富山県に移住して、奇妙な光景を目にした。
県内で有名な「和菓子屋」での話だ。店内に入ると、目立つ一角になぜか「ロールケーキ」が売られていた。それも店のイチ押しの扱いだ。
──「和菓子屋」なのに「洋菓子」?
その店だけかと思ったが、じつはそうでもない。
県内の別の和菓子屋には「ロールケーキ」のみならず「プリン」や「バウムクーヘン」までもが売られていた。そして、意外に思うかもしれないが、「和菓子屋」の「洋菓子」はじつに美味しいのだ。
そういえば県内の「和菓子屋」に入ると、高確率で「洋菓子」と出会う。富山県を離れた今になって、その事実に思い当たった。
──「和」と「洋」
同じ菓子でも、その趣は全く異なる。それなのにどうしてと、首をかしげるばかり。
まさか両者の境界が曖昧になったのかと疑う一方で、「地方」ゆえに利便性を追求したのだろう、そう納得した矢先のこと。またしても信じられない話を耳にした。今度は石川県金沢市にある老舗の某和菓子屋が「洋」の分野へと越境するというではないか。
金沢といえば、全国屈指の老舗が軒を連ねる和菓子の激戦区。
その筆頭格で、400年近くの歴史を誇るのが株式会社「森八」だ。そんな金沢を代表する老舗が、なんと、令和4(2022)年3月にショコラトリー(チョコレート専門店)をオープンさせた。その名も「UNFINI(アンフィニ)」。
それにしても、どうして老舗の和菓子屋が「チョコレート」を扱うに至ったのか。和菓子業界では、今何が起こっているのかと、単純に疑問がわいた。もちろん、「和」とチョコレートの「洋」が融合した風味も俄然気になるところ。
ということで、今回も待ちきれずに金沢へ。
「森八」がプロデュースしたチョコレート専門店「UNFINI(アンフィニ)」を訪れた。
一体、どのような話が聞けるのやら。早速、ご紹介していこう。
なぜ老舗の和菓子屋がチョコレート専門店をオープン?
訪れたのは、JR金沢駅から車で5分、大手町にある老舗の和菓子屋「森八」本店。じつは、その目と鼻の先に、今春オープンしたてのチョコレート専門店「UNFINI(アンフィニ)」があるのだ。
取材当日、森八本店から歩いてUNFINI(アンフィニ)へと移動したが、場所は同じ通りで信号を1つ超えた少し先。実際に歩いてみると、2分もかからないほどの距離にあった。和のテイストとは全く異なる全面ホワイトの店構え。店の外観を見ただけでは、まさか「森八」の系列店だとは気付かないだろう。
それにしても、不思議である。
どうして、老舗の和菓子屋がわざわざ新しくチョコレート専門店を手掛けるのか。
「うちってやはり贈答品の会社なんで、中元歳暮がメインなんですよ。夏と冬にピークが来る会社なんですけど、他のカジュアルギフトというか、そういったものへの取り組みを中長期的に考えたいと。それで、最初はバレンタイン向けに出したんです」
こう話すのは、株式会社森八の取締役室長「森岡晋也(もりおかしんや)」氏だ。
じつに、戦略的な理由が最初に挙げられたので、少々戸惑った。だが、冷静に考えれば、確かにそうだ。和菓子屋なのに、あえて「洋」の分野へと舵を切るのに、ただの夢物語ではさすがに始められない。越境する「覚悟」と相応の「勝算」がなければ、とてもじゃないが踏み切れないだろう。
「既に森八でチョコレート菓子を幾つか……『チョコ羊羹(ようかん)』ですとか、『チョコ最中』とかやってきてましたので。ノウハウもたまってきたというのもありますし、バレンタインという催事期に和菓子店として売り上げを取れるようにと、作ったんです」
それだけではない。ビジネスにはタイミングも必要だ。
「たまたまここは、うちの駐車場だったんですよ。以前は森八のスタッフが車を停めてたんですけど、近くに駐車場ができたので、ここに停める車がなくなって。メインの道路沿いの場所なので、もったいないということで、何かしようっていう話になりました」
森八本店と近いため、支店を出すのは現実的ではない。逆の発想で、新しく違うコトを始めようと、和菓子と親和性のある商品を社内で検討したという。
「うちでやるなら基本的に食品だろうってことで、チョコレート以外にもパンとかアイスクリームとか、候補は出たんですが。ノウハウがたまってきたので、じゃあ『和菓子のチョコ』じゃなくて、本当に『チョコ専門店のチョコ』をやろうっていう風になったんです」
「なるほど。夏を除いて、春と秋って考えると、チョコレートにはちょうどいい時期ですよねえ」
「そうです。どうしてもアイスだと夏がピークになって、中元とかぶっちゃう部分があったんです。(新事業が)すごく繁盛しても、これならやっていけるんじゃないかって。まあ、チョコレートには今までちょっと足半分突っ込んでたというのもありますしね」
それにしても、老舗の和菓子屋という意味で、新たな分野、それも「洋」のチョコレートへの挑戦に、プレッシャーはなかったのだろうか。
「一応、ある程度批判が来るだろうなと思ってました。うちのお客様の層って60・70代がメインなんですよ。恐らく、こういう『チョコレート』を、あまり召し上がらない層だと思いましたんで」
「批判ですか……?」
「ええ。だから、『森八』がやるんですけれども、基本的に見た目には『森八』とうたわないと」
「ああ、確かに」
「UNFINI(アンフィニ)は、1つも『森八』って名乗ってないんですよ」
「『森八』本店と近いのでぱっと見には分からないような形にして。こちらは、30・40代の女性をメインにしてるので、客層が被らないように。あくまでここはここ、本店は本店って分けるように設計はしました」
実際、UNFINI(アンフィニ)の外観を撮影した時に、どうして「森八」をアピールしないのかと訝しんだが、まさか意図的に隠しているとは思いもしなかった。
「せっかくこの店を開けるので、純増を目指して、違うお客様に来てもらう。和菓子を若い人が食べないって、ここ10年、20年と言われ続けてきて。『和』の要素をちょっとチョコレートに入れることで、少しでも『和』に親しんでいただきたいと」
「なるほど」
「うちの希望としては、30・40代で、チョコレートで『和』の素材を楽しんでいただいて、50・60代になってきたら『森八』で買い物していただければと。その入り口のような形にしたいと思っています」
コロナ禍で勢いづく「コト」消費の波
新型コロナウイルスは、私たちにあまりにも大きな影響を与えた。それは生活様式からモノの考え方まで、全ての分野においてである。もちろん、人間のみならず企業に対してもそうだ。これまでの経済活動が通用せず、根本的な見直しを迫られた。
やはり和菓子業界もそうだったのだろうか。
「この2年間、コロナで贈答品自体の必要性がすごく縮んでしまって。地元はともかく、東京のマーケットでは『虎屋さん』があって。2番手以降の贈答品メーカーって、うちを含めてことごとくやられていったんですよ」
正直、あまりピンと来なかった。金沢の和菓子といえば、最初に名が挙がるのがこの「森八」の商品だ。老舗の中の老舗。そんな「森八」でも、コロナ禍では厳しかったということか。
森岡氏の話は続く。
「そんな中でもすごく強かったのは、京都の『仙太郎さん』ですとか、九州博多の『鈴懸(すずかけ)さん』ですとか。その場で、生で作ってる会社さんがすごく強くて。わざわざ感染リスクを取ってまで、リアルに店に行って買い物をするというのは、そういうことかと」
確かにコロナ禍では、新たな基準による「勝ち組」も登場した。これまでとは異なるモノの見方、感じ方、捉え方で、業界が再編されたともいえる。
「うちはセントラルキッチンで、工場で作ったものを店舗に配達するって形なんですけども。UNFINI(アンフィニ)では、一応見える形のキッチンを作って、そういう臨場感とか安心感とか、お客さんに与えられるようにと。それを少し試したかったんですけど……」と森岡氏。
じつは、UNFINI(アンフィニ)の店内は、奥にイートインスペースが併設されている。そして、さらにその奥、白い壁の向こうがチョコレートを作る工房だ。だが、残念ながら白い壁がガッツリと視線を阻んでおり、作る過程を見ることはできない。壁の上部のみがガラスとなってはいるが、高い位置にあってこちらからは一切見えないのだ。
「私はもうちょっと見えるようにしたかったんですけど、スタッフが恥ずかしいっていうので、手元は見えないように、人の雰囲気だけが感じられるように、このサイズに落ち着きました」
それでも森岡氏は諦めないようだ。
「それでは、今後、和菓子の方でも?」
「したいですね、和菓子職人が売り場で作るって。製造所と販売所が一緒の店舗を、今後はやっていきたいなと。でないと物流が進み過ぎて、本当に数百円払えば家に届くんですよ。オンラインショップでほとんど同じものが買えてしまう。事実、そうなってきています」
いわれてみれば、最近では、修学旅行でさえも「観光」ではなく「体験」を重視して、行き先を選んでいるという。定番の「京都」ではなく、体験ができる地方が脚光を浴びているのだとか。このように、「モノ」ではなく「コト」が重視され始めた世の中で、森八は次の戦略をどのように練るのだろうか。
「やはり実際に来てもらう、それはちょっと『コト商品』に近いような感覚だと思います。喫茶のメニューもそうなんですけど、例えば、うちのプリンは当日商品なんですよ。すごく柔らかくて発送ができないんですね」
「わざとですか?」
「はい。それで、ここに来ないと食べられない商品にしています。この店舗に来る動線づくりと言いますか。テリーヌと生チョコは発送できるんですけど。プリンはここでしか食べられないし、ソフトクリームもここでしか食べられない。そういったアイテムをちょっと試してみたかったなっていうのがありますね」
「最初から賞味期限が短い当日商品を1個は作ろうと思ってたんですよ。それが、たまたまプリンになりました。自分用のちょっとしたプチ贅沢みたいな意味合いがあって。それに、喫茶の看板メニューも欲しかったんで、ソフトクリームを追加しました」
「金沢ってイメージ的に『お茶』のソフトクリームですよね」
「そうですね。結構、ソフトクリームは観光地で売れてるんですけど。チョコのソフトクリームってあんまりやってないので。差別化できるかなと。それでメニューを決めました」
チョコレートとあんこの相性は?
取材が進むにつれ、一体、どのようなお味かと気もそぞろ。
ちなみに、UNFINI(アンフィニ)の定番商品はなんといってもチョコレート。和菓子屋自慢のあんこや金沢を代表するフルーツなどが素材となる4種類の「生チョコ」と、チョコとあんこから生まれた極上の「テリーヌ」だ。
それでは、早速、実食といきたいところなのだが、もう1つだけ。
どうしても試食する前に訊いておきたかった質問があった。
「まだ食べてないので、当然何とも言えないんですけど……。イメージ的に、なんか『チョコレート』と『あんこ』って甘いじゃないですか。ぶつかるんじゃないかなって思うんですけど。それはどんな感じなんですか?」
食べるまでもなく、森岡氏の表情から、老舗の和菓子屋「森八」の自信が見て取れた。
「それは『チョコ羊羹』を作ったときから、小豆とチョコレートの相性がいいのは、もうわかってましたね。ただ、『チョコ羊羹』は『羊羹』なんですけど、『テリーヌ』は『チョコレート』なんです。だから『あんこ』の味がするっていうわけじゃなくて……というか、『あんこ』の味がしちゃうと、それはもう和菓子に近づいてしまうので。結構なボリュームで、特に生チョコの『あんショコラ』は、3割ぐらいあんこなんですけど、『あんこ感』は、多分感じないと思うんですよ」
「じゃあ、言われて初めて『コレってあんこ?』という感じですか?」
「そうです。生チョコって舌ですっと溶ける感じだと思うんですけど、若干最後に、こう、豆のざらつき感を感じると思います。でも、味がするかっていうと、味は多分感じられないようになってると思ってるんですけど……」
実際に、目を閉じて食べてみる。
最初に柑橘系の味わいが鼻にガツンと来て、ゆっくりと口に広がった。驚いて目を開け、慌てて説明書きを見ると「爽やかな風味の柚子皮」が練り込んであると書かれていた。道理で、と思いながら、再度目を閉じる。
その後に濃厚なチョコレートの味わい。生チョコらしい上品な甘さが続く。味の変化を楽しみながら、これで終わるかと思いきや、あれっ? とまたもや目を開けた。チョコレートのくどさが一切あとを引かない。その代わりに、舌がざらついて、妙にあっさりとした風味だ。
これまた、驚いた。
柑橘系から濃厚なチョコレート、そして、いつの間にか口の中で溶けたチョコレートはあっさりとしていて、3段階で繊細な味わいの変化が体験できる。
「多分、あんこ嫌いな方でも食べられるんじゃないかなっていう風にしました。和菓子が嫌いな方でも、これを入り口にして欲しい商品なので。『和』をあまり強調したくなかったんです。あくまでチョコレート専門店なので、ただおいしいチョコレートを目指しましたね」
確かに、クセになる味だ。
チョコレートの甘ったるさが残らないので、正直、食べやすい。そして、不思議なのが「チョコレート」と「あんこ」がぶつからないというコトだ。「あんこ」だと教えてもらって、初めて微かに反応できるくらいの食感だ。
一方、「テリーヌ」の方はというと。
残念ながら、私の舌では「あんこ」が全く分からなかった。一口入れた途端、濃厚なチョコレートに圧倒された。使われているのは、農家と自然環境に配慮して生産されたフランス KAOKA 社のオーガニック・フェアトレードクーベルチュール。SDGsに敏感なZ世代を意識してか、エコサート認定を受けているチョコレートだ。どの商品にもこのチョコレートが使用されているという。
中心には、高級和菓子の材料として珍重されている「能登大納言小豆」を贅沢にこし餡にしているという。だが、言われてもほぼ気付かない。やはりチョコレートの比重が大きいからだろうか。最後まで「あんこ」を感じることなく、芳醇なチョコレートに酔いしれて終わってしまった。
それにしても、石川県の名産品である「ルビーロマン(ぶどう)」や「加賀のしずく(梨)」など、厳選された素材を使用するのはさすが。じつは、商品企画みたいな部署があるのかと思っていたが、全て作る側で新商品を考えるのだとか。
「生チョコは4種類あるんですけど、製法は3つ。1つは材料を混ぜるタイプ。『あんショコラ』や『能登産キウイ』はそうなんですけど。全部材料を混ぜます。『ルビーロマン』の方は、ルビーロマンとホワイトチョコを混ぜたのとミルクチョコの2層タイプ。『加賀しずく』はチョコレートじゃなくて、砂糖がついたグミみたいな梨のゼリーとミルクチョコの2層タイプ。新商品は素材にもよりますが、3つの製法のどれかに当てはめて作っていく感じですね」
来年のバレンタイン向けに、また新しい商品が出る予定だ。
ちなみに、全ての商品の解説は野暮というもの。是非とも、ご自身で味わっていただきたい。
取材後記
じつは、私がこの取材で一番驚いたことがある。
それは、このチョコレートを作っているのが、今まで販売などを担当していた人たちだというコト。
「チョコレート商品を作る上で、何が難しかったですか?」
「最初は製造の職人で作ってもらいましたが、こういう店舗なので販売スタッフに作ってもらわないといけないんで。だから、食品づくりの基礎から教えて。かなり時間がかかりましたね」
「えっ? チョコレートを作られているのって……森八の販売スタッフの方なんですか?」
「そうです。あくまで一支店なので。本店から異動して、最初は和菓子製造の職人と一緒にやって。今はもう自分たちで作って売るという形ですね。ここは今3人で切り盛りしています。将来の店長業務に役に立つような仕事ができて、自分でイチから作り上げることが学べて。やりがいも感じられると思います」
取材するまでは、てっきり、森八のあんこを提供して、ショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)に外注しているのだと思い込んでいた。それが、自社の社員を育て、これまでのノウハウのみで、チョコレート専門店をオープンさせたとは。正直、信じられなかった。
だが、それこそが森八の底力なのだろう。だてに400年近い歴史を持っているワケではない。「あんこ」から始まって、少しずつ研究対象を広げた結果が、今ここにあるのだ。
森岡氏はこう続ける。
「新しいチャレンジっていうのは老舗がやるべきだという気質が昔からあります。じつは、大正時代が終わって明治時代初期に、うち、飴の販売してるんですよ。一時期、古九谷の器を販売してたこともありましたし。チャレンジして、とりあえず1回やってみようという姿勢はずっと変わらずにあったと思います。まあ、このUNFINI(アンフィニ)が来年ないのか、10年後もあるのか分かんないですけども。とにかくやる。それだけです」
最後に。
この世の中、まったくもって先が見えない。まさしくVUCA時代だからこそ、逆に老舗の名に頼らない。取材を通して、そんな「危機感」が、森八には幾度も垣間見えた。
老舗にとって「変化」はきっと怖いはずだ。
だが、危機感を無視せず、あえて受け止めて転機にする。
それが森八の強みであり、飛躍の源泉なのだと。
チョコレートソフトクリームを食べながら、改めて「老舗」のすごさを思い知ったのであった。
基本情報
名称:UNFINI(アンフィニ)
住所:石川県金沢市大手町9-20 大手町ビル1F
公式webサイト:https://unfini-kanazawa.com/