お茶のある未来は、当たり前じゃないかもしれない
子どもが先日、校外学習で静岡に行ってきました。帰ってきて、こう言うのです。
「日本茶って今、ピンチなんだって」
なんでもコーヒーや清涼飲料水など様々な飲み物の選択肢が増えたことで、茶葉の消費が落ち込む一方なのだとか。
これまで当たり前のように飲んできたから、ピンチと言われても最初はちょっと信じられませんでした。
でも、自分自身の暮らしを振り返ってみても、朝はまず水。それからコーヒー。お茶を飲むのはその後です。そういえば外出先でも、最後に日本茶をふるまわれたのはいつだったでしょうか。
ということは、昔と同じように茶葉を作っても売れないわけで、もしかしたら作る人が減り、生産量が減り……。お茶を淹れて飲むという文化そのものが、これからも当たり前に続いていくとは限らないのかもしれません。
日本茶を淹れるのは難しい?
お湯を沸かして急須に茶葉をふり入れて。お湯を注いだら、茶葉が開くのをちょっと待って。ペットボトルの栓を開けるのに比べたら、茶葉からお茶を淹れるのは手間も時間もかかります。お客様に出すとなったら、茶葉の量やお湯の温度も気になって、いくつになっても緊張ひとしお。
でも、自分のためにお茶を淹れるなら、そんなに気を遣うことはありません。私は大きめのティーポットにたくさん淹れて、家事や仕事の合間にマグカップでがぶがぶ飲んでいます。濃くなったらお湯を足したり、氷を入れてアイスティーにしたりして。
カフェに寄ると思えば、自分でお茶を淹れたほうが断然お得だし、好きなときに、好きなだけ飲めるのも魅力です。
茶葉はスーパーで売っているお手頃価格のものだけど、毎日使っているティーポットはお気に入り。急須のように注ぎ口の根本に小さな穴が開いていて、茶こしいらずなんです。お湯の中で茶葉がゆったり開くから、おいしいお茶になる気がしています。

普段使いにちょうどいいものがなかなか見つからなくて益子焼でオーダーし、取っ手が欠けてしまっても、金継ぎして大事に使っています。でも、これが壊れたらお茶を飲むのに困りそう。もうひとつお茶を淹れる道具が欲しいと思っていたときに、ユニークなアイテムに出会いました。
お茶は、もっと自由でいい?
「急須ボトル」は、茶葉からいれたお茶がうんと簡単に飲める発明品です。
その名の通り急須とマイボトルがひとつになったアイテムで、茶葉を入れたらお湯を注いでフィルターをセット。そのまま口をつけて飲むことができるお手軽さ。

クリアなボトルは赤ちゃんの哺乳瓶にも使われている熱湯OKのトライタンという素材。ダブルウォール仕様で熱が伝わりにくく、キャップを閉めればバッグに入れて持ち歩くこともできます。ボトルには茶葉が入ったままだから、中身が減ってきたらお湯を注ぎ足して2煎、3煎、おかわりができるのもいいところ。

今までありそうでなかったこの急須ボトルで「お茶の自由な楽しみ方」を提案しているのは、お茶どころ静岡県発の「aardvark TEA(アードバークティー)」というクラフトティーブランドです。
調べてみたところaardvark TEAを運営する株式会社AOBEATは、茶畑の真ん中にテラスを作り、絶景を貸切る「茶の間」などの事業も手掛けている新進気鋭の企業でした。創業メンバーは静岡県の観光協会で出会い、ともにお茶を使った商品を開発していた仲間なのだそう。
東京の東大赤門前にある直営店を訪ねて、代表の辻せりかさんにお話を聞きました。

いつでもどこでも、お茶でひと息
辻さんがお茶に魅了されたきっかけは、大手旅行会社に勤務していたときに静岡県の観光協会に出向したこと。それまでは忙しい日々にお茶を淹れて飲む時間はなく「家に急須もありませんでした」と笑います。
だからこそあるとき仕事で茶畑を訪れて、農家の方が何気なくお茶を淹れてくれたときに、茶葉で淹れたお茶のフレッシュなおいしさが際立って感じられたと話します。
「良い香りがして、口に含むとお茶の甘さが感じられて。飲んだ後も心地いい余韻が残りました」
辻さんはその時の体験を振り返りながら、こう続けます。
「淹れたてのお茶を飲むとき、人は香りに誘われて息をすーっと吸います。お茶を一口飲んだら、自然とふーっと息を吐きますよね。日常の中で、お茶を飲むというのはまさにほっと息つく体験なんです」
はっとさせられました。
お茶を手にほっと息つく体験を、確かに私もしたことがあります。友だちとはじめて入った喫茶店で手にした、繊細なティーカップの紅茶。受験勉強をしていたときに、家族が淹れてくれたほうじ茶。子育ての合間に、やっと座って飲んだティーバッグのお茶の、どんなにおいしかったことか。でも近頃は、ただゴクゴクと水分補給をしていたような気がします。
「家ではお茶を淹れる時間がない人も、いつでもどこでもお茶でほっと息つく体験を 、急須ボトルで叶えてほしい」
そうか。お茶って、喉を潤すだけのものではなかったんですね。
お茶がつなぐ思いやりの文化
もうひとつ、興味深い話を聞きました。
台湾には「奉茶」という思いやりの文化があるのだそう。
奉茶とは、道行く人や来客にお茶をふるまうこと。今でも台湾の街角には無料の給水所が点在していて、マイボトルに好きな茶葉を入れて持ち歩き、外出先でお湯や水を注ぎ足して飲む人が多いのだとか。暑い国ならではの水分補給を助け合う文化が、人々の交流のきっかけにもなっているそうです。
ペットボトル飲料などの普及により、家でお茶を淹れて飲む人が減っている今、辻さんは日本茶もマイボトルで手軽に淹れて飲めたらと考えて、急須ボトルの開発に乗り出しました。しかし、中国茶に比べると日本茶は茶葉が細かいため、茶葉をしっかりカットしながらお茶だけを通す、快適な飲み心地のフィルターを開発するのに苦労を重ねたと話します。
直営店では、奉茶にインスパイアされた「リーフ・トゥ・ゴー(Leaf to Go)」というサービスも実施。急須ボトルを持参すると1回分の茶葉を330円で購入でき、ウォーターサーバーのお湯を自由に注いで飲むことができます。これから店舗を増やしていって、外出先でお茶を楽しみたい人が、街なかの給水所として気軽に利用できる未来を描いているのだそう。

好みや気分で選べる茶葉がたくさん
「いつでもどこでも」を後押しする、すてきなサービス。さっそく試してみたいところだけれど、ちょっと待って。いい大人がこんなことを言うのはちょっと恥ずかしいのですが、茶葉って選ぶのが難しくありませんか。
aardvark TEAのお店に並んでいるのは、どれも厳選した農家から直接仕入れているという日本茶です。でも、たとえば静岡のやぶきた茶と福岡の八女茶、どちらが飲みたい? と聞かれたって、私には正直、違いがよく分かりません。スーパーで茶葉を選ぶときも、いつも悩ましいところ(日本茶だけでなく、コーヒーも紅茶も迷ったあげくにいつも無難なものを選んでしまう)。
ところが、量り売りもしているという茶葉を見せてもらって、驚きました。大きな缶のふたを開けると、思い切り息を吸いたくなるようないい香り。
煎茶にひとさじのレモングラス。
香ばしいほうじ茶に、甘酸っぱいオレンジピール。紅茶にたっぷりのイチジク!
え、これ全部、日本茶ですか?
その通り。日本茶=緑茶、煎茶というイメージがあるけれど、日本で作られたお茶は全部、日本茶なんですって。
辻さんによると、日本茶はとても個性豊か。茶葉の需要は確かに年々減っていて、農家は苦境に立たされていますが、それでもとても誠実に、ストイックに良い茶葉を作り続けている方が多いそうです。
aardvark TEAのティークリエイターでもある辻さんは、農家の方が丁寧に作り上げた茶葉の味をよく確かめて、そのお茶の味を引き立てるような花や果実、野草、スパイスをブレンドするのだそう。

たとえばこちらは炭火で火入れ(乾燥)した煎茶に、香りのよい黒文字とジュニパーベリーを加えたウッディなブレンド。さっぱりとしたレモングラスがアクセントです。深い森の中で、深呼吸をしているみたいな味と香り。

こちらはチョコレートのような香ばしさのあるほうじ茶に、甘ずっぱいオレンジピールをブレンド。これだけでもう、ちょっとワクワクしませんか。こぶみかんの葉のさわやかな香り、きりっとした後味も新鮮です。
味の好みや、その日の気分で選ぶことができるから、日本茶がぐんと身近になった気がします。これなら「ときめき」で選べる。
2煎目3煎目もお楽しみ
でも、せっかくの茶葉をボトルに入れっぱなしにして飲んでも、本当にいいの? 渋くなったりしませんか?
そう尋ねてみたところ、aardvark TEAのお茶は急須ボトルで飲むことを前提として、時間を置いて味や香りを確認する官能試験を行い、茶葉を選んでいるそうです。辻さん自身は半分くらいになったらお湯を注ぎ足して、味を調節することが多いのだとか。
その茶葉に適したお湯の温度や、抽出時間は、確かにあります。教科書通りにいれれば、確かにおいしい。でも、味覚の違いはもちろん、人の好みは季節によっても、体調によっても変わるもの。難しく考えてしまうとお茶が遠い存在になってしまうから「好きな飲み方で、自由に楽しんでほしい」と話します。

アドバイスの通りにお湯や水を注ぎ足しながら飲んでみると、味がやさしく変化していきました。
1煎目はくっきりとした味と香りが立ち上り、2煎目はお湯の中で茶葉がほどけてまろやかな味わいに。3煎目はフレーバーウォーターのようにあっさりと。だんだん軽やかになっていくから、たくさん飲んでも胃もたれしません。

100年後も、好きなお茶が飲めるように
「この50年で半減してしまった茶葉の消費が戻ることは、ないでしょう」辻さんは静かに、そう話します。需要の低下とともに茶葉の価格は低迷し、農家は収入減に苦しんでいます。生産者不足、後継者不足も深刻な問題となっています。
農家を一軒一軒訪ねて直接取引することで、良い茶葉を適正な価格で仕入れ、とびきりのブレンドへ。
辻さんは危機に瀕しているお茶業界をなんとかしたい、救いたいというよりも、「好きなお茶を、末永く飲み続けたい」という思いで仲間たちとaardvark TEAを立ち上げたのだそう。
静岡県内の農家から始まって、今、全国の産地・作り手へと独自のネットワークを拡大しているところです。

お茶は、心を潤してくれるもの。だからこそ私たちの暮らしの近くに、これからもずっとあって欲しいもの。急須ボトルとの出会いが、大事なことを思い出させてくれました。
いつでもどこでも気軽に水分補給ができるようになった今こそ、型破りなボトルにお好みの茶葉で、一服。あなたも深呼吸をしてみませんか。
aardvark TEA 東大赤門前店
住所:東京都文京区本郷5丁目26-6 2F
営業時間:月〜金 10 :00‐18 :00 土 11:00-18:00
定休日:不定休
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