「染め屋」の伝統とこだわり
——お二人はもともとお知り合いだったそうですね。
伊藤仁美(以下、伊藤) 以前、ある着物のイベントの際に私がお声がけさせていただきました。そのとき廣瀬さんといろいろお話しして、「一度工房に遊びに来てください」とおっしゃっていただいて。
廣瀬雄一(以下、廣瀬) あのとき伊藤さんはイベント内でトークショーをされていましたね。僕はイベントや展示会のような場が苦手なのですが、問屋さんに連れられて行った場所でした。
伊藤 江戸小紋の着物は私もいくつか持っているのですが、さすがに今日ははばかられて(笑)、別の着物にさせてもらいました。
廣瀬 そんな! ぜひ見せていただきたかったです!
——伊藤さんは江戸小紋の工房をご覧になったのは今回が初めてですか。
伊藤 実は以前にも少しだけお伺いしたいことはあるんですが、作業場を拝見したのは今回が初めてです。先ほど一通りご案内いただいて、本当に細かなお仕事だとあらためて思いました。
そういえば広瀬さん、先程見せていただいた染料の糊ですが、あの原料は何からできているんですか?
廣瀬 もち米と米ぬかですね(写真下)。江戸小紋の制作において、江戸時代から唯一変わったのは染料だけなんです。いまは化学染料を使いますが、昔は藍染に入れて染めていました。化学染料になって糊でのしごきが入ったことで、柄はより細かくなりました。
染料を乗せた後は、発色と定着のために蒸していきます。温度や蒸気を調整しながら蒸すのですが、外気の温度や湿度によっても変化するので難しい工程なんです。蒸し箱は船大工に調整してもらっていて、だいたい15年で木が腐ってくるので作り変えています。色は染屋として一番こだわる部分なので、蒸し箱は特に大事ですね。
時代を超越する技術
伊藤 色はどのように合わせているのですか。
廣瀬 うちでは、15種類の染料を調味料のように少しずつ合わせて調整しています。糊は継ぎ足しで使っているのですが、よくうなぎのタレを「うちは代々継ぎ足しています」っていうお店があるじゃないですか。
伊藤 ありますね!
廣瀬 タレが継ぎ足され続けて深みを増していくように、染料も単純な組み合わせより、少しずつさまざまな色を混ぜていくほうが、色に深みが出てくるように思うんです。その分、簡単に再現できないというか、まったく同じ色で大量に作ることはできないというデメリットもでてくるのですが。
伊藤 なるほど。化学染料以外はすべて江戸時代と変わらない製法なんですね。
廣瀬 はい。糊自体も食べられますよ。だから夏なんかはすぐに腐ってしまうのでその日使う分だけを混ぜたり、昔からもったいないことのないように大事に使われてきました。そうしたところもうちの工場のイズムのように思います。
さっき、うちの「型部屋」をご覧いただきましたよね。
伊藤 はい。江戸小紋の型紙が本当にたくさんありました(写真下)。
廣瀬 あれもすべて江戸時代後期から代々受け継いできたものです。その後、洋装が一般化して江戸小紋は下火になるのですが、うちの先々代は、戦後の高度経済成長期に江戸小紋の技術でネクタイを染め始めたんです。戦後に染料が品不足になることを見越して、戦時中に集められるだけの染料を集めて、それをネクタイの染めに使ったのだそうで、その時の型紙なども残っています。
伊藤 ネクタイの染めの見本帖もたくさん残っていますよね。見せていただいたんですが、全然古い感じがしなくて、むしろ現代的な柄や色使いだなと感じるものも多くあって驚きました。
廣瀬 結局のところ、時代に合わせて柔軟な対応をしてきたんですよね。いま僕は江戸小紋の技術でショールを染めたりもしているのですが、それはうちの工房に伝わる柔軟さを見倣っている部分でもあるんです。江戸小紋の技術を発揮しつつ、いまの時代に見合ったものを生み出すことは、とても大事だろうと思っています。
人間業とは思えない緻密さ
伊藤 型紙は型紙専門の職人さんがいらっしゃるんですか。
廣瀬 そうですね。伊勢型紙といって、型紙自体が伝統工芸品に指定されています。特に毛万筋(けまんすじ)やものすごく緻密な縞模様は、児玉博さんという人間国宝になられた職人さんしか彫ることができなかったといわれています。普通の人間は真っすぐな直線を厳密には引けないそうですが、児玉さんは群を抜く名人でした。
伊藤 たしかに、人間業とは思えないほどの縞の細さと柄の緻密さですね…。
廣瀬 コロナ禍で時間ができてしまったとき、この工房にある江戸時代からの型紙を2カ月かけて全部見直したことがありました。そのとき気づいたのは昔の型紙にはものすごくエネルギーがあるということ。タッチが強いというんですかね。それは、職人が食べるために必死で彫ったような、必死さというか情熱が感じられます。
一日たりとも「同じ自分」はいない
伊藤 先ほど作業の様子を少し見せていただいたのですが、体力をかなりつかう重労働だということがよくわかりました。同時に、手元が狂ったりしないように、体を安定させつつ、きっと心も安定して心身ともに健康でないと続けていけないのではと感じました。心と体を一定に保つためにご自身が日々気をつけていることはありますか?
廣瀬 毎日淡々と、リズムよく1週間を過ごしていくことがすごく大事だなと思いますね。職人といえども一日中ずっと集中して作業できるわけではないので、その集中力をどのように配分するかというのも考えます。リズムよく毎日を回せるかどうかが、かなり作品にも影響する気がします。
伊藤 なるほど。そういう意味で言えば、私の場合は、着物を着るということが自分を一定に保つことにつながっている気がします。自分自身の心は日々いろいろと揺らいでいても、着物は形が一つですよね。だから、着た瞬間に自分の揺らぎが分かるんです。同じ位置に紐をして帯をするから、「今日ちょっと緊張してるな」とか「肩に力入ってるな」というように、自分の心の状態を知ることができるように思います。
廣瀬 おもしろいですね。
伊藤 なので、外に出る前に自分と向き合って、その時間に整えて、着物を通して自分の内側と外の環境をつないでいく感じなんです。
廣瀬 人それぞれに軸があって、でも心と体を一定にするという意味では同じなんでしょうね。毎日同じ動作をすることによって、今の自分を知ることができるのでしょう。
伊藤 一日たりと同じ自分はいないんだと、そう教わっている感じがします。
(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)
【中編に続きます】
Profile 伊藤仁美
着物家/株式会社enso代表
京都祇園の禅寺に生まれ、着付け師範、芸舞妓の着付け技術まで持つ。「日本の美意識と未来へ」をテーマに「enso」を主宰。講演やメディア出演他、オリジナルプロダクト「ensowab」や国内外問わず様々なコラボレーションを通して、着物の可能性を追求し続けている。着物を日常着として暮らす一児の母。
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和を装い、日々を纏う。
Profile 廣瀬雄一
江戸小紋染職人/「廣瀬染工場」四代目
1978年、東京都生まれ。10歳から始めたウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手として活躍。大学卒業後、家業の「染め物」という日本の伝統文化で、海外に挑戦する夢を抱く。江戸小紋を世界中に発信するビジョンを実現すべく、日本橋三越などで作品を販売しているほか、フランスのデザイナーとコラボレーションした作品「パリ小紋」など新しいジャンルの開拓や、ストールブランド「comment?」立ち上げなど意欲的に活動している。