浮世離れマスターズのつあおとまいこの二人が東京都美術館で開かれている「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」に出かけたときのことです。ほぉ、権力と美術というのはこんなに関係があるのかと感心しながら日本美術と西洋美術の名品を見ていてふと見入ってしまった絵巻物がありました。それは、『吉備大臣入唐絵巻』という、奈良時代に遣唐使船で唐に渡った留学生の物語を12世紀末(平安時代後期〜鎌倉時代初期)に描き綴ったものでした。なぜ見入ったのか? 人間が宙を飛ぶような超能力を使う場面が描かれていたからです。いやそれだけではなく、とんでもなく破天荒な物語が展開していたのです。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。
阿倍仲麻呂は悲しみが高じて鬼になった?!
つあお:今日はいにしえの絵巻物についておしゃべりをしたいと思います。まいこさんはどんなイメージを持ってますか?
まいこ:渋いイメージですね。色が薄くて難しい昔の言葉が書いてあるとか。
つあお:そうですよね。書いてある文字はほとんど読めないし、古語だから読めても意味がなかなかわからないし。でもね、『源氏物語絵巻』みたいにカラフルで、絵を見ているだけで目の保養になるようなものも、けっこうたくさんありますよね!
まいこ:確かに『源氏物語絵巻』は優雅で華やかですね!
つあお:そうなんですよ。貴族の優雅な生活が描かれていたりしますし。さすが、平安時代っていう感じです。ところがね、今日話題にしようと思っている、平安時代の終わりから鎌倉時代の最初の頃に描かれた『吉備大臣入唐絵巻(きびだいじんにっとうえまき)』は、別の意味ですごいんです。まずね、真っ赤な鬼がいるんです。
まいこ:この赤鬼、輪郭がやたらもこもこしていますね。筋肉なのかな?
つあお:やっぱり鬼は強くなきゃいけないから、筋肉でしょう!
まいこ:前のめりになってギョロ目で何かを探しながら歩いているみたいですね。
つあお:鬼には探されたくないなぁ。やっぱり怖いですからね。
まいこ:怖いはずだけど、この鬼は何となくそうでもないような…。
つあお:実はね、この鬼は唐に遣唐使船で渡って留学した阿倍仲麻呂の成れの果ての姿らしいんですよ。
まいこ:なんと! 仲麻呂さんが鬼に? 初耳です!
つあお:阿倍仲麻呂は天才で、留学した唐では科挙に合格したんだか推挙があったんだかで玄宗皇帝にも仕えたのだとか。唐で日本のことを偲んで詠んだ和歌が有名ですね。小倉百人一首にも取り上げられています!
まいこ:確かに!そういえば、 仲麻呂さんは日本に帰れなかったのですよね?
小倉百人一首に選ばれた阿倍仲麻呂の和歌:
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
《つあおによる意訳》
天空のはるか遠くを望んで見えるのは、私の故郷・奈良の春日にある三笠山に出ているのと同じ月なのではないのか。ああ、国に帰れなくて本当に悲しいなぁ。しくしくしく…。
つあお:そうなんです。多分、日本に帰れないという悲しさがすさまじいストレスになって溜まってしまって、鬼になっちゃったんじゃないでしょうか。
まいこ:あらまぁ! でもこの絵巻では新しく来た日本人に出会うみたいですね。
つあお:そうなんですよ。吉備真備(きびのまきび)というやっぱり優秀な人がいて、この物語(史実を基にしたフィクション)では、仲麻呂の後に遣唐使船で唐に渡ったんだけど、捕まって塔に幽閉されてしまったらしい。仲麻呂はどうも幽閉されている真備のところに向かっているみたいなんです。
まいこ:幽閉って、現地の人々のしわざですか?
つあお:どうも真備もやはり天才だったらしく、頭がよすぎて唐の人にねたまれたために捕まったみたいなんです。
まいこ:はぁ! そーゆー嫉妬はいつの世も変わらないのですね。でも、そこで引き下がる真備さんではないはず!
つあお:でもね、この塔はなかなかすごくないですか? 階段とか。
まいこ:地面に対して垂直の階段! 一度入ったら出て来れない感じ!
つあお:そもそも、一体どうやって入ったんでしょうね?
まいこ:そうそう、しかもこの鬼がいる場面では、塔の上に二人いますよ。
つあお:実は、この二人目は、鬼からまた人間っぽい姿に戻った阿倍仲麻呂だそうなんです。
まいこ:なんと! ちょっと顔が赤いけど、普通の人間っぽい!
つあお:やっぱり、鬼の姿のまんまだと会いづらいですよね。怖がられるし。どうも、仲麻呂はそのまま会おうとしたんだけど、話をしたければ姿を変えてくれと真備に言われたらしいんですよ!
まいこ:そうだったんですか。仲麻呂さんも大変だったんですね。
受験生には聞かせられない話
つあお:さて、真備はどうやってこの塔を抜け出すか、ワクワクしますね! サスペンス映画みたいだ!
まいこ:私たちの想像をはるかに超えたすごい方法で脱出して欲しいな!
つあお:何せ鬼になったり人間になったりできるくらいだから、期待できるでしょう!
まいこ:わくわく!
つあお:じゃじゃん! この場面では二人の人物が正座したまま空を飛んでるように見えますね!
まいこ:わーお! 二人は着物とかをたなびかせて、ちゃっかり塔から飛んで出たんですね!
つあお:サスペンス映画を通り越して、SF映画になりました!
まいこ:こんなにすごいことをしているのに、顔は何ごともなかったような表情で面白い!
つあお:涼しい顔をして飛んでます(笑)。
まいこ:この飛行シーンはかなり笑える!
つあお:世界中探しても、正座して空を飛んでる人はきっとほかにはいないんじゃないかな? もうツボにはまりまくりです(笑)。
まいこ:画期的です! で、この二人には、向かっている先がありそうですね。
つあお:そうなんです。実は、真備は塔に幽閉されるほかにも意地悪に遭っていて、この後、どうもすごく難しいテストを受けさせられるらしいんです。
まいこ:そんな意地悪もあるんだ!
つあお:ねたんでいる人たちにとっては、テストに落っこちてくれればいいわけですから。それでね、この二人はそのテストの問題作りをしているところに向かっているのだとか。
まいこ:えっ? もしかして、テストの問題をカンニングするつもりなの?
つあお:あ、なんてストレートな言い方を(笑)。
まいこ:勝つためには手段を選ばない、と言い換えましょうか。
つあお:問題作成をしている人たちのところに行って内容を盗み聞きをするらしいんですよ。やっぱりこれは立派なカンニングだな。この話は受験生には聞かせられないですね(笑)。
まいこ:確かに! でも、超頭のいいエリートな二人は、そんなことしなくてもテストなんて朝飯前じゃないのかなあって思っちゃいます。
つあお:そうですよね。こんな超能力なんて使わなくても楽勝なはずなのに。そして、この後今度は囲碁の対戦をさせられるらしいんですよ。しかも相手は唐の名人。ところが真備は囲碁を知らなかったらしい。これも意地悪の一環です。
まいこ:へぇ。でも、やっぱり頭がいいから大丈夫だったのかな? それとも超能力?
つあお:何でも、塔の天井が碁盤の目みたいになってたから、それを見て勉強したらしいですよ!
まいこ:すご!
つあお:単なる天才です。
まいこ:で、実際に対戦したんですか?
つあお:したようです。でも負けそうになった!
まいこ:相手の名人はやっぱり強かったんですね。それで?
つあお:今度は勝つために囲碁の石を飲んじゃったそうです。たぶん1個石の数が違うだけで勝負を左右するような展開があったんでしょうね。
まいこ:うわぁー。碁石には毒の成分はないでしょうけど、飲んじゃうなんて! でも、碁石を一つ隠したわけだから、またズルをしたっていうことですね。
つあお:そうですね。これも真面目な囲碁棋士には聞かせられない。
まいこ:(苦笑)
つあお:それで、さらにその先があるんですよ。
まいこ:えっ?
つあお:唐の人たちも怪しんだらしくて、ひょっとしたら碁石を飲んだんじゃないかと疑って、なんと…!
まいこ:???
つあお:真備に下剤を飲ませたらしいんです!
まいこ:うわー! ばれてるし! このピンチ、いったいどうやって乗り切るんでしょう?
つあお:そしたらね、また超能力を使ったんです(笑)。それは、何があっても、碁石だけはお腹の中に留めて出さないという超能力だったんです!
まいこ:「すごい」を通り越して、「楽しい」です(笑)。それで勝ったって認められるのかな? だとしたら、唐の人たちも脇が甘いんじゃないでしょうか?
つあお:勝負の世界は、意外と面白いですね。いにしえの絵巻物は勉強になるなぁ。
まいこセレクト
真備と仲麻呂がカンニングしている現場を激写したシーンです。
中央上方で物陰から盗み聞きしている、白い顔と赤い顔の人物がその二人です。物陰といってもバリバリ見えてるじゃん! とツッコミたくなります。本当は透明人間の術を使っていたのだけど、これは絵画だからということでくっきり描かれているのかもしれませんね。一言も聞きもらすまいと鬼の形相で聞き入る二人…(あっ、一人は本物の鬼だった)。
それにしても、真備を落とし入れようと難問を作成している唐の学者たちは、満面の笑みを浮かべて「これなら絶対解けるまい」とご満悦の様子。彼らがこれほどまでによってたかって知恵を寄せ集めて対決するほど真備は好敵手だったことが想像できます。でも、彼らのすばらしい頭脳も、意地悪なんかではなく、もっといいことに使えばいいのに!
つあおセレクト
平安時代の絵巻物は詞書などで書かれた文字も優雅な作品が多いのですが、この絵巻の末尾に書かれた文字はちょっと大胆不敵な感じがして、何だか面白いなぁと思ったのです。何でも、ここの部分は江戸時代に書かれた絵巻の説明なのだとか。ストーリーも優雅というよりも唐と日本が争っている感じですし、そもそも制作の背景にも、唐に対する日本の対抗意識があったそうですから、むしろこちらの書き方のほうが似つかわしいという見方もできるかもしれませんね。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
阿倍仲麻呂は唐から日本に帰ることができず、とても寂しい思いをしたわけですが、鬼になって飛ぶ力を得たからには、これはもう、飛んで三笠の山を見られる故郷・奈良に戻るしかないではありませんか! この超能力がもしも吉備真備が来たことによって開花したのなら、真備にもお礼を言ったほうがよさそうです。
展覧会情報
展覧会名:ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)
会場名:東京都美術館(東京・上野)
会期:2022年7月23日〜10月2日(休室日:9月5日[月]、9月20日[火])
※日時指定予約制。当日券あり(来場時に予定数が終了している場合あり。問い合わせ:ハローダイヤル050-5541-8600)
展覧会公式HP:https://www.ntv.co.jp/boston2022/