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Culture

2023.08.01

子どもたちも夢中になる「日本画」を未来へ【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

学習院女子高等科には、芸術科目の選択で日本画の授業があった。日本画を選んだのは、ほとんど消去法。音楽も書道も工芸も気が進まず、日本画を勉強できる機会は他ではなかなかないのではないかと思って、日本画を選んだ。

それまで私は、日本画のことなど何も知らなかった。油絵や水彩画は描いたこともあったし、ゴッホやモネなど、西洋の画家の名前なども知っていたけれど、日本画は何を使って描くのかも、有名な画家の知識も全くなかった。

まるで宝石箱。心躍る日本画の授業

初めての授業の日、手にした絵の具のセットは見たことのないものだった。長方形の平たい箱を開けると、小さな長方形の型に入った色とりどりの絵の具が敷き詰められていた。宝石箱を開けたようにきらきらと輝いて見え、心が躍った。1年間の授業で、いろいろな作品を描いた。鳥獣戯画の模写をしたり、絹本(けんぽん)に紫陽花を描いたり、色紙に立ち雛を描いたりした。

日本画は、油絵や水彩画のように、絵の具をパレットにとって混ぜて色を作ることはしない。顔料を水で溶き、溶かした膠と混ぜて、色を少しずつ塗って乾かしては重ねて、自分の色を作っていく。絹本に描くときは、膠(にかわ)と明礬(みょうばん)を混ぜたドーサ液を塗って滲み止めをすること、絵の下地は、色がよく発色するように、貝殻を粉砕して作った胡粉(ごふん)を塗ること、下書きした絵を紙本や絹本の下に敷いて、面相筆を使って墨で転写することなど、すべてが新しい発見だった。残念ながら、画才がある方ではなかったけれど、知らないことを学ぶのがとても楽しかった。

『鳥獣戯画』(模本、部分)前田貫業模 明治19年(1886)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

学問における「美術」との出会い

3年後、日本画を同じクラスで選択していた友人が哲学科に進んだ。高等科では、原稿用紙30枚程度の卒業レポートを3年生のときに提出しなければならないのだが、彼女のテーマは中世の絵巻についてだった。当時史学科に進むことしか頭になかった私は、他の学科で何を学べるかということに、全く注意を払っていなかった。彼女のレポートのタイトルを見たときも、日本画の勉強を大学に行っても続けるんだなぁと見当違いのことを考えていた。大学に入ってようやく私は、哲学科の中に日本の絵画の歴史について勉強できる学問、「美術史」というジャンルがあることを知ったのである。

美術史について何も知らなかった私が、紆余曲折を経て、結局日本美術の研究者になったのだから、人生と言うのは不思議なものだと思う。とはいえ、私は日本の絵画を集めていた蒐集家の研究をしているので、純粋な美術史ではないし、しっかりと基礎を勉強したわけでもないので、美術史の研究者と言われるのには抵抗がある。「専攻は日本美術」と言うのは、このような理由があるからである。それでも、本当にたまたまではあったけれど、高等科のときに日本画を取っていたのは、思いもよらず役に立った。どのような工程で描かれたのか想像することは容易にできるし、たらし込みなどの技法がいかに難しいかは、身をもって知っている。どんな経験でも、人生の無駄になることはないなと思う。

『扇面散図』葛飾北斎 江戸時代・嘉永2年(1849)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

大英博物館でみた、日常に博物館がある生活

それでも、日本で日本画について子どもが学べる機会と言うのは、極めて限られていると思う。大英博物館にボランティアで勤務していたころ、世界各国の子どもたちが校外学習でやってきて、博物館のギャラリーに寝そべったり、座ったり、思い思いの姿勢で、お友達とおしゃべりをしながら、大きなスケッチブックに展示品の絵を描いている姿を見ているのが好きだった。大英博物館の入場料は無料。校外学習でなくても、週末などは家族連れも多いし、美大の学生やアーティストの卵らしき人が、日がな一日真剣なまなざしで作品を観察したり、写生したりしている姿をよく見かけた。私も、調査や論文執筆に行き詰まったときなどは、全然研究とは関係ないヨーロッパの時計のギャラリーやイスラムのギャラリーなどをうろうろしては、気分転換をしたものである。博物館に出かけると言うことが日常の中にあるという生活はいいものだなと思った。

日本では、美術館・博物館の入場料がそれなりの値段だというのもあるのだと思うが、子どもの姿はあまり見かけない。小さな子どもが騒ぐと注意されてしまったり、作品がガラスケースの中に入っているギャラリーでも、ペンの使用やスケッチが禁止されていたりするところが多い。子どもの頃に美術館・博物館で心に残る体験をしていなければ、大きくなっても美術館・博物館に行こうと言う発想がなかなか生まれてこなくなってしまう。日本でも、子どもたちが気軽に美術館・博物館に足を運び、日本の歴史や美術、文化に触れる機会を、もう少し増やせないものかと思う。

子どもたちに、日本画の経験を

心游舎では、日本画のワークショップを何度か開催したことがある。伊藤若冲の《鳥獣花木図屏風》のマス目を塗り絵の要領で塗り、小ぶりの屏風に仕立てるワークショップでは、子どもたちは、日本画の絵の具が鉱物を砕いてできていることに興味津々。同じ鉱物でも、粒子の粗さによって違う色になることにも、「おお~」と声をあげていた。絵皿に少量の顔料を取り、指を使って水となじませていく工程は大人気。「指で混ぜるのが気持ちいい」のだそう。子どもたちが協力し合って出来上がった合作の屏風は、青空によく映える元気な作品になった。

上下とも、心游舎 岩絵具ワークショップの様子 撮影:永田忠彦

岩絵の具に触れる経験は、子どもたちの心に残っただろうか。まずは、日本画を選択で取れる学校がもう少し増えればいいのに、と願っている。

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。
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