人間は矛盾に満ちた存在です。そんな人間の作った季語ですから、ときにアレレ??と思うこともあります。今回は季語のトリビア、重箱の隅をつついてみます。
「お花畑」は夏 「花畑」は秋の季語
「お」がつくとつかないとでは大違い。「お花畑」は夏の季語で、キンポウゲやチングルマ、ハクサンフウロ、コマクサなど高山植物が咲き乱れる様子を言います。「花畑」は秋の季語、秋の花の畑です。秋の七草というように、秋の草の花には華やかな中に寂しげな風情がありますね。花野、花園、花圃、花壇も秋の季語になります。いずれも草の花です。
お花畑より鳥たたば空無限 福田蓼汀
お花畑地の貧しさに嶮しさに 津田清子
彳(たたず)めば昴が高し花畑 松本たかし
▼秋の七草を詳しく紹介している記事はこちら!
7つ全部言えますか?平安貴族も愛でた雅な「秋の七草」徹底解説!
「いも掘り」は秋 「焼きいも」は冬の季語
いもは漢字で「芋」と書くと里芋、「藷」はさつまいも、「薯」は山芋、じゃがいものことといいますが、「芋」はいも類の総称でも使われています。幼稚園の秋の遠足の定番、いも掘り。土の中からごろごろ出てくるさつまいもに子供たちの歓声が上がります。その通り「いも掘り」は秋の季語です。
木枯らしが吹く夕方、「焼きいも~~石焼きいも~~~」の声が聞こえてきます。新聞紙につつまれたアツアツの焼きいもを抱えれば帰り道はスキップしたくなるくらい。はい、「焼きいも」は冬の季語です。そうです! さつまいもは秋に掘っても焼くのは冬まで待たなくてはいけません!
甘藷を掘る一家の端にわれも掘る 西東三鬼
焼藷を買ひ宝くじ買つてみる 逸見未草
「雷」は夏 「稲妻」は秋の季語
雷は条件がととのえば一年中あるのですが、雷だけだと夏の季語になります。ところが、「ピカッ・ゴロゴロ・ドーン」とセットのはずの稲妻はなんと秋の季語になるのです。稲妻の稲の字にご注目ください。古来稲妻の光が稲の稔りをもたらすとされています。
遠雷や睡ればいまだいとけなく 中村汀女
山川を打ちゆがめたる大雷雨 上村占魚
稲妻のかきまぜて行く闇夜かな 向井去来
いなびかり北よりすれば北を見る 橋本多佳子
いなびかりひとと逢ひきし四肢照らす 桂信子
生き物いろいろ
―哀れ蚊― 秋
秋になっても生き残って人間様を狙う蚊のことを哀れ蚊といいます。ぷいーんときてしつこくまつわりつくので憎らしいものですが、それも蚊の生の営みと思えば哀れであります。
ちなみに季語で哀れがつく虫は蚊のみです。乾涸びた蚯蚓も鱗粉の剥げた蝶もお腹を天に向けたまま蟻にひきずられていく蟬も哀れとはいいません。
哀れ蚊やねむりぐすりも気安めに 石川桂郎
哀れ蚊を憐みて後憎みけり 相生垣瓜人
―枯蟷螂― 冬
枯蟷螂(かれとうろう)は茶色いカマキリのことで冬の季語となっています。動きも緩慢としてまさに命も枯れてしまったかのよう。
実はカマキリの色は保護色で、季節に関係なく周囲が茶色の環境にいれば茶色に、緑色の環境なら緑になります。
枯蟷螂日のある方へ動き出す 守谷順子
枯れきりし蟷螂赤き眼を残す 井上倭子
―凍て蝶― 冬
冬の蝶が日当たりのいい場所でじっとしていることがあります。これを凍て蝶と呼んでいます。本当に凍っているわけではありませんが、動きのない様子が凍ての字に表されています。
倒れずにゐる凍蝶の二枚翅 辻田克巳
凍蝶となりねむりたし手術の夜 朝倉和江
―老鶯― 夏
老鶯(おいうぐいす・ろうおう)は夏のうぐいすのことです。歳をとったうぐいすのことではありません。うぐいすは春告鳥、匂鳥、経読鳥などと呼ばれ春の生類の代表的な季語ですが、夏になったとたん老鶯と呼ばれます。夏は鶯の繁殖期にあたり、山地に帰り営巣するので、平地ではみかけなくなります。
老鶯や行くほどに減る渓の水 佐藤紅緑
老鶯や出湯のあまりが谷に落つ 秋元不死男
眠れない夜に歳時記を開いてこんなツッコミをしているとますます目がさえてしまいますが、秋の夜長、それもまたよいのではないでしょうか。
参考文献
『カラー図説日本大歳時記 春・夏・秋』講談社
『基本季語500選』山本健吉 講談社学術文庫
『新歳時記 虚子編』三省堂
他
アイキャッチ画像
歌川貞虎『風俗秋七草』 メトロポリタン美術館