へとシフトしていくことになったのです。
日本の美観を積極的に採用した深川忠次の図案
19世紀、1892年にシカゴ万国博覧会に出展のためアメリカへ渡航するなど、若くして海外渡航を重ねていた忠次さんは、ドイツのマイセンをはじめとする各国の窯元を目の当たりにして、このままでは有田焼人気が落ちる一方だと危機感を感じます。
そこで忠次さんは、有田の伝統的な技法にヨーロッパから取り入れた先進技術を加え、日本の美観を表現した独自のデザインを追求することを思いつきます。そして、現代も深川製磁の食器に活用されている「忠次の図案帳」を描き始めたのです。
忠次さんの図案のひとつがこちら。
日本ならではの美意識を活かした花菖蒲や青海波をあしらった図案です。「あえて和紙に描いたのは、ヨーロッパのお客様に印象付けるための演出だったのではないかと想像します」と店長の川合さん。この図案は、現在、深川製磁の店頭に並ぶ食器にも活かされています。
「昔の有田焼は『手がしら(見本となる現物品)』をもとに制作するため、図案帳が残っていること自体、大変珍しいことなんです。『手がしら』は割れたり紛失したりするのであまり残らないのですが、忠次は図案帳を残していたので、現代でも図案をもとにさまざまな焼き物を製作できるのです」と川合さん。
忠次さんは図案帳を駆使して、ヨーロッパの人々に有田焼の魅力を伝えました。図案帳のほかにも、磁器の質感が伝わるように、図案を焼物のプレートに写して、カタログとして見せていたようです。忠次さんは、日本の磁器界における海外営業のパイオニアだったのかもしれません。
パリ万博に出品、有田焼人気の復活に貢献!
19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパでは、花や植物などの有機的なモチーフの「アールヌーヴォー」や、日本からの浮世絵・琳派・工芸品など「ジャポニズム」が流行しました。明治新政府も殖産興業として美術品や工芸品の輸出に力を入れ始めます。
そんな中、独自の工藝美を追求した忠次さんの作品に、先進国入りを目指す明治政府は大きな期待を寄せていました。1900年、ついに深川製磁は、パリ万国博覧会に参加することになります。忠次さんは、当時の名工たちと力を合わせ、3年かけて2メートルあまりの大作「染錦金襴手丸紋鳳凰文様 大花瓶」を制作。通常この大きさでは不可能な、ろくろによる手作りで成形したのです。
彫刻、陽刻、点描など多くの技巧と芸術的な文様を、壺の上に見事に調和させる凝りよう。てっぺんの宝珠には、彫刻に向かない粘土を使う有田焼であるにもかかわらず、精巧な竜の彫刻をあしらいました。
このパリ万博をきっかけに、深川製磁は、ヨーロッパから高い評価を獲得。フランスの高級百貨店、ボンマルシェやプランタンからも多数の注文が入るようになります。さらに、ギメ博物館やチェルヌスキ博物館にも買い上げられて芸術品としての評価も得ることになりました。
深川製磁は、ロンドン、パリ、ハンブルグ、ミラノ、ブリュッセルなどにも代理店を開設して有田焼の魅力を発信し続けます。結果、見事にヨーロッパでの有田焼人気を復活させたのです。
現代でも一品一品手作業でつくる徹底ぶり
「FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」に並ぶこちらのティーカップは、1900年のパリ万博に出品された作品の型と同じもの。
ヨーロッパから高い評価を得て、有田焼の評価を芸術作品にまで高めた深川製磁ですが、現代の製造過程にも、大きな特徴がありました。
「深川製磁では、石を砕いて粘土にする生地づくり、ろくろでの成形、表面を整える削り、自家調合の約600種類の絵の具と絵付け、そして通常より高い1350度での焼成と、全てを自社工場で職人たちが作り上げています。要するに、一貫生産を徹底しているのですが、実はこれは有田焼の大きな窯元では他社に例がありません」と川合さん。
こうした職人による手作業は、一品一品完成するまでに時間がかかり、数に限りがあるというデメリットもあります。しかし、季節ごとにこまめに図案を入れ替えるなどの工夫で、常に見る人を飽きさせないデザインを提案しているのです。
100年前に生み出された図案を現代に
「FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」の店内に並ぶ食器は、いずれも職人による作品ばかり。こんな貴重な食器で紅茶を飲めるカフェを六本木に開いたのはなぜでしょう?
「一昔前の『有田焼』のイメージといえば、引き出物などでいただいたり、一家に何セットかあったりする身近なものでした。しかし現代の若い世代にとって『有田焼』は、知らない方々がほとんどです。そこで、ショッピングがてらふらりと立ち寄って、本物の有田焼で紅茶やお菓子を召し上がっていただく機会をつくれないか考えました。有田焼、中でも深川製磁の良さを体験していただきたい。100年前に忠次が生み出した図案が現代に息づいていることや、彼のクリエイティブな哲学を知っていただきたいのです」と川合さん。
私は茶器の展覧会などへ行くと「この器を実際に手に持ってお茶を飲んだら、ケース越しに鑑賞しているだけではわからないことが山ほどわかったりするのだろうな~」とちょっともどかしく思います。ところが「FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」では、有田焼の作品でお茶することができるのです。エレガントな食器を実際に使って、紅茶とケーキをいただくと、とてもハッピーな気持ちになりました。
有田焼の質感や口当たり、紅茶の量によって変化するカップ内側の絵柄の変化を楽しめたのはもちろん、明治期の復刻版で、当時のジャポニズム流行の空気感も追体験できて大満足です。みなさんも「FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA」で有田焼の使い心地、旅、歴史、など、ミックスジュースのようにマゼマゼの体験をぜひ味わってみてください。
お店の基本情報
店名:FUKAGAWA SEIJI 1894 ROYAL KILN & TEA(フカガワセイジ 1894 ロイヤルキルン アンド ティー)
電話番号:03-6447-5500
営業時間:11:00〜21:00
場所:東京ミッドタウン(六本木)ガレリア 3F
座席:店内10席
公式webサイト:https://www.fukagawa-seiji.co.jp/
参考文献
『有田焼百景』有田焼継承プロジェクト(編)(著) 株式会社ラピュータ 2016年4月
『深川製磁ホームページ』