「えっと…『人』ではなくて…?」
申し訳ないが、何度も訊き直した。念押しなどではない。単純に、初めて耳にする言葉に戸惑ったからだ。
しかし、相手の答えに変わりはなかった。
「『人』ではなくて『犬』です。『老犬ホーム』という名前で合ってますよ」
「それって…?」と言いよどむ私。
「そうです、そうです。老人ホームの犬版みたいなものです」
じつは、冒頭の部分は別件の取材でのやり取りである。
なんでも「人」ではなくて「犬」のホームがあるという。
その名も「老犬ホーム」。
耳慣れない言葉に驚きつつも、進行途中の取材と同じくらい、いや、それ以上に一瞬で興味を持った。
一体、どのような場所なのか。
文字通り、飼えなくなった老犬たちが集められているのだとすれば…なかなか明るいイメージを持つのは難しそうだ。飼い主を待ちわびてくーんと鳴き続ける、そんな哀愁漂ううら寂しい場所が、ふと頭に浮かんだ。
是非とも「老犬ホーム」とやらを、実際にこの目で確かめたい。いかなる事情があって犬を預けることになったのか。「老犬ホーム」の日常とは、どのようなものなのか。というワケで、最速で企画を書き上げて取材を申し込んだ。
向かった先は、我が故郷の京都。
市内を離れ、京都府北部の自然豊かな地に開設された「老犬ホームあん」である。
さて、記事の本題に入る前に、少しタネ明かしをしておこう。
結論からいえば、今回もいい意味で予想を裏切られた。
すべては幸せそうな犬たちの姿にただ尽きるの一言だ。取材前に抱いていた物悲しいネガティブなイメージは霧消し、逆に「犬を預ける」コトに対する見方がガラリと変わった。
「老犬ホームあん」は、想像していたのとは全く違う場所であった。
信じられないくらい温かくて、穏やかな空気が流れていたのである。
8頭からスタートして…今は10倍以上?
「どうして、うちを取材しようと思ったんですか?」
今回の取材は、珍しく先方からの質問で始まった。
お話を伺ったのは、一般社団法人日本愛犬愛護協会の代表理事で「老犬ホームあん」を運営されている「福島耕太郎(ふくしまこうたろう)」氏である。
冒頭のやり取りを話すと、今度は福島氏が「老犬ホームあん」のスタートについて語ってくれた。
「スタートは、この青い屋根(の建物)ともう1つ(の建物)だけやったんです。1つは僕らが住んで、別の建物で成犬8頭だけということでスタートして…。それで、オープンして1ヶ月で8頭が埋まったんです」
以前は、大阪でサラリーマンとして勤めていた福島氏。ゆくゆくは犬の保護団体を立ち上げたいという漠然とした夢があったとか。子どもが巣立ったのをきっかけに少しずつ動き出そうとしているところで、老犬や行き場のない犬が多いという話を実際に聞いたそうだ。そこで一念発起。2年ほど場所を探して、ようやくこの地を見つけたという。
ちなみに、どれほどの需要があったかというと。ズバリ、老犬ホームを立ち上げる際に、営業活動はなし。単純にホームページを制作したのみだとか。
「この地域に慣れるのに時間をかけようと思って。本来は11月ぐらいにオープンしようと思っとったんやけど、この場所に来てホームページを立ち上げると、すごい問い合わせがあって。それで急遽オープンを早めました。1ヶ月足らずで8頭が埋まったんです」
その後も問い合わせは止まらず、加速気味となる。
「どんどん問い合わせが来たもんで、最初は8頭という枠で決めてたんですけど。預かってる犬の飼い主さんに、枠を増やす確認を取ったら全員オッケーだったんで。そこから順次、預かる犬の枠を増やして犬舎も増やして。今は犬舎が5棟あるんです」
なんと、現在は82頭ほどの犬を預かっている「老犬ホームあん」。それも地域に関係なく、全国から申し込みがあるという。
「立ち上げた時は僕1人がやって、妻は大阪まで通ってケアマネ(ケアマネージャー)を続けとったんやけれども。すぐに、それどころじゃないっていう状況になって。それで妻は辞めたんです。最初は2人で細々とやっていければ…と思っとったんやけれども、需要がすごいあって。今はスタッフも雇えるようになったんです」
正直なところ、スタート時にこれほどの需要があると思われていたのだろうか。
「うーん。これだけのスピードで…というのは想定外。でも立ち上げた時に、8頭から始めて、10年後に80頭にするって言ってたんで。当時はけっこう笑われたんですよ。保健所とかに。そんなん無理やろうって言われたけれども、意外と6年7年ぐらいでクリアできました」
つまり、周囲も予測していなかったということか。
「恐らく需要に対して規模を拡大して対応するのが無理やろなと。多分、そうみられてたと思うんですよ。ただ、ここの分譲地の社長も応援してくれてて。犬舎をどんどん増やしていける環境にあったんで(クリアできたのだと思います)」
ちなみに「老犬ホームあん」は、京都市内から高速道路を使って50分ほどの距離にある。周囲は山林に囲まれ、山小屋風の家が立ち並ぶ。隣家との距離もしっかりと取られており、さほど犬の鳴き声も気にならない。
確かに、犬がゆったりと過ごすには最高の環境だといえる。
思いもよらない飼い主側の事情とは?
さて、取材を進めていくと、ある事実に驚いた。
それは、意外にも犬を預けたいと考える人たちが多いことである。
一体、飼い主側にはどのような事情があるのだろうか。
ちょうど、取材場所のドッグカフェの屋外席から、静かに寝かされて日向ぼっこをしている犬が見えた。そこで改めて、人と同じように介護を必要とする犬たちの存在に気付いた。
早速、自力で生活できない犬の頭数を訊くと、福島氏が指を折って数え出した。
「8頭ですかね。暖かい日は日向ぼっこができるので、順番に外へ出していくんです。やっぱり一般の家庭、都会のマンションとかで飼う場合には、飼い主が仕事に出るとなると、あの子らのケアはなかなかできないと思います」
「おしっこもうんちもできないんですよね。圧迫して出してあげないと…」と福島氏が教えてくれた。
場所を移動してそっと近付くと、かすかに息遣いが聞こえた。あまり身動きはしないが、気持ちよさそうではある。
「目は見えてるかな。かなり認知症もきついんで。年齢は16歳です。まだ若いですからね。頑張る子は18歳でも歩けるんやけれども」
一般社団法人ペットフード協会の2021年(令和3年)全国犬猫飼育実態調査結果では、犬全体の平均寿命は14.65歳だとか。この年齢を超えて生き続けるとなると、もちろん身体に支障をきたす犬も出てくるだろう。身体だけではない。当然、認知症の発症もある。
「水も飲ませてあげないとダメだし、日光に当たったり、空気の匂いを嗅いだりとか。それに、他の犬の存在を感じるというのも、彼らにとって必要なことなので。そうなると普通の家庭では、なかなかみれないんですよ」
人間よりも犬の方がサイズは小さいが、介護の内容自体は同じだ。出勤せずにリモートワークだったとしても、犬の世話に専念するのは容易ではない。
「次第に負担になってきて、いろんな飼い主さんがここに来て正直なことをおっしゃるんですよ。罵声を浴びせたりとか、叩いてしまったりとか。犬だって夜鳴きとかもするんでね。それで本当に悪かったと、飼い主さんも自己嫌悪に陥って。もう1回きちっとしてあげようってするんだけれども、気持ちを立て直す前に、また夜鳴きをされたりすると…。結果的に、飼い主さんの方が心療内科に通ったりする場合もけっこうあるんです」
それだけではない。家族の中で孤立する場合もあるのだとか。
「家族がいても、キーとなる人だけがすごく負担を感じてて。他の人はあまりタッチしない。それで家族の中でギクシャクするというケースもあります」
想像以上に、飼い主側の苦悩がうかがえる。「老犬ホーム」は、悩んだ末の選択肢になりうるということか。この他にも、様々なパターンがあるという。
「ドッグランに出られるような子は、自分で食べたり歩いたり、普通に過ごせる老犬です。その子らの理由は、飼い主さん側の理由が多いかな。飼い主さんが体を壊してしまったりとか、海外転勤になったりとか。連れて行きたいけれども空港で止め置かれるとか、そもそも飛行機に耐えられるのかとか、色々です」
「老々介護のような形になっている方もいて。飼い主さんが入院してしまう、その子どもさんらが面倒をみられるかっていうと、核家族化でマンションに住んでいて無理とか。子どもさんが小さくて無理とか。そもそも現実的に考えた時に、15歳16歳の介護が必要な犬をパッと誰かが引き取れるかというと、ちょっと難しいと思うんですよね。やっぱりそれなりの知識とか介護力を持っていないと。それに変な話、ある程度経済的な部分も必要になってくるんで」
そんな背景があるからだろうか。
福島氏曰く、総じて「無責任」と感じる飼い主は基本的にいないのだとか。
「本当に無責任で『もう、いらんわ』っていう人達は『手放す』。お金をかけてまで犬をなんとかしようっていう発想は、まず出てこないんです」
なるほど。確かにそうだ。
「無責任」を突き詰め極論をいえば、犬を「捨てる」ことだってできるのだ。そういう意味で、「預ける」という行為は、決して責任逃れの結果ではないことに気付く。形は違えど、責任を全うしようとする新しい選択肢ともいえるのだ。ただ、残念ながら一般的なイメージはそこまで追いついていないのが現状だ。
「預けられる方の事情は、ホントに様々なんですが。ただ、無責任な人がポンと連れてきて金だけ払ってるというイメージが、(老犬ホームには)まだまだあって、払拭できてないんですよ」
福島氏は、少し強めに言葉を継いだ。
「僕らが飼い主さんに言うのは、預けることは無責任なことではないと。ただ、きちんと犬のために調べて欲しいと。家が近いからとか、自分が面会に行きやすいからとか、それだけで決めるのは、犬に対してのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)とかを全く考えていない。自分が行ってその責任者と話をして、犬が暮らす環境も見て決めないと。そう、説明してます」
毎日アップされる犬たちの記録がスゴすぎる!
じつは、老犬ホームは他にもある。
ただ、どうしてもと取材をお願いしたかったのは、こちらの「老犬ホームあん」だった。
こだわった理由は、色々ある。
24時間冷暖房完備、24時間有人のケア、1ヵ月2万円台のお手頃な料金設定、明朗会計で追加費用ナシ、ドッグラン完備、自然豊かな環境…など挙げればきりがない。
例えば1ヵ月2万円台の料金設定は、福島氏がサラリーマン時代の自分の感覚をベースに、飼い主側の視点から決めたという。24時間有人のケアも、犬のことを思えば絶対に外せない条件だと断言する。
「夜は普通に誰もおらん。倉庫みたいにシャッターを閉めて帰ってしまうとか。そういう老犬ホームもあります。でも、やっぱり地震があったり、隣が火事を起こしたりした時に誰が助けるのかって。それに、この子らって夜型なんです。夜鳴きもあるし、夜中に水を飲ましてあげたり、夜中にご飯を食べる子も居るんで。だから有人でないと」と福島氏。
しかし、選ぶ決め手となったのは、これらの理由ではない。もっといえば、先ほど列挙した理由のどれでもない。
私が、取材先は「老犬ホームあん」しかないと思った理由はただ1つ。「愛情」だ。ホームページから「犬たちへのマジな愛情」がひしひしと伝わったからである。
それは「老犬ホームあん」のサイトを見れば一目瞭然だ。毎日、福島氏がブログを更新するのだが、その最後がスゴイ。相当な数の犬たちの写真がアップされるのだ。それも毎日である。なんなら動画もある。とにかく良い意味で強烈なのだ。
そんなブログを発信し続ける福島氏の1日のスタートは、かなり早い。朝の4時半頃に起床。犬たちをドッグランに出したり、ご飯を食べさせたりと大忙し。その後、本人も食事を取って、夜はずっと写真や動画のチェックにかかりっきりだという。夜中の見回り後、寝たと思ったら、また4時過ぎに起床。なんともハードなスケジュールである。
「毎日撮ってアップするんですけれども、あれがすごく大変で。ほんまにきついです。あの写真とかブログがなかったらなーって思います」と苦笑い。
ただ、飼い主側からすると、預けた犬の姿を写真や動画を通して見ることができる。物理的な距離は遠くても、愛犬と寄り添っているという気持ちになれるだろう。
「動画が毎日20本ぐらいと、写真が600枚ぐらい。撮影後は、後ろ姿の写真とかを全部削除していって、500枚ぐらいアップするんですけれども。あれが本当に大変でね。ただ、あれができるのはスタッフの彼女ら(常駐のトリマーや看護師さんなど)が頑張ってトリミングしてくれたりとか、そういうのがあるからで。そのケアがなかったら、とてもじゃないけど、撮れる状況じゃなくなってくるんで」
確かに、シニア犬ならば、余計に気を遣う。よほどのケアがないと、なかなか全体に向けて公開などできないだろう。逆をいえば、自信があるからこそできるサービスなのかもしれない。
「飼い主さんが契約で来られた時は、みんな涙、涙で預けられて。最初は寂しいけれども時間が経つと、『毎朝、動画をチェックするのがすごい楽しみだ』とか。『1日大体15回ぐらい見てます』とか 。そういうのを(飼い主さんから)聞くと、もっと撮ってあげなあかんなあって思って。たまに冗談半分本気半分ぐらいで、『うちの子の写真が最近少ないなあって思ってるんです』とか言われるんですよ」
なお、写真を見るだけではなく、実際に預けた犬と面会もできる。
「面会の予約は1時間1組って決めてるんです。ドッグランで面会しながら遊ぶんですけれども。そこに別の飼い主さんが来て、犬を2頭出すとその犬同士が遊んでしまって、飼い主さんがほったらかしになってしまうんです。だから1組だけにしてます」
ただ、意外と犬は面会をそこまで喜ばないのだとか。
飼い主側は、愛犬が喜んで駆け寄ってくるイメージを持つそうだが、現実はドライな様子だという。実際に毎日世話をしているスタッフの方へ行くことが多いそうだ。
「飼い主さんは、『すごい寂しいけれども安心した』って。飼い主さんが帰る時も後追いして吠えるわけでもなくて。あの子らは勝手に自分の犬舎に入る。ささっと。じつは、犬の方が大人な部分があるんです」
「犬は後ろを振り返らない動物」の意味とは?
取材をしながら、以前に実家で飼っていた犬を思い出した。
認知症を発症したため、天寿を全うするまでの最後の2年間は介護が必要な生活だった。少し目も見えづらくなっており、裏庭の木に当たることも。先に進めなくなるといつも鳴き声を上げていた。そんな愛犬につきっきりで世話をしていたのが、定年退職した父であった。夜中に排泄の世話をしたりと、昼夜逆転のような生活をしていたことを覚えている。
そこで、福島氏に直球で質問した。
「正直なところ、しんどいとか思われませんか?」
「…そやね…しんどいですね…。うん、でも、しんどいけど…イヤではないかな」
代表の福島氏は、かなり正直な方である。嫌な顔一つせずに、本音で話してくれた。
「『ああ、しんど』っていうのはあります。でも、イヤやなーっていうのは…違うかな。正直、めんどくさーっというのは、どこかにちょっとは出ます。やっぱり布団から出る時とか。でも自分が行かないと、誰もやる人がおれへんし。夜中なんで。やっぱりやってあげないと。そういうのがずっと続いてきてるんで、それほど苦にはならないかな」
ずっと飼い続けていればその心情は分からないでもないが、預けられた犬たちはこれまで他の飼い主に飼われていた過去がある。なかには、年老いてから「老犬ホーム」に来た犬だっているのだ。それでも信頼関係を築けるのだろうか。
「(信頼関係を築くのは)早いですね」
「えっ? 早いんですか?」
「認知症の子らは、別に飼い主に依存していることは、ほぼないので。元気な子らは…6歳ぐらいで来る子もいるんです。マンションで飼っていたけれども、すごく吠えて近隣から苦情が来て、引っ越しもできないといったような場合です。ここで預かってもらって、直れば引き取るという人もいます」
福島氏の話では、そんな大変な状態で預かっても問題はないという。
「『知らない人はすごくダメなんです』とか。そうやって飼い主さんがすごく心配するんです。『他の犬と接したことがない』とか。でも、犬たちはじきに慣れます」
これには、疑問が生じた。犬とくれば「忠犬ハチ公」のイメージが強い。飼い主の帰りを忠実にひたすら待ち続ける。だから、飼い主からバトンを渡されても、犬たちはなかなか新しい環境に慣れないように思えたのだ。
その理由をストレートに訊くと、予想外の言葉が飛び出した。
「犬は、後ろを振り返って生きる動物ではないので」
さらに言葉が続く。
「人間は、昨日までここにおったのになぁとか、後ろばっかりを見て生きるんですよ、くよくよして。犬は、さあここでどう生きていこうと、バンと切り替わるんです。そこが動物の強さ。もし、彼らが人間みたいな感情を持っていたら、親や兄弟と離され、いつもお母さんどうしてるんかなーとか思うやないですか。そんなん、ならないんで。あの子らは、さあここでどうやって生きようっていう風に、スイッチが切り替わるんです」
なるほど。そんな発想は一切なかった。しかし、言われてみれば、確かにそうだ。実家の歴代の犬たちは、すべて保健所などからの保護犬だったが、彼らはとにかく賢く「生きるための強さ」を持ち合わせていた。今考えれば、そうせざるを得ない環境だったからだろう。
「僕は、ここでは一応群れのトップなんで。僕がパッと行った時に、たまに攻撃性を出してくる犬がいるんです。ほんなら、僕は別に何にもせんでも、周りの子らがちょっと集まってくる、そこで終わります。要は数で圧倒するんです。やめとけよーみたいな」
飼い主と離れ、新しくスタートした集団生活の中で、犬も学び次第に成長するのだ。
じつは、こちらの「老犬ホームあん」では、この集団生活を利用した「犬の保育園」も日帰りで開催されているという。
「動物同士の何かがあるんでしょうね。それで収まる。今、問題行動のある子らが犬の保育園に来てるんですけれども、かなり成果が上がっていると、飼い主さんからも聞いています」
これは実例になるが、散歩で知らない犬と出くわすと鳴き続ける犬がいたという。引き離すのも大変で、場合によっては飼い主を噛むこともあったのだとか。飼い主の方は、複数のドッグトレーナーの元へ通い、都市部の保育園にも入れたが効果なし。そこで相談に来られたそうだ。
福島氏は、人の力で直そうとするのは無理だと断言する。
「僕らは何か特別なスキルがあるわけでもなくて、犬たちの中に入れてしまうんです。それができるのは、うちの子達がみんな賢くて、攻撃性がないからなんですよね」
良い結果が、さらなる良い結果を生む。
「相乗効果、プラスの連鎖になってて。僕とかスタッフはうちの子らを信頼している。だから僕らから信頼されていることを彼らは感じてるんで、それを返してくれる。これが負の連鎖になると、僕らが信用せずに大丈夫かってピリピリした空気を出すと、それがあの子らにも伝わってピリピリする。その中に知らんやつがパッと入ると、結局ケンカになる」
ちなみに、先ほどの飼い主の方だが、現在は散歩に行くのがすごく楽しみになったという。
「マイナスの連鎖になるかプラスの連鎖になるか。その入り口のところで人間が間違わなければ大丈夫なんです」
まずは、先に信じてみる。
それが信頼関係を築く土台なのかもしれない。
取材の最後に、今後の展望を訊いた。
「パピーの相談もあるし、もちろんシニアの相談もあるし。そういうことで飼い主さんをサポートしていきながら、どうしてもやっぱり無理っていう子たちを、ウチで余生を過ごしてもらったら。僕らもお金を頂いているので偉そうなことは言えないけれども、そのお金でここが運営できて、保護活動までできて。いずれは代替わりした若い子たちが、新しい犬と人間の共存の世界を作ってくれればいいと思っています」
梅花女子大学との勉強会も実施され、この春からは新たに茨木市(大阪府)の教育委員会との連携も始まるという。保護活動についての授業を小学校を回って行う計画も進行中だ。犬舎の建て替えも予定され、3倍ほどの大きさに拡充するという。
今後も「老犬ホームあん」から目が離せない。
取材後記
かつて、組織の中で、管理職として働いた日々を思い出した。
とあるプロジェクトの責任者となったのだが、途中で失敗の可能性が高いと判明した際に、組織のトップからある言葉をかけられたことがある。
「白旗を上げるのは、なにも無責任ではない。失敗すると分かりながら、1人で抱え込み見栄やプライドのために最後までやり続けることこそが無責任だ」
なぜか、あの上司の言葉を思い出した。
当時の衝撃は、今も忘れはしない。その鋭い痛みを、改めて福島氏の言葉で思い出したのだ。
「一生飼うのが飼い主の責任っていうのは正論なんですよ。でも、その正論をかざしすぎると、本当に困っている飼い主さんはどんどん闇に入ってくんです。その闇をなくしていくには、『飼えなくなったから預けたん? かわいそうなことをするな』っていう社会では、やっぱりダメなんですね。そうじゃなくて、どうしても飼えないんだったら、老犬ホームのようなところがあるよって。保健所などからもアプローチをしていくとか。そうしていかないと、闇がどんどん大きくなっていくだけだと思います」
ただ、注意は必要だと福島氏は警告する。
どこでもいいから預けるという考えも、やはり安直だからだ。愛犬の生活を本気で考えれば、預け先を厳選しなければならない。そのためには、悪徳な業者は自然淘汰され、今後、質の高い老犬ホームがさらに出てくることが期待される。
自分ではなく、飼い犬の幸せを最優先する。
恐らく、結論を出すのは難しいだろう。
悩んだ末に預けたとしても、やはり幾ばくかの迷いは残るかもしれない。
しかし、その時こそ、預け先での様子を是非とも見てもらいたい。
陽だまりの中でのびのびと過ごす、愛犬の姿を。
基本情報
名称:老犬ホームあん
住所:京都府船井郡京丹波町井尻スハ1-44
公式webサイト:https://www.roukenhome-ann.jp/