日本文化の入り口マガジン和樂web
11月28日(月)
速度を上げるばかりが、人生ではない。(ガンジー)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
11月24日(木)

速度を上げるばかりが、人生ではない。(ガンジー)

読み物
Culture
2022.02.22

鬼界のスーパースター酒吞童子!その生い立ちを描いた『伊吹童子』が悲しすぎる…

この記事を書いた人
この記事に合いの手する人

この記事に合いの手する人

酒呑童子(酒顛童子・酒天童子・酒伝童子などとも書かれる)は鬼界のスーパースターである。九尾の狐の化身である玉藻(たまも)の前や鈴鹿の山に住んでいたとされる大嶽丸(おおたけまる)と並んで日本三大妖怪に数えられるが、登場する作品やジャンルの多様さ(能や歌舞伎、演劇、映画、ミュージカル、祭など)において、群を抜いている。

最近のゲームなどでも人気ですね!

鬼は本来死者の魂であり、人に災いをもたらすものであり、荒々しく不気味な妖怪であり、人間とは相容れない存在だった。ところが酒呑童子の登場で、鬼は人間に近い存在になった。凶悪には違いないが、大酒を飲み、美女をさらってきては酒池肉林を繰り広げるなど、どこかの暴君がやりそうなことである。客の前に出る時はおかっぱ頭の美少年姿らしい。これはTPOをわきまえている証拠ではないか。しかも自分を退治に来た源頼光らの前で酔っぱらったあげく、ついつい心を許して身の上話などを始める。もしかして泣き上戸か?! 最期は頼光に退治され、めでたしめでたしで終わるが、だまし討ちにされたことに腹を立て、酒呑童子は「鬼はこんな卑怯なマネはしない」と怒る。

TPOをわきまえていて泣き上戸の鬼笑 「鬼はこんな卑怯なマネはしない」が深く刺さります……。

残忍性と凶暴性、非情さとともに、はかり知れない孤独感と虚無感を併せ持つ。それが酒呑童子ではないのだろうか。『鬼滅の刃』に登場する鬼の総大将・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)と共通する部分もあるといわれているようだ。

ところで酒呑童子の住処として一般に知られているのは、京都の丹後半島の付け根にある大江山連峰(以下、大江山という)だ。ところが、滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山にも『伊吹童子』という酒呑童子につながる鬼の話が伝わっていた。伊吹童子とは何者か。両者の関係は? そこには驚くべき酒呑童子の生い立ちが秘められていた。

あの酒吞童子の知られざる物語とは?

酒呑童子と伊吹童子

酒呑童子の住処は大江山? それとも伊吹山?

酒呑童子の物語が成立したのは14世紀、南北朝の争乱の時代。『大江山絵詞(おおえやまえことば)』(大阪府池田市にある「逸翁(いつおう)美術館」所蔵)が最も古いと考えられている。

室町時代には『酒伝童子絵巻』(「サントリー美術館」所蔵)が成立している。『大江山絵詞』では童子の住処が大江山であるのに対し、『酒伝童子絵巻』の舞台は伊吹山であり、同系統のものでは現存最古とされる。

この二つのほかにも酒呑童子に関する説話は謡曲から御伽草子、絵本に至るまで数多く存在し、大なり小なり内容にも差異はあるが、大別すると上記の二系統-大江山系と伊吹山系-に分かれるとされる。タイトルもさまざまだが、鬼退治のヒーローであるはずの源頼光の名前をつけたものは見あたらず、鬼である酒呑童子の名前が付けられているのはなぜだろう。

確かに、退治されるほうの名前が付けられた作品名、不思議ですね。

自分を退治しに来た源頼光や渡辺綱(わたなべのつな)ら四天王に相対する酒呑童子 美女をはべらせ、酒宴たけなわだが、どこか物憂げな様子に見える。『大日本名将鑑』 国会図書館デジタルコレクション

大江山も伊吹山も修験道の聖地だった

童子の住処が大江山、伊吹山のはたしてどちらであったのかを結論付けるのも難しいが、二つの山には共通点がある。それはともに山岳信仰、修験道の霊山であるということだ。大江山は山伏や修験者が山中の聖地を巡って礼拝する回峰(かいほう)修行の場としても有名であり、伊吹山は古代の修験道における「七高山(七つの霊山)」の一つに数えられ、鎮護国家のための祈祷が行われたと考えられている。

また京の都から見て大江山は西北、伊吹山は北東に位置しており、両山はほぼ同緯度にある。ともに太平洋側と日本海側の気候が入り混じり、植生も豊かだ。二つの山が酒呑童子の住処として考えられたのには、豊かな自然には得体のしれない何かが潜んでおり、異世界への入り口的な不気味さが感じられること、修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)が前鬼・後鬼と呼ばれる鬼を使役したとされるように、修験道と鬼は深い係わりがあったことなどが関係しているのかもしれない。

大江山と伊吹山。いくつもの共通点があるのですね。謎を解くカギの1つが隠れているのかも。

大江山には酒呑童子のほかにも鬼がいたという伝説があり、「日本の鬼の交流博物館」がある。

大江山のご来光と雲海 photoAC

濃尾平野の岐阜県側から見た厳冬期の伊吹山 

伊吹童子の父・伊吹弥三郎とは

実在の人物・柏原弥三郎をモデルに生まれた伊吹弥三郎

大江山にしろ伊吹山にしろ、『酒呑童子』説話のメインテーマは鬼退治である。そこには退治される酒呑童子の過去について詳しいことはあまり書かれていない。ところが後世、それを物語る作品が生まれた。それが『伊吹童子』だ。

『伊吹童子』は酒呑童子がどのようにして生まれ、なぜ伊吹山に行き、その後大江山に移って酒呑童子と呼ばれるようになったのかを物語るお話である。本編では語られてこなかった酒呑童子の出自を補足する形で生まれたのだろう。現代でも人気が出てくると、主人公の過去を描いたものやスピンオフなどの作品が後から生まれるが、それと同じだと思う。

『伊吹童子』の成立は室町時代の後期から江戸時代の初期と考えられている。諸伝本によって内容は異なるが、伊吹童子は伊吹弥三郎という人物の子どもとして誕生したというのが一般的である。

いったい、伊吹弥三郎とは何者か。

伊吹弥三郎には実在のモデルがいる。近江国(滋賀県)柏原荘(かしわばらのしょう)の地頭であった柏原弥三郎がそれだ。柏原については現在、JR東海東海道本線の関ケ原駅の隣に「柏原駅」があるが、柏原荘はその近隣も含め、もっと広い範囲を指したようだ。

柏原弥三郎についての記述は鎌倉時代後期の歴史書である『北条九代記(ほうじょうくだいき)』や、鎌倉殿にスポットを当て、幕府の事績を記した『吾妻鏡(あづまかがみ)』などに見え、室町時代に成立した三国(インド・中国・日本)の説話を記した『三国伝記』には弥三郎の死と死後についての話が書かれている。

それらによれば柏原弥三郎は地頭という権力をかさに着て数々の悪事を働いたので討伐軍に追われる身となり、伊吹山深く行方をくらまし、凶悪な事件を起こして人々を苦しめた。弥三郎にしてみたら、伊吹山は自分の庭みたいなものだったのだろう。約1年半にわたって逃げ回り、近隣の住民を恐怖のどん底に陥れた後、1201(建仁元)年5月9日、近江国守護・佐々木信綱によってようやく討ち取られた。信綱は御家人の一人であり、正室に北条義時の娘を迎えている。

▼佐々木信綱や北条義時についてはこちら
80年ぶりに見つかった幻の絵巻物から「承久の乱」を大解説!朝廷と武士による世紀の争いを目撃せよ
北条義時とは?わかりやすく人物解説!小栗旬演じる男の人生【鎌倉殿の13人予習シリーズ】

彼が死んでから人々はその祟りを恐れた。死後400年以上経った1621(元和7)年、近江一帯に強風が吹いて山間部はかなりの被害を受けたようだ。その際、人々はこの風を「弥三郎風」と呼んだという。弥三郎が人々に与えた恐怖は計り知れないものであったに違いない。

実在の弥三郎をモデルとして、伊吹弥三郎はフィクションの中で伊吹童子の父として語るにふさわしい人物として変貌していく。そこには伝説の巨人・ダイダラボッチやら天狗やら、古今東西の神様やら妖怪やらの要素が詰め込まれている。伊吹山には弥三郎の名前を付けた岩屋などの地名が残っているそうだ。

美男で大酒飲みだった伊吹弥三郎 実はヤマタノオロチの申し子だった?!

この弥三郎殿は野山のけだものを狩りとりて朝夕の食物とし給へり。もしけものを得ざる日は田夫野人の宝とする六畜のたぐひ、たき木を負へる馬、田をたがへす牛などを奪ひ取り、うちころしなどして食しける有様、鬼神といふは是なるべし。のちには人をも食ひ給ふべしとて、見聞きし程の者、皆々所をすてゝ四方へにげ散りし程に、伊吹の里の近きあたりは人住まぬ野原とぞ成りにける。 『酒呑童子異聞』佐竹昭広

弥三郎は獣をとって食べるばかりか、田畑を耕す家畜である牛馬をも奪い取って食料とした。しかも後には人も食べるようになったので、それを聞いた人々は逃げ出してしまい、伊吹の里の辺りはだれも住まない野原となってしまった。

また、

ちからわざ、はやわざなどは、ほとんど、人げんのしわざにはあらざりけり。山をうごかし、岩をつんざき、でんくはうのげきするよそほひ、まことにつうりきをえたりとぞみえし。『「伊吹童子」における弥三郎と酒呑童子』荒川真一 

とあり、電光を発して山を動かし、岩をつんざく様子は神通力の持ち主のようで、とても人間業には見えなかったとある。レーザービームを発する弥三郎…だんだん妖怪じみてきた…

レーザービームで山を動かす能力、ちょっと持ってみたい。使いどころが分からないけれど。

此弥三郎と申は、みめかたち清やかに器量事柄いかめしくおはしけるが、幼き時より酒を好みて多く飲み給へり 『「伊吹童子」における弥三郎と酒呑童子』荒川真一

弥三郎は美男だったが、子どもの頃から大酒飲みであったということだ。これは弥三郎について考えるうえで大事なポイントである。

大酒飲みを表す言葉に「うわばみ」がある。うわばみとは大きな蛇、オロチである。その代表格はかつて神話の中でスサノオノミコトが退治したとされる出雲(現在の島根県の一部)のヤマタノオロチだ。実はヤマタノオロチは退治された後、伊吹山の神・伊吹大明神になったとする伝承もあり、大酒飲みの伊吹弥三郎は伊吹大明神の申し子であろうと考えられていた。※記紀神話ではヤマトタケルノミコトが伊吹山の神を退治しに出かけて返り討ちになる話があるが、この伊吹山の神が伊吹大明神と同じであるかは不明。この時は白い猪あるいは蛇の姿となってミコトの前に現れる。

弥三郎の死

弥三郎は伊吹山の麓に住んでいた大野木殿という長者の娘に恋し、夜な夜な通うようになる。しかし、娘はその正体を知らなかった。いつしか身ごもってしまった娘に母親は、「今度男がやってきたら、衣の裾に針の付いたおだまきを縫い付けるように」と言い、娘はその通りにする。おだまきとは糸を玉のように巻いたものである。糸をたどっていくと、伊吹山の麓にある弥三郎の家に続いていた。

このストーリーは、大和の大神(おおみわ)神社に伝わる三輪山神話とほぼ同じである。三輪山の神であるオオモノヌシノオオカミがイクタマヨリヒメという美しい娘を見初めてその元に通うようになった。身ごもった娘を両親は心配し、男の正体をつきとめるために若者の衣の裾にオダマキを刺すように言いつける。その糸をたどっていくと神社のご神体である三輪山に続いていた。同様の求婚話は全国各地にあり、これは「蛇婿入苧環型(へびむこいりおだまきがた)」と呼ばれる。三輪山の神も蛇体とされる。

神話と同じ型を持つ、酒吞童子の父の物語。酒吞童子って、本当に何者?

さて、娘の相手が弥三郎であることを知った大野木殿はむげにもできず、好物の酒と山海の珍味を送って彼の機嫌を取る。弥三郎は娘に「生まれてくる子どもは一国の主にもなれるほどの力を持った男の子である」と告げる。しかし、この時の大酒がもとで弥三郎は死に、33ヵ月ほどして生まれてきた子どもが伊吹童子であった。

また、日ごろ弥三郎の悪評を聞き、彼を恐れていた大野木殿は弥三郎を殺してしまおうと考え、屋敷を訪ねて彼に大酒を飲ませる。べろんべろんに酔っぱらった弥三郎は、座敷に倒れ伏すように眠ってしまった。そこで大野木殿は「柄をも通れ」とばかりに弱点である弥三郎の脇の下に刀を突き立てて彼を殺したという話もある。

『伊吹童子』の誕生

弥三郎は死んだ。身ごもっていた娘は弥三郎の子どもを産む。しかし、子どもは誕生した時から普通の赤ちゃんとは違っていた。

さて、月日みちて、うみ月になりぬれど、いさゝかそのけしきもなし。ものおもひ給ふゆへに、かく侍るかと、はゝうへ、こゝろならずおもひ給ふ。つゐに三十三月と申に、さんのひもをとき給ふ。とりあげ、みたまへば、玉のやうなる男子なり。かみ、くろ〴〵と、かたのまはりまでのびて、うへしたに、はおひそろへり。めのといだきとりて、あらうつくしのわかぎみやとて申ければ、めをあざやかに見ひらきて、ちゝごはいづくにましますぞとの給ひしこそ、おそろしけれ。『「伊吹童子」における弥三郎と酒呑童子』荒川真一

33ヵ月おなかにいて生まれた子どもは玉のような男の子だった。髪も黒々として肩のあたりまで伸び、歯も上下生えそろっていた。乳母が「まあ、なんて愛らしい若様でしょう」というと、赤ん坊は目をぱっちりと見開いて、「父上はどこにいらっしゃるのでしょうか」と言ったので、みんな真っ青になった。

通常の3倍以上お腹の中にいて、歯も髪も生えそろって、生まれた途端に話し始めたらびっくりするのはちょっと分かる……。

この後さらに

又、このちご、さけをあいしてのみ給ふ事なのめならずと聞えしかば、世の人、しゆてんどうじとぞなづけける。『「伊吹童子」における弥三郎と酒呑童子』荒川真一

と続き、酒呑童子という名前のいわれ、そして伊吹童子と酒呑童子の関係が明らかになる。

酒吞童子=酒飲み赤ちゃん、だったのか!

伊吹山の山中に捨てられた童子

生まれた赤ん坊は娘の子どもだから大野木殿にとってはかわいい孫である。しかし、悪鬼のような弥三郎の血を引いているとすれば、このままにしてはおけない。それに成長して真実を知ったら、自分たちも殺されるかもしれないと、大野木殿は伊吹童子を恐れたのではなかろうか。

息子からも「世の人々はこの子どもを鬼神の変化(へんげ)だといって恐れております。確かに普通の子どもとは様子が違っております。このままにしておけば、とんでもないことが起こるかもしれません」と忠告された大野木殿はある決断をする。それは孫である伊吹童子を伊吹山の山中に捨てる事だった。さすがに殺すことはできかねたのだろう。山中にほおっておけば、いずれ獣たちが始末してくれるだろうと思ったにちがいない。

また童子が酒を好み、人を責めたり、野山を走り回って牛馬をたたくなど悪いことばかりするので、大野木殿は娘である童子の母に使いをやって「今にこの子が大きな災いをもたらすことになるぞ」と責め立てたので、母は深い谷に我が子を捨てたともいう。

肉親でありながら、なんという非情な仕打ち! 酒呑童子は父譲りの異能を持ち合わせていたため、その人生は肉親によって山中に捨てられることから始まった。大野木殿たちが恐れたのは、童子の中に流れる弥三郎の血であった。

修験道の霊山と鬼が、ここでも繋がった!?

山中に捨てられた童子は最初は泣きわめいていたが、そのうち獣たちと遊ぶようになり、獣たちも童子の世話をした。山中に生えていた不老不死の妙薬とされる伊吹山のさしも草から滴り落ちる露をなめると、たちまち神通力を得て、自在に使いこなすようになった。さしも草とはヨモギのことで、古来、伊吹山に生えているヨモギは高級なもぐさの原料となった。

百人一首にも、伊吹山のよもぎを詠みこんだ「かくとだに えやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを」がありますね!

『伊吹とうし』国会図書館デジタルコレクション

その身、いきほひさかんにして、おほくのきじんをあひしたがへてやつことす。ちからのつよきことは、山をうごかし、たにをひゞかせり。そらをとぶ事、いなびかりのごとし。『「伊吹童子」における弥三郎と酒呑童子』荒川真一

多くの鬼を手下として従え、たいそう力が強く、稲妻のように空を飛んだ。童子はいつまで経っても年を取ることがなく、14、5歳の子どもにしか見えなかったという。

『伊吹とうし』国会図書館デジタルコレクション

酒呑童子の誕生

伊吹山追放 比叡山、そして大江山へ

しかし、童子の行為はしだいに目に余るようになり、伊吹大明神によって伊吹山を追いだされてしまう。こうなったらもはや伊吹童子ではない。童子が向かった先は比叡山だった。岩屋に住み着いた童子だったが、古来鎮座していた八王子という神々によって「汚らわしい鬼神め。ここを出ていけ」と追い出され、比叡山の最高峰である大比叡に移るが、ここでも鎮護国家の根本道場を建てようとする伝教大師の法力を恐れ、逃亡する。最終的に大江山にたどり着き、ここを安住の地と定めた童子は酒呑童子となり、鬼の眷属を都に遣わして美女を連れ去り、宝を奪い、人肉を食らうなどの悪逆非道の限りを尽くす。これによって伊吹童子の物語は終わりをつげ、大江山で新たに酒呑童子としての物語がスタートする。

酒吞童子の物語のスピンオフ、「伊吹童子」の物語も悲しみに満ちていましたね……。

思ってもみなかった壮絶な酒呑童子の前半生だった。生まれた時から肉親に疎まれ、山中に捨てられ、おまけに移った先でいじめにあい、童子の人生は最初から暗雲に包まれていた。いくらフィクションとはいえ、そりゃ、ダークサイドに落ちるのも無理ないわなと同情を禁じ得ない。せめてもの救いは動物たちが愛情をもって童子を育ててくれたらしいことである。このあたりの話は、昔話の『金太郎』に出てくる話によく似ている。

私は鬼を退治した頼光よりも、肉親の愛を知らずに育ち、悪逆非道の限りを尽くすようになった童子に思いを寄せてしまう。『伊吹童子』の悲惨な物語は現代社会が抱える子育ての課題にも通じる部分がありそうだ。

未来に読み継がれる『酒呑童子』の物語

『伊吹童子』のほかにも酒呑童子の出生譚(たん)は各地に残っている。『御伽草子』では童子の出身地は新潟県とされ、外道丸(げどうまる)という美男稚児が、彼に相手にされなかった女性たちの恨みによって酒呑童子になったという話が伝えられているそうだ。

また伊吹山周辺の滋賀県米原市や岐阜県揖斐川町にも同様の伝説が伝えられており、同町にある『春日森の文化博物館』には『伊吹童子』の物語の一部がパネル展示されている。

勝者の側ではない者に深く心を寄せる、日本の昔話たち。今の日本にも、そうした視点は保たれ続けているのでしょうか。

誕生して650年あまり。『酒呑童子』の物語は今なお読み継がれ、さまざまなジャンルに影響を与えている超ロングセラーだ。もしかして、酒呑童子はヒーローになりそこなったのではないか。あるいはヒーローの座から引きずり降ろされたのではないか。まつろわぬ民のリーダーとして山中深く潜み、抵抗を続けながら遂には討伐されてしまった部族の長(おさ)だったのではないか。ついつい想像をたくましくしてしまう要素を『酒呑童子』は持っている。最強の鬼は新たなドラマの誕生を、舞台の袖から見守っているのかもしれない。

流れ流れて大江山にたどり着いた酒呑童子は配下の鬼たちに守られた御殿に住み、栄耀栄華を極める。『伊吹童子』の物語はここで終わっている。『伊吹とうし』国会図書館デジタルコレクション

【参考文献】
『酒呑童子異聞』佐竹昭広(岩波書店 同時代ライブラリー)
『伊吹童子』における弥三郎と酒呑童子 荒川真一

書いた人

岐阜県出身岐阜県在住。岐阜愛強し。熱しやすく冷めやすい、いて座のB型。夢は車で日本一周すること。最近はまっているものは熱帯魚のベタの飼育。胸鰭をプルプル震わせてこちらをじっと見つめるつぶらな瞳にKO

この記事に合いの手する人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。