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Culture

2025.09.01

「いざよふ月」のかわいらしさ。不完全なかたちに見出す美【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

 先日、友人が興奮した表情で「三日目の月のことしか三日月って言わないって知ってました?」と聞いてきた。仕事の帰り道、同僚に「きれいな三日月出てるな~」と言ったら、「今日は三日目じゃないから、三日月じゃないですよ」と言われて、「え!そうなん?」とびっくりしたらしい。残念ながら知っていたので、遠慮気味に「知ってました」と言うと、「なんや、そうなんすね~」とがっかりした顔をされた。でも、そのとき気付いた。月の名前が一日ずつ違うのは、日本くらいなのではないかと。

 英語で三日月は、crescent moonと言う。ラテン語で「成長する、増大する」を意味するcrescereが語源である。確かに、三日月は成長していく途中という感じがするので、言い得て妙だなと思う。ちなみに、音楽用語の「だんだん強く」を意味するcrescendo、三日月型のパンのcroissant、英語で「増加する」を意味するincreaseも同じ語源である。

 でも、英語で月の表現と言えば、new moon(新月)、full moon(新月)、crescent moon、first quarter moon(上弦の月)、last quarter moon(下弦の月)、gibbous moon(半月と満月の間の月)くらいで、日本語のように十三夜、十五夜などと一日ごとに違う呼び方があるわけではない。古くから日本人は、日ごとに変わる月を大切に愛でてきたことがよくわかる。最近知人に「お月様と敬称をつけるのも日本らしいですよね」と言われてはっとしたのだけれど、月はやはり日本人にとって尊敬と崇拝の対象であったということなのだろう。

歌川広重「月二拾八景之内・弓張月」シカゴ美術館

大晦日にそばを食べる理由

 明治5(1872)年12月2日、太陽の動きを元にした太陽暦が導入されるまで、日本人は月の満ち欠けを元にした暦を使っていた。新月は朔の日。月の第一の日で、「朔日(ついたち)」という言葉は、「月立(つきたち)」が変化したと言われている。満月は十五夜。15日目の月の日である。月の最後の日は、晦(つごもり/みそか)。月がこもり、隠れるという「月隠り(つきごもり)」に由来する言葉である。江戸時代には、細く長くという縁起を担ぎ、月末に古いものを祓い清めて新しい月を迎えるという意味を込め、ひと月を無事に過ごした心祝いとして、晦日に蕎麦を食べる習慣が生まれたという。これを「晦日蕎麦(みそかそば)」と言い、大晦日に年越し蕎麦を食べる文化として今に残っている。月の満ち欠けが、日本人の生活の中でとても重要な役割を果たしていることがうかがえる。

 明治に入ってからは、晦日と言う言葉も徐々に使われなくなっていき、晦日蕎麦の習慣も廃れていくことになったが、1941(昭和16)年1月31日、大宮御所での映画会にお招きを受け、初めて三笠宮殿下とご対面された三笠宮妃殿下は、貞明皇后が「今日は晦日なのでお蕎麦を」と仰って、お蕎麦を召し上がったことを御記憶になっている。(ちなみに、これは貞明皇后がセッティングされた「お見合い」だったわけだが、妃殿下は結婚される前にご挨拶に行かれるお姉様のお供でついて行っただけと思っておられたそうだ)仕事などに追われ、曜日や月の感覚もなくなりがちになってしまう現代だけれど、ひと月無事に過ごせたことを感謝する機会を設けるというのは、とても大切なことのように感じている。

 私は、月の中でも「十六夜(いざよい)」という言葉がとても好きである。いざよいとは、ためらうを意味する「いざよふ」からきた言葉。十五夜よりも出るまでに時間がかかることから、月がためらっているように見えるからだという。「出ようかな、もう少し待った方がいいかな」ともじもじしている月。想像すると、なんだかとてもかわいらしいではないか。十三夜もそうだけれど、完璧な円ではない少し欠けた月の姿に美を見出すところも、とても日本らしいと思う。

 その後は、今か今かと立って待つ十七夜の「立待月」、出るまで時間がかかるので座って待つ十八夜の「居待月」、なかなか出ないので寝て待つ「寝待月」、夜更けまで待たなければならない二十夜の「更待月」と続いていく。今のように電気が暗闇を照らしてくれる時代ではなかった当時、月の明かりは彼らにとって生命線のように大切な光だったのだろう。

月岡芳年「藤原保昌月下弄笛図」シカゴ美術館

ネイティブアメリカンの文化にも通じるもの

 日本のように一日ごとの月に名前はないけれど、ネイティブアメリカンの人たちは満月に毎月異なる名前を付けていた。狼の遠吠えがよく響く1月のWolf Moon、雪の多い2月のSnow Moon、土の中の虫が動き出す3月のWorm Moon、ピンク色のキョウチクトウや芝桜などが咲く4月のPink Moon、様々な花が咲き乱れる5月のFlower Moon、イチゴの収穫時期である6月のStrawberry Moon、牡鹿の角が生えてくる7月のBuck Moon、チョウザメ漁が行われる8月のSturgeon Moon、農作物の収穫時期である9月のHarvest Moon、冬に備えた狩猟の時期である10月のHunter’s Moon、ビーバーが冬支度を始める11月のBeaver Moon、寒さが厳しくなる12月のCold Moon。

 ネイティブアメリカンの生活が農耕や狩猟の暦と密接なかかわりがあり、季節の移り変わりをひと月ごとに違う満月の名前で感じていたことがよくわかる。雪や虫、牡鹿など、日本と共通するものもあるけれど、頭に浮かぶ景色は不思議に日本のものとは違って見える。ビーバーやチョウザメ、ハンターなど、日本人の生活では身近にないものもあり、やはり言葉と言うのは文化を色濃く反映するのだということを実感する。

 一日ごとに姿を変える月と共に生きた日本人と、一ヶ月ごとに現れる満月に時の流れを映していたネイティブアメリカン。住んでいる場所も言葉も文化も違うけれど、月の満ち欠けに神秘を感じ、大切に思う気持ちは、離れていても同じだったに違いない。

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。

アイキャッチ画像:歌川広重「木曽海道六拾九次之内 洗馬」シカゴ美術館
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彬子女王殿下が「日本の美を巡る旅」「最後の職人との出会い」を綴ったエッセイ集『日本美のこころ』。12月6日より発売中

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