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2022.03.18

妖怪が守った春の妖精!4月上旬が見ごろの天然記念物「カタクリ」自生地を巡る【北本奥の細道】

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カタクリ、人呼んで「春の妖精」。埼玉県南東部に広がる大宮台地の一角で、カタクリの花がいにしえより守り伝えられています。

桜の季節は春の妖精「カタクリ」が必見

寒い冬が終わると、花屋にカラフルな花の苗が並びはじめます。考えてみれば、公園やショッピングモールの植栽から、民家のガーデニングにいたるまで花は満ちあふれているのに、日本固有の花は減りました。熱帯の鮮やかな花、西洋の華やかな花もいいですが、日本の花もしみじみとした風情があるものです。

たとえば、カタクリ。ユリ科の多年草で、ここ埼玉・北本では、ちょうどソメイヨシノが盛りになる4月上旬に花が満開を迎えます。花は下向きで、6枚の花びらがクルリと反り返った姿が実に可憐。紫がかった紅色のスカートをひるがえし、妖精やバレリーナが踊っているようです。

名前の由来については、「かたむいて咲くユリ→カタユリ→カタクリとなった」「かたかご(籠を傾けたように咲くこと)が転じた」など、さまざまな説があります。

冬枯れた地面でかがり火のように点々と花を咲かせ、5月の上旬には葉を落とし、次の春まで球根の姿に変身。わずかな期間だけ咲いて、多くの時間を地中で過ごす姿から、カタクリは「スプリング・エフェメラル」(春の短命なもの)、「春の妖精」と呼ばれています。

意外と知らない片栗粉とカタクリのお話

カタクリを、もうちょっと詳細にみていきましょう。

カタクリといえば、片栗粉! 料理やお菓子の材料などに欠かせない食材です。植物のカタクリの地下茎から作られる白色のでんぷんこそが、本来の片栗粉です。しかし、最近「片栗粉」として流通しているもののほとんどは、カタクリではありません。

都市開発などのためカタクリが減り、また、取れる片栗粉の量もわずかなため、ジャガイモのでんぷんが主流となり、「片栗粉」として流通するようになったというわけです。

希少な平野部のカタクリ自生地

カタクリは、日本各地だけでなく、ロシア連邦のサハリンの温帯から暖帯まで分布します。主に、丘陵の雑木林などにみられ、埼玉県内でも丘陵地では自生していますが、平野部では限られており、荒川より東側の大宮台地では北本が最後の自生地です。希少性が評価され、カタクリは平成8年に北本市の天然記念物に指定されました。

北本市内には、高尾地区の阿弥陀堂北側斜面(河岸谷津)と、野外活動センター南西部の北側斜面(宮岡谷津)の2 か所に、カタクリ自生地があります。

全体図はこちら

妖怪「あずきとぎ婆」がカタクリを守った!?

2カ所のカタクリ自生地のうち、宮岡谷津のほうが規模も環境も整っていましたが、昭和63 年ごろから斜面林の伐採と谷の埋め立てが行われ、環境が大きく変貌。カタクリ自生地は野外活動センターの一部に残り、今に至っています。

もう一つの河岸谷津も、平成3、4 年以降、埋め立てが断続的に行われましたが、現在、自生地は市天然記念物「高尾カタクリ自生地」として保全措置が図られています。

この河岸谷津には、ある不思議なお話が伝わっています。それは、「あずきとぎ婆(ばば)」伝説。日本各地に、あずきとぎ、あずき洗いなどの妖怪伝説がありますが、北本のあずきとぎ婆のお話は次のような内容です。

その昔、泉蔵院というお寺がありました。近くに昼でも暗い森と深い谷がありました。谷底からは、清水が流れる、チャラチャラという音が聞こえてきます。あるとき、村の子どもたちが谷のそばを通ると、「ザッキゴッキ、ザッキゴッキ」とあずきを洗うような音がします。谷底をのぞくと、笹がザワーッと揺れ……。驚いた子どもたちによるあずきとぎ婆伝説が生まれ、村では「谷底でオニババアがあずきを洗っている」という迷信が誕生。大人は子どもが言うことを聞かないと、「あずきとぎ婆が首を切りにくるよ」とおどすようになったとか。

開発が進み、かつての景観は失われてしまいましたが、あたりを眺めていると、確かにあずきとぎ婆が現れてきそうな薄暗さです。

鹿児島県の奄美大島を思い出しました。島には、「ハブがいるから山に入らないように」という教えがあり、世界自然遺産に登録されるほどの豊かな自然が残されました。ちなみに、あずきとぎ婆とちょっと似た「ケンムン」という妖怪伝説もあり、自然をおそれつつ共存する考えの根底となっているようです。

北本のカタクリが教えてくれる「人と森の共生」

不思議な伝説とともに今に伝わる北本のカタクリですが、まだ語りつくせぬ魅力があります。

「カタクリは氷河期の生き残りで、自生地はほとんど移動していない」というのも、ロマンを感じさせるお話だと思いませんか。

通常、花は綿毛をつくって風力を利用したり、果実をつくって鳥に食べてもらったりといった方法で、種を運んでもらいます。ところが、カタクリは、アリが好む物質をつくり、アリに種を運んでもらうだけ。アリの移動距離以上に、カタクリの自生地は広がらないのです。

雑木林の北向き斜面など、限られた土地にしかみられないカタクリが、氷河期時代からこの地にあるということは――。

薪や炭をつくるために伐採、再生を繰り返しながら雑木林を維持するなど、人々が縄文時代の昔から現在に至るまで、カタクリ自生地の植生を利用し、その結果としてカタクリが守られたことを示します。

カタクリの花と同時に、あずきとぎ婆の谷の湧水点近くでニリンソウも見ごろに

一度は、都市化の波により荒廃した自生地ですが、平成7年から環境整備がスタート。花をつけたのは12株だったのが、翌年は70株、さらにその翌年には150株と増加し、令和3年には5,039株が花をつけました。「カタクリ保存会」ほか、市の教育委員会も受粉や種まき、育成などに尽力しています。

カタクリって、人と森との共生を物語る生きた文化財そのもの。そんなカタクリの花に、春を感じてみては!

(DATA)
高尾カタクリ自生地
所在地:北本市高尾6-320-1他(高尾6-366「阿弥陀堂」の北斜面)
交通:JR北本駅西口から衛生研究所・荒川荘行きバスで10分、「野外活動センター入口」バス停下車、徒歩15分
※北本市野外活動センター(北本市高尾9-143)南西部の斜面にもカタクリ群生地あり