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Culture

2025.11.13

曲亭馬琴も参加!珍品を愛でる江戸の文人サロン「耽奇会」へようこそ

古いものには筆舌に尽くしがたい魅力がある。そのものに刻まれた歴史が、隠された物語が、目には見えない不可思議な力となって人を夢中にさせるのだ。それが世にも珍しいものなら、なおさらだ。

江戸時代、珍品奇物を持ちよって論評しあう「耽奇会(たんきかい)」という集まりがあった。古物好き珍品好きにとっては夢のようなサロンである。しかも参加メンバーは時代を代表する文化人ばかりときている。あぁ、私もぜひ参加したい!

奇物の会「耽奇会」

『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

会に参加するなら、まずはその成り立ちを知っておくのが礼儀というものだ。
耽奇会の第一回目が開かれたのは、文政七(1824)年五月十五日。会場は上野不忍池畔の淡々亭。耽奇会の記録は、ありがたいことに『耽奇漫録』という書物にまとめられて、今でも読むことができる。
『耽奇漫録』の第一集の冒頭に、五月十五日付けの「耽奇漫録序」という文章が添えられている。ちょっと長いのだけど「耽奇会」の趣旨を分かりやすく説明しているので、ぜひ紹介しよう。

古き世ばかりが慕わしいというのは、読書家ならばみなそうである。しかし、はるか昔の世のありさまを、今、目の当たり見ることができるのは、そのはるか昔の物に拠る以外にはない。いっぽう、遠い唐国であっても、その国で造られた物を見たならば、その国の風俗というものを知ることができる。けれども、古い物は日々に毀(こわ)れ、遠いところの物は普通には稀なものであるから、手に入れることはむつかしい。そうであるのに、同好の友があれこれ秘蔵するものも少なくないが、機会がなくて見ないままになっているものも多い。先頃、私は談笑のついでにこんなことを口にした。
「各人が所蔵している書画や道具類の珍しいものを、毎月品数を定めて持ち寄って皆で検討し、各自の意見を披露し合うことができれば、どんなに嬉しいことだろう。そうすれば、昔と今の違いや、外国の風俗を知る手段にもなるであろう。これこそ飛耳長目(ひじちょうもく)の学問というべきである」

かくいうわけで「耽奇会」の幕が上がった。会は毎月十三日に開催される運びとなり、合計二〇回開かれた。

変人ぞろいの参加者

「耽奇会」には、どんなメンバーが参加していたのだろう。
「各人が所蔵している珍しいものを持ち寄って、皆で検討し、意見を披露し合う」会というからには、まず珍しいものを所有している蒐集家でなくてはいけない。しかし持っているだけではだめだ。検討し、意見し、情報を交換することのできる教養も兼ね備えていなくてはいけない。

それから、これがもっとも重要だと私は思うのだけれど、「耽奇会」のメンバーたるもの自分の持ちものが「世にも珍しい」ものであるという確固たる自信がなくてはいけない。張りきって紹介しておきながら「いやそれ、自分も持ってるんで」とか「ああそれね、見たことあるよ」なんて言われたら、恥ずかしくて不忍池に飛びこみたくなる。二度と上野へは遊びに出かけられない。そのうえ「あの人、センスがないね」なんて巷で噂にでもなれば、文化人の名折れである。そうはなりたくないものだ。だから参加者はそうとうな自信家であったにちがいないのだ。

「耽奇会」の一回の出席者は五人から九人ほどだったようで、そのすべてに参加した(つまり強者であるということ)のが山崎美成(よししげ)と関思亮(しりょう)だった。
山崎美成は国学系の書誌学者であり雑学者。学問好きで、いくつもの著作がある。代々書家の家に生まれた関思亮もまた、幼い頃から英才だったという。
この二人のほかにも西原梭江(筑後柳川藩士)、曲亭馬琴(戯作者)、屋代弘賢(国学者)、亀屋久右衛門(茶商)など、時代を代表する文化人たちが集った。

「耽奇会」の掟

これほど多才な人物が集まる場でお披露目されるのだから、品物のほうもさぞかし多彩だったにちがいない。しかし、変わった物ならなんでも良い、というわけではなかった。好古と好事を追求するサロンではあったが、厳しい掟があったのだ。

『耽奇漫録』の「会約」には、次のようにある。
「耽奇会」では、世相や人の噂、物価や金銭、身分が高いとか低いだとかの話は禁止とする。時間は厳守すること。会に遅れてくるなんてもってのほかだった。また、持ちよりの書画を汚さないため、酒はだめ。口にして良いのは、お茶と果物だけだった。
これだけでも「耽奇会」が珍を愛する真剣な者たちの集う、いたって生真面目な会だったことがよく分かる。

「珍」なる物品紹介

「耽奇会」の記録をまとめた『耽奇漫録』には奇抜な品、うさんくさいもの、淫靡な想像をかきたてるもの、これを囲んでいったい何を話すことがあるのかと問いたくなるようなものが、それはもう、たくさん記録されている。
出品された物を前にして調子づいて身を乗り出す者もいれば、口をおさえて顔を背ける者、悲鳴があがるような場面もあったかもしれない(想像です)。
『耽奇漫録』に収録された珍なる物品を、いくつか紹介しよう。

これは……なんのお面? 
『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

大根おろしを囲んでなにを話すことがあるのだろうか。
『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

河童の手。本物だとしたら世紀の大発見!
『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

これは想像をかきたてる形をしていますね。
『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

ある集まりでは、「大名慳貪の匣(だいみょうけんどんのはこ)」なるものが話題にあがったことがある。ちょうど曲亭馬琴が参加していた会でのことだ。

「大名慳貪の匣」とは、「慳貪蕎麦」を入れて運ぶ箱のこと。慳貪(けんどん)とは、けちで欲ばりなこと、物惜しみをする、という意味である。どうして、この箱は「大名」という名がつけられたのか。なにゆえ「慳貪」なのか。メンバーたちは頭を悩ませた。

これが問題となった「大名慳貪の匣」。
『耽奇漫録』
出典:国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/8942919

書誌学者の山崎美成は、名前の由来を次のように考察した。この箱には、もともと諸大名の船の絵が描かれており、「慳貪」は当て漢字にすぎないのではないか。異を唱えたのが、馬琴だった。二人は「けんどん」の意味をめぐって争い、けっきょく最後は水かけ論に終わった。答えは分からずじまいだった。

奇事、異聞好きなら「兔園会」へ

曲亭馬琴が「耽奇会」に出席するようになって二か月後、今度は「兔園会(とえんかい)」が発足する。
「兔園会」は奇事と異聞の記録や文稿を持ちより、検証、考証しようという会で「耽奇会」が古器物を披露する場だとしたら、こちらは珍奇な文章を愛でる場といったところ。出席者は引きつづき「耽奇会」に参加していたメンバーに加えて、新たな文化人が加わった。

「兔園会」でも、さまざまな話が繰り広げられた。
あるとき、美成は「於竹大日如来縁起の弁」に関する分稿を持ってきた。これは、江戸大伝馬町の名主佐久間某に召し使われていたお竹が大日如来の化身でした、という俗説をさまざまな書物を引用して考証したもの。

そんな楽し気な会が開催されていたなんて。叶うなら、私も参加したかった! この時代に生まれなかったことが悔やまれる。いや、参加するなんて滅相もない。その場にいられるなら、お茶汲みでもいい。お茶を運びながらこっそり彼らの話に耳をすませてみたかった。きっと、唸るほどおもしろい話が聞けたはずだ。

「生きた大日如来」といわれた美女、お竹の伝説についてはコチラから読めます。
「生きた大日如来」といわれた美女がいた。見た目も心も清らかで美しいお竹さん伝説とは?

耽と奇を愛する者たちへ

珍しいものを持ちより、意見を披露しあう「耽奇会」。文化人たちの集う至極真面目なこの会の楽しみは、意見を交換しあうだけではなかった。参加者たちの楽しみは、会が終わったあとも続いていたようだ。

文政八年九月十三日の「耽奇会」では、お披露目会のあとで出席者たちはそろって隅田川に船を浮かべながら酒をたしなんでいる。彼らのお目当ては、地上から見ることのできるもっとも珍なるもの、月である。ほろ酔いで見上げる月の妖しさと美しさ。このときばかりは誰も異を唱えることなく、満場一致で月を褒めたたえたにちがいない。

【参考文献】 
揖斐高「江戸の文人サロン 知識人と芸術家たち (歴史文化ライブラリー)」吉川弘文館、2009年
鎌田道隆、安田真紀子 「からくり玩具をつくろう」河出書房新社、2002年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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