ひなびた郷で人知れず守られてきた癒しの仏さま
「御仏の郷(みほとけのさと)」「海のある奈良」「秘仏の故郷」などといわれる、福井県嶺南(れいなん)地域の若狭。古代より大陸や朝鮮半島からの玄関口として栄え、渡来した化や周辺の豊かな物資と、都の洗練された文化や伝統技術とが、鯖街道をはじめいくつもの街道を通じて若狭と京都を行き来しました。宗教的なつながりも深かったため、都の技術力で美しき仏像がつくられ今に残されています。
そんな美仏との出会いを求めて若狭へ。季節も旅に出るにはよいころあいです。〝日本の原風景〟に溶け込む古刹をめぐる、癒され旅へとご案内します。
写真/木立のなか参道を上がると見えてくる、入母屋造(いりもやづくり)で屋根が檜皮葺(ひわだぶき)の羽賀寺(はがじ)の本堂。天ケ城山麓に抱かれるように、ひっそりとたたずむ姿が美しい。
千年の時を経てもなお、人々の心を救済し続ける仏さま
日本海側随一の美仏の郷として知られる、福井県の若狭。大陸や朝鮮半島からの仏教や文化の玄関口として栄え、また海の幸をはじめとする日本海側地域の豊かな資源を京都や奈良へ運ぶ街道の起点でもあり、何世紀にもわたりさまざまな交流が行われてきました。
若狭の古刹に残る仏さまは、都からの技術や職人の流入によってつくられたものが多いと考えられ、表情の豊かさや超絶技巧が施された木造彫刻など、都の香りと栄華の面影が見られます。
そんな若狭でめぐりたいのは、4体の仏像。いずれも山中や山に抱かれるようにして立つお堂に祀られた、秘仏然とした美しき仏さまです。
写真/海山川の美しい景色のなか、秘仏美仏がひしめくこの地にあって、代表格とされる羽賀寺の十一面観音立像。そのふくよかな顔の表情もさることながら、リアルな衣(ころも)や裳(も)の彫技や彩色も見どころ。
まずは、平安時代前期作の木像でありながら、鮮やかな色彩を残す十一面観音立像を本尊とする羽賀寺(はがじ)へ。背の高い杉木立の参道を進むと、手前左手に鐘楼と背後に山が迫る本堂が。若狭を代表する仏さまとも称されるこの十一面観音像は、行基(ぎょうき)に寺の創建を勅令した女帝・元正天皇の御影(みえい)とも伝わります。
内陣にまで立ち入ることができるので間近で拝見すると、切れ長の大きな目、穏やかな口元の表情はどこまでも優しく優美。さまざまな形相をした頭上の十一面にも気品が感じられ、手を合わせ、向き合う時間も自然と長くなります。
またこの仏さまは、全身に残る赤や金の色彩も見どころ。丹念に下地を施し、高価な顔料をふんだんに用いたとみられる造像当時の彩色が、千年の時を経てなお残り、平安時代の美意識を伝えているのです。
写真/若狭最古の建造物である妙楽寺(みょうらくじ)の本堂に安置されている千手観音菩薩立像。
若狭最古のお堂で悠久の美仏に出会う
ふたつめの仏さまは、霊峰多田ケ岳(れいほうただがたけ)の麓に立つ妙楽寺(みょうらくじ)の本尊、木造の千手観音菩薩立像です。
こちらは平安時代中期の造像で、穏やかで気品に満ちた表情などは羽賀寺の美仏に通じるものがあり、同じく女性の感性に寄り添うような立姿。千の手が持つ宝珠(ほうじゅ)などの超絶技法や、レリーフが美しい光背(こうはい)などもじっくり拝見したいものです。
本面(正面を向いた顔)の左右側面には、憤怒の表情の金剛面と穏やかな菩薩相(ぼさつそう)をした蓮華面(れんげめん)を配し、頭上部の面と合わせて二十四面を数えるめずらしい観音さま。千の手と24の面であらゆる闇から人を救うこの観音様の前にたたずむと、その存在感に圧倒されるのではなく、心がすっと穏やかになるから不思議です。
写真/明通寺(みょうつうじ)の薬師如来坐像と、本堂とともに国宝に指定されている三重塔。北陸地方随一とされる鎌倉時代の荘厳な密教建築を残すこの三重塔は、純和様の均整の取れた美しい姿で知られる。
小さな秘仏や重厚な国宝建造物も
みっつめのお寺は、杉木立の山中に荘厳な本堂と三重塔を配した明通寺(みょうつうじ)。まず飛び込んでくるのは、いずれも国宝に指定されている本堂と三重塔です。特に参道を上がると正面に対峙する三重塔は、背後の杉の森との調和も壮観! 鎌倉時代の文永7(1270)年の棟上で、上層へ行くにしたがって屋根の寸法を減らす均整の取れた構成は、純和様の建築を今に伝えています。内部は通常非公開ですが、秋には特別開扉もあり、釈迦三尊像と阿弥陀三尊像が背中合わせに安置された様子を拝見することができます。
本堂内部へと足を進めると、須弥壇(しゅみだん)中央の厨子に安置された本尊の薬師如来坐像、その両脇に像高約250㎝の降三世明王(こうさんぜみょうおう)と深沙大将(しんしょうたいしょう)、そしてそれらを守るように十二神将(じゅうにしんしょう)が並ぶさまは圧巻! 羽賀寺、妙楽寺同様、こちらでも内陣まで入ることができるので、伏し目の穏やかな相好を示す本尊もじっくり間近で拝見したいものです。
こうして仏像の近くに寄れる寺院が多いのも若狭の特徴のひとつで、信仰と生活が密接にかかわり、土地の人たちにとって仏さまは大変親しいものなのだと実感。また、仏さまの目線は読経する僧侶に向かっているともいわれるので、近くで鑑賞するだけでなく、外陣から座って拝観することも忘れずに。
さて、若狭の美仏めぐり――続きはまた明日!
羽賀寺/豊かな色彩が残る十一面観音はここで会えます
霊亀2(716)年に元正天皇の勅願で行基が創建したと伝わる。天暦元(947)年に山津波ですべて埋没しましたが、京都・雲居寺(うんごじ)の僧侶が土中より仏像を探し出して再興。以来、源頼朝が三重塔を寄進したり徳川家光が宮殿を造営するなど、朝廷や武家に篤く信仰されてきました。
福井県小浜市羽賀83‐5 拝観時間9時~16時 拝観料400円
妙楽寺/彫刻の妙技に時を忘れる千手観音はここで会えます
養老3(719)年に行基が開創、延暦16(797)年に空海の再興と伝えられる高野山真言宗派の寺。行基の手による千手観音像が岩屋に安置されたとも伝わるため、岩屋観音の別称も。寄棟造りの檜皮葺き本堂は、若狭最古の建造物で俗世を忘れる静寂に包まれています。
福井県小浜市野代28‐13 拝観時間9時~17時 拝観料400円
明通寺/霊木の気が感じられる薬師如来はここで会えます
征夷大将軍坂上田村麻呂の宿願により、大同年間(806~810年)に開創された寺。戦勝祈願ではなく蝦夷の魂を弔うため、天下泰平を願って堂塔を建立しました。ゆずり木を切り出し、薬師如来、降三世明王、深沙大将の3体を彫り安置。13世紀の再建であるものの、本堂と三重塔は秀逸な密教建築として国宝に指定されています。
福井県小浜市門前5‐21 拝観時間9時~17時 拝観料400円