「トヨタのブースには1台も新車がありません」。今年で46回目となるクルマの祭典、東京モーターショー(以下、TMS)のプレスデーでトヨタ自動車の豊田章男社長は自社の出展内容をそう説明しました。
クルマの展示会にクルマを置かない——。ラーメン専門店のメニューにラーメンが載っていないようなものです。ある意味、挑戦的な演出です。豊田社長は「もっと『人』を真ん中にして、つながることで、街を、未来を、楽しくしたい」と今回展の思いを訴えます。その答の一つが新車を置かないという英断でしょう。
それは、時代の大きな流れの中で、TMSも大きく変わろうとしていることを示しているようです。各社の出展内容は専門のサイトに任せ、ここでは少し違う切り口からTMSを覗いてみましょう。
全盛期の4割弱に減った入場者数
TMSの源流を辿ると、1954年4月に開かれた「全日本自動車ショウ」に行き着きます。戦後10年を迎えようとする当時、クルマはまだまだ一般庶民には縁遠い存在。第1回には254社が267台を揃えましたが、乗用車はたったの17台。展示車のほとんどはトラックやオートバイで占められていました。モータリゼーションという言葉はまだ交わされていませんでした。
会場も会期も開催間隔も出展社数も異なるため、単純に比較することはできませんが、TMSの入場者数は第29回(1991年)の約202万人をピークに増減を繰り返しながら、全体としては減少傾向を辿り、前回(2017年)では約77万人にとどまりました。
入場者が全盛期の4割弱に減った背景はさまざまですが、その一つにクルマ離れがあります。特に若い層がクルマに興味を持たなくなったことが響いていると言われています。興味のないものを見るために、わざわざ足を運ぶこともありません。従って入場者数も減るという寸法です。
国内外でも歴史上でも初めて手を組む
いま乗るべき人がクルマに興味を持たないのなら、頼みの綱は将来クルマに乗ってくれるであろう子どもたちです。そのためにはまず、クルマに興味を持ってもらわねばなりません。その足掛かりとして、今回は高校生以下の入場料を無料にしました。
こうして、50回近い歴史を重ねるモーターショーで初めて、将来のユーザーとなる子どもたちに狙いを定めた企画が打ち出されました。職業体験型施設、キッザニアとのコラボレーションです。国内外のキッザニアにとっても、モーターショーと手を組むのは初の試みでした。
今回展から設けられた青海会場の一角の特設エリア「こども達が働く街」には完成車メーカー8、部品メーカー1、通信会社1の合わせて10社が出展。各社が職業体験を通して子どもたちにクルマに関わる仕事の楽しさや面白さなどを紹介しました。
緊張の面持ちで職業体験した小学生たち
「子ども達が働く街」が受け入れるのは小学生。参加者は特別あつらえのユニホームに着替え、それぞれの「職場」に入ります。ユニホームはサイズが小さいことを除けば、配色もデザインもディティールも大人用とまったく変わりません。
街を構成する各社の仕事は企画・開発系、技術・メカニック系、その他に大別。真新しいユニホームに身を包んだ子どもたちは緊張の面持ちで現場を訪ね、それぞれに割り振られた仕事を通してクルマに向き合いました。
日産自動車=デザイン
未来のコンセプトカーをデザインする仕事です。さまざまな色や形のサンプルを組み合わせることで3Dスキャンしたコンセプトカーのデザインモデルがバーチャルな街を走る様子を大型画面で確認することができます。
「自分の好きなように、たくさんの色や形のサンプルを組み合わせていく作業が面白かった。デザインしたクルマが走るのは楽しかった」(多分、こう思ったんじゃないか劇場。以下同)
三菱自動車工業=デザイン
乗る人の人数に応じて、クルマのコンセプトを考え、実際に使われている専門のデザインツールを使ってクルマのスケッチを描きます。用意された用紙にはタイヤを表す2つの円が描かれているだけ。これを元にして、思い思いの形や色を加えていく仕事です。
「丸しか描かれていない変な紙だなと思ったけど、それはタイヤでした。たくさんの色があるので選ぶのに迷いました。本当にこんなクルマがあったらすごいけど、売れるかな」
マツダ=金型磨き
モノづくりに欠かせない金型が必要なのはクルマも同じ。ボディの美しいデザインを作るための大切な仕事である金型作りを学びます。その仕組みを理解した上で、金型磨きのトレーニングに挑みます。
「クルマのきれいな形は金型で作られることを教わりました。先生のするのを見たら簡単だと思ったけど、実際にやったら、すごく疲れるし、油まみれになるので、大変な仕事だと思いました」
ジェイテクト=部品の組み立て
スケルトンモデルでクルマの安心・安全を守るさまざまな部品の役割を学んだ後、クルマに欠かせない差動制限装置(トルセン)を組み立てる作業をします。
「たった一つの部品でも、細かく分けると、たくさんの小さな部品でできていることが分かりました。クルマはこういう部品が何万も集まっているそうです」
トヨタ自動車=組み立て、プログラミング
クルマを気持ちよく、安全に走らせるために大切な役割を担っているサスペンションやタイヤを取り付けるメカニック体験をします。また、月面探査車を自動運転するためのプログラムを組むエンジニアの仕事も体験。
「お姉さんが軽そうに持ってきたタイヤが思ったよりも重くてびっくりした。ボルトはしっかり留めないと大事故になる。うちのクルマがパンクしたら手伝いたいと思いました」
ダイハツ工業=組み立て
クルマの組み立て工程を知り、電動ドリルなどの工具を使ってボディの組み付け作業を行う仕事です。ダミーでなく、本物のクルマを使って完成させるのでリアル。フロントグリルやランプユニットの脱着を行いました。
「生まれて初めて電動ドリルを持ったので、超緊張した。最初は先っぽがうまく当たらなかったけど、何回もやっていると、だんだん慣れてきて、うまく使えるようになった。今度、うちのクルマを分解したくなった」
SUBARU=メンテナンス
クルマを安心・安全に走らせるために必要な点検、整備、修理について学び、実際の工具を使ってタイヤ/ホイールの取り付けなどをする仕事です。クルマの走行にはクルマそのもの完成度ばかりでなく、その品質を高いレベルで保つメンテナンスが大切であることも学んでもらいます。
「おじさんから渡された、先の曲がった鉄の道具が重くて落としそうになりました。ボルトを回すのにとても力がいりました」
日野自動車=プロデュ―ス
他の完成車メーカーとは一線を画し、お客様のオーダーに適したトラックをプロデュースする仕事です。いくつかのパートに分かれた模型を組み合わせて提案し、最終的には1枚の注文書を仕上げます。
「運転席や荷物を載せるところを組み合わせるのが少し難しかったです。でも、書いた注文書を見せたら『よくできました』と褒められたので、嬉しかったです」
本田技研工業=レーシングドライバー
二輪車や乗用車ばかりでなく、歴史に残る数々のレーシングマシンを送り出してきたホンダらしい、レーシングドライバーの仕事です。まず、レーシングシミュレーターでドライビングテクニックを磨き、実際のマシンで操作感覚をつかみます。
「シミュレーターはゲームみたいで面白かった」「普段は絶対に乗れないクルマなので、ワクワクしました」
KDDI=遠隔操作による災害復旧
次代を担うとされる新たな通信環境である5Gを想定し、遠隔操作でショベルカーを動かし、安全で迅速な復旧作業を行う仕事です。モニターを見ながら、制御盤を操作し、道路をふさいでいる岩石を取り除く仕事です。離れた場所にある重機を使って、いかに速く正確に岩石を移すかが作業のポイント。
「レバーを動かしても、なかなか思うようにショベルカーが動いてくれなくてあせりました」
今回展の真の手応えは2年後に
TMSを主催する日本自動車工業会会長でもある豊田社長は来場者に向けて「もし今日『楽しかった、来てよかった』と思っていただけたなら、2021年の東京モーターショーにも、ぜひご期待ください。2年後、またのご来場をお待ちしております。前売り券は、まだ販売しておりませんが…(笑)」とのメッセージを寄せています。
次回展にどれだけたくさんのクルマファンを呼び込めるのか。今回展が成功したかどうかは2年後の入場者数にかかっているようです。
東京モーターショー 2019
開催期間:2019年10月24日(木)-11月4日(月・休)
公式サイト:https://www.tokyo-motorshow.com/