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読み物
Culture
2019.10.15

直木賞作家・荻原浩氏講演会レポート!売れっ子作家は「こうして小説を書いている」

この記事を書いた人

「講演会やサイン会などでは、最初の挨拶のときに、まず人の数を数えます」

今や売れっ子作家の代表格ともいえる荻原浩(おぎわらひろし)氏。
2019年9月29日(日)に富山市立図書館(富山市西町)で開催された「荻原浩さん講演会」は、この茶目っ気たっぷりの意外な一言から始まった。

今回の講演会は「こうして小説を書いている」がテーマ。幅広い年齢層のファンを魅了してやまない荻原作品が、一体どのようにして出来上がるのか。

小説を読む側からすれば、決して覗くことのできない作者の頭の中を、少しだけこの講演会で見ることができた。

老いも若きも魅了する荻原浩氏のすべて

荻原浩氏のデビュー作は『オロロ畑でつかまえて』。第10回小説すばる新人賞の受賞がきっかけで、40歳を超えてからのスタートとなる。その後、2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で第5回山田風太郎賞を受賞。直木賞は5度目のノミネートを経て、2016年『海の見える理髪店』で受賞したという経歴を持つ。

自身も「ノンジャンルの人間」と表現するほど、多様なジャンルを書き分けることのできる稀有な小説家だ。コミカルな作品からサスペンスミステリー、社会派小説と挙げたらキリがない。ただ、どの作品にも共通するのが、そのデティールの豊かさ。コピーライターという前職があるからなのか、小説を読むだけで追体験できるほどに、細やかな描写の作品が多い。

また、映画やドラマなど、映像化される作品が多いのも特徴だ。登場人物の心情を行間で読ませることを得意とするため、視覚的なアプローチにも親和性が高い。結果的に、活字離れした層も取り込み、そのためファンの年齢層も厚いといえる。今回の講演会も荻原氏と同年代はもちろん、男子高校生や若い女性の一人参加も目立った。

講演会会場の富山市立図書館2階ロビー

今回の講演会の会場となったのは富山市立図書館(西町)の2階ロビー。吹き抜けとなった空間に100席もの椅子が用意されたが、始まる頃には座席が足らず、30席ほど追加してもさらに立ち見客が出るほどの盛況ぶりだ。

実際に、参加された方から話を伺うと、やはり熱烈なファンが多い。
地元富山から夫婦で参加されたお二人。
「『オロロ畑でつかまえて』を最初に読んでファンになった。最後まで一気に読んでしまうところがいい」とご主人が大のファンの様子。一方、最前列に座っていた50代女性は「コミカルなところが好き」と荻原作品の好きな理由を語ってくれた。講演会の最中、熱心にメモを取り続けていた30代女性は、「いつか本を書いてみたい、そのときの参考となるように」と理由を明かしてくれた。

様々な理由から、荻原氏の話を聴きたいと講演会に足を運んだようだ。

登場人物が勝手に動き出す?

小説の書き方は、人それぞれだ。

例えば、予めプロット(あらすじ)をどこまで詳細に決めておくかも、そのうちの一つ。ちなみに、荻原氏は中間派。全く決めないというわけでもないし、ガチガチに全て決めることもしない。ただ、ストーリーがモヤモヤと頭にある状態で、ラストシーンだけを先に決めてしまうのだとか。

確かに、荻原作品の多くは、ラストでこちらの想像を遥かに超えてガツンとキメてくる。コピーライターだからと勝手に予測していたが、先にラストのセリフや場面を決めることを知って納得した。

それだけではない。じつは、物語の最初と最後を決めて、ストーリー全体を確定させない方が話は膨らむのだという。思いがけない方向へ勝手に話が流れ、書いている自分も驚くことがあるのだとか。

これが、いわゆる「登場人物が勝手に動き出す」ということらしい。

ホワイトボードに書かれた「登場人物が勝手に動き出す」

「登場人物が勝手に動き出す」これは、小説家おなじみのフレーズだ。
荻原氏自身も、一読者の頃は「自分の頭で考えておきながら何を勝手なことを」と反発していたらしい。しかし、いざ小説を書いてみると、本当にある時点から登場人物が勝手に動き出す現象が起こるのだという。これは、デビュー当時から体験していることだそうだ。

「書いてみないと分からない。書いているうちに、どのような人物かが分かってくると、とある場面で、彼はこんなことをしない、きっとこんなセリフを言ってこのような行動に出るのだろうということが分かってくる」
日頃から、登場人物の人となり、性格を考える。この想像力の積み重ねが、登場人物が勝手に動き出すことに繋がるという。

自分が編み出した彼や彼女が、当初のストーリーと違う方向へ向かっても、不安だが登場人物の自主性に任せる。これを、荻原氏自身も「放牧状態」だと認めている。簡単にいえば、物語が動き出せば、主人公に作者がついていくというイメージだ。この状態を待つために、あえてストーリーを全て決めないのが荻原流だといえる。

作品を書く上での常備品とは?

さて、荻原作品の魅力の一つは、疑似体験できるほどの「圧倒的な感覚への訴え」である。どうしてそこまでのクオリティーを保つことができるのか、常々気になっていたが、その秘密はどうやら荻原氏の常備品にありそうだ。というのも、作品を書く上で準備する資料と取材。それ以外に、荻原氏が独自にいつも備えているツールがあるという。

それが、「名前辞典」と「気象年鑑」だ。

名前辞典には、大正時代から平成時代半ばまでの各年に生まれた子どもの男女別名前のランキングが掲載されている。名前は時代を写すもの。フィクションの中に齟齬がないように、この名前辞典で、登場人物の名前と時代背景が合致しているか確認をするのだという。

例えば、大正時代の女の子の名前であれば「ハル」「キヨ」「ハナ」など、名前の最後に「子」がつかないのが一般的である。一方で、昭和時代に入ると全て名前の最後に「子」がつくという特徴がある。この知識があれば、大正時代に生まれた人の名前に「子」をつけることはない。

小説の裏側について語る荻原浩氏

また、気象年鑑では、365日の最低気温、最高気温、日の出、日の入りの時間が掲載されている。これは、必ずしも現実と作品の季節が同じではない場合に非常に有効的だ。作中の時期の気象情報をあえて頭にいれることで、自分の身体の体内時計を物語の中に取り込むことができ、作品の時期との一体化が可能になる。

五感を使うことへのこだわり

登場人物が、何を見て、何を考えているか。

それだけではない。どんな音を聴き、どんな匂いを嗅いでいるか。その時の状況、熱さ寒さ、湿度、味、感触など、物語に書かない部分も含めて、すべて意識して書くことが重要なのだ。

これを荻原氏はこう説明する。「五感を使って書くこと」

五感を意識することによって新しい表現が生まれ、逆に五感を忘れれば大切なものが欠ける場合もあるという。その例として、荻原氏自ら作った文章が紹介された。

「八月の半ば、信濃路を訪れた私は、静寂がどこまでも続く杉林の中を歩いていた」

しかし、この文章に対して「8月の長野の杉林に静寂なんてありえない」と苦笑い。というのも、八月の長野の杉林は、セミが鳴き続けて大変なのだとか。つまり、体の中の感覚を忘れて頭の中だけで書くと、「言葉だけのために言葉を綴る」ことになるという。「静寂」という言葉を書きたいがために、言葉に釣られると、ついつい身のない、心のない文章になってしまうと指摘する。

「誰も気づかないかもしれないけど、小説の神様は見ている」
一事が万事。この言葉が荻原作品の全てを物語っているといえる。

「姿勢として一番大切なのは想像力」

「姿勢として一番大切なのは想像力」と荻原氏は断言する。

ここでいう「ソウゾウ」とは、創り上げる「創造」ではない。「想像」だ。しかし、全くゼロから想像するということでもない。これまでに出会ったことのある人間、行ったことのある場所、見てきた風景など、全て自分にインプットされたものを掘り起こすのだ。自分の中に蓄積された様々な引き出しを開けて、その中から人間なり、場面なりを考えて想像するのだという。

特に、「小説は誰も読んでくれなかったらただの絵日記と同じ」と荻原氏は指摘する。だからこそ、読者に対する想像力が大切であり、自分のための文章ではなく人に読ませる文章だと常に意識して書かなければいけないのだ。

「小説を自分の捧げものにしてはいけない」という戒めの言葉が、荻原作品のベースとなっているように思えた。

ホワイトボードに書かれた「想像力」という言葉

また、講演の最後では、「他者への想像力」についても触れている。小説に限らず、世の中で起きていることや世の中の動きに、他者への想像力が欠けているとして、警鐘を鳴らしている。

「犯罪、外国に対するヘイトなスピーチ、マイノリティに対する配慮など。人間にはもちろん本音と建前があるが、ホントに心の中から自分じゃない誰かを想像しているかというと、僕自身も含めて忘れているのでは?」

荻原氏の言葉を聞いてこう考えた。
自分以外の誰かを想う。その誰かもまた自分以外の誰かを想う。ドラマの人物相関図のような矢印が思い浮かんできた。自分から出たベクトルがどんどん至るところに広がっていく。

人を傷つけない、思いやりのベクトルが世界中に溢れるところを想像する。
そうか。「想像する」とはなんて気持ちのいいことなんだろう。

荻原氏の小説を読み終わったあとの感覚。この講演を聴いて、じんわりとしたあの温かさがどこからくるものなのか、なんとなく分かった気がした。

基本情報

名称:富山市立図書館
住所:富山市西町5-1
営業時間:日~木 9時30分~19時
金、土 9時30分~20時
休館日:毎月第1水曜(祝日の場合は翌日)、年末年始
公式webサイト:https://www.library.toyama.toyama.jp/

荻原浩 代表作品

オロロ畑でつかまえて (集英社文庫)

明日の記憶 (光文社文庫)

二千七百の夏と冬(上)(双葉文庫)

海の見える理髪店(集英社文庫)

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。