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ドレスダウンしたオフィサーコートの佇まい
和樂web編集長・鈴木 深(以下編集長):このコートは、オフィサーコートですか?
竹本織太夫(以下織太夫):はい。U.S.ARMY OVER COAT`TYPE1´アーミーの将校(オフィサー)が着る通称オフィサーコートです。
編集長:かっこいいですね、すごく状態がいい。
織太夫:大きめのフードは着脱可能で、すっきりと着たいときは外してトレンチコート感覚で着ています。
編集長:ほんとだ。珍しいですね。
織太夫:だいたいこの40年代のアメリカ陸軍のオーバーコートの古着だと、このフードが残っているのは珍しいですね。
織太夫:ミリタリーってアップデートするときに無駄なものを排除するじゃないですか。このオフィサーコートは表側にボタン6個あるんですけど、内側にはボタンがない、そうすると着ている時に合わさっている生地が身体が持っていかれて中で生地がたまるので…。内側にも特注の水牛ボタンを2個つけてもらいました。あと…この生地の表地は細かい糸を高密度で織り上げたウェザークロスで水分が染み込みにくい素材で、軍用コートは重量のあるものが多い中、軽量で織り目が細かく生地が非常に丈夫に作られているのです。仕事がら着物や肩衣や袴をパールトーン加工することが多く、代理店契約していただいているので、このオフィサーコートも撥水加工してもらっています(笑)。
編集長:サイズがぴったりですね。サイズ直しはされましたか?
織太夫:いえ、直してないです。
編集長:そうなんですか? ここまで状態のいいヴィンテージアイテムが、サイズまでピッタリとは、まさしく素晴らしい出会いですね。肩のラインも見事にフィットしています。
編集長:かっちりとしたスーツにトレンチコートを合わせる紳士はよくいますよね。トレンチも、元々は塹壕(ざんごう=トレンチ)の中で着ていたので軍ものコートな訳ですが。でも、オフィサーコートを持ってくるところは、やはり織太夫さん流ですね。そしてこのマフラーはさりげなく上品に見えて実は極細! ベーシックでありながら華があります。この上級コーディネートは、一般の人には中々わからないでしょうね。
あれ、見る角度で色が変わる!?ソラーロスーツ
編集長:ソラーロスーツは、光の当たり方によって色が変わりますが、これはまた独特の風情ですね。
織太夫:見てください、これ裏生地が見えてるんですよ。
編集長:あ、ほんとだ。オレンジっぽい赤ですね。
織太夫:赤と緑とカーキ色と、ソラーロって玉虫色のことなので、見え方が違って面白いんですよ。
織太夫:イギリス人の4着目は、このソラーロスーツだと私は教えていただきました。私の場合はネイビー、グレーフランネル、チョークストライプの後はこれだとマリオペコラの佐藤さんが作ってくれました。
編集長:ウールですよね?
織太夫:はい、ウールです。
編集長:ソラーロスーツって、コットンで作る人も多いですが、ウールだとやっぱり独特の繊細なハリ感がありますよね。
編集長:このシャツは、微妙に薄いブルーですか?
織太夫:スカイブルーですね。家にはスカイブルーのシャツが4種類あって…。
編集長:4枚もあるスカイブルーシャツの中で、このシャツの立ち位置は?
織太夫:多分、下から2番目の薄さの色。これ、他の人に言ってもわからないですけど(笑)。
編集長:ソラーロとシックなネクタイをつなぐのが、この微妙なブルーっていうのがとても重要ですよね。ここで白シャツを選ぶと、途端に全く違うものになってしまう。
織太夫:白シャツとシャンブレーシャツを一緒に洗ってしまった時に、シャンブレーのブルーがうっすらと白地に移った色って、説明しています(笑)。
えっ!?ネクタイの柄は、定紋と関連?
編集長:このネクタイの色も渋いですね、グレーというか、鉄紺色のような黒に近い。
織太夫:これ、何色っていうんでしょう。
編集長:2020年3月、イタリアファッション界の大物、フランコ・ミヌッチさんが86歳で逝去されましたね。ミヌッチさんはフィレンッェという街を象徴するような洋品店 TIE YOURE TIE(タイユアタイ)を創設した人です。織太夫さんが今日セレクトしたタイは、そのミヌッチさんがパートナーとして活躍した加賀健二さんのネックウェアブランド Atto Vannucci(アットヴァンヌッチ)に作らせたオリジナルのタイですね。
織太夫:ペコラの佐藤さんは、日本には1本だけのタイだとおっしゃっていました。
織太夫:今日このタイにしたのは、竹本織太夫の定紋(じょうもん)「抱き柏に隅立て四つ目」と似ていたからなんです。抱き柏の真ん中にある隅立て四つ目は、一つ目が四つで四つ目ですが、このタイの一つ目散らしも隅立てになっているところが気に入って取材日の前日に購入しました。
今回もあります! 編集長の熱血解説!
はい、これまでのやりとりでも、ソラーロスーツの着こなしについてだいぶ語ってきましたが、まだまだここから始まります! 恒例の「編集長の勝手にファッション解説」!
ファッション解説・鈴木 深
今回の織太夫さんのスーツの着こなしは、前も後ろも頭からつま先まで一分の隙も無い「どっからでもかかってこい!」スタイルです。
何がスゴイって、サイジングから配色から素材感の見せ方から意外性アイテムの投入にいたるまで…今日の太夫の着こなしは隙がない! 本当~にない! 1ミリもない!
言うならば食うか食われるかの武者修行を生きがいとする「無口な(←ここ重要)剣豪」もしくは「荒野の素浪人」な風情。もはや達人とか猛者とかいうレベルをとっくに超えてます。
ポイントは今回も「遠目に見ると、ごく普通」ということです。
一見、ベージュっぽいスーツにカーキっぽいコートをはおった普通のオッサン(オリさん)のようでありながら、油断して近づいてみると意外や意外! スーツの仕立てのよさと上質な素材感にまず驚かされ、さりげなくはおった貴重なヴィンテージコートのレアさに目を見張らされ、ほんのり淡いブルーなシャツで全体をまとめた絶妙配色にとどめを刺され、すれ違った瞬間、気がついたらこちらはすでに絶命している…いや~、恐ろしいですね。
派手な色やら巨大なロゴやらモード感をやたらとアピールする、よく吠える野良犬のような輩とは全く違う、静かで(=無口で)いながら一撃必殺の武器を全身に忍ばせる、大変危険な殺人者です。
では、殺傷能力の高い着こなしをひとつずつ(勝手に)解説していきましょう。
もちろんここから長くなりますので、時間の無い方はいつも通り読み飛ばしてください。
まずはソラーロ(玉虫色)のウールスーツです。20年前に「ペコラ銀座」で誂えたこちらのスーツは、独特の細やかな表情の色合いが魅力。光の当たり具合によって、オリ(織)ーブカラーの中に朱色の艶っぽい表情がチラ見えします。コレは先述したオレンジっぽい裏地がなせるワザ。鮮やかな朱色を目立たないようにそっと内側に潜ませているのは、着ている太夫のみ知ることですが、見る人が見れば「なんだか艶っぽい、迫力を宿すスーツだな~」と感じるわけです。
そしてこのスーツ、仕立ての良さがハンパじゃありません。
ふっくら上品な円みをたたえるジャケットのラペル(襟)のエッジに施されたステッチを見てください。もう襟のきわのきわのさらにきわ、まさしく1ミリもないスペースにていねいに縫われたハンドステッチの見事さに脱帽!です。そして船の形を思わせるバルカポケットや、全体の少しだけゆとりを感じさせるシルエットは、ナポリ風の仕立てを思わせます。
これでパンツもゆったりとナポリ風、というのはよくある話。ところが!われらが太夫は当然ながら(笑)一筋縄ではいきません。あえてパンツはほっそりしたミラノ風シルエットに仕立て、ルールやセオリーを真っ向から無視、そもそもそんなものを守る気なんて、さらさらありません。
そしてさらに!あわせたクラシカルなAtto Vannucci(アットヴァンヌッチ)のネクタイは、セブンフォード社の極上のセッテピエゲ(7つ折り)をセレクト。つまり太夫は、このオーセンティックな着こなしの中で、ナポリとミラノとフィレンツェの掟破りのスタイルミックスを行っているわけです!
そして次は、スーツにはおったUSアーミーのオフィサーコートです。太夫の大好物、ヴィンテージの軍ものアイテムの中でも、掘り出し物はなかなかお目にかかれません。まずは打ち込みのしっかりしたコットンギャバ素材の風格にやられます。しかもフーデッドがついている逸品はめったに市場に出回りません。それがなんと、サイズが太夫にぴったりというのも驚きです!
これはもう「出会い」と言うしかありません。さすが太夫、持ってますね~。ベルトを前で結ばずに後ろでとめて細めに着るのも「慣れてる」風情です。
さらにシャツです。こちらは太夫のシャツを長年手がけているミラネーゼのマンデッリおばちゃまによる、世界で一点のビスポークシャツです。マンデッリおばちゃまの卓越したメジャーリングとシャツを知り尽くした端正な仕立てワザは絶品で、ふっくらと立ち上がるシャツ襟の仕上がりは芸術の域。太夫の首元にすいつくようになじんでいます。繊細な淡いブルーのシャツに漂うやわらかな佇まいとキリリと締めあげたタイのノットは相性バツグンで、「一分の隙も無い」イメージはこのVゾーンによって作られている、と言っても過言ではありません。
ちなみにここで間違って白シャツなんぞをあわせてしまうと、とたんに着こなしが地味な印象に転びます。全体の配色がこの上なく洗練されているのは、この淡いブルーシャツの功績なんです!
そしてさらに、コートの首元にさりげなくチラ見せしているマフラーがヤバイです。こちらはアクアスキュータムのクラシカルなマフラー、と言いたいところが、実はデザインはとんでもないほど極細!
おそらく二つ折りにして15cmほどの細幅で長さも極端なショート丈。これでは結ぶことも巻くこともできません。やわらかいウールのクラシカルな織り柄でありながら、存在自体はまるでどう扱ってよいか分からない不良少年といったところです。普通の紳士たちには手に負えないこの代物を、太夫はこともなげにポンと首にかけ、上にコートをサラリとはおって涼しい顔で見事に手なずけています。
ちなみにこの不良少年マフラーは、太夫がこよなく愛するピザの名店「ベッラナポリ」の名物ピザ職人池田哲也氏(知る人ぞ知る元三越の敏腕バイヤーであり服飾評論家)からのいただきもの。池田哲也氏に敬意を表して常にスーツを着て来店する太夫の姿に感激した池田氏が、ご自身の愛用するマフラーをプレゼントされたそうです。
まだまだ、靴もバッグもソックスも語りつくしたいところですが、さすがに長くなったので、今日はこのへんでよしとさせていただきます。
太夫セレクトのアイテムが、実は一点一点いかにヤバく、いかに殺傷能力が高いのか、ご理解いただけたかと思います。
ただ問題は、これだけ凝りに凝った超ハイレベルな太夫の着こなしを、ちゃんとわかってくれる御仁が世の中にはほとんど存在しないこと。
でもイイんです! わかってくれとは言いません! 「どうせ誰もわからないでしょ」という上から目線のあきらめと「わかられてたまるか!」というねじまがった反骨心と「ハイブロウな俺ってホント最高」というナルシズムが複雑に絡み合った美意識で、今日も太夫は孤独な修羅の道を、静かにまっすぐ突き進んでいきます。
もちろんうかつに近寄ってはいけません。怪我をします。
なにせ無口な剣豪ですので。
文・構成/ 瓦谷登貴子 撮影/ 篠原宏明
取材協力/株式会社 虎屋