結んでいた髪を下ろしたら印象が変わって驚いたり、無造作に髪をまとめるしぐさにドキッとしたり。ほどくか結ぶか、それだけで人の心をつかむのだから、髪って不思議です。
江戸城の大奥にいた女性たちも、時と場合によって髪を下ろしたり、アップに結い上げたりしていたみたい。さっと髪を下ろせるように、結い方に工夫もしていたようです。なぜかというと……。
髪は下しておくのがフォーマルだったって、知ってた?
江戸時代の女性って、みんな髪を結い上げていますよね。時代劇でもほら入浴中だって、寝るときだって髪は結い上げたまま。いろいろな結い方があって髪を見ればその人の身分や、未婚か既婚かなども推測することができたといいます。
結い上げ髪は庶民発
平安時代までさかのぼると、昔話のかぐや姫のように貴族の女性はいわゆる十二単を着て長い髪をそのまま下ろしていました。江戸時代になっても、身分の高い成人女性の髪型は長い髪を後ろに下した垂髪(すいはつ/すべらかし)がフォーマル。
髪を髷(まげ)に結う文化は、男性の真似をした女歌舞伎がはじまりで、それを遊女が真似し、やがて町人や武家へと広まっていったといわれています。
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大事な日は「おすべらかし」
町の女性たちが髪を結い上げるようになってからも、大奥の女性たちは宮中にならって髪を下ろした「おすべらかし」にしていました。でも、動きにくくて困ることも多かったのでしょう。やがて平日は髪を結い上げるようになります。
それでも式日(しきじつ)と呼ばれる儀式の日などは、地毛にかもじというつけ毛を結んで背中に下したスタイルにするのがマナーとされました。
奥女中の代名詞になった髪型「片はずし」
髪を結い上げるようになった大奥の女性たちは、どんな髪型にしていたのでしょう。
身分や時代によって髪の結い上げ方はいろいろですが、奥女中の定番といえる髪型に「片はずし」があります。
すぐに下ろせて便利
髪を掻いたりまとめたりする笄(こうがい)という道具を使って、輪にした垂髪を仮どめにしたスタイルで、必要があればさっと垂髪に戻すことができるのがポイント。
「身分の高い来客などがあれば、いつでも髪を下ろして正装で対応いたします。でも今はちょっとまとめさせて」という声が聞こえてきそうなゆるアップです。
上級の奥女中だけが結える
片はずしは大奥の奥女中なら誰もが結えたわけではなく、御三の間(おさんのま)という役職から上の奥女中だけが平日に結うことを許された髪型でした。下働きの女中たちは、そもそもフォーマルなおすべらかしにする必要がなかったのでしょう。
でも、普段は片はずしに結うことのできなかった下級の女中たちも、宿下がりのときにはこっそりと結って楽しんでいたのだとか。大奥でも、それには目をつぶっていたというこぼれ話があります。
御台所も結っていた?
また将軍の正室である御台所(みだいどころ)も、平日は髪を片はずしに結うことがあったといいます。幕末に徳川家に嫁いできた皇女和宮(かずのみや)は「武家にはならぬ」と一度も髪を結い上げなかったという証言がありますが、他の御台所たちは結い上げ髪の身軽さを満喫していたもよう。
垂髪を仮どめしたスタイルだった片はずしはのちに正式な結い方となり、江戸城の大奥だけでなく、武家の奥方や、大名家につとめる女中たちの間にも広まりました。
歌舞伎や浄瑠璃でも登場人物の髪型が片はずしだったら、奥女中か武家の女性とわかります。やがて「片はずし」は奥女中を指す代名詞にもなりました。
普段はくるっと結い上げて、大事な場面ではさっと下ろして。
便利な奥女中定番の髪型をご紹介しました。
よしながふみ「大奥」1 (ジェッツコミックス)
アイキャッチ画像:『千代田のおゝ奥 茶の湯』著:楊洲周延(国立国会図書館デジタルコレクションより)
参考書籍:
『御殿女中』著:三田村鳶魚(青蛙房)
『江戸のくらし風俗大事典』(柏書房)
日本国語大辞典(小学館)
日本大百科全書(小学館)