時代を代表する名仏像が勢揃いする、奈良県「興福寺(こうふくじ)」。仏像ファンにはたまらない興福寺の魅力を、東京藝術大学美術学部附属 古美術研究施設長・松田 誠一郎先生と一緒に紐解きます。
なんと、東京藝術大学教員と奈良の古美術を巡るスペシャルツアー「おとなの古美研」開催も決定! 詳しい情報をぜひご確認ください。
※東金堂は伽藍保存修理工事に伴い閉堂しているため、今回のツアーでは開扉中の中金堂を見学いたします。
数多くの国宝仏を伝える「興福寺」
奈良から平安時代、藤原氏一族の興隆のままに勢力を拡大し、法相宗大本山としての歴史を刻んできた興福寺。藤原不比等の追善供養のため元明・元正天皇により北円堂が、聖武天皇が東金堂を、光明皇后が五重塔と西金堂を造営するなど、皇族との関係を密に権勢を誇りました。
東金堂のほか、国宝館や春秋に公開される北円堂にも、間近で拝観できる仏像が。一時は全伽藍を焼失したものの、中金堂の再建によって姿をほぼ取り戻した建築群も鑑賞ポイントです。
奈良から室町まで、時代を物差しに仏像群を見る
美少年仏像の阿修羅像(あしゅらぞう)に、大仏師・運慶作の無著(むじゃく)・世親像(せしんぞう)、そして奈良市街のランドマーク的存在の五重塔。興福寺といえば、こんなイメージでしょうか。
興福寺は天智天皇8(669)年、藤原鎌足の病気平癒を祈願して、夫人である鏡王女(かがみのおおきみ)が京都の現・山科区に建立した山階寺(やましなでら)に起源します。壬申の乱のあと都とともに飛鳥に移り、平城京遷都で鎌足の息子・不比等が現在地に移建、興福寺と改めました。
松田先生の興福寺激推し仏像群が安置されているのは、薬師如来坐像を本尊とする東金堂(とうこんどう、国宝)。幾度も罹災と復興をくり返してきた興福寺ですが、そのたび創建当初の建築の再現を目ざしてきました。現在の東金堂は室町時代の応永22(1415)年に再建されたもの。天平の伽藍建築の様式を踏襲したこのお堂と、国宝・重文の仏像21体が醸し出す時代を超えた空気感は、仏像ファンでなくても十分魅力的なはずです。
興福寺の「東金堂」にはさまざまな時代を代表する名仏像が勢揃い
興福寺の本堂は平成30(2018)年に300年ぶりに再建された中金堂(ちゅうこんどう)。その東に立つのが東金堂で、内陣中央には室町時代の再建時に造像された本尊の薬師如来坐像が鎮座します。両脇には白鳳時代の日光・月光菩薩像や、鎌倉時代の文殊菩薩像と維摩居士像(ゆいまこじぞう)の姿も。周囲には鎌倉時代の十二神将像、四隅には平安時代の四天王像を配置。まさに時代を超えた仏像ワールド!
いずれの仏様も、各時代のトレンドや最新技術を用い、最高峰の仏師が制作したと考えられます。
「東金堂の仏像は、素材や製法が違うだけでなく、時代ごとの特徴がよく見て取れます。たとえば、平安時代前期につくられた一木造(いちぼづくり)で乾漆併用の四天王像は、肉厚で充実した重量感が際だっています。この時代の仏像の姿勢は前のめりで、直立的な奈良時代の仏像とは対照的。仏像の立ち姿には時代的な特徴が表れるのです」
12体が欠けずに残っている、貴重な作例でもある十二神将像は…。
「13世紀になるとポーズにも変化が出てきます。ユーモラスなポーズをとるものもいて、仏師のみなぎる自信が伝わってきます」と松田先生。その時代の雰囲気を感じながら仏像と対面するのも、〝おとなの古美研〞ならではの楽しみです。
東京藝術大学教員と巡る「おとなの古美研」って?
「古美研」とは、東京藝術大学の美術学部全科の必修科目である、合宿形式の現地研修「古美術研究旅行」の略称です。東京藝術大学の前身である東京美術学校時代から120年以上続く、京都や奈良の古寺を約2週間かけて巡る〝美大生ならではの修学旅行〟。それを一般向けに開催しているのが「おとなの古美研」です。
詳しくはこちらの記事をご覧ください!
こんなスペシャルなツアーあり!?東京藝術大学教員と選りすぐりの奈良の仏像をめぐる旅
【満席】第2回「おとなの古美研」詳細・お申込みのご案内
当ツアーは満席となりました。たくさんのお申込みありがとうございました。
東京藝術大学教員と行く! おとなの古美研第2回 〜奈良で味わう至高の古美術めぐり〜
日程
9月30日(土)~10月1日(日)
費用
お一人さま 75,200円
お申込み期限
8月31日(木)正午まで
構成/小竹智子、後藤淳美(本誌)※「興福寺」に関する本文は雑誌『和樂(2022-2023年12,1月号)』の転載です。