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Art

2025.10.06

水墨画で鶏を描く| 若冲から感じる“気韻生動”の美

油絵のように絵の具を重ねて線を消すことはできない──。 水墨画では、筆を走らせた一瞬が、そのまま作品に刻まれます。 このシリーズでは、水墨画家・鮫島圭代の手元を写した、ライブ・パフォーマンスさながらの映像をお届けします。 迷いのない素早い筆運び、墨と水が織り成す滲みや掠れ。 そのとき限りの意図と自然から生まれる “墨の表情”を、ぜひご覧ください。

「鶏」

※絵の中央の▷を押すと動画が再生されます。
※音楽が再生されるため、音量にご注意下さい。

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)風の鶏を描いた。ポイントは、なんといっても勢いよく伸びやかな尾羽だ。

筆に濃い墨をつける。墨をつけすぎると、和紙の上で滲んで広がってしまうので、ほどよい量を。

そして邪念を持たず、心を程よく空っぽにして、筆を動かす。動かすというより、動かされているような感じに近い。どこでどう筆を曲げようとか、こういう曲線にしようとか考えると上手くいかない。作為的になってしまうのだ。そうではなく、筆が行きたいところに、動かされるような感覚だ。

そうして一本の線ができる。

あとでまったく同じ形の線を引こうとしても、二度とできない。なぜなら、まったく同じ量の墨をつけ、同じ筆圧で、筆を動かす速さ、方向、角度も同じ…と、すべての要素を再現することは不可能だから。

油絵との決定的な違い

油絵は、絵の具を塗ったあとでも、それが乾けば、塗り重ねたり、剝ぎ取ったりできる。そうすれば、前に描いた線をいわば消すことができるのだ。日本画の岩絵具も、厚手の和紙に描いたあと、描き直すために洗い流すことができる。

でも水墨画は、それができない。一本一本の線が、取り返しのつかない一発勝負なのだ。それが、水墨画の歯がゆさだが、水墨画だけが生み出す美しさの源泉でもある。

そうした美しい線は、描く人の気持ちが整っていないと生まれない。

絵が放つ“気韻生動”

「気韻生動(きいんせいどう)」という言葉に、耳なじみのあるかたもいるかもしれない。

この言葉は、古代中国、南斉(479-502年)の謝赫(しゃかく)が記した、絵画表現において大切な6つの規範「画の六法」の一つだ。「気」とは、万物を成り立たせている根源的なエネルギーのことであり、「気韻生動」とは、絵にも「気」が生き生きと感じられねばならない、という教えである。

絵にはおのずと、画家が持つ「気」が表現されるのだ。高い精神性からは清らかな線が生まれ、自由な心境からはのびやかな線が生まれる。単に形を写し取るのではなく、そうした形を超えた表現こそが、水墨画の魅力である。

鮫島圭代 《鶏》 2025年

若冲の精神性を想像する

伊藤若冲は鶏の絵の名手だ。尾羽の勢いの鮮やかさは、一度見たら忘れがたい。あなたはどんな精神性を感じるだろうか。

若冲は禅宗に傾倒し、非常に信心深かった。ある時、雀が売られているのを見て、焼き鳥にされてはかわいそうだと、数十羽を買い取って家の庭に放したと伝わるほどだ。30幅におよぶ細密極まる花鳥画の連作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」を約10年かけて描き、「釈迦三尊像」3幅とともに、京都の相国寺(しょうこくじ)に寄進した。

庭に数十羽の鶏を飼ってスケッチした話も有名だ。とはいえ描いた鶏は、単なる見た目の再現ではない。若冲の頭のなかには、鶏の姿や動きが完璧にインプットされていた。だからこそ、羽毛や色合い、迫力あるポーズなど自在に誇張し、自らの精神性を土台に、鶏の生命力を本質から捉えることができたのだろう。

さあ、まだ涼しい早朝に窓を開け、好きな音楽を聴きながら墨をすり、心を平らかに筆をとろう。

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鮫島圭代

美術ライター、翻訳家、水墨画家。学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展、美術書、雑誌・Web記事の執筆・翻訳を手がける。著書に「正解のない絵画図鑑」(幻冬舎)、「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)、「男性のいない美術史 女性芸術家たちが描くもうひとつの物語」(PIE International)ほか多数。https://www.tamayosamejima.com/
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和樂web編集部

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