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2019.10.04

白洲正子が理想とした自然な美とは。武相荘の意外な魅力に迫る。旧白洲邸 訪問レポート(後編)

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豊かな自然に囲まれた茅葺きの母屋など、昭和の美しい暮らしが体感できる「秘境」的な記念館として知られる「旧白洲邸 武相荘」。その紹介記事前半では、まず「武相荘」の施設としてのなりたちや概要を解説。季節に応じた展示企画や、白洲次郎・正子の息遣いを感じながら彼ら二人にちなんだ展示を楽しめる展示棟である「ミュージアム」を中心にみどころを紹介させていただきました。

しかし、武相荘の魅力はそれだけではありません!むしろ、ミュージアム以外の部分をしっかり味わい尽くすことで、武相荘の本当の魅力が見えてくると言っても過言ではありません。

そこで、後編では引き続き「武相荘」館長・ 牧山圭男(まきやまよしお)さんにお聞きした取材内容を元に、まだまだ盛り沢山な見どころを一挙に紹介していきます!

手を入れすぎないのが「武相荘」流!ゆっくり歩きたい散策路

武相荘の魅力の半分は、建物の外の自然景観にあるといっても過言ではありません。一歩敷地内の門をくぐると、新興住宅地が広がる周囲とは全く違う、自然豊かなノスタルジックな景色に目を奪われます。見ての通り雑草なども伸び放題で、あまり手が入っている感じがありません。どちらかというと「庭園」というより「野原」というイメージですが、それこそが武相荘で白洲正子が理想とした自然な「美しさ」なのです。

敷地内の手入れのため、現在も月1回、白洲正子が存命中の時から管理を任されていたベテランの庭師さんが定期的に来園。最低限必要な箇所にだけ手を入れることで、自然な美しさの雑木林を作るように心がけているとのこと。結果として、日本でかつて見ることができた日常的な自然景観がバランスよく作り出されています。

中でもオススメなのが、敷地内の一番奥までつながる、小高い丘を一周して回ることができる散策路です。散策路の周囲には、白洲正子の実家・樺山家に伝来する様々な遺構や、彼女が愛した三重塔、鎌倉時代の石仏など様々なみどころがあります。

でも一番のおすすめは散策路を一周する中で出会える様々な動植物です。敢えて自然の野性味を残し、最低限の手入れで保全されている裏山の散策路には、目を留めてみると本当に多くの昆虫や植物と出会えることができるのです。もちろんSNS映えするような構図の写真もバッチリ撮れます。たとえば、ちょっと歩いただけでもこんな生き生きとした花や昆虫といった写真が撮れました!

これだけ分厚く植物が生い茂っているからか、夏場の散策路はアスファルトに囲まれた周囲よりも、確実に2~3度は温度が低い感じがしました。心も体もこちらでクールダウンできますので、季節を感じながらゆっくり回ってみてくださいね。

お腹が空いたら「カフェ&レストラン武相荘」

ミュージアムを見学して、散策路を楽しんだら、結構小腹が空くかもしれませんよね。そんな時オススメなのが、2015年のリニューアル改装時にオープンした「レストラン&カフェ武相荘」です。こちらは入場チケットがなくても入ることができる無料エリアにあるので、気軽に昼食やカフェ目的でフラッと来訪される人も多いのだとか。地域住民の憩いの場として近隣の人たちに重宝されているようです。

レストランは「白洲家伝承の味覚を来館者にも味わってもらう」というコンセプトでメニューを開発。白洲次郎・正子の一人娘で、武相荘のオーナー・牧山桂子(まきやまかつらこ)さんが白洲家に伝わるレシピを監修しています。せっかくなので、食事、デザートからそれぞれオススメの人気メニューをを2種類頂いてきました。簡単にレポートしてみたいと思います!

白洲家伝統の味「武相荘の海老カレー」

「カフェ&レストラン武相荘」で一番人気のメニューがこの「武相荘の海老カレー」です。正子の兄がシンガポールに行った際、現地で食べたカレーの味が忘れられず、作り方を詳しくメモしたレシピを白洲家へ持ち帰ったところ、このエビ入りのカレーが以後白洲家の定番になったそうです。

ルーとご飯の容器が共に洋食風の銀食器なのに、副菜のけんちん汁は厚みのある和風の陶器で出して頂ける飾らない和風スタイルが素敵です。シンガポール仕込みなのか、どことなくアジアンテイストな気分もミックスされた白洲家の「昭和の田舎風カレー」本当に美味しかったです。

実はこの「武相荘の海老カレー」でついてくるつけあわせの「千切りのキャベツ」には、次郎に関するちょっとした面白い逸話があります。先進的な国際人として仕事のセンスも抜群な上、独自のダンディズムを持つスマートなイケメンだった白洲次郎ですが、そんな彼にも意外な弱点がありました。それが、「野菜が苦手」という偏食癖です。そこで野菜嫌いの彼に、上の写真のようにキャベツの千切りの上にカレーをつけて食べるように諭したところ、残さずにしっかり食べられるようになったとのこと。野菜が苦手な人はこの次郎流の食べ方、試してみてもいいかも!

人気デザートメニュー!「武相荘のどら焼き」

「カフェ&レストラン武相荘」では、食事だけでなくカフェメニューも揃っています。そこで、カフェでの一番人気メニューをもう一つ食べてみることにしました。それが、このボリューム満点の「武相荘のどら焼き」。黒蜜味の餡にキャラメル風味のアイスクリームを挟んでいただきます。加えて店員さんが「インスタ映えするようにちょっと固めでお出ししました」と機転を利かせて頂いたので、きれいに撮影できました!

ちなみに、「武相荘のどら焼き」のうつわにも要注目。民芸調の落ち着いた趣が素敵な角皿は、陶芸家としても活動されている館長・牧山圭男さんが本メニューのために自宅裏の電気釜で丁寧に焼いた逸品。皿ごと持ち帰りたくなりました。

カフェスペースで一休みもできます

つづいて、こちらはちょっとしたイベントやワークショップなどもできる屋外の多目的スペース。スペース奥には白洲正子が生前に収録した貴重なインタビュー動画を含んだ武相荘の案内映像を楽しめる他、かつて白洲次郎が若い時に乗っていたアメリカ産高級ヴィンテージスポーツカー「ペイジ1916年型」と同じ型の本物が展示されています。

約10年前にNHKで放送された白洲次郎の伝記ドラマで実際に使われ、今もきちんと動くよう「動態展示」されています。

説明書きによると、次郎が神戸に住んでいた17歳の時、父・白洲文平から買い与えられたのだとか。(戦前、日本では17歳で運転してOKだったんですね?!)

帰り際にミュージアムショップで思い出のアイテムを!

さて、一通りミュージアムで展示を見て、レストランでお腹が満たされたら、帰宅する前に入場受付の建物内にあるミュージアムショップも是非見ておきたいところです。こちらでは、古伊万里や染付など、白洲正子が独自の美意識で収集した陶磁器と同じデザインのうつわややきものが買える他、次郎・正子に関する書籍なども充実しています。

また、次郎・正子の審美眼と親和性が高いと思われる工芸作家の作品も多数陳列。たとえば、下記の写真のようにガラス作家中村一也さんのガラスの器は年間を通して人気アイテムなのだとか。各グラスに付けられた気持ち薄緑色の味わいが涼し気です。

こちらの「PLAY FAST」と白洲次郎の手書きの筆跡があしらわれたTシャツも人気アイテムの一つ。晩年、名門中の名門とされる「軽井沢ゴルフ倶楽部」の理事長を務めた次郎は、日々コース上でプレイヤーのマナーを厳しくチェック。特に遅延プレーには敏感で「人に迷惑をかけないのがエチケットの第一歩。日本人は都会ではせかせか歩いているのに、ゴルフ場に来るとどうしてあんなにノロノロしているのかね」(「白洲家の人々 娘婿が見た次郎と正子」/牧山圭男著)とプレーを早くさせる啓蒙活動のため、「PLAY FAST」と次郎が自筆で書いた軽井沢ゴルフ倶楽部のTシャツを制作したという逸話にちなんだお土産です。

その他にも、意外な売れ筋商品を教えてもらいました。それがこちらの「蚊遣り器」。武相荘の各施設は、豊かな自然に囲まれている分、蚊や小虫などが建物内に入りやすいのか、あちこちでこれと同じ蚊遣り器が稼働中でした。手頃な価格感にも後押しされ、夏場を中心に非常に売れているとのこと。確かに「和」を感じる風流な趣がありますよね。

その他にも、概ね四季にちなんで商品のラインナップや陳列は細かく変化をつけているとのこと。何度でも訪れて、気に入ったものを探してみるのもいいですね。

不思議なものがいっぱい!敷地内を探索する面白さ!

ここまで、ミュージアム、散策路、レストラン、ミュージアムショップなど、様々な見どころを紹介してきましたが、次郎・正子ゆかりの歴史や美意識が詰まったアイテムをはじめ、敷地内には武相荘ならではの面白いものが溢れています。とにかく数歩歩けば、次々に「これはなんだろう?」と思えるようなものに出会えるので、ちょっとした「宝探し感」があるのも武相荘の隠れた魅力と言えそう。

疑問に思ったら、ぜひミュージアムのスタッフさんに気軽に聞いてみましょう。武相荘の意外なエピソードを丁寧に教えてくれますよ。せっかくなので、いくつか僕が気になったアイテムを載せておきますね。

入り口前の金網には、オーナー・牧山桂子さんが書き、館長・牧山圭男さんが焼いた夫婦合作の「陶板」で作られた案内板が。プラスチック等よりも柔らかい雰囲気があって、入館する前から気持ちが和らぎます。

武相荘の正門脇に置かれた手作りの「臼」のような新聞受け。DIYが趣味だった次郎は、ちょっとした道具なら日曜大工で作ってしまうこともよくあったそうです。施設内には、この他にも次郎が制作した木工品がいくつかあります。

カフェスペースの机の上に置かれたレトロな「AKATSUKI」というメーカーの鉄製かき氷機。ネットで調べたら海外(フィリピン!)で1件だけまだ現役で使われていました。

白洲次郎・正子の隠れ里から昭和の暮らしを体感できる地域施設へ

さて、前後編の2回にわたって紹介させて頂いた「旧白洲邸 武相荘」いかがでしたでしょうか?白洲次郎・正子の生き様や美学が施設内の隅々まで行き届いた「小さな生活のテーマパーク」として、古き良き昭和の日本人の美しい生活情景が目に浮かぶような、素敵なミュージアムでした。

開館してもうすぐ20周年を迎える「武相荘」ですが、今後は白洲次郎・正子という偉大な人物にフォーカスした記念館としてだけでなく、地域と密着した「小さな暮らしのテーマパーク」としてもっと幅広く、気楽に楽しんでもらえるような空間づくりを目指すそうです。

なぜだかわからないけれど、ここに来るといつでも心が和み、気持ちがリセットされる懐かしい空気がある。そんな古き良き日本の生活空間が味わえる「旧白洲邸 武相荘」に今後も要注目ですね。東京都心から1時間以内で行けるとっておきの「隠れ里」体験をぜひ味わってみてくださいね。

「旧白洲邸 武相荘」の基本情報

住所:〒195-0053 東京都町田市能ヶ谷7丁目3番2号
開館時間:10時~17時(入館は16時半まで)
休館日:月曜定休(※祝日は開館)夏季・冬季休館あり(※企画展ページ参照)
公式サイト:https://buaiso.com/

最新の企画展:「武相荘 – 秋」
会期:2019年9月3日(火) 〜 11月24日(日)

定期割引サービスがあります!

2019年9月から、「旧白洲邸 武相荘」は雑誌・和樂の定期購読者向けに発行されている「和樂パスポート2019-2020」の提携先に加わりました。入館時、この「和樂パスポート」を受付で提示すると規定料金から100円引きで入場することができます。僕も便利なのであちこちで活用させてもらっています。詳細は、小学館 和樂事業室までお問い合わせください!(03-3230-5677)

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。