前編:禅と和装からひもとく日本の美意識
中編:無常が「美」を生む。禅に探る美装の源泉
和装の美は調和の中にある
仁美:私は、着物の美は「調和」の中にあると思っています。着物だけで着物の美は成立するものではなくて、着る人はもちろん、その場所や季節、一緒にいる人、器なども関係してくるかもしれないし、そうしたものと共鳴し合う、調和する中に美しさがあるのではと思っています。
お洋服でも同じですが、お着物は特に一つひとつを選ぶときに、自分がどういう立場で、どういうふうに今日を過ごしたいとか、会う人にどういうギフトを送りたいかとか。いろいろ考えるものです。小物選びまで含めて、想いをこめるその姿勢こそ美しいと感じます。
東凌:やっぱり着ることで、姿勢と顔つき、言葉づかいまで変わりますよね。これはまったく僕個人の感覚なのですが、僕は昔から、同じ相手と会うのに前回と同じ服を着ていくのは”罪”だと思っていて、その人とどんな会話をしたかは覚えていなくても、自分が着ていった服は覚えているんです。
仁美:私もそれは気をつけています。朝に息子を送って、そのまま打ち合わせに行くことがあるんですが、そういうときはベースは色無地でシンプルにしておくんです。帯は場所によって変えるので、二重太鼓や一重太鼓を持っていって着替えができるスペースで着替えて、ホテルで初めて会う方には二重太鼓で連続文様のお柄などにして「ご縁がつながるように」という思いを込めたりしています。衣装を変えることで、気持ちの切り替えができるんです。
そういうふうに着物を選んだりする中で、前回話したことを自然に振り返ることができるし、そうやって準備して迎えられるところが、いいなと思って続けています。
満開の桜が引き立つ着物とは
——衣装への細かな心配りのベースをお持ちなのですね。着物や袈裟などに限らず、普段からファッションにこだわっておられる東凌さんはどのようなことを考えて服選びをしているのですか。
東凌:個性を表現することにも美はあると思うのですが、「没個性の美」もあると思うんですね。服装の中に自分を埋没させてしまうことで誰でもないアノニマスになるというか。それが逆に「かっこいい」という捉え方もできると思うんです。
自分が好きな服と似合う服がどっちなのという天秤があると思いますが、個性を極限まで引き算すると、フィジカルなシルエットが立ち上がってくると思うんです。僕はいまはお坊さんにも見えるシルエットで洋服を着ています。時々私服を見た人から「これってお坊さんの服を仕立てたものですか?」と聞かれることがあるんですが、イッセイミヤケの既製服だったりもします。
あと、最近のファッション業界はアートピースと既製服の差が結構縮まってきているようにも感じますね。
仁美:私はお着物姿をより美しくみせるには、「自分」は極力控えた方がいいと思っています。自分が目立とうとすると浮いてしまうことがあるんですよね。たとえば、桜が満開のところに桜満開の着物を着ていっても、自然の美しさにはかなわないですよね。「満開の桜が引き立つには、自分の着物はどうあればいいのか」と考えると、少し引いて、自分は景色になるという方向性で引き算してコーディネートするほうが調和して美しいと思います。
「装い」とはどのような行為なのか
——美しい装いとはどのようなものだと思いますか。
東凌:「美しい」という言葉の意味よりも、むしろ「装う」という言葉をもっと考えたほうがいいと思うんですね。装うということは、自分を一段上のステージに見せるという意味合いも込められるし、あるいは自分の生きる方向性や価値観、精神性を毎日の中に取り込むという行為でもあるわけで。「着る」という文化を前向きに捉えていくことが大切だということです。
そして、「選ぶ」という行為に自覚的であるべきだと思います。それは、たくさんの選択肢を持つべきだといいたいわけではありません。ありあまるほどの選択肢の中からどれでも選ぶことができることが「自由」というわけではないと思うんです。たくさんの選択肢の中から無意識的にいつもの組み合わせを選んでしまう、あるいは選べないということはなんとなく不幸だと思うんですよね。
むしろ周りから見れば選択肢が少ないように思えても、「自分はこれを選ぶのだ」と選べる人のほうが、「選ぶ自由」を謳歌していると思うし幸福だと思います。それは服装だけでなく、さまざまなことに言えることだと思います。
仁美:私の好きな言葉に「薫習(くんじゅう)」というのがあります。香りが衣に移っていつまでも残るように、自らの行為が心に習慣となって残るという意味です。私自身、人生に迷っていたころいろいろなことをやってみたけれど変われなくて、そのことに悩んだときに着るものを変えました。そこから人生が大きく変わったんです。着物を着たことで、新しい習慣が生まれた。着るものは人生を変える可能性があるということだと思います。
どのようなものであれ、「着るもの選ぶ」という行為と、自由や幸せという要素は、私たちが感じるよりも近しい関係にあるのだろうと思います。
(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)
Profile 伊藤仁美
着物家/株式会社enso代表
「日本の美意識と未来へ」を掲げ、着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいく事をテーマに『enso』を主宰。祇園の禅寺に生まれ、和の空間に囲まれて育つ。祖父の法要で色とりどりの衣を纏った僧侶がお経を唱える美しい姿に出逢い、着物の世界へ進む。着付け師範、一般着付けから芸舞妓の技術まで習得。
講演や連載、イベント出演他、国内外の企業やブランド、アーティストとのコラボレーションや監修も多数、海外メディアにも掲載。着物の研究を通して着物の可能性を追求し続けるなか、自身の理想を形にすべく、オリジナルプロダクト「ensowabi」を立ち上げる。
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和を装い、日々を纏う。
Profile 伊藤東凌
1980年生まれ。建仁寺派専門道場にて修行後、15年にわたり両足院で坐禅指導を担当。アートを中心に領域の壁を超え、現代と伝統をつなぐ試みを続けている。アメリカFacebook本社での禅セミナーの開催やフランス、ドイツ、デンマークでの禅指導など、インターナショナルな活動も。2020年4月グローバルメディテーションコミュニティ「雲是」、7月には禅を暮らしに取り入れるアプリ「InTrip」をリリース。海外企業の「Well being Mentor」や国内企業のエグゼクティブコーチングを複数担当する。ホテルの空間デザイン、アパレルブランド、モビリティなどの監修も多数。著書『月曜瞑想〜頭と心がどんどん軽くなる 週始めの新習慣〜』。京都・両足院副住職。株式会社InTrip代表取締役僧侶。