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2019.09.30

江戸時代の人気職業は?人気料理は?ランキング一覧を解説!

この記事を書いた人

「好きな俳優ランキング」「人気レストランTOP10」など、巷には多種多様なランキングがありますが、実はこの文化はすでに江戸時代からあったんです!今回は、当時作られたさまざまなランキングの中から、選りすぐりのものをピックアップ。ランキングとともに、江戸っ子たちのリアルな生活を紐解いていきましょう!

江戸の番付とは?

ランキング、いわゆる番付(ばんつけ)の歴史は、相撲番付に始まります。これは、相撲の興行場所に掲げる興行札に書かれていたもので、出場する力士の名前と序列が記されていました。当初は行司による手書きの板番付でしたが、相撲人気が高まって興行規模が拡大するとともに、木版印刷に移行していったそうです。

わかりやすく序列が把握でき、また一枚摺りで簡単に作れることから江戸っ子たちの興味を誘い、相撲以外のテーマで格付けをする「見立て番付」が続々と登場。一種の娯楽として、広く庶民の間で親しまれることになりました。

番付の見方

『江戸大地震之絵図』国立国会図書館

番付は、東西に割り振られ、役と項目、名前がそれぞれ右から順に並んでいきます。横綱や大関にはじまって、下にいくほど格が下がり、文字の大きさも小さくなっていきます。

誰もが認める業界でダントツ人気のものや特殊な存在など、ランキングに加えにくいものについては真ん中の行司欄に記され、別格扱いされます。また、その下の勧進元は、相撲番付でいう興行の主催者のこと。見立て番付においては、行司と同様殿堂入りするような格の違う存在がここに記載されます。

グルメな江戸っ子の舌を唸らせた高級料理茶屋

『御料理献立競』都立中央図書館特別文庫室所蔵

まず最初にご紹介するのが、江戸の高級料亭を格付けした見立て番付。

東は吉原・大恩寺前にあった青鷺料理の名店・田川屋、そして西は浅草北部の隅田川沿岸部・橋場にあった川口が1位を獲得しています。

実は江戸時代は、外食産業が栄えた時代でもあります。男性の単身移住者が多かった江戸の街では、振り売や屋台など、庶民が気軽に利用できる外食形態が発達しました。特に明暦の大火(1657年)以降は、街の復旧のためより多くの人が江戸に集まるようになり、次第に本格的な料理店が開業。庶民が楽しめるB級グルメから、富裕層向けの料亭のような店まで、バリエーションに富んだ飲食店がたくさん存在していたようです。

この番付で特に注目しておきたいのが、勧進元に書かれている八百善(やおぜん)。八百屋から始まった江戸料理の名店で、将軍・徳川家斉も立ち寄ったことがあるのだとか。

この八百善の名店ぶりを垣間見れる有名なエピソードがあります。ある食通たちが「極上の茶漬けを1杯」と注文したところ、半日待たされ、出てきた茶漬けは非常に美味しかったものの、なんと請求された金額は一両二文(現在の貨幣価値で約15万円)!なぜこんなに高いのかと聞いたところ、この1杯のために厳選した素材を調達し、またそれらに合う水を玉川上水まで汲みに行かせたからだと答えたのだそう。これを聞いた食通たちは、「さすが八百善だ」と言い、納得して帰って行ったそうです。

グルメな江戸っ子たちの舌を満足させていた八百善は、現在店舗は閉店してしまったものの、今も通信販売事業を中心に経営を続けています。八百善以外にも、例えば番付にもランクインしている扇屋は厚焼き玉子専門店として、島村は「嶋村」の表記で割烹料理店として営業中。生きた江戸の味を現在まで伝え続けています。

書いた人

広島出身。ライター&IT企業会社員&カジュアル着物愛好家。その他歌舞伎や浮世絵にも関心がアリ。大学卒業後、DTMで作曲をしながらふらふらした後、着物ムック本の編集、呉服屋の店長を経て、現在に至る。実は10年以上チロルチョコの包み紙を収集し続けるチロラーでもある。