Culture

2023.09.22

横浜能楽堂・中締め特別公演は「日本舞踊」。 プロデューサーに聞く「日舞」の魅力

人気観光スポット「横浜みなとみらい21地区」に近い横浜能楽堂は、ユニークな企画公演で注目を集めてきました。開放的な街の印象とフィットした解説付きのリーズナブルな公演から、学術的な研究に基づいた公演など、独自の視点が光るものばかり。来年2024年から始まる大規模改修工事のために、約2年半の休館が決まっています。"中締め"の前に行われる日本舞踊の特別公演について、横浜能楽堂芸術監督の中村雅之さんにお話を聞きました。

優美な美しさと風格を感じる横浜能楽堂

横浜能楽堂は、建築史上、能楽史上大変貴重なもので、横浜市の文化財にも指定されています。能楽堂へ入った時に感じる柔らかさや優美な印象は、唯一無二のもの。「床はヒノキを使用していますが、能舞台としては珍しくモミが建築材として使われています。モミは柔らかい印象になります」と、中村さんが説明して下さいました。

本舞台は、元々は明治8(1975)年に東京・根岸の旧加賀藩主・前田斉泰(まえだなりやす)の隠居所の一角に建設されたものです。その後東京・染井に移築された後、解体され、部材として保管されていたものを平成8(1996)年に横浜市が復原して、「横浜能楽堂」の名称で建設しました。

「能の愛好家だった前田斉泰が、隠居所へ立てる能楽堂ということで、趣のある建物にしたのだと思います。柱も通常の3分の2の細さなんですよ。鏡板※1に梅が描かれているのも、この能舞台だけです」

通常鏡板に描かれるのは老松だけですが、白梅が入ることで、とても華やかに感じます。「梅とのバランスを考えて若い松の木にしたのでしょう。下の部分に描かれた根笹が全体を調和させています。日本全国に、屋外で保存されている古い能楽堂はありますが、長く公演を重ねてきたことで醸し出される風格が、この能楽堂にはあると思います」

※1 舞台正面奥にある羽目板。

大幅改修前に、意欲的な日本舞踊公演を開催

能・狂言を中心に、日本の伝統芸能を斬新な切り口で見せる公演をプロデュースしてきた中村さん。海外とのコラボレーションなども行い、能楽堂の可能性を広げてきました。「宴会の席の中締めのように、いったん休憩に入るということで、その前に開館から約30年の集大成となる公演をシリーズで行うことにしました」

2023年8月から12月まで「中締め特別公演」として全5回の公演を開催。3回目は、能・狂言とゆかりの日本舞踊公演です。

「横浜とゆかりがあり、日本舞踊界で第一線で活躍する藤間恵津子さんと水木佑歌さんには、今まで多数の公演に出演していただきました。今回、お二人に是非踊ってもらいたい演目を投げかけたような感じです。果たしてどうなるのか? 私も楽しみにしているんですよ」

二人の舞踊家の他にも、水木扇升(みずきせんしょう)が箏曲の大曲『熊野(ゆや)』に初めて振りを付けて踊り、藤間翔央(ふじましょうおう)は面を巧みに使い分ける『三つ面子守(みつめんこもり)』と多彩な内容です。

女性目線で描く『身替座禅(みがわりざぜん)』

水木佑歌が出演する『身替座禅』は、狂言「花子」を舞踊に移した曲で、歌舞伎の人気曲として知られています。常磐津(ときわず)※2と長唄※3の掛け合いも聴きどころですが、能舞台で繰り広げられる音の応酬は、迫力あるものになりそうです。

浮気者の大名・右京は、毎日のように文をくれる花子になんとかして会いたいと思いますが、屋敷には奥方・玉の井がいて、中々出かけられません。一計を案じて太郎冠者に頼んでなんとか出かけるのですが……。

「歌舞伎の玉の井はコメディタッチで描かれることが多いのですが、佑歌さんが演じる玉の井は、違ったものになると思います。日本舞踊ですので振り付けで表すのですが、女性舞踊家ならではの演出や工夫があると思います」

「身替座禅」奥方玉の井/水木佑歌 撮影:みやはらたかお

歌舞伎では、大名の右京が花道から登場するのが印象的ですが、今回は橋がかり※4が使われます。「右京役の花柳源九郎さんは爽やかな印象なので、さてどんな右京になるでしょうか。佑歌さんが女性目線で、女の怖さをどう表すのか、是非見てもらいたいですね」

※2 三味線音楽の一種。浄瑠璃を語る太夫と、三味線弾きで構成。 
※3 歌舞伎の伴奏として発展してきた音楽。三味線の他に大鼓・小鼓・太鼓・笛といった大人数の編成が特徴。
※4 本舞台の奥から向って左にのびる廊下のような演技空間。

老婆から鬼女に変貌する『綱館(つなやかた)』

藤間恵都子が出演する『綱館』は、能『羅生門』の後日談とも言える曲。激しい立ち回りと長唄の迫力ある演奏が魅力の演目です。

茨木童子が伯母に化けて渡辺綱の館を訪ねてきます。羅生門で切り取られた腕を取り返す目的でした。鬼の逆襲を恐れている綱は、家に籠もっていて門を開けません。しかし伯母(茨木童子)が嘆き悲しむ様子を見て、招き入れてしまい……。

「登場人物は綱と茨木童子だけで、2人の演者が四つに組む内容です。前半の老婆から鬼の正体を表す演じ分けを、恵都子さんなら表現してくれるだろうと思って依頼しました。ただこの演目は、藤間流にはないそうなので、今回、初めてのチャレンジになります」

「綱館」真柴実は茨木童子/藤間恵都子 撮影:宮原慶子

当日の舞台がどんな演出になるのか、楽しみになってきました。

チャレンジ精神で生み出される日舞の魅力を知って欲しい

「日本舞踊を生で見たことがない人は多いかもしれません。古典は難しいと思いがちですが、今回の演目は、どれもわかりやすい内容で、楽しめると思います。日本舞踊のトップを走る演者たちの踊りを、是非体験してもらいたいですね」。プロデューサーは投げかけるだけと話す中村さんの口ぶりからは、出演者への深い信頼が感じられます。

「企画を考えて演者に依頼すると、こんな感じになるのかなと予想しますが、良い意味で違っていることがあります。私の予想を超えた素晴らしい表現が見られると、プロデューサーとしてはやりがいがありますね。藤間恵津子さんも水木佑歌さんもチャレンジャーなので、期待しています」。横浜能楽堂の節目に行われる、新しい試みの公演を入り口に、日本舞踊の魅力に触れるのも良いかもしれませんね。

公演情報

横浜能楽堂「中締め」特別公演 第3回 「所縁の日本舞踊」
開催日:2023年10月29日(日)
時間:14時開演(13時半開場)
入場料:S席6000円 A席5000円 B席4000円

箏曲「熊野」水木扇升
常磐津「三つ面子守」藤間翔央
常磐津・長唄「身替座禅」水木佑歌、花柳源九郎 他
長唄「綱館」藤間恵都子、花柳基

■お問い合わせ・申し込み:横浜能楽堂公式ウェブサイト
https://yokohama-nohgakudou.org/schedule/?p=5238

中村雅之プロフィール

昭和34(1959)年北海道生まれ。法政大学大学院修士課程修了。横浜能楽堂芸術監督・明治大学大学院兼任講師。『英訳付き1冊でわかる日本の古典芸能』『日本の伝統芸能を楽しむ能・狂言』『これで眠くならない!能の名曲60選』など著書多数。

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瓦谷登貴子

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。
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